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ブロックチェーン、ICO、AIで盛り上がるSXSW
~SXSWレポート(後編)~

 今年も3月半ばに1週間ほど、米テキサス州オースティンで行われた「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)カンファレンス」に参加した。スタートアップテクノロジーに特化したインタラクティブの部門では、自動運転、ロボティクス、スマートシティ、スマートフード、ヘルステック、VR・AR、インテリジェントな未来など、幅広い分野でのセッションやピッチコンテスト、ネットワーキングパーティーが行われた。
 その中で今回、セッションが非常に増えたブロックチェーン、ICO(イニシャル・コイン・オファリング)とAIについて解説したい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

草の根的な市民イベントとして始まったSXSW

 1987年に音楽イベントとして始まったSXSWは、1994年に映画とインタラクティブ(スタートアップとテクノロジー)のカンファレンスを立ち上げ、バンドのライブや映画の試写、スタートアップ企業のプレゼンも実施しながら、それぞれの業界のビジネス面での課題や戦略、ベストプラクティスなどを共有する場として成長してきた。インタラクティブ部門の立ち上げに関わった知人からは、元々はCD-ROMやウェブサイト制作などマルチメディアに携わっていた人たちが、自身の作品を発表する場や、業界の変化に対応する方法を話し合う場を設けたことから始まったと聞いている。
 Twitter(ツイッター)やFoursquare(フォースクエア)などのスタートアップ企業のサービスが数多く発表されるようになってから、多数の投資家、VC(Venture Capital)、起業家が集まるようになり、最大級のスタートアップカンファレンスになった。
 過去にはオバマ大統領やレディー・ガガなどもキーノートスピーカーとして登壇しているが、今年はロンドン市長のサディク・カーン氏がヘイトスピーチにFacebook(フェイスブック)やTwitterが対応する必要性を訴えたり、Tesla(テスラ)、SpaceX(スペイスエックス)のCEOイーロン・マスク氏が第三次世界大戦などの脅威から人類を守るために火星に移住することが必要などと訴えたりした。
 SXSWがユニークなのは、Panel Pickerというセッションを自ら提案できる仕組みがあることだ。オンラインでの一般投票、SXSWのアドバイザー、SXSWスタッフからの総合点で、実施するかどうかを決めるという仕組みで、他の業界カンファレンスにはない一般人からの草の根的な参加をサポートしている。2017年には4400の提案があったという。
 また、インタラクティブ部門ではアクセラレーターがあり、そこを通ってきたスタートアップが「課金・フィンテック」「エンタメ・コンテンツ」など10分野でピッチイベントに参加した。その年のテクノロジーの進化を見せている最も優れた企画を「AI・機械学習」「ニューエコノミー」「スマートシティ」「VR・AR」など14分野で表彰するSXSW Interactive Innovation Awardsもある。どちらも「社会への影響」が選考基準の一つとなっており、ただ事業が成功した、話題を集めた企画だけではなく、地域や社会、環境や弱者への対応も含めて選ばれる。
 最近はあまり革新的な企業が誕生していないという批判はあるものの、ネットワーキングパーティーなどでその後大きく成長する企業を率いる起業家たちと、新しいアイデアについて会話できることも参加の魅力になっている。

注目されるブロックチェーン、ICO

 昨年はAIやVR・ARなどが主な話題であった。今年は、音楽・フィルム部門とインタラクティブでもAIやIoT、デザイン、社会性など700以上のセッションがある中で、35のブロックチェーン、 ICO 関連のセッションが実施された。
 インターネットがコミュニケーションのためのプラットフォームであるとすれば、ブロックチェーンは信頼と取引を支援するためのプラットフォームだ。しかも銀行の決済のように間に入る中間業者がいないため、取引コストを大きく下げることができる。この特長が草の根的なSXSWでは非常に共感された。多くのパネルディスカッションなどで、金融業界での大手銀行やクレジットカード会社、エンターテイメント業界での映画配給会社、レコードレーベルを「中抜き」して、中小事業やクリエイターが顧客やファンと直接関係をつくり、経済的なメリットをより多く得るという世界観が語られ、賛意を集めていた。
 そのようなセッションの中で、MITメディアラボでデジタル通貨イニシアティブ担当ディレクターのネーハ・ナルラ氏は、2000年代初頭に音楽業界を蹂躙するかもしれないといわれたP2Pファイル共有プロトコルのBitTorrent(ビットトレント)を例にあげ、「BitTorrentによる音楽・映画・テレビ番組の不法なシェアリングにより、ユーザーがオンラインで音楽、映画・テレビ番組を鑑賞したいというニーズが確認され、それがNetflix、Amazon Instant Videoなどのローンチのきっかけとなった。今のビットコインも同様で、ビットコインが生き残るかどうかはわからないが、その価値や利用者の増加が、JP Morganに同社のイーサリアムベースのプラットフォームQuorumを製作させたり、株式市場のナスダックがヨーロッパでブロックチェーンを使った投資信託の売買プラットフォームを構築したりするなど、業界がブロックチェーンを導入することを推進させている」と語った。

MITメディアラボでデジタル通貨イニシアティブ担当ディレクターのネーハ・ナルラ氏。
BitTorrentの普及がNetflixやAmazon Instant Videoを生み、従来テレビチャンネルのHBOもオンライン配信を推進するきっかけとなった。

 仮想通貨を用いた新たな資金調達方法であるICOは、2014年のイーサリアムの販売から始まった。2017年には435の成功したICOがあり、56億ドルの投資があったとVCのFabric Venturesと調査会社TokenDataは伝えている。ここ2年ほどブロックチェーン関連のスタートアップは、エンジェルやVCからの投資を受けず、ICOにより資金を集めるケースが増えている。ビットコインで利益を得た企業や人、投機の機会とみた投資家たちが集まり、次のコインの可能性を感じて購入するケースが多いようである。
 ホワイトペーパーだけでICOが実施されるケースも多く、ガバナンス体制のない企業や、資金を集めても製品ローンチに至らないという場合も多々ある。2017年のICOの46%は資金を集める段階か、集め終わった段階で終了してしまうというニュース別ウィンドウで開きますも報じられている。70-86%のICOコインは価値がないという話が、SXSWのいくつかのパネルディスカッションでも聞かれた。
 起業家たちはプロジェクトを成功させる意図があるものの、そこで得た資金を人材採用やサーバーなどへの投資に費やすのか、ただその資金を持ったままコインの価値が上がっていくのを待った方が良いのかという選択の狭間で揺れ、結果的にプロジェクトが進行しないこともあるという。ブロックチェーンの世界はネットの2000年ぐらいにあたり、まだまだ大きな投資と大きな倒産があるだろうという意見も聞かれた。

アプリケーションの利用ケースが広がる

 昨年のSXSWでは、発展途上国や難民向けと金融分野での利用ケースなどが主であったが、今年は多数のアプリケーションが発表され、利用ケースも広がっている。SXSWはフィルムや音楽のイベントでもあるのでメディア関連のものが多いが、各セッションで取り上げられていたアプリケーションを簡単にリストしよう。

  • 14BIS別ウィンドウで開きます
    航空会社向けのサプライチェーンでのパーツなどをトラッキングするブロックチェーン
    アプリケーション
  • SingularDTV別ウィンドウで開きます
    ファンによりサポートされる、トークンベースの映画・TV・音楽の投資、製作、配信プラットフォーム
  • Upgraded
    スポーツ・音楽チケットの転売などをトラッキングするマーケットプレース
  • Verimos別ウィンドウで開きます
    健康、ウェルネス、ビタミン・食事、ウェラブルなどからのデータ共有プラットフォーム
  • Vertalo別ウィンドウで開きます
    人材採用のための候補者の本人確認、履歴確認プラットフォーム

2029年にAIはチューリングテストにパスし、2045年にシンギュラリティが

今年もカンファレンスに登壇し、バイオテックの進化について語るレイ・カーツワイル氏(写真左)

 1999年に、2029年にはAIはチューリングテスト(判定者が隔離された機械と人間と交信を行い、どちらが機械かを見破れなければ、その機械に知能があると判定するテスト)にパスし、2045年にはAIと人が統合して人の知能が格段に向上する「シンギュラリティ」が起こると予測しているレイ・カーツワイル氏が今年も登壇した。Googleのエンジニアリング担当ディレクターでもあるが、フューチャリストとして1990年から数々の予測をして、その86%が的中している。
 今回は、これから10年でAIによるバイオテックの進化により医療や医薬が大きく変わる可能性について語った。われわれの身体を形づくる不完全なプログラムであるDNAを修正することで、病気の治療を行うようになるという。現在のバイオテックの変化は第1段階であるが、第2段階でゲノム分析がさらに進み、そこでDNAの再プログラムが行われる。2030年ごろの第3段階ではナノボットが血液細胞の代わりに病原菌に対応し、糖尿病の対処のために血液内の糖分レベルの分析といった身体器官のトラッキングなどを行い、加齢予防に役立つようになる。毎年、テクノロジーは50%の割合で安価になっていくので、予防注射のような価格で広く普及するというビジョンを披露した。

クリエイティブ業務に使われる AI

 デザイン、広告クリエイティブ、エンターテイメントなどでは、AIの利用は今まで比較的低かったが、デザインエージェンシーImaginationのデジタルクリエティブディレクター ヤン・カロギリス氏が同社のクライアントであるフォードと、車内のインターフェースや車内体験構築、オートショーでの分析などにAIを利用していることをケーススタディとして紹介した。
 まず、デザインを検討する前の調査段階であるが、通常新たな体験を構築する場合には、消費者の体験をはたから見るようなエスノグラフィー調査をすることが多い。ここでは、自動運転の体験が消費者にどのように感じられるかを、ウェラブルデバイスを用いて心拍や体温の変化、汗の量などをトラッキングすることによって分析する。同時に複数のビデオカメラを設置して、それらのデータ、映像をAIが統合分析して、自動運転のどの部分に不安を感じているのか、自由度や爽快感を感じたかなどをデザイナー、調査担当者に提供する業務を行った。これらのデータと事後のインタビューを通して、デザイナーなどがインサイトを得るためのサポートをAIが行っているのである。

ビデオから運転手の顔認識分析で表情などもトラッキング。心拍・体温・発汗などと連動した分析をAIで行なっている。

 オートショーの例では、実際に構築したフォード車の展示や体験に対して、どのような層の人たちが訪れ、車や展示の前にどれだけ滞在し、どのような行動を行い、どのような情報を得て、どこから出て行くのかを、ビデオカメラを側面、天井に設置して分析。ヒートマップやナビゲーションなども分析した。これはいわばウェブ解析をリアルな場所で行っているようなものである。ここでは、次回以降のデザインに反映させるインサイトやデータを集めているという。

各参加者に個別のIDを振り分けて、滞在時間や移動状況を分析。

 毎年、カンファレンスからは定点観測のように業界の動向が見えてくるが、SXSWでは同時に荒っぽいアイデアや実現しそうにないものも多く目にする機会があり、トレンドの裾野も見えるような感覚がある。その感覚をまた楽しむべく、帰国してからすぐ次回の申し込みを行った。また来年も斬新なアイデアや驚きに出会いたいと思っている。