カスタマーサクセスの業務とは?他業界にも定着が広がる理由
Text:織田浩一
日本でもSaaS業界で話題になっているカスタマーサクセス。顧客が自社の提供するツールやサービスを利用して成功しなければ、自社の売上も上がっていかないサブスクリプションサービスを提供する企業では当たり前のものになっている。世界での利用状況や利用プロセス、ケーススタディなどを含めて、どのように使われているかを解説したい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
カスタマーサクセスの定義
欧米ではすでにSaaS、通信業界などでカスタマーサクセス部門を設置し、業務を行うのが当たり前になっている。カスタマーサクセスは、マーケティングや営業、会計などと同様に、主にサブスクリプションサービスで収益を得ている企業を運営する上で必要な業務の一つだ。長期的に顧客が自社の提供するソフトウェアやサービスの利用頻度を高め、それにより価値を感じてもらい、システマティックに対応する業務をいう。カスタマーサポートは問題が起こってから対処するのに対して、カスタマーサクセスは顧客と日々コミュニケーションを図り、問題を未然に防いだり、顧客が必要とする新しい機能やサービス、トレーニングなどを提供したりすることに徹する。また、カスタマーサクセス担当者は顧客ごとに専任することがほとんどなので、営業担当者は顧客獲得と顧客の契約更新業務を担当するようになってきている。
書籍「カスタマーサクセス」の著者の一人であるリンカーン・マーフィー氏はカスタマーサクセスを「自社や自社の製品とのやりとりによって、顧客が求める結果を達成すること」と定義している。「顧客が必要としている価値を生み出すことに成功することなく自社の成功はない」というところが重要な部分である。
さらに同氏は、これを実践する業務として「カスタマーサクセス管理」を以下のように定義している。
「常に変化する顧客が求める結果を達成するために顧客ジャーニーで予測して組織的な業務をすること」。
企業全体で対処することの必要性について語っている。
世界のカスタマーサクセスの現状
カスタマーサクセスプラットフォームを提供しているTotango社は6年にわたってカスタマーサクセス担当者を対象に調査を行っている。その最新版「2019 State of the Customer Success Industry and Salary Report」が公開されており、世界で約500人のカスタマーサクセス担当者に調査を行っている。そのうち、50%はアメリカから、10.2%はヨーロッパから、そして2%がアジア・パシフィックからの回答となっており、欧米の普及状況が高い様子が見られる。
この調査の主な結果を見てみよう。
- カスタマーサクセスは会社の中で主流な組織となり、単体で動くのではなく他の部署とコラボレーションを行いながら業務を行う(99%が他の部署と協力すると回答)。
- 部署としての規模も拡大し、約55%が10人以上の部署になっていると回答。
- カスタマーサクセスが売上に対する責任を持つようになっており、50%が売上目標を持っていると回答。
- 組織的には、CEO直属のカスタマーサクセスチームがあることが多いが、COO、サービス・サポート、営業部署などの傘下と、かなり分化している。
- 主に協力する部署としては営業、製品管理、サービス・サポートなどがトップになっている。
- カスタマーサクセスの目的は、解約の低減、契約更新や製品利用の向上などとなっている。
カスタマーサクセスの部署のあり方は企業により違っており、まだ模索状態のようではあるが、営業、製品、サポート・サービスチームと協力していることと目的ははっきりしていると言えるだろう。
カスタマーサクセスのプロセス
では次に業務プロセスを見てみよう。下図はサブスクリプションサービスにおける顧客ジャーニーの概念図だ。導入しても利用しなければ価値がないとみなされ、契約停止にすぐにつながることが多い。これを乗り越えて最初のメリットを感じてもらえれば、価値をさらに高めることでユーザー数の増加を促したり、利用頻度を高めたり、利用できる機能を増やすことで、さらに利用価値を感じてもらったりするということで、売上の拡大も図れる。
ここで重要になるのは、顧客が自社サービスに対してどのように感じているかを示す「顧客ヘルススコア」だ。ソフトウェアやサービス、トレーニングの利用状況、サポートを利用し満足のいく解決ができているか、苦情が多いかなどや、顧客のロイヤリティを測る指標であるNPS(ネットプロモータースコア)などの指標を組み合わせてスコアを用意し、それがどれだけ上下するかを見ることで、顧客の状況を理解できるようになる。それにしたがって下図のようにすぐに対応が必要な黄色の状況や契約停止につながる赤い状況に対処できるようになる。
次に、SaaSやサービスを提供する側の視点でカスタマーサクセスのプロセスをまとめたのが下図である。営業が顧客と契約締結後、導入に向けて準備を行うためのプロセスを「オンボーディング」という。
「オンボーディング」のプロセスでは、顧客が何を達成したいのかなどの目標や期待する成果をヒアリングした上で、導入のためのプログラムプランを構築する。「導入・利用」段階では利用促進のために準備やトレーニングなどを行い、「成果達成」段階では、顧客の事業への価値をレビューしながら、成果に到達させ、価値を実現させる。
各段階を達成すると信頼が高まったり価値を感じてもらうことでユーザー数を増やしてもらうことができ、「売上向上機会」が発生する。価値が実現されると、さらに高いメリットを得るために次の機能の販売の機会が生まれ、導入プロセスがまた一から始まる。
段階別のプレイブック
これらの各段階には典型的な課題があり、それに対してカスタマーサクセスチームはプレイブック(対処方法)を用意する。下図に見られるように、例えば「利用」段階であれば、利用減少や高利用ユーザーが顧客企業から退社することが想定され、その対処方法を予め用意しておくことで、もしそれが実際に起こりそうになった時には自動的にチームが対処を開始できるようにしておくものである。
例えば、利用減少に対しては、特定の分野で価値を感じてもらうためのトレーニングを行うとか、高利用ユーザーの退社に対しては、事前にその企業での他の高利用ユーザーを数人認識してその人たちの社内での影響力を確認し、彼らとの関係を高めておくなどが考えられる。
カスタマーサクセスプラットフォーム
顧客が自社のSaaSやサービスを利用する状況や顧客満足度・NPSなどを分析するためのプラットフォーム群がカスタマーサクセス向けに多数登場している。Gainsightが最も有名で大手 SaaS企業に使われている。下図は彼らのカスタマーサクセスプラットフォームのダッシュボードである。
特定顧客の自社製品やサービスの利用、ユーザー数、アカウントの成長状況、顧客としての期間、契約更新、トレーニングサービスの利用、NPS、アンケートのフィードバックなどを統合して、顧客の状況を理解する。そして課題が見つかるとそれに関連したプレイブックも用意してあるためすぐに対処方法を開始することが可能である。また状況の良い顧客に対しては新しい機能や他のサービスなどのアップセル・クロスセルを実施することができる。
ケーススタディ:VMWare
IT仮想化製品・サービスのSaaSを提供するVMWareが、Gainsightを導入してどのように顧客スコアのダッシュボードを構築し、それによりカスタマーサクセスを成功させているかのケーススタディを公開している。クラウドを介して提供されるSaaSでは、導入されただけでは売上が伸びない。利用を高めてもらい、追加の機能や別製品を購買してもらうことで長期的に売上が伸びるモデルとなっている。
同社は、いかに速く導入・利用を高めて顧客に価値を感じてもらうかが重要なため、その後の顧客の状況を理解するために、下記のように6つのKPIからの顧客ヘルススコアを用意し、ダッシュボードを構築した。
これを下図のように顧客の目標や利用ケース、成果達成のためのプラン、主要な課題などと一緒にしたダッシュボードをカスタマーサクセスチームに提供することで、今対処しなければならない課題は何かを一目で理解できるようになった。
結果的に、導入から一年後、カスタマーサクセスチームの55%の業務時間は、その場限りの対処ではなく事前に課題が発生する前に解決することに使われるようになっており、NPS指標が顧客ヘルスに関連する分野で15ポイント、ビジネス価値分野で27ポイント向上したという。
他の業界にも広がりを見せるカスタマーサクセス
カスタマーサクセスはSaaS、通信などが主な利用業界という話をしてきたが、最後に他の利用業界についても触れておく。今伸びつつある消費者に直接サブスクリプションサービスで販売を行うようなD2C業界、月々の料金が発生する金融、保険、クレジットカードやコンサルティング、会計、法務などの業界、そして定期的に購買が起こるB2Bでの食品・飲料、製造業、小売業界へも利用が広がっているようだ。
顧客の自社製品の利用や購買の状況を理解し対処する業務であるカスタマーサクセスは、長期的な関係を築く上で、どの業界でも利用できるものと言えるのではないだろうか。
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