2017年05月18日
次世代中国 一歩先の大市場を読む
人手不足が深刻化する中国宅配便業界
中国版クラウドソーシングで「人のシェア」へ
昨今、日本では宅配便業界の人手不足、労働環境悪化が論じられている。この問題は実は中国でも同じだ。日本の場合、宅配便料金の値上げによる労働条件の改善、人材募集難の緩和という方向で解決を模索しているようだ。
しかし中国でいま進んでいる人手不足対策は方向性が異なる。
全国規模で事業を展開する宅配便企業の数が少ない日本と違い、中国では宅配便企業の数が多く、競争が激しい。値上げは難しい状況だ。そうした環境下、中国の宅配便業界はスマートフォン(以下スマホ)のアプリを利用したクラウドソーシングを導入し、配送の効率化を図る動きが進んでいる。自前の労働力だけに頼るのではなく、配達先の近隣にいる「普通の人」を戦力としてシェアして柔軟に取り込んでいこうという発想だ。
そうした対応が可能になる背景には、アリババグループのアリペイ(支付宝)など個人間の決済システムの普及に代表される中国社会のデジタル化の進展、さらには収益機会に敏感で事業意欲の旺盛な「個人」を軸にした中国社会の融通無碍な適応力がある。日本と同様、急速な少子化、高齢化の時代を迎えつつある中国の人手不足問題への対応について、宅配便業界をテーマに考えてみる。
中国の宅配便最大手「順豊速運」の荷物運搬車と配達員。「SF」のロゴマークは街のいたるところで見かける。
1日の発送量が8600万個
1日に発送される宅配荷物が8500万個。間違いではない。1日の数である。
中国国家郵政局によると、2016年の中国の宅配便取扱個数は312億個で、対前年比で51.3%増えた。業界の総売上高は日本円で7兆円近くに達し、金額でも同43.5%の伸びと、まさに爆発的な成長を見せている。ちなみに宅配便大国、日本が年間約40億個だから、中国のすごさがわかる。
中国には現在、売上高200億元(3400億円、1元17円換算、以下同)超の大手宅配便企業が7社、そのほかに100億元(1700億円)超の準大手が8社ある。なかでも「圓通速逓」「中通快逓」「申通快逓」「百世匯通」「韵達快逓」の通称「四通一達」および最大手の「順豊速運」を加えた6社が先頭集団で、その他は混戦状態。先頭集団にしても、ヤマト運輸を徹底的にベンチマークし強力な自社ネットワークを基盤に高付加価値路線を歩む「順豊速運」が頭ひとつ抜けているが、それ以外には際立った存在はなく、激しい競争が続いている。
荷物の単価は10年で半分に
爆発的な成長を見せている宅配便業界だが、一方で荷物の単価は急速に下落している。1個当たりの平均単価は2005年には27.7元だったが、12年には18.6元、15年には13.4元と10年で半分近くに落ちた。取扱量の拡大によるスケールメリットで経営効率が高まった面はある。しかし、この10年間で中国のワーカー賃金は控えめに見ても3倍にはなった。倉庫の賃料やトラックの燃料代なども大幅に上がっている。宅配便企業の経営環境はますます厳しくなっている。
宅配便の8割がネット通販商品
単価下落の最大原因は、日本と同様、ネット通販の比率が高まったことにある。ご承知のように中国では最大手アリババグループの「タオバオ(淘宝网)」や「TMALL.COM(天猫)」、それを追う「JD.COM(京東商城)」などに代表されるネット上のショッピングモールの利用が盛んだ。さらにウィチャット(WeChat、微信)上のショップ「微店」などSNSを通じたショッピングも伸びている。
そのため中国の宅配便の80%以上をネット通販の商品が占める。加えて、中国は上述のような有力ショッピングサイトの影響力が大きく、宅配便料金の価格交渉力が強い。一方、宅配便企業は競争が激しいため、利幅は薄くなる一方だ。そのしわ寄せは現場の配達員に来る。賃金は歩合制で、取り分は荷物1個あたり1~2元程度とされる。主要宅配便企業は17年6月から1個あたり0.15元の増額を発表しているが、その程度では効果は薄いだろう。待遇への不満などから各社の配達員は離職が増え、深刻な人手不足が日常化している。
旧正月に荷物が届かない事態も
特に今年の旧正月後は、帰省した配達員のかなりの部分が職場に戻らず、大都市を中心に各地の集配拠点から届け先までの「最後の1マイル」で大量の荷物が滞る現象が発生した。「四川から北京まで2000kmが2日、近くの集配所から家までの数百mに3日」というジョークがネット上に広まったほどだ。
宅配便大手の一社「圓通速逓」の北京市内の拠点では、旧正月直後の2月上旬、大量の滞貨が発生し、ネット上には「荷物が届かない」「問い合わせの電話も通じない」といったクレームが飛び交う事態に。一部のメディアは「賃金不払いでストライキが発生」などと伝え、ちょっとした騒ぎとなった。企業側は「旧正月の従業員の大量帰省による一時的なもので、ストライキは起きていない」「電話の不通はシステム更新時のトラブルが原因」などと説明し、労働争議説を否定。その後、2週間ほどでとりあえず業務は正常化したが、数字上の急成長の陰で宅配便の現場が厳しい状況に陥っていることが明らかになった。