激化する米国のデジタル映画・テレビ配信競争
~SXSWレポート(前編)~
Text:織田 浩一
毎年3月に米テキサス州オースティンで開かれる、スタートアップテクノロジー・映画・音楽のカンファレンス「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」。2017年には約17万人が参加したという大型カンファレンスである。今年は有料ケーブルテレビ会社Showtime(ショータイム)がSXSWアプリのスポンサーとなり、Showtime Houseというイベント会場を設置。ライブ音楽やDJなどを呼んだパーティーを開催しながら、同社のオリジナル番組「SMILF」「THE CHI」「SHAMELESS」のプロモーションを行った。過去にはNetflixやAmazonもかなりの規模のプロモーションを実施してきたが、Showtimeが自社のストリーミングアプリのプロモーションを行っているところに、従来のエンターテイメント業界と、Netflixなど新しく生まれたデジタルストリーミング業界との競争が始まっていることを感じさせる。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
映画・テレビ・ストリーミングサービスの販促に使われるSXSW
1987年に音楽イベントとして始まったSXSWは、1994年に映画とインタラクティブ(スタートアップとテクノロジー)のカンファレンスを立ち上げ、バンド演奏や映画の試写、スタートアップ企業のプレゼンの場を提供しながら、それぞれの業界のビジネス面での課題や戦略、ベストプラクティスなどを共有するカンファレンスとして成長してきた。映画業界や新興フィルムメーカーの参加者が多いことから、新しい映画やテレビ番組の試写やマーケティングにも使われている。
また、Twitter(ツイッター)やFoursquare(フォースクエア)など、大きく成長するスタートアップ企業のサービスが数多く発表されてきたインタラクティブカンファレンスにおいて、ここ数年はNetflixやHulu、YouTube、Amazonなどオンライン配信サービス、その中でも特にオリジナルコンテンツのプロモーションなども増えている。これは、新しいオンラインサービスの利用度の高い参加者の増加に伴うものだ。
有料ケーブルテレビチャンネルのShowtimeはこのSXSWのセッションや試写、コンサートやパーティーのスケジュール、ネットワーキング、トレードショーの内容を検索したり、選択できるアプリで、同社のストリーミングサービスのプロモーションを実施した。
同社とその親会社CBSは2014年からストリーミングサービスに注力している。CBS All AccessではCBSの「NCIS」など1万以上のエピソードを、Showtimeではオリジナルのプレミアムコンテンツをそれぞれ展開しており、2017年終わりまでに400万契約者を獲得、2020年までに800万契約者に増やすべくプロモーションを継続している。
テレビオーディエンスの細分化とオーディエンスデータの利用
米国では1980年代から幅広い視聴地域をカバーするためにケーブルテレビが普及し、CNNやMTVなどケーブルテレビチャンネルが生まれた。今では多言語チャンネルや有料のチャンネルShowtime、HBOなども含めて数100チャンネルを選択できるようになっている。メディア調査会社Leichtman Research Groupによると、2010年には88%の米世帯にケーブルテレビや衛星放送などが普及していると報告されている。
つまり、米国では1980年代からテレビチャンネルのオーディエンスの細分化が起こったのだ。各チャンネルは、Food Network(フードネットワーク)やNational Geographic(ナショナル・ジオグラフィック)といったチャンネルで、特定層のオーディエンス向けに番組を製作するようになり、マスからニッチオーディエンスへの対応が始まった。特に2010年以降では、ケーブルテレビや衛星放送のセットトップボックスからの視聴データを利用できるようになり、どのような世帯がどの番組を視聴し、新番組の番宣に反応したのかといったデータなどを分析している。またSNS上の反応を含めて、映画・テレビ番組製作や番組のプロモーションなどで利用されることが多くなっている。
データドリブン、オリジナル製作をさらに推進するNetflix
1997年にDVDの宅配サービスとして始まったNetflixは、今では世界で1億1760万人の契約者を持つ世界最大の映画・テレビのストリーミングサービスとなっている。
同社がビッグデータ分析に基づいてコンテンツの買い付け、オリジナル作品の製作を実施していることはよく知られている。主人公の道徳感やストーリーの完了感、ジャンル、時代、俳優、監督などを含めて映画やテレビ番組を詳述する数万のタグが用意されており、ハリウッド作品の属性データを最も詳細に持っているといわれている。これに加え、ユーザーの属性情報とそのユーザーの利用デバイス、作品の検索履歴、視聴場所、視聴を中断・一時停止・早送りした箇所、作品を推奨するレベルなどユーザー行動も詳細にデータとして取り込んでいる。
これらのビッグデータにより、デビッド・フィンチャーを監督とした政治ドラマに、主人公としてケビン・スペイシーを起用したものであれば、同社のユーザーの間ではヒットが間違いないことを予測し、初めてオリジナル作品としてパイロット版を製作することなく「House of Cards」を2シーズン分発注した。同時に製作した「Orange is the New Black」では、女性を主人公にしたダークコメディであれば、さほど名の売れていない女優でもヒットになることを証明した。
さらに、上記のビッグデータを利用したコンテンツ推奨エンジンによりユーザーのコンテンツ利用を上げたり、SnapchatなどSNSをリターゲティングに利用し、マーケティング効率を向上させたりしている。
過去3年ほど、グローバルにオリジナル作品製作に力を入れ「Stranger Things」などのヒット作を公開して、さらに契約者を増やしている。特に、2017年第4四半期には、米国で190万人、世界で640万人の契約者を増加させ、米国外の市場の契約者数が米国内の契約者数を超えたことを発表している。
下図は2017年のエンターテイメント企業におけるスポーツ以外のコンテンツ投資金額の比較である。Netflixは63億ドルでCBSやViacom(バイアコム)を抜き、ディズニーに肉薄しつつある状況であった。さらに今年2月にNetflixのCFO、デビッド・ウェルズ氏が投資系カンファレンスで発表したところでは、今年は75-80億ドルの予算を700本の映画・テレビ番組へ投資することを発表した。そのうち80本は英語以外のオリジナルコンテンツである。
Amazonでは、Netflixのオリジナル作品製作の勢いに追いつくため、2月にNBCから女性幹部を雇い入れている。
2220万のコードカッティングに慄く米エンターテイメント企業
米国ではケーブルテレビや衛星放送などの有料テレビサービスを解約して、オンラインのみで映画・テレビを見る行為を、「コードカッティング(ケーブルを切る、の意味)」と呼ぶ。特に35歳以下のミレニアル世代以下で、このような層が増えている。
米テレビ視聴率調査のニールセンによると、ケーブルスポーツチャンネルESPNが視聴できる世帯は2011年の1億13万から2017年には8722万世帯と13%下落した。ESPNの収益は、Comcast(コムキャスト)やDirecTVなどのケーブルテレビ・衛星放送サービス提供企業から、契約者ごとに月$7.21、ESPN2や大学スポーツ専用チャンネルESPNUなどを含めると月$9を得ているといわれており、同社の売上の60%以上を占める。13%の下落はそのまま収益の下落につながり、同社では100人レベルのレイオフを何度か繰り返している。
これはESPNだけの問題ではない。eMarketerの調査・予測によると、2017年に米国でケーブルテレビ・衛星放送・通信会社のテレビサービスを解約した人たちが2220万になるとみられ、 前年同時期の1670万人に比べ33%増加しているという。 この数字は、2021年まで増え続けるとみられ、2021年に4010万人に達すると予測されている。毎年何1000万人もの単位で解約していくという予測である。
同時に、同じくミレニアル世代に見られる現象として、ケーブルテレビ・衛星放送・通信会社のテレビサービスをまったく利用しない人たちも増えており、2017年の3440万人から2021年には4100万に増えるという。55歳以上ではこれから4年間、契約者の増加が予測されているが、契約しない層と解約する層の増加分を加味すると、全体としてはケーブルテレビ・衛星放送・通信会社のテレビサービス利用者は2017年の1億9630万人から2021年には1億8170万人に減少すると予想されている。
眠れる獅子ディズニーの参入とNetflixへの影響
上記のディズニー傘下の企業であるESPNが、コードカッティングに対応すべくこの春にストリーミングサービスを開始し、2019年にはディズニーのサービスを開始すると発表した。すでにディズニーは、BAMTechというスポーツ試合配信のためのプラットフォーム企業を傘下に収めており、彼らのモバイル・オンライン配信テクノロジーを利用するという。
ディズニーは、「スパイダーマン」「キャプテン・アメリカ」などのフランチャイズを持つMarvel(マーベル)や「スターウォーズ」を持つルーカスフィルムズ、ピクサーなどを傘下に持ち、2016から2017年の米国内での作品平均劇場売上が競合他社の2倍以上になる2億8950万ドルを稼ぐ大ヒット作を続けざまに発表する企業である。これらのフランチャイズを積極的に利用して、映画・テレビ番組を製作し、ストリーミングサービスで展開していくことが考えられる。ディズニーの大型コンテンツに比べると、Netflixはオーディエンス分析においては高度化されているものの、オリジナルコンテンツが見劣りする規模であることは無視できない。劇場での成功がそのままストリーミングサービスの成功につながらない可能性はあるものの、ディズニーが非常に大きなプレーヤーになることが予測されている。
また、昨年末にディズニーが21世紀フォックスのエンターテイメント部門の買収を発表したこともこの競争に大きな変化をもたらす可能性がある。IMDBでのトップに推奨された500の映画・テレビ番組のストリーミングで、21世紀フォックスの作品が非常に大きなシェアを得ており、Netflixの事業に大きく貢献しているという調査報告が調査会社YipitData、MoffettNathansonより発表されている。すでに21世紀フォックスの「アリー・マクビール」「バッフィ・ザ・ヴァンパイア」「ファミリー・ガイ」「エンジェル」などがNetflixでの配信を止めている。他の番組も徐々に消え、ディズニーのコンテンツも2019年の契約切れと同時に、Netflixでは視聴できないものになると考えられる。
また、ディズニー、Comcast(傘下にNBCUniversal)、21世紀フォックスが株式の30%ずつを持ち、Time Warner(タイムワーナー)が10%を持つHuluでは、この買収でディズニーが過半数の所有になるため、Hulu自体がディズニーのストリーミングサービスの中核を占めるのか、それともComcastと共に運営していくのかが注目されるところである。
多数のストリーミング・オンデマンドサービスが登場してくる中で、消費者はすべてのサービスに加入することはない。その上位に入るための競争が熾烈を極め、今後も続いていく。米国の映画・テレビ番組配信市場はこれから大きく変革していくことになる。