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2016年05月13日

働く大人の学びと成長

安西洋之氏×三宅秀道氏 対談(後編)~「コンテンツ」から「コンテクスト」への転換を~

社員がモテることが重要?

──中小企業が優秀な人材を獲得するためには、どのようなことが必要でしょうか?

安西氏:
 人材獲得に成功している企業を見ると、やはり創業者や社長が魅力的なケースが多いと思います。イタリアのカシミアブランド「ブルネッロ・クチネッリ」の社長、ブルネッロ・クチネッリ氏は「倫理資本主義」を経営哲学に掲げ、1985年に本社をソロメオに移転しました。ソロメオは、中世の建物が目立つさびれた街でした。クチネッリ氏はこの街の再生を計画し、道路や教会の修復のほか、劇場を作るなどして、新しい文化を築き上げていきました。現地の従業員にもイタリアの工場労働者平均より20%ほど高い給料を払っています。ここで重要なのが、同社の社員がこの街でモテるということなんです。

三宅氏:
 なるほど。それは重要ですね。

安西氏:
 アパレルだから社員がお洒落ということもあるのですが、会社のイメージが良いので街の人から好意的に見られる。すると、自分にも会社にも誇りが持てるようになります。

三宅氏:
 とても勉強になるご教示でした。前編で安西さんは「ヨーロッパには、少人数で先端的な仕事をすることを良しとする風土がある」と話されていました。しかし、日本ではビッグビジネスを良しとする風潮がまだあります。私は大学で教えていますので、学生の就職活動を見ていても強くそう感じる。中小企業に入ることを、「挫折」や「敗北」と捉えている学生が多いのです。中小企業論を担当している教員としては悔しい限りですね。しかし、社会を見渡してみると、たとえ給料が下がったとしても、社長や商品の魅力に惚れて、大企業から中小企業に転職する人がたくさんいます。社会に一度出た後ならば相対化して考えられるのだけど、22歳の段階ではそれが難しい。「大企業は偉くて、中小企業は負け組」といった偏った考えをどのように相対化させていくかが課題になります。

──就職活動が大企業偏重になっているという指摘もありますね。

三宅氏:
 職場を選ぶ基準は、給料や仕事内容だけではありません。ブルネッロ・クチネッリのような会社の理念だったり、働き方だったり、さまざまな基準がありますよね。自分たちの良しとする価値観を企業が打ち出せれば、優秀な人材を獲得できる可能性はあります。もちろん、すごい大企業もたくさんあるし、すごくない中小企業もたくさんある。しかし、大学側は世間受けする進路実績アピールを気にして、大企業ばかり学生に勧める傾向が強い気がしています。

安西氏:
 残念ですね。その時代の注目企業に誰もが就職したがります。昔だったらテレビコマーシャルで流れている会社であったり、今だったらソーシャルメディアで話題になっている会社であったり。最近のイタリアの成功例では、家具メーカー「LAGO」があります。LAGOは、リーマンショックで一度は落ち込みましたが、そこで「ソーシャルデザイン」を経営に取り入れます。自分たちが地域コミュニティのハブになるような取り組みをしたのです。たとえば、LAGOのインテリアを揃えたアパートに社員が住んで、リアリティバラエティ番組の「テラスハウス」のようにネット上で実況する。そうすると番組のセットを見る感じで、ファンがその場所に集まってくるようになります。さらに、地元の建築事務所にLAGOのインテリアを安く提供し、事務所をショールーム代わりに使ってもらう取り組みも行いました。LAGOにとっても、建築事務所にとっても宣伝になるというわけです。こうした試みを通して、地域コミュニティのコアになり、若い社員がたくさん集まるようになりました。日本ではオフィス内に交流センターなどを作る取り組みはありますが、LAGOのようにオフィス外に交流の「場所」を作る取り組みをしている会社は少ないように思います。

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