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2019年01月30日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

「コンビニ化」する知識~あらゆる知識は「所有」から「利用」の時代に

Google中核人物の講義も

Googleで検索システム開発に携わった呉軍(Wu Jun)氏の講座も人気が高い

 「視野学院」にはGoogleで日本語、中国語、韓国語検索の開発に中心的にかかわった呉軍(Wu Jun)氏が担当する「呉軍のGoogle方法論」という講義がある。全364講義、一回はやはり7~12分で、金額は同じく199元。呉軍氏は日本での知名度は高くないが、2002~10年、Googleに在籍し,日中韓検索システムの開発に参画、中国に帰国後はWeChat(微信)で知られるテンセントの副総裁を務めた人物である。

 Googleの基本的な思想にはじまり、人材育成の考え方、最新の動向、自らのビジネスにどのように活かすか、人類の将来は?――といった話など、なかなかビビッドで面白い。この講義が364回で3000円台はいかにも安い。日本なら一回か二回でも聴けば元が取れる感覚だろう。

 実践的スキル獲得的な講座はさらに買いやすい設定だ。たとえば「能力学院」で16万人以上の受講者がいる「どのようにスピーチの名手になるか」(王雨豪講師)という講座は全11回の料金が19元、300円ちょっと。また「英語の口語力をいかに素早く高めるか」(馬徐俊講師)も全7講義で同じく19元である。

 こうした講義は基本的に音声のほかに文字のテキストも附属していて、内容を目で確認しながら聴くこともできる。また講義に関する質問や提案、感想などを講師に直接送れる機能もあって、必ずしも全ての質問に回答があるわけではないが、多くの講師はかなりの手間を割いて聴き手からの質問や要望に回答している。実際、聴き手から寄せられた感想に基づいて、それ以後の講義の内容に修正、改善を加えている講師もいる。

アクティブユーザー7500万人、四半期の利用回数13億5000万回

 ビジネスパーソン対象の色彩が濃い「得到」に対し、より幅広い内容のコンテンツを揃え、いまや巨大な「知識のデリバリープラットフォーム」になっているのが「喜馬拉雅」(ヒマラヤ)である。もともとは書籍の朗読中心のサービスだったが、ユーザーの増加とともに内容の幅を広げてきた。2018年6月現在、アクティブユーザー7552万人、同年第一四半期のべ利用回数は13億5053万回という巨大な存在である。

 アプリにはITや創業・起業、インターネット、経営、Eコマースといったビジネス系の話はもちろん、現代文学や歴史書、恋愛小説、子供向け文学、さらには児童から中高校生などに向けた各種の教育教材、さらには音楽や漫才、コントなどの芸能コンテンツもある。最近では最新のニュースや交通情報など、ラジオと変わらない「知識」も提供している。

恋愛テクニックや職場でのさまざまなスキルのほか漫才などのコンテンツもある

 個々のコンテンツ単位での購入も可能だが、基本的には定額制を取る。Netflix (ネットフリックス)や「Amazon Music」などと同様の課金方式である。価格は1ヵ月20元(1元は16.5元)、3ヵ月58元、1年238元となっている。

 私も数年前からの愛用者だが、おかげで中国語の本を読む時間が明らかに減った。同様の状況に陥っているのは私だけではないようで、最近、友人たちの間でも、本は「読む」ものではなく「聴く」ものという感覚を持つ人が増えている。夜寝る前や通勤の車の中、毎朝、ジョギングをしながら聴いている友人もいる。

14億の中国語人口の威力

 こうしてみると、中国社会で大きな影響力を持つに至った「知識を買う」(知識付費)という動きは、それ自体が何か画期的な技術の発明にともなうものでもなければ、特定の強力なコンテンツに依存したものでもない。いわばオーディオブックやEラーニングといった既存のサービスの一変形のようなものである。それがなぜ中国の社会で、大きな位置を占める存在になったのか。そこには中国社会固有の事情があるように思う。

 まず指摘すべきは「中国語市場」の大きさだ。なにしろ中国語(普通話=標準語)の話者は10数億人いるので、「広く薄く」商売ができる。極論すれば日本の10分の1の料金でビジネスが成り立つ可能性があるということだ。ホワイトカラーだけで数億人というマーケットの大きさは圧倒的な力がある。

激化する個人間競争、強まる焦燥感

 過去にもこの連載で指摘してきたように、中国の社会は「個人」を単位にした社会である。会社というものは、割り切った言い方をすれば経営者と株主だけが儲かるようにできていて、誰かに雇われている限り「労働を提供する者」でしかない。「終身雇用」は一般的ではなく、「経営者の社会的責任」的な観念も薄い。働く人間にとっては厳しい社会である。生き残ろうとすれば、「自らを強くする」以外に方法がない。しばしば「中国はコネ社会」といった言い方を聴くが、「コネ」が有効なのは血縁を除けば自らに力がある場合だけだ。

 そういう競争の激しい社会で、中国の知識労働者は常に「自分を強くするもの」「自信を与えてくれるもの」「自分を励ましてくれるもの」を求めている。絶えず四方にアンテナを張りめぐらし、その場その場で「どこに収益機会があるか」を察知して臨機応変に行動し、機会を逃さずモノにしていくことをよしとする。常に世の中の流れを読み、「自分はどこで戦うべきか」を探り続ける。変化に乗り遅れると競争力を失う。

 たとえ「お手軽」批判はあろうとも、便利に加工された「知識を買う」という行動が支持を集める背景には、こうした中国人ビジネスパーソンの切迫感がある。単なる教養や常識とは意味合いが異なる。

「知識のコンビニ」

 ここで紹介してきた「知識」を売るプラットフォームは、これまでテレビやラジオ、新聞、書籍、雑誌、学校、塾、講座、セミナー、講演会などさまざまな形で売られていた「知識」を全部ひとまとめにし、お客の使いやすい形に加工、再編集し、買いやすく、使いやすい小分けのパッケージで提供する。そういう機能を果している。まさに「知識のコンビニ」である。

 コンビニに行けば、いま世の中で何が売れているか一目でわかる。迷う必要もないし、自分で知識の「在庫」を持つ必要もない。必要な時、必要な量を買えばいい。中国の「知識付費」とは、たとえていえばそういうモデルである。設備はスマホ以外、何もいらない。

 アリペイ(支付宝)やウィチャットペイ(微信支付)などの決済システムというインフラに支えられ、中国ではシェア自転車や電気自動車のシェアリング、中国版Uber的な配車アプリ急速の普及などに見られるように、デジタル技術であらゆるものを社会で共有する動きが急速に進んでいる。そして、いったん「これが便利」となると、あっという間に普及し、過去のやり方が根底から変わってしまうという現象が起きる。

 これまで苦労して「勉強」して獲得してきた「知識」を、デジタル技術を駆使し、必要なだけ気軽に買ったり、シェアしたりする。そういう便利な引き出しを常に持って歩いている。世の中に情報があふれ返るインターネット時代ならではの新たな「知識」の活用方法が広がりつつあるのかもしれない。そんなふうに思うのである。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー 亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤) 前リクルート ワークス研究所客員研究員

中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、大手カジュアルウェアチェーン中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。
近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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