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2017年09月19日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

アプリが変えた中国人の行動パターン
情報共有が進み、効率化し始めた中国社会

計画的に動くようになった中国人

 こうした旅行アプリを使いながら感じるのは、アプリの便利さに誘われて、知らず知らずのうちにアプリの求める行動を取るようになっていることだ。アプリに飼い馴らされてしまうと言ってもいいかもしれない。例えば以下のようなことだ。

(1) 計画を立てる

 旅行アプリで飛行機や鉄道を予約すると、それに付随して現地での交通手段、ホテル、観光地、買い物、食事といった旅のコンテンツが「いもづる式」に手配できる。しかもその連携が極めてスムーズで、代金の支払いも共通のプラットフォームで可能、料金的な優遇がある場合も多い。この便利さによって多くの人が事前に旅のプロセスを計画するようになった。そのほうがトクでラクだからである。以前の中国国内旅行のように「行ってみないとわからない」「計画しても仕方ない」という状況は少なくなった。

(2) スマホはマニュアルである

 旅行アプリの利用者の向こう側には、利用者の求めるサービスを提供する人たちがいる。その人たちがタイミングよく、求められるサービスを提供すれば利用者の満足度は高まる。アプリの普及によって、サービス提供側は「自分がやるべきこと(お客の求めること)」を事前に知ることができ、体制を整えておくことが可能になった(例えば、何時何分に車を空港のどの場所に付ける、など)。「自分のやるべき仕事」がスマホアプリをベースに明確に規定され、人はアプリで指示された仕事を遂行すればよい。これは一種の業務マニュアル的な意味を持つ。これによって中国のサービスは急速にレベルアップしつつある。

道案内も二次元バーコード。足元のバーコードをスキャンしていけば目的の店にたどりつけるというサービス。

(3) 「評価」が行動を規定する

 顧客がサービス提供者を評価し、他の利用者はその評価情報を参考にする。ネットショッピングなどでもおなじみのように、これはデジタル時代の信用担保のカギである。旅行アプリをはじめ中国のさまざまなサービス提供アプリにも、この仕組みが組み込まれている。加えてCtripなどの旅行アプリは常にオンラインのチャットで利用者の質問や相談を受け付ける窓口が開いており、その場でコミュニケーションができる。こうしたフィードバックの仕組みはサービスレベルの向上に大きな役割を果たしている。

 サービス提供側による顧客への評価は中国では一般的でないが、そのかわり前述したような個人の信用情報蓄積の仕組みによって、顧客の側も非常識な行動が取りにくい縛りがかかっている。こうしたデジタル社会の個人に対する評価機能は中国の人々の動きを大きく規定し始めている。

スマホ利用での支払い方法はますます増えている。

(4) 追跡、監視されている安心感

 旅行アプリに限った話ではないが、中国の人々は自分がスマホに付属したGPS(衛星測位システム)で位置を捕捉され、アリペイなどの決済システムで金銭の支払い、受取り状況を確認され、街角にくまなく設置された監視カメラ+顔認識システムで行動をモニターされていることに一種の安心感を持っている。政府や企業などによるプライバシーの侵害を懸念するより、こうしたシステムで自分が常時捕捉されていることで「守られている」という感覚が強い。これは中国社会の際立った特徴である。

 先日、北海道を旅行中の中国人女性が行方不明になり、その後、遺体で発見されるという痛ましい出来事があったが、この時の中国国内の反応には「日本は街角の監視カメラが少ないから危ない。街を歩くのが恐い」「日本は犯罪があっても捕まえる方法がない」といった声が少なくなかった。中国の人々にあるこうした「監視慣れ」「安全はプライバシーに優先する」という感覚は日本では理解されにくいが、こうした「プライバシーに対する鷹揚さ」は個人情報のやり取り、相互利用を容易にし、社会の効率を高めていることは否定できない。

社会の情報共有が進む中国

 これまで日本人の多くは「中国人は個人では強いが、団結力に欠ける」「チーム内の情報共有が苦手でチームプレーに弱い」といった評価をしてきた。それが日本人の中国に対する自信の根源にもなってきた。その見方はおおむねその通りだと私は思うが、中国社会はいま、ここで述べてきた旅行アプリのようなデジタルなコミュニケーションが急速に高度化しつつある。加えて個人情報の公開に寛容な中国社会の傾向を鑑みれば、今後、中国では社会的な個人情報の共有が急速に進む可能性が高い。

 これは権力による思想・情報統制の強化につながりかねない反面、チームプレーが苦手という中国社会の弱点を補える可能性がある。中国のサービスは、今後飛躍的にレベルアップしていくだろうと私は考えている。

内蒙古自治区、ハイラルの羊の串焼き屋台。ここでも二次元バーコードでのスマホ決済が主流。

 そして確実に言えることは、中国人であろうと外国人であろうと、この中国的な「情報共有の輪」に入らない限り、この社会では今後、事実上何もできなくなるということである。非常に便利で効率的、かつ安全だが、それと引き換えに「個人」を社会に引き渡さなければならない。こういう方向に中国は向かっている。

 高度に発達したデジタルな仕組みが、スマホという道具を通じて、国民性とか、民族性といったものを超越する時代が来たのかもしれない。とてつもなく便利になった黒龍江と内蒙古の辺境を歩きつつ、そんなことを考えた。

モンゴル国境近く、ノモンハンの草原。見渡す限りの草原に牛がゆっくり草を食んでいる。
田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー 亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤) 前リクルート ワークス研究所客員研究員

中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、大手カジュアルウェアチェーン中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。

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