次世代中国 一歩先の大市場を読む
”世界初”の「シェア書店」も登場
リアル書店の復興に見る「文化の時代」の始まり
Text:田中 信彦
書店の増値税を免除
こうした「書店ブーム」の背景はいくつかある。
第1は増値税の免除政策である。リアル書店が衰退を続ける中、中国政府は文化の拠点としての書店経営を支援する方針を掲げ、2013年1月1日から書籍の小売、卸売段階の増値税を免除する政策を実施した。増値税の説明は省くが、要は流通段階にかかる付加価値税で、日本の消費税に相当する。中国では内税で標準税率は17%(品目ごとに異なり、書店は13%)。これを納めなくてよいことになった。
小売業にとって13%は大きい。前述したように2013~14年あたりにかけて新たな書店チェーンが次々と成長しているのは、これが大きなきっかけになっている。付記すれば、中国では同じくリアル書店支援のために直接の補助金を支給しているところもある。金額はケースバイケースだが、ある書店は年間に日本円換算で数千万円もらっているという話を聞いたことがある。
際立つ書店の集客力。賃料ゼロでの入居も
第2の背景が大型商業施設の急増だ。中国では急速な経済成長と技術革新の波が重なったため、固定電話やパソコンの時代を経験せず、いきなり全国でスマホが普及した。このように経済成長が遅れたが故に、逆に一足飛びに先進国を上回る最先端、高効率の仕組みが一気に広まる現象が中国のさまざまな分野で起こっている。
日常の買い物の世界も同様で、地方都市や農村部では地場の商店街やスーパーなどの近隣の商業集積が育つ前に、広域から車で来る客を集める大型ショッピングモールが続々と誕生した。消費行動の「一足飛び」の変化がここでも起きている。
しかし、あまりに急激に大型商業施設が増えたため、競争が激化、テナントの同質化が進んでいる。そこで、商業施設のデベロッパーが集客の目玉として着目したのが大型書店である。書店に来る客層は高学歴で知識水準が高い層の比率が高く、平均所得も高い。加えて中国の家庭は子女の教育に熱心で、家族連れの来店も多い。書籍や各種教材、習い事の教室、親子で参加できる講座やイベントなどを組み合わせると確実な売上が見込める。
そうした背景から大型商業施設では書店の誘致競争が起きている。「モールを開くには大型書店とユニクロの誘致が不可欠」と言われるほどだ。そのため人気のある書店は有利な条件で交渉できる。業界の相場では、有力書店が商業施設に入居する場合、賃料は高くても相場の半額、10~30%程度のケースが普通で、中には賃料ゼロの例もあるという。
こうした書店の競争力の源泉は、その店の個性であり、店主の経営哲学であり、店が提唱する人生のスタイルにある。鮮明な「書店文化」が、質の高い顧客層を惹きつける。そして、そのことが他の商業施設と差別化し、付加価値の高いビジネスにつなげたいデベロッパーの意向とマッチし、書店に大きな成長の空間を与えている。
コンセプトの力を示した「猫的天空之城」
書店の持つそうした文化の力、新たな可能性を中国で最初に示したのが「猫的天空之城(Momicafe)」である。2009年、蘇州の古い運河沿いに開店した同店は、中国で最も早い「概念書店(concept bookstore)」の一つである。店名からわかるように日本のアニメ文化、ファンタジーの世界に強い影響を受けている。現在では全国に40店舗以上を展開し、ファンは親しみを込めて「猫空(Mao-kong、マオコン)」と呼ぶ。
「猫空」のコンセプトは「未来に手紙を書く」。宛て先は自分でも、誰でもよい。日付を指定すれば店が代わりに発送してくれる。店内にはオリジナルのハガキや便箋のセットがたくさん置かれており、お客はお茶を飲みながら手紙を書いたり、本を読んだりする。書棚にあるのは「旅、芸術、絵本、文学」の本だけ。店は若い女性でいつも賑わっている。
「猫空」のすごいところは、自分たちのコンセプトにお客を引き込み、そのスタイルで行動させてしまうところにある。どことなく日本的な物腰の店員さんと、手書きの猫のイラストが入ったハガキや便箋を眺めつつ、「あの街きれいだよね」などと話しているうちに店の常連になってしまう。そんな力が「猫空」にはある。規模は小さくても書店の明確なコンセプトは人を動かす力を持つことを「猫空」は目に見える形で示した。このことが中国の書店業界に与えた影響は大きい。
「読書」が階級を分ける
中国語で「本を読む」は「看書(kan shu)」という。「読書(du shu)」という言葉も中国語にはあるが、こちらは「勉強する」「学問をする」という意味である。中国史で「読書人」という言葉を聞いたことのある人がいると思う。読書人とは、中国で科挙(古代からの高級官吏任用試験)に及第して役人になった人のことを指す。つまり「読書=出世への途」であり、中国では「読書」がより上の階級に昇る唯一の方策であった。
やや大げさに言えば、「読書」の有無が階級を分ける。中国人の「読書」は趣味や教養の類ではなく、人生を賭けた真剣勝負である。だから親は子供の受験に、まさに必死の形相で取り組む。受験生は家のプライドを背負って名門大学に挑む。中国の知識人にとって書籍とは競争に勝つための不可欠の武器なのである。
そういう社会において、書店は特別な意味を持つ。書店は「知」のシンボルであり、「読書人」として成功し、世の尊敬を受けるための拠点でもある。それは現代でも基本的には変わらない。書店が世の中の「知的なもの」「ハイレベルなもの」を象徴する空間、そういう価値を求める人の集まる「場」として認識されている。
上海の自宅近くのショッピングモールに、芸術や建築関係の本をメインに、カフェを併設し、雑貨なども扱う書店がある。台湾出身のアーティストがオーナーの店である。最近、友人たちと集まるのはいつもここだ。客層がよいので騒がしくない。オーナーは業界に知己が多いから、「こんな人いない?」などと相談すると大概の話はメドがつく。中国の書店とは、今でもそんな場である。
世の中のデジタル化、IT化が急速に進み、コミュニケーションの方法は変わっても、おそらく中国社会の階級意識は消えないし、むしろ今より拡大するかもしれない。一方、ビジネスの世界は常に他者との差別化、付加価値の増大を追求し続ける。その中で書店は今後も重要なカギを握る存在として成長していくのだろうと思う。
「政治の時代」から「経済の時代」、そして「文化の時代」へ
考えてみれば、中国はかつて「読書人」の社会であった。「知的であること」「文化的レベルが高いこと」が世の尊敬を受ける必須の条件だった。しかし社会主義革命後、中国の社会はイデオロギーがすべての「政治至上の時代」となり、次に来たのはおカネがすべての「経済至上の時代」だった。この社会は過去数十年にわたり、文化や教養、知性といったものをあまりにも軽視してきた。
しかし、世の中が豊かになり、生活が落ち着いて、中国の人々はやっと本来の「読書人」に戻る動きを始めたのかもしれない。「知識」や「文化」が商売になる。そういう時代が始まりつつある。書店のカフェで楽しそうに話す友人たちを見ていると、この国はようやく「文化主導の時代」に入りつつあるのかなと思う。
次世代中国
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