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2017年05月18日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

人手不足が深刻化する中国宅配便業界
中国版クラウドソーシングで「人のシェア」へ

全国規模の宅配便+地域のクラウドソーシングが連合

 大手宅配便企業にしてみれば、これまで時期や地域による荷物量の変動に備え、自前の人員を常に確保しておかなければならない悩みがあった。しかしクラウドソーシングを活用すれば、仕事量の変動に柔軟に対応できる。自らは集荷から配達先都市の拠点までの大口輸送に専念すればよいので、効率が高くなる。

 一方の「便利屋」企業にしてみると、個別対応中心の「使い走り」仕事は、1件あたりの単価は高いものの、仕事の頻度が不安定で、登録者に安定的に仕事を供給するのが難しいという問題があった。宅配便企業の仕事は毎日の仕事量が読めるので経営が安定する。さらに言えば、大手、準大手だけで15社もある宅配便企業の荷物の配達を、その地域の地場企業が一定数まとめて引き受ければ、そこにスケールメリットが生まれ、効率が高くなる。

 こうした点で両者の利害が一致、地場の「便利屋」企業は宅配便企業からの荷物が一定量に達したところで方面ごとに分類し、スマホアプリで手の空いている人を集め、「にわか配達人」として荷物を届けてもらう――という仕組みが動き出した。

市内特急配送の大手「人人快送」のスマホアプリ画面。アプリを立ち上げると自分の近くにいる配達員の所在地が赤い帽子のアイコンで地図上に表示される。大都市の中心部なら24時間、常に配達員が近くにいるので、呼べばあっと言う間にやってくる。

「配達人」の登録には個人信用情報を照会

 こうした手法が可能になった背景には大きく3つの要因がある。

 一つは言うまでもなくデジタル化の進展だ。特に中国ではアリペイやテンセントのウィチャットペイ(微信支付)など個人間の決済システムが幅広く使われているため、賃金や各種の報奨金などの支払いが容易にできる。働き手にとっては仕事を終えれば即座に報酬が入金されるので、モチベーションが高まる。加えて「配達人」の仕事に対する評価も顧客からダイレクトに入力されるので、サービスレベルを高めやすい利点もある。

 そして二番目は中国社会全体の信用度の高まりである。大手宅配企業が自前の人員による配送にこだわってきた大きな理由の一つがセキュリティの問題だ。荷物の盗難や紛失、配達先での不法な行為など宅配便企業のリスクは小さくない。ましてクラウドソーシングで不特定多数の個人に配送を委託するとなれば、管理できる範囲には自ずと限界がある。

 この問題は完全に解決されたわけではないが、社会全体の所得水準や学歴の向上によって、社会的なマナーや治安状況は以前に比べて確実に向上している。加えて、前回の連載で紹介したアリババの「芝麻信用」のように個人の信用度を点数化し、格付けするシステムが生まれたことで、雇用側のリスクは低減されつつある。実際、前述した「人人快送」などのデリバリー企業は個人の配達人の登録を受け付ける際、「芝麻信用」の信用格付けを参照することを明らかにしている。

「個人」を軸に、収益機会に敏感な勤労観

 そして最も大きいのが、「個人」を軸に自分の生き方を考え、収益機会に敏感な中国社会の勤労観である。配車アプリの例でもわかるように、中国の人々は仮にそれなりの社会的地位や収入があっても、副業として他の商売をすることに極めて前向きである。オフィスワークに従事する人であっても、昼休みや終業後、週末、もしくは自分で時間を管理できる地位や業務の人であれば仕事中でも、副業を手がけているケースは珍しくない。そうした行為の是非はさておき、極めてアグレッシブな姿勢を多くの人が共有している。

 世の中には多くの人がいて、各人の事情は千差万別だ。誰もが9時から5時まで働きたいと思っているわけではないし、一年中忙しいわけでもない。学生もいれば、高齢者もいる。何らかの事情でたまたまその時間、手が空いている人は、どこかに必ずいる。デジタル化の進展でそうした細切れの労働ニーズを社会が活用できる道が開けた。そのようなテクノロジーの進歩に個人中心の積極的な勤労観がマッチして、クラウドソーシングは中国社会に深く定着しつつある。

 少子化、高齢化が急速に進展し、将来的に人口減少の社会に直面することは日本も中国も同じである。働き手の不足は今後、両国ともにますます深刻な問題になっていくはずだ。そのような状況下、社会のあちこちに存在する未活用の労働力を活かすという点で、中国社会は日本社会より明らかに柔軟性が高い。このことは今後、両国の社会が進んでいく方向に大きな影響を与えるように思う。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー 亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤) 前リクルート ワークス研究所客員研究員

中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、大手カジュアルウェアチェーン中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。

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