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次世代中国 一歩先の大市場を読む

中国のシェアリングエコノミーを見誤るな~「マッチング先進国」の競争力とは

マッチング機能を突き詰めた「シェア自転車」

 このことは中国で一世を風靡し、日本にも一部導入されつつある「シェア自転車」を例に考えてみると、一層ハッキリする。

 中国のシェア自転車の2大企業であるofo(共享単車)とMobike(摩拝単車)のサービスは、ともにシェア自転車をうたってはいるが、遊休資産活用の要素はofoの草創期を除いて事実上ない。自転車はこの事業のために開発、生産されたもので、目指しているのはマッチングの精度の向上、その一点に尽きる。

 マッチングの精度向上とは、突き詰めれば「使いたい人が、使いたい時に、使いたいものがそこにある」状態を実現することである。GPS(衛星測位システム)とスマホアプリで「どこで、誰が、いつ」自転車を使いたいかを把握する。そして街に大量の自転車をバラ撒くことで「使いたいものがそこにある」状態を実現した。マッチングが常に高いレベルで実現しているので非常に便利に感じる。上海では私にとっても既に不可欠の交通手段になっている。

 その結果、都市部では自転車を所有する必要はなくなり、スポーツ用など一部の特殊なスペックのモデルを除き、自転車の販売量は大きく下がった。マイカーやタクシーの近距離利用も減り、渋滞も減少したという。マッチングの高度化が人々の行動を変えたのである。

 その後、街に放置される自転車が増えすぎ、無断で投機、廃棄される自転車が山積みとなり、社会問題化した。「共有経済をうたっているのに、何という資源の無駄か」と中国国内でも大きな批判が起きた。そういう事態が起きたのも、サービス提供者がマッチングの精度を極限まで高めようとすれば、街に置く自転車の数を増やすのが最も有効な手段だったからだ。

デジタルの世界の企業家たち

 そう考えてみると、王永たちの実行した「順風車」が、社会の共感と賛同を受けながらも最終的に大きく広がらなかった理由がわかる。王永が目指したのはあくまで「共有(シェアリング)」である。人の善意によって資源を有効に活用し、効率的な社会をつくる。人の力で社会を変えようとする、一種の社会変革運動であった。もちろんそれは有意義なことで、人々の意識を変える上で大きな役割を果たした。しかし、そうであるだけにシステムとして自立的に成長することはできなかった。

 一方、DiDiやofo、Mobikeなどを立ち上げたのはデジタルの世界で生きてきた企業家たちである。「いつでも、どこでも、欲しい時に」その品物やサービスが目の前に現れる。そういう状態を、どうやって実現するか。データの蓄積を活用し、最初からそのことを徹底的に追求してきた。

 その結果として中国の大都市には、アプリ一つで、いつでも、どこでも好みのタイプの車が迎えに来るタクシー配車の仕組み、どこからでも乗れて、どこでも乗り捨てられる自転車、何百種類ものメニューから選んだ料理があっと言う間に自宅に届くデリバリー、マンションの敷地内にあって24時間、必要なものが揃う無人コンビニなど、「いつでも、どこでも、欲しい商品やサービスが手に入る」状況が次々と出現した。これらはすべてマッチングの精度を極限まで突き詰める姿勢から生まれてきたものである。

 この点、中国のシェアエコノミーに対する日本からの視点は、「共有(シェアリング)」の部分に関心が寄りすぎているように見える。中国でシェアリングエコノミーと呼ばれているビジネスの本質はビッグデータの活用によるマッチング精度の向上であり、競争力の核心はそこにある。そのことを改めて深く認識する必要がある。

個人データの活用で先行する中国

 渡邉教授は以下のように述べる。「馬雲(アリババの創業者、ジャック・マー、田中注)は情報を生み共有する技術を使って個人の不自由を解決し、旧態依然とした流通、金融を大きく変質させてきた。中国経済は、情報を積極的に利用することでより効率的な経済に変貌しつつある。中国の一人あたりGDPはこれから向上していくだろう。なかなかビッグデータの恩恵を取り込めないでいる日本は、一人あたりの経済水準においても中国の後塵を拝する時期が、思いのほか早く来てしまうかもしれない」(「アリババがつくる巨大プラットフォーム経済—『情報の非対称性がない』ビッグデータ社会のゆくえ」〈外務省発行「外交」Vol.46、2017年12月〉)

 そして、過去にこの連載でも何度か触れた、中国の個人信用情報評価システムの整備【「信用」が中国人を変える、スマホ時代の中国版信用情報システムの「凄み」】などに見られるように、ビッグデータの蓄積と活用では中国社会は(その是非はともかく)日本を含む先進諸国より圧倒的に有利な条件を備えている。さまざまな個人の嗜好に応えられる商品やサービスを「いつでも、どこでも、欲しいものが欲しい時に」提供できる体制をつくる。中国が強い競争力を持つのは、実はこの点においてである。

 その意味で中国はまさに「マッチング先進国」であり、渡邉教授が指摘するように、その市場は今後、より高度な機能を持つようになる可能性が高い。14億人の巨大市場で精度の高いマッチングが実現することのインパクトは計り知れない。中国のシェアリングエコノミーから私たちが学ぶべき点はここにある。