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2018年09月07日

織田 浩一 北米トレンド

業界の垣根を超えて広がるxTech最前線
~AdTech、FinTechから旅行、HRTechへ~

 「未来はすでにここに来ている。ただ、均等に行きわたっていないだけだ」とある作家の至言にまとめられるように、テクノロジートレンドはある業界から始まり、他の業界に伝播し、似たようなコンセプトのスタートアップ企業がその業界向けに登場する。

 今回は、これを「xTech(クロステック)」と名付け、さまざまな業界におけるテクノロジー進化とその時差について解説したい。

xTechに至る過程

 筆者の運営するコンサルティング会社は18年にわたり、日本の広告・マーケティング・メディア系企業の新規デジタルサービス構築のための調査や、欧米・イスラエルのテクノロジー企業との提携をサポートしている。以前に在職した企業でも、最後の2年ほどはドットコムバブルの全盛期で、アメリカのスタートアップ企業に対して日本進出のサポートを行っていた。したがって、合計20年くらいはこの分野に関わってきたことになる。

 主にAdTech(広告テクノロジー)・MarkeTech(マーケティングテクノロジー)・メディアテクノロジー業界の進化を見てきた。2005-06年頃、個々のオンラインユーザー向けのオンライン広告を売買する、広告業界の株式市場ともいえる「広告マーケットプレイス」が登場してきた。その分野の1社から、開発や戦略チームがドットコムバブル崩壊時に金融業界からAdTech業界に移り、株式市場のテクノロジー開発や事業戦略、ビジネスモデルを広告業界に適用してサービスを展開しているという話を聞いた。

 サイバーパンクSF作家ウィリアム・ギブソン氏の「未来はすでにここに来ている。ただ、均等に行きわたっていないだけだ」という至言は、まさにこのようなことを言うのだと非常に納得し、その後も新しいテクノロジートレンドが登場してくる度に、金融テクノロジーではどのようなことが起こっているのかを調べるようにしてきた。

 そして過去数年はAdTechやMediaTechから、小売、旅行、HR(人事・人材採用)、不動産、製造業分野まで、テクノロジーの調査や提携サポートを行ってきた。そのなかで、テクノロジーやデータ利用などの進化はいずれの業界でも起こってはいるが、一つの業界でのテクノロジーやサービスの進化が、その後、他の業界に伝播していくという「時差」があり、金融・広告は比較的早い段階でそのテクノロジー進化を受け入れていることに気が付いた。

 通貨や株式、広告はすべて商品のデータをもとに売買しており、デジタル化がかなり進んでいたためだと考えられるが、業界企業の規模感や市場の集中度、テクノロジーリテラシーなどもテクノロジー進化に影響を与えていると考えられる。

 ここ7-8年ぐらいはベンチャーキャピタルやインキュベーターなどともよく議論を交わすようになった。また、ピッチイベントやSXSWインタラクティブ、CESなどスタートアップ系のイベントなどにも赴き、自分でも多少のエンジェル投資を行うようになっているので、さらに幅広い分野でより多くのスタートアップ企業を見渡すようになっている。そこで「この業界でも同じようなデータの使い方があるのではないか」と考えると、実際にそうしたスタートアップが登場していたりして、xTechの考え方が当てはまることを確信した。

 ただし、ここ3-4年はどの大都市にもスタートアップインキュベーターが生まれ、スタートアップ企業が増加する速度が上がっている感じがあり、xTechの考え方から類推して新規サービスを考える前に、スタートアップ企業が成長していることも多い。

 ここではまず、AdTechでのテクノロジー進化を振り返り、他の業界でそれを追いかけてどのような進化があってスタートアップ企業が登場しているのかを見てみよう。

アメリカにおけるAdTech業界での進化

 オンライン広告が始まったのは1994年。AT&Tのバナー広告を雑誌『ワイヤード(Wired)』のHotWiredサイトで配信したのが始まりである。

史上初のバナー広告

 ここからの進化は、次のような簡素化された段階を踏んで進んでいる。

(1)販売代理店の登場

(2)検索の登場:ユーザーの意図のすくい上げ

(3)ソーシャル・コンテンツマーケティングの登場:ユーザーの影響力、興味の可視化

(4)アドマーケットプレイスの登場:商品売買、データの流動化

(5)データエクスチェンジの登場:購買者属性・行動データと商品・価格データの統合

 各段階をオンライン広告業界で見てみよう。

(1)販売代理企業の登場

 1990年代後半から、媒体サイトでのバナー広告をまとめて代理販売するメディア・レップ(Representativeの略)やアドネットワークが登場した。多くの媒体サイトの広告在庫を束ねて、ターゲティングは初期の段階ではトピック(例えば自動車、美容、投資などの記事の分野)によるもので、後に年齢・性別などデモグラフィックデータも利用できるようになった。

(2)検索の登場: ユーザーの意図のすくい上げ

 90年代後半にはYahoo!とその傘下の広告テクノロジー「Overture」の登場で検索広告が始まったが、一気に市場が伸びたのはGoogleと2000年にその広告サービス「AdWords」が登場してからだ。ユーザーが能動的に情報を調べるために、検索キーワードを入力するが、そのキーワードに対して入札して広告を出稿する形で、キーワードを使ったターゲティングが可能になり、ユーザーの意図に合わせた詳細なターゲティングができるようになった。

(3)ソーシャル・コンテンツマーケティングの登場: ユーザーの影響力、興味の可視化

 2000年代前半にブログから始まり、古くはジオシティーズ(Geocities)、そしてフェイスブック(Facebook)、ツイッター(Twitter)、インスタグラム(Instagram)などの登場で、さまざまなコンテンツやコメントがソーシャルチャネルやコミュニティを介して流通するようになった。そして、ユーザーがどのソーシャルチャネルやメール、アプリでどのトピックのコンテンツをどのチャネルで見ているか、特定のトピックでの影響力のあるインフルエンサーは誰か、どのようにユーザーが前向きに、あるいは批判的にコメントを行っているのか、などが分析できるようになった。

(4)アドマーケットプレイスの登場: 商品売買、データの流動化

 広告業界では、販売している商品はメディアが収集しているユーザー、視聴者である。2006年頃にアドマーケットプレイスが登場したことで、広告主はディスプレイやビデオ広告で個々のユーザーをターゲティングできるようになった。「ニューヨークに住む75000ドルの年収のある30代の男性が自動車のBMWの購買に興味がある」という内容を、どの媒体のどのようなコンテンツに触れているか、その頻度は、などを知ることで特定し、さらにそのユーザーだけに向けて、場合によってはバージョンの違う広告を配信することができるようになった。それまでのデモグラフィックやトピックだけのターゲティングから、詳細なコンテンツ消費行動などによって得られる行動履歴データを使用した詳細なターゲティングにシフトしていく。

(5)データエクスチェンジの登場: 購買者属性・行動データと商品・価格データの統合

 ここまで読んでいただけると、これらの一連の過程は、ユーザー・購買者の属性、行動、場合によっては心理データを収集する方法が進化してきたことがわかる。属性にはデモグラフィック(性別、年齢、居住地域など)や年収、学歴、子どもの有無、などがあり、行動ではどのような商品やトピックに興味があるか、記事や広告をクリックしたり共有したか、そして、コンテンツ消費行動や購読している雑誌などからどのようなライフスタイルを取り入れているのか、心理的な傾向は、などのデータが提供されるようになった。

 アドマーケットプレイスの登場から2-3年で生まれたデータエクスチェンジは、このようなデータを媒体社やデータ提供企業から集めて広告主に販売。広告主が自社のCRM(顧客関係管理)での既存顧客と同様の属性や行動、ライフスタイルのユーザーのデータを媒体社から購買して広告配信を行うという「オーディエンス拡張」という手法で、購買確率の高い見込み客をターゲティングすることができるようになった。

旅行テック業界における進化

 オンライン広告と同様の過程を旅行業界で見てみると、まずはホテル、航空など多数の企業の商品を代理販売するエクスペディア(Expedia)やプライスライン(Priceline)が2000年代前半に登場し、2004年ぐらいからカヤック(Kayak)、トリバゴ(Trivago)などの検索エンジンが現れてきた。これらはその後、エクスペディアなど大手販売代理企業が買収し、今も彼らがマーケットプレイス的な立ち位置にある。

 2009年には、190カ国で7億5000万人以上の旅行客の検索行動データを販売するデータエクスチェンジであるアダラ(Adara)が登場し、広告ターゲティングや市場インテリジェンスなどに利用されている。

https://adara.com/

HRテック業界での現状

 HR業界でもモンスター・ドットコム(Monster.com)やインディード(Indeed)などの登場で、上記のオンライン広告業界と同様のステップを経て市場が進化している。過去1-2年で見られるのが社内の人材のデータと社外の人材のデータを比較して利用するという、上記のオンライン広告業界での「オーディエンス拡張」と同じようなアプローチを採用した企業が多数登場していることである。

 例えば、フランスの人材データ分析企業Clustreeは、リンクトイン(LinkedIn)のような外部の人材履歴データを集計分析し、それをリファレンスデータとしてクライアント社員の次のキャリアパスは何であるべきか、それを用意できなければどれぐらいの確率で離職の恐れがあるかなどを予測・推奨するサービスを提供している。

https://www.clustree.com/

FinTechの進化とこれから

 金融業界では、もともと証券会社が販売代理を行ってきたが、1970年代から電子取引で全取引を行う株式市場ナスダック(NASDAQ)が登場し、1980年代に他の株式市場も同様の動きを見せ始めた。株式やその企業のデータがリアルタイムで流通するようになり、データ分析の環境ができあがることで、株式データ分析や予測分析サービスを有料で提供するブルームバーグターミナル(Bloomberg Terminal)などが登場。そして、その環境を利用して、1990年代からオンラインブローカーであるイートレード(Etrade)やアメリトレード(Ameritrade)などが登場したり、高頻度売買ツールなどが開発されてたりして、購買の仕方が変わった。

 2000年代からはオンラインのさまざまなデータを株式売買の意思決定に使用することが可能となり、例えば、Twitter上でのデータを利用する企業としてデータマイナー(Dataminr)が登場。同社は特定企業の事故のニュースや消費者からの苦情コメントなどの増減などを株式売買のトリガーとして利用するというプラットフォームを提供している。

 こうして金融業界が他の業界に先んじて取り入れたテクノロジーが2000年代前半からFinTechとして注目されるようになっていった。

https://www.dataminr.com/

 そんな他の業界を一歩も二歩も先んじている金融業界では、すでにAIによる株式ファンド管理サービスを消費者に直接提供するウェルスフロント(Wealthfront)や、株式売買のアルゴリズム自体をクラウドソーシングして、そのなかから最も優れたものを使った投資サービスを行う、クオンティアクス(Quantiacs)などが登場している。

https://www.quantiacs.com/

AI、音声が次の波

 最後に金融業界以外でのこれからの進化を考えてみよう。幅広い業界で、データエクスチェンジなども普及しており、これらのプラットフォームには大量のデータが収集されていることから、データを分析し関連性を調査したり、新しいインサイトなどにAIが利用されたりしている。データ保護のためのブロックチェーンを導入しているプラットフォームもあるが、まだこれからという感じが強い。

 特に最近、アメリカで定着してきたAIサービスは、チャットボットやメールでの顧客や見込み客との対応、カスタマーサービス(CS)の部分だろう。営業担当者あるいはCS担当者へ提供する前に必要な情報を集めたり、見込み客として営業担当者につなぐのに相応しい段階にあるかなどを評価したり、電話会議を自動的にスケジュールするような業務を行っている。HRでは初期のスクリーニングにチャットボットはよく使われている。

 AI音声対応では、アマゾンAlexaやGoogle Home向けの音声広告フォーマットを提供する企業が登場していたり、多数の企業がスキル(アマゾンAlexaの音声アプリ)をつくっているので、ここに次の大きな波がやって来そうである。またAIによる音声分析は営業、CSの対応やコーチング分野で使われており、これも徐々に他の業界でも使われるようになっていくだろう。

 医療や製造業など、今まで見てきたようなテクノロジー進化の波がこれから遅れてやってくる業界もある。これらの分野では先行する他の業界の経験則を利用することで、多くのビジネスチャンスがこれから生まれるのではないだろうか。

織田 浩一(おりた・こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。

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