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リアル店舗を攻めるAmazon、Eコマース化を推し進めるWalmart
~北米リテール業界最新動向~

 昨年12月、ドラッグストアCVS が医療保険会社のAetna(エトナ)買収を発表した。全米9700店舗を持つCVSがAetnaの持つ4670万人の保険顧客の処方薬のビジネスを取り込むための買収であり、医療・保険業界を大きく変革するニュースとなった。一見、処方薬市場におけるシェア獲得のための垂直統合に見えるが、実はCVSが処方箋ビジネスをAmazonから守るための防衛的な買収であった。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

Amazonの市場参入で株価が下落

 CVSがAetnaの買収を発表する2ヶ月ほど前、Amazonは全米50州のうち12の州で処方薬の販売を認可された。米処方薬市場は5600億ドルの大きな市場で、処方薬の受け取りに来店した客は他の商品をついで買いすることから、Amazonの参入で利益率の良い処方薬だけではなくCVSの他のビジネスにも影響があると考えられる。このニュースの発表前にもCVSの株価は徐々に落としてきていたが、発表と同時に株価が10%近く落ちた。その後、Aetnaの買収を発表してから株価は徐々に伸びているものの、このような大型買収をしかけなければCVSがAmazonの脅威から逃れられないことを示したかたちになる。

 昨年6月のAmazonのWhole Foods(ホールフーズ)買収のニュースも同様の影響を他のスーパーマーケット企業に与えている。Whole Foodsは有機野菜や肉製品などを販売する高級スーパーマーケットで470店舗しかないが、競合スーパーマーケットで2800店舗を持つKroger(クローガー)の株価が26%の下落、Sprouts Farmers Market(スプラウツ・ファーマーズ・マーケット)が17%の下落などとなっている。

 Amazon傘下のWhole Foodsはその後、11月の感謝祭、12月のホリデーシーズンに向けて、有機飼料で育てられた七面鳥や鶏肉、ヨーグルト、牛乳など有機製品の価格を30%程度下げている。このニュースでKrogerやSproutsFarmers Marketなどはさらに1-2%の株価の下落が見られた。

米Eコマース市場シェア43.5%

 調査会社eMarketerによると、2017年の米Eコマース市場のAmazonのシェアは43.5%で2位のeBayの6.8%、3位、4位のApple、Walmart(いずれも3.6%)に大きく差を開けた。WalmartはJet.comの買収で2016年の2.8%よりもシェアが上昇しているものの、Amazonも2016年の38.1%からシェアを増やしており、Walmartにさらに差をつけている。

米Eコマース10社シェア2016-2017年。Amazonは他のどこよりもEコマースのシェアを上げている。
出典:eMarketer、Data for gross merchandise volume. 2017 data is estimated.

 Walmartは2016年半ばにEコマーススタートアップJet.comを買収した。33億ドルの買収は、Jet.comのトップのMarc Lore氏をWalmartに雇い入れるためのもので、非常に高い買い物をしたのではないかと当時話題になった。だが、Lore氏はWalmart eCommerce U.S.のプレジデント兼CEOとなり、Eコマースでの商品数を1000万から6700万に増やし、Amazonプライムの会員が年会費を支払って得られる2日以内配達無料サービスと同等のサービスを実施したり、オンラインで注文した食材のリアル店舗におけるピックアップサービス、そして試着店舗とEコマースを組み合わせた男性ファッションコマースBonobos(ボノボス)など新しいサービスモデルのEコマース企業を次々と買収し、Jet.comサービスに統合している。これらの施策は、今までWalmartの顧客でなかった都市型で高収入な顧客層を取り込むためのもので、Amazonの顧客層にターゲットを定めている。

 米国税調査局の調査によると、2017年第3四半期における小売全体の売上に対するEコマースのシェアは9.1%。前年同時期の8.2%に比べ、シェアを伸ばしているものの、まだ一桁台に過ぎない。しかしEコマースから商品価格が簡単にわかる現在、Amazonの価格が市場の商品価格に大きな影響を与えている。

 2010年代、米国でのインフレは年平均1.7%程度で2000年代の年平均2.6%より、さらに落ち込んでいる。景気は回復し失業率も記録的に低いにも関わらずインフレが進まないのは、Amazonが幅広い製品群で、商品価格のかなりの部分を占める配送コストを大きく下げたためであるとも言われている。2000年代には、Walmartが多くの商品で価格競争を行ったり、非常に厳しい買取価格の交渉でインフレが進まないということが話題になっていたが、それがAmazonに取って代わられたかたちになっている。

 2社の競合となる、小売企業は、商品価格を上げたくても、あげられないという状況が20年近くに渡り続いてきていると言えるだろう。

「音声コマース」という第4の販売チャネル

 前述の通り、WalmartはEコマース市場でのシェアは上げているものの、Amazonは第4の販売チャネルを構築してきている。音声で検索や商品注文ができるAIスマートスピーカーである。

Amazonエコーはキッチンや寝室に設置される傾向が高い

 Amazonが初代エコーの販売を開始したのが2014年11月であるが、2017年の終わりまでに3100万台が販売されたと消費者家電調査企業CIRPは推定している。Googleホームは1400万台で、その倍以上の市場シェアをAmazonエコーが持っている。Googleアシスタントが多数のスマートフォンに入っていることを考えるとその影響力は強いが、Amazonはショッピングサイト・検索エンジンとして使われることが多く、購買にそのまま繋がりやすい。店舗、オンラインEコマース、モバイルEコマースに続く、第4の「音声コマース」の端末としてAmazonエコーの存在が重要になっているのだ。

 小売テクノロジー調査のFung Global Retail & Technology(ファング・グローバル・リテール&テクノロジー)は、音声コマースを含めたカスタマージャーニーを検討している。音声検索で商品について調べたり、まったく調べずに音声を使って購買、自宅に配達されるという流れである。このようなAIスマートスピーカーを介することで、購買する商品によって徐々にカスタマージャーニーが分岐していくことが考えられる。筆者宅でも起こり始めていることであるが、調べる必要がない、繰り返し購買する特定ブランドの食材や家庭用品などはAmazonプライムナウなどのアカウントで知られているので、キッチンに置かれたAmazonエコーによる音声コマースなどで必要な時に購買すればよい。これに対して、検討商品や家具、ファッションブランド商品などのように購買体験自体を楽しむものでは、細かく調べたり、店舗でのショッピング体験を楽しんだり、友達と一緒に買い物するなどと別れていく。

まだ小さい規模であるが、音声検索と音声コマースがカスタマージャーニーに含まれていく。
出典:Fung Global Retail & Technology

 さすがに、この分野にはWalmartも参入が難しく、昨年10月にGoogleと提携してGoogleホームの販売プロモーションと宅配サービスのGoogleエクスプレスのアカウントにWalmartアカウントをリンクさせて、スムーズに注文できる施策などを講じた。家電量販店のBest Buy(ベストバイ)は直接競合になることを諦め、その日の商品を買えるアプリ(スキルと呼ばれる)をAmazonアレクサ上に構築している。

 だが、音声コマース市場はこれからさらに大きくなる。今年はじめ、ラスベガスで行われたCESでは、GoogleはLGとの提携を発表し、LGの冷蔵庫やTVなどにGoogleアシスタント機能が入ってくることになり、AmazonアレクサはトヨタやBMW、フォード、フォルクスワーゲンなど自動車メーカー、家庭用洗面・流し台製品のKohler(コーラー)、スマートスピーカーやPC、タブレットのHP、Acer(エイサー)、Asus(エイスース)などとの提携を発表しており、キッチンやリビングルームだけではなく、音声コマースができる場所を確実に広げている。

次はリアル店舗とEコマースのテクノロジー合戦

 1月22日、Amazonが社員向けのみにテストをしていたAmazon Goが一般客に向けて開店した。コンビニ店舗ほどのサイズで飲料やサンドイッチ、お菓子、ワインなどの品揃えを持ち、入店には Amazon Goのアプリに表示されるQR コードを駅の改札を通るようにかざして入り、商品を棚から取り買い物袋に入れてそのまま外に出て行くことができる。天井に設置された多数のビデオカメラからの画像と店舗に設置されたセンサーからのデータで、どの消費者が何を買ったかをアルゴリズムで解析し、そしてその消費者が店舗を出る時には購買した商品のリストと合計金額がアプリに表示される。そして、店内にいた時間もアプリに表示され、いかに効率的に買い物をしたかを確認することができる。客が多いランチ時なら20秒で買い物が終わるような時間感覚で、まったく新たな小売体験を提供している。

Amazon Go 店舗の外観
天井には多数のビデオカメラが設置され、客と商品の動きをトラッキングする。
Amazonゴーのアプリに購買した商品と料金、そして買い物にかかった時間が表示される。

 店内ビデオカメラは2000年代に入って多くの米小売チェーンに普及したが、利用は主に万引き防止と来店客の店内動向の解析に使われるだけだった。それを Amazon は チェックアウトスキャナーとして利用しているのである。Walmartも2011年から自社内にLabsを設け、Scan & Goというモバイルアプリによるチェックアウトシステムなどの開発を進めて来たが、商品バーコードをスキャンする必要があるなどで不便さが指摘され利用をやめていた。リアル店舗の体験で、AmazonがWalmartに先んじたという訳である。

 WalmartもEコマースの配送で新たな施策を行なっている。スマートドアロック・セキュリティカメラメーカーのAugust(オーガスト)と提携し、注文した商品の留守宅の中への配達、そして食材であれば冷蔵庫や冷凍庫まで配達することを始めている。モバイルアプリを使ってその配達のためだけのワンタイムパスワードを発行して家の中に入ることを可能にし、客はセキュリティカメラからの映像をアプリ経由で見て配達状況の確認をできると言うものだ。Amazonもこの発表の1ヶ月後にAmazonキーという同様の施策を発表した。両社のテクノロジー競争はこれからも進んでいくと考えられる。

WalmartとAugustが提携。食材では冷蔵庫や冷凍庫に入れるサービスも提供している。

広がるリアル店舗の閉鎖

 Amazon Goを訪れた同じ週に、シアトル郊外の大型店舗チェーンSears(シアーズ)を訪れる機会があった。すでに2月7日の閉鎖が決まっている店舗で、衣料品をはじめ様々な商品が50%、70%割引という感じで在庫処理が行われ、商品も棚にほとんどなく、客がほとんどいない閑散とした店舗内で数少ない店員が片付けをしている光景が見られた。

 不動産会社Cushman & Wakefield(クッシュマン・アンド・ウェイクフィールド)によると、2017年にMacy's(メイシーズ)やSears、JC Pennyなど全米で9000店舗が閉鎖したが、2018年にはそれが1万2000店舗にまで広がるという。Eコマースと即日配達、店舗テクノロジーの普及で、大型店舗の形態は役割を確実に終えつつある。

 これから数年も同様の閉店数が続くが、同時に顧客体験をテクノロジーで向上する店舗が次々と登場すると考えられる。同時に自動運転トラックや配送ロボット、ドローンなどがEコマースの配達を変革していく。これから数年に小売業界で起こる変化は、過去20年でEコマースの登場などで行った変化よりもずっと大きなものになるだろう。

  • 本記事は、2018年2月にPDFにてダウンロード提供していた記事をWeb化しております。