物流のラストワンマイル問題に技術で挑む
──「ロボネコヤマト」が示す宅配の未来
業界が変わるビジネストレンド
宅配業界が直面する大きな課題が「ラストワンマイル問題」だ。再配達の増加が荷物量の増加と人手不足に悩む現場を直撃する。その解決のためにテクノロジーを投入する挑戦が始まった。短期的にはスマートフォンアプリの活用など、長期的な取り組みとしては新しい輸送テクノロジーの実験が進む。ラストワンマイル問題に関する有識者の意見、海外動向、そしてヤマト運輸とDeNA(ディー・エヌ・エー)の共同実用実験「ロボネコヤマト」を取り上げ、宅配の未来像に迫る。
テクノロジーで「ラストワンマイル」を変革
ラストワンマイル──宅配業界では、この言葉は宅配の物流拠点から個人宅までの最終区間を指す。今、宅配業界はラストワンマイルの大きな課題に直面している。喫緊の課題は、再配達の急増で現場の負担が限界に達していること。そして中長期的な課題は、新たなテクノロジーによりラストワンマイルに大きな変革が到来すると予想されていることだ。
ラストワンマイルの課題解決のために、多くの人々が知恵を絞り、汗をかき、そして次世代に向けた先進的な取り組みを進めている。その中にはスマートフォンアプリの活用もあれば、ドローンやロボットのような新たな輸送テクノロジーの実験もある。
短期的にはスマートフォンアプリなどIT活用が有効
まず、再配達の急増が宅配業界の重荷となっている問題がある。物流業界におけるコンサルティングや教育、セミナー事業を展開するイー・ロジットのCEO角井亮一氏は次のように語る。
「再配達の比率は約35%といわれています。3個に1個が再配達。これがなくなれば、計算値ですが、1.5倍の荷物を運べます」(角井氏)
再配達問題への対応としてよく知られているのは個人宅の宅配ボックスや公共の宅配ロッカーなどだ。だが、こうした初期投資が必要な設備の普及率を上げることは簡単ではない。角井氏はスマートフォンアプリの活用が効果的だと指摘する。宅配研究会が推進する配達通知アプリ「ウケトル」の利用者の間では21%の再配達削減の効果があった。
「2014年の国交省の試算によると、不在配達によって2600億円のコストがかかっています。その21%を節約できれば、約540億円のコスト削減になります」(角井氏)
スマートフォンアプリのように、ITの力で必要な時に必要な人に情報を伝えることで再配達問題を解決する取り組みにはまだ可能性がありそうだ。例えば自宅内のIoTセンサーとスマートフォンなどを連携させることで、不在情報を配達員に共有し、不在時には配達しないようにするといった活用法も考えられる。もちろんここでは在宅情報の取り扱いなど、配送業者との取り決めや仕組み作りも必要になる。
新たな輸送テクノロジーの試行錯誤が続く
一方、ラストワンマイルに対する中長期的な取り組みとして新たな輸送テクノロジーの研究開発が盛んに進められている。人間のドライバーが運転する自動車と、ドローンや配送ロボットを組み合わせる試みが目立つ。
独DHL、米Amazonなど複数の企業がドローン技術を活用した自動配送の研究を進めている。独メルセデス・ベンツはロボット技術を持つベンチャー企業スターシップ・テクノロジーズと組み、自動車とドローンや配送ロボットを組み合わせたソリューションを検討中だ。ロンドンで行った実証実験では、スターシップ社の車輪ロボットを配達地域まで自動車で運び、ピザやサンドイッチを車輪ロボットにより配達した。
日本国内では自動運転技術を開発するベンチャー企業ZMPと日本郵便が福島県南相馬市で配送ロボットの実証実験を行った。この実証実験では歩道を移動して荷物を届けるロボットを試した。「ホテル内や、敷地内の私道などで配送ロボットを使う応用は今後も進んでいくでしょう」と角井氏も見ている。
ただし、公道を走る無人運転車による自動ロボット宅配が社会に受け入れられるまでには、まだ年月が必要と角井氏は見ている。そこで自動運転の活用を視野に入れながら、人間のドライバーが運転する車両と新たなテクノロジーを組み合わせた試みが各所で進んでいる。
車両とITを組み合わせて新たな付加価値を生み出す
ヤマト運輸とDeNAが共同で神奈川県藤沢市の一部地域で実施した「ロボネコヤマト」の実用実験は、自動運転社会を見据えた次世代物流サービスの実現をめざす取り組みの一つだ。
現在は、人間のドライバーが運転しているが、将来の自動運転社会を想定しているため車両に保管ボックスを搭載して荷物を運び、利用者が自ら荷物を取り出す仕組みだ。10分単位で到着時刻を指定でき、また荷物到着の3分前には電話で知らせてくれる。
実用実験として、地元の商店街も巻き込んでサービスを展開した。地域住民からは役に立つサービスとして好評だったという。サービス利用者の反響では、買物代行サービスでは買い回りができること、また配送では10分単位で時間を指定できることが高評価だった。
従来の宅配ドライバーと違い、ロボネコヤマトのドライバーには接客技術や高度な運転技術、荷物を運ぶための体力などは要求されない。人手不足と多様化するニーズへの対応という異なる課題に同時に対応することを目指す。
ロボネコヤマトの実用実験を、ヤマト運輸と共に進めてきたDeNAオートモーティブ事業本部 ロボットロジスティックスグループ グループマネジャーの田中慎也氏は「従来の宅配ドライバーは男性が多かったが、ロボネコヤマトの運転手の半数は女性です」と話す。
テクノロジーの活用により、ドライバーの人材の多様性を高めることができた。「自動運転の利用で人手をなくすということではなく、一方で雇用の裾野を広げるという意味でも今回のプロジェクトは大きな意義がありました」(田中氏)
AIが人間を助ける
「ロボネコヤマト」は、自動運転社会が到来した際の宅配サービスの姿を先取りしたサービスともいえる。
「スマートフォンも、基本機能の電話だけでは特別な価値はありません。いろいろなアプリケーションが載ることで生活が変わりました。それと同じように、自動運転車が普及した時代にも、その上のレイヤーでサービスを提供するソフトウェアが重要になると考えています」(田中氏)
ロボネコヤマトは、自動運転の「上のレイヤー」であるサービスを提供しようとする取り組みの一つだ。
ロボネコヤマトには、数々の工夫が施されている。例えば、「自動車による配送をいかに効率よく計画するか」という課題に対してAI(人工知能)を応用した。実際に走ったルートを学習し、「この曜日のこのルートは渋滞する」といった知識を織り込んで計画を立てるようにした。ヤマト運輸のノウハウ、例えば「右折は基本的に避ける」といった安全運転のノウハウも取り入れた。
「右折は事故の原因になりやすいので、場合によっては左折を3回しても右折を避ける。そうしたノウハウを自動車のナビゲーションに取り入れました」(田中氏)
宅配車はEV(電気自動車)を使っているが、充電のために基地に戻ることは時間のロスにつながる。どのタイミングで充電をするのが最も効率が良いか、そこも重要な検討課題となった。
サービス開発では「汗をかく」取り組みも
ロボネコヤマトは新テクノロジーを積極的に採用した取り組みだが、技術だけで生まれたサービスではない。現状の課題を深く分析することも、試行錯誤しながら「汗をかく」ことも欠かせなかった。
田中氏は「当初解決したかった課題は、宅配便の配送効率の向上でした」と振り返る。
例えば「自動運転により再配達を時間外に行えないか」といったアイデアを議論した。さらに「配送時間の最初(午前8時すぎ)と最後(午後9時前)に荷物が集中する傾向にあります。その中間の時間帯に何ができるかを考えました」と振り返る。
このような検討から「ロボネコヤマト」の実用実験で実施するサービスの姿が固まってきた。
実用実験で実施したサービスは2種類ある。一つはオンデマンド配送サービス「ロボネコデリバリー」。もう一つが、買物代行の「ロボネコストア」だ。共通する特徴は、ヤマト運輸などの宅配便では、通常は2時間単位で配達時間を指定するところを、ロボネコヤマトでは10分単位と細かく指定できることだ。
ロボネコヤマトの利用者は、自分で指定した場所まで車両の荷物を取りに行き、自ら保管ボックスを開けて荷物を取り出す。そこで到着3分前に、利用者の電話に連絡が入るようにした。利用者はメールに表示されているバーコードを車両備え付けのリーダーに読ませるか、あるいは4桁の暗証番号を入れて保管ボックスの施錠を解除する。
買物代行サービスの「ロボネコストア」は、ECサイトで注文した商品を指定場所まで配送してくれる。荷物の受け取り方法は前述した「ロボネコデリバリー」と同じだ。加盟店として、食品スーパー、ドラッグストア、地域の商店、飲食店など30店舗以上が参画を表明した。
配送サービス「ロボネコデリバリー」の荷物は従来の宅急便と同様に配送の開始時間(午前8時)と終了時間(午後9時)の近くの時間帯が多かった。
一方、買物代行の「ロボネコストア」の利用は、昼食前、夕食前の時間帯が多かった。「事前の予想通り、1日の中で利用率のピークが異なる2種類のサービスを組み合わせることで、新たな付加価値を提供することができました」と田中氏は話す。
前述したようにロボネコヤマトでは、人間のドライバーによる接客はない。だが、このサービスを立ち上げる過程では人間同士の努力が欠かせなかった。
「汗をかきました」と田中氏は言う。「地元の商店街の人たちとコミュニケーションを多くとるよう努めました。今回は地域の人々に支えられました」と田中氏は話す。地域密着型のサービスを成功させるには、地道な取り組みは必要不可欠だった。
現実世界の「モノ」を扱うサービスならではの工夫も必要だった。
「利用者がつまずいたり、手がはさまったりといった事故が起きないよう、細心の注意を払いました。例えば、ユーザーが荷物を取り出した後に蓋を閉める時、角度が45度以上だと自動的に静かに閉まる仕様にしました。そういった細かな部分に非常に多くの時間をかけました。おかげさまで、事故なく実験を進めることができました」(田中氏)
チャレンジ精神とWillで新しいアイデアを生み出す
田中氏の話から伝わってくるのは、ヤマト運輸、DeNAともに「チャレンジすること」への積極性を持っていることだ。「Will(「やりたい」こと)を持っている人は強いですね」と田中氏は説明する。
「荷物を入れたボックスが向こうからやってきたらいいな、というのは言ってしまえば幼稚園児でも考えつくアイデアです。でも、そのアイデアを実現するために馬鹿正直に取り組む人はあまりいません」
シンプルなアイデアと、それを実現するための「これをやりたい」という意思が結びつくことで、新たな価値が生まれた。ヤマト運輸が蓄積してきた実績とノウハウ、DeNAのITの技術、そして両社のチャレンジ精神が「ロボネコヤマト」実用実験の形で実を結んだ。
人とAIの協力により新たな付加価値を創造
物流の問題は設備、人手の両面が必要で解決は簡単ではないが、イー・ロジットの角井氏の話から、スマートフォンアプリのようなIT活用には工夫の余地が残されていることがわかった。
そしてロボネコヤマトを展開するDeNAの田中氏の話からは、人間とAIが協力することで、宅配の新たな付加価値を提案できる可能性が見えてきた。宅配サービスの新たな形態を実証できたことは今後の宅配業界にとっても刺激となるだろう。