次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国の農村に広がるEコマース
「淘宝(タオバオ)村」は社会を変えるか
Text:田中 信彦
SUMMARY サマリー
激しい同質化、低価格競争
このようにITの活用で全国に数多くの「タオバオ村」が誕生し、農村の生活は格段に向上した。低所得にあえいでいた農村の経済を底上げし、経済格差の縮小に大きく貢献したことは間違いない。しかしここへ来て、この「タオバオ村」のモデルに限界を指摘する声が強まっている。
その最大の理由は、確かに全体のボリュームは増えたが、結局は安値競争に陥り、利益が出ない構造になっていることにある。参入者があまりに多いので商品の同質化が進み、どの店も同じ商品ばかりで、値段で勝負するしかない。利益がなければ新たな商品開発や品質向上への取り組み、素材開発などにコストがかけられない。そのためせっかく生産者が近くに集まっているのに、ノウハウの蓄積や高度化が進まず、ブランド化につながらない。これは「タオバオ村」に限った話ではなく、中国のビジネス全般に共通する傾向だが、ここでもそれがネックになっている。
前述した沭阳では、あまりに利幅が薄いために、劣悪な商品と知りつつ販売したり、不正な手段に手を染める事例が報道されている。品質の劣る苗木を販売し、結果的に花が咲かない、すぐに枯れてしまったなどのクレームが増えている。また丁楼村では「1着1元(17円)の利益が出ればよいほう」と言われるほど利益が薄く、廃業に追い込まれる店も出ている。ひどい例では、ネットショップの口コミ評価に同じ村の同業者が故意に悪評を書き込み、中傷合戦が起きているという話もある。これでは産地のブランド化など進みようがない。
「一村一品運動」の目指した精神
ここで思い出されるのが、先に触れた「一村一品運動」の精神である。「一村一品運動」は1979年、当時の大分県知事・平松守彦氏が提唱した地域振興運動で、翌80年から取り組みが始まった。各市町村が地域の特徴を活かし、独自の産品に注力することでノウハウや経験を蓄積し、競争力を高める。製品のブランド構築を進め、付加価値を高めて地域の雇用を増やし、増収を実現すると同時に、郷土愛を持ち、地域の文化に誇りを持つリーダーの養成を図ろうというものだ。
「一村一品運動」は実は中国でもよく知られている。呼称もそのままだ。中国政府の取り組みは早く、1983年8月、上海市で平松知事らも出席して初の大規模なイベントが開かれた。その後、平松知事は2000年代前半にかけて10数回、中国を訪れ、各地で運動の意義を説いた。あるイベントには当時の曽慶紅・国家副首席も出席するなど、中国側の関心も高かった。
「一村一品運動」が掲げた理念は次のようなものだ。
- 地域の文化と香りを持ちながら、全国、世界に通用する「モノ」をつくる。
- 何を一村一品に選び、育てていくかは住民が決め、創意工夫を重ね、磨きをかけていく。
- 先見性のあるリーダーなしでは運動は成功しない。何事にもチャレンジする創造力に富んだ人材を育てることが重要。
こうした高邁な目標を掲げ、その実現を最終的なゴールとした。最初から「商売ありき」で始めたわけではない。成功の最大の理由はここにあった。
「タオバオ村」に欠けているもの
そう考えてみると、中国の「タオバオ村」の動きに欠けているものが見えてくる。
それは「淘宝網」や「T MALL」などのEコマースの仕組みを単なる便利な「取引の道具」として使うだけに留まり、「郷土に誇りを持つ」「地域自体をブランド化する」「世界に通じる商品を生み出す」といった、より普遍的な価値を目指す方向に向かっていないことである。
中国のEコマースはアリペイ(支付宝) やウィチャットペイ(微信支付)などの卓越した決済システムとあいまって、農村を豊かにし、生活水準を引き上げた。取引がより透明かつ低コストになることで市場に参加できる人が増え、競争原理がより広く機能して、富の平準化が進んだ。貧富の格差は縮小の方向にある。
これは疑いなく偉大な成果だが、その結果、地域での競争は激化し、本来なら力を合わせて郷土のブランドを構築していく仲間であるはずの住民どうしが、際限のない価格競争に走り、中傷合戦を繰り広げる。これではせっかくITを使って富を都会から農村に移転させても、その果実を奪い合い、無為に消費して終わりになってしまう。
「富の移転」と「富の創造」
日本の「一村一品」運動がすべて成功したわけではむろんなく、きれいごとばかりでは片づかないことは承知している。しかし、運動発祥の地・大分県に限らず、日本の各地で地域の人々が時に個人の利害を超えて力を出し合い、地元産品の価値を高め、地域そのもののブランド化に成功した例は少なからずある。
ITの力は「富を移転」させる短期的な「取引」のためだけに使って終わりにするのではなく、新しい「富を創造」する長期的な「取り組み」のために使わなければならない。この点では日本社会には長年蓄積された強みがあり、これは今後も日本人の競争力の源泉だと思う。
「淘宝網」にせよ「T MALL」にせよ、詰まるところ効率的な取引を実現するためのツールである。いかに先進的な道具があっても、それで人の思考や行動が変わるわけではない。「タオバオ村」が本当に地域の個性を持った、自立した農村として成長していけるかは、まだわからない。
先端的な情報技術は中国社会の経済構造を大きく変えつつある。しかし、それでも人の発想や行動はなかなか変わらない。技術の発達よって一瞬で変わるものと、しぶとく変わらないものがある。「タオバオ村」を訪ねてそんなことを考えた。
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