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クリエイティブ視点で切り拓くまちづくり
~古くて新しい仕組み「サーキュラー・モデル」が生み出す価値とは~

 「コロナで時代が10年早回しになった」といわれる中、これからの「まちづくり」には既成概念を超えた発想が求められるのではないでしょうか、とパノラマティクス(旧:ライゾマティクス・アーキテクチャー)の齋藤 精一氏は語る。人々の価値観が大きく変化し暮らしのデジタル化が急速に進む中、どのような視点やアプローチが必要とされるのだろうか。

これからの世界は「個別最適」では立ち行かない

 新型コロナウイルスによって、世の中の価値観が大きく変わりつつある。

 「戦後は物の豊かさ、60年代には心の豊かさ、80年代には文化の豊かさ、2000年代には社会の豊かさが追求され始め最近は人の豊かさについて語られることが多くなりました。それが、今回のコロナ禍でさらに変わりつつあります。それは、精神の豊かさを求める時代が来たということです」と話すのはパノラマティクス 主宰の齋藤 精一氏だ。

パノラマティクス 主宰
齋藤 精一 氏

 だが、焦点が当てられているのは人間にとってだけの豊かさだけではない。地球全体の豊かさに対する関心もこれまでになく高まりつつあるという。「最近、人新世(アントロポセン)という言葉が語られ始めています。地質学者の間ではここ10~20年、温暖化も含めてプラネタリー・バウンダリー(Planetary boundaries:地球の限界)の問題がずっと議論されてきました。地球という惑星自体がもう限界に来ている。つまり、人の命だけではなく万物の命のあり方を考えていく時代になったのではないか、と感じています」

 こうした中、個別最適の発想では立ち行かないケースが増えていくと齋藤氏は断言する。「僕たちが受け入れなければならないのは今まで積み上げてきた方程式の多くは使えなくなった、ということです。都市開発やまちづくりもそうですが本当に必要なものは何なのかと問い直し、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)投資、アントロポセンという切り口を採り入れながら新しいビジョンをつくっていかなければなりません。そこで重要になるのはクリエイティブ視点で物事を解決していくことです」

デザインシンキングで考え、クリエイティブに実践する

 それでは、クリエイティブ視点でまちづくりを行うとはどういうことなのか。「それは、デザインシンキングによって考えたことをクリエイティブ・アクションやアート・アクションによって実践していくということです。デザインシンキングで物事を考察し失敗も許容しながら、よいものにブラッシュアップしていくアプローチが今こそ必要だと思うのです」と齋藤氏は言う。

 このことは新型コロナウイルスの感染拡大時を振り返ってみればわかりやすい。3月に緊急事態宣言が出るとアート的発想の人たちがまず問題提起をし、その後クリエイティブ的発想の人たちが問題解決をしていくという流れになった。例えば、イベントをオンライン化するような試みを「とりあえずやってみよう」と発想したのはアート視点の人たち。続いて、クリエイティブ視点の人たちが「それをもっと定着させるには、どんなシステムやデザインがいいのか」という問題解決をしていった。

 「それに追随する形で産業や企業がプロダクトやサービスを実装していくわけですが、有事が起きてから動くのでは機を逸してしまう。まちづくりの分野でも、クリエイティブ発想で問題提起のフェーズから入っていくことでいろいろな可能性が開けるのではないかと思っています」(齋藤氏)

クリエイティブ発想で効果を生み出すには、組織の機動力がカギに

 とはいえ、クリエイティブ発想で効果を生み出すには一定の条件が必要だ。それは、加速する社会の変化にキャッチアップできるだけの組織の機動力をいかに生み出すかという点である。

 「社会の変化のスピードと組織のスケールには、ある種の相関関係がある」と齋藤氏は言う。

 例えば、2020年グッドデザイン大賞を受賞したのは東京・文京区に拠点を置くベンチャー企業、WOTAの自律分散型水循環システム「WOTA BOX」だ。生活排水を98%以上再利用することで上下水道いらずの水利用を可能にした、世界初の「持ち運べる水再生処理プラント」である。これまで被災地で使われる簡易シャワーはタンク容量が200ℓしかなく、2人がシャワーを浴びるのが限界だった。しかし、このWOTA BOXなら1度に90人近くの人がシャワーを浴びることが可能だという。

 同様にグッドデザイン金賞を受賞した19社の中にも大企業の名は見当たらない。その理由を「大企業が今の社会の傾向や対策に対して、 時間軸もしくは組織スケールの面でキャッチアップできていないのではないか」と、齋藤氏は推測する。

 「今は決断の速さや時代に即した社会実装が求められています。もちろん、大企業が悪いというわけではありません。要は社内ベンチャーを起こす仕組みや、ディシジョン・メイキング(意思決定)の速さが問われています。コロナ禍への対応も企業によって大きく分かれましたが、大規模組織が社会のスピードに対応することは容易ではありません。スモールチームで素早く決断することが、時代に合わせた社会実装を可能にすると思うのです」

これからのまちづくりはサーキュラー・エコノミーが主流に

 こうした社会の動きを背景として、これからのまちづくりはどのような方向に向かうのか。

 今後はまちづくりにおいても、サーキュラー・エコノミー(Circular economy:循環型経済)が主流になっていくと、齋藤氏は予測する。

 「今後は、1つのサーキュラー単位でまちができていくのではないでしょうか。まちの住民がそこで消費をして、経済活動をグルグル回していく。『使う』『提供する』『処理する』という営みが1つのサークルの中で循環していくわけです。各サークルにはICTが実装され、すべてをモニタリングしながら最適化できる形になっている。そして、個々のサークルがネットワーク化し、お互いのまち=サークルが持つカルチャーを交換・購買することで経済が発生する形態です。例えば、思い切ったリニューアルを行うことでシャッター街からの再生に成功した、高松の丸亀商店街はその好例でしょう」

 要は、(1)インフラ(エネルギーや資源など)は可能な限りサークル内で循環させ、(2)風土や立地によって異なる文化(人・企業・モノ・歴史・伝統・工芸・哲学など)をサークルの中心に据え、独自の価値や強みをつくる。そして、(3)各サークルが持つ独自の文化を交換することにより、経済を発生させる。それが齋藤氏の考えるサーキュラー・モデルだ。

まずはアクションを起こすことが、未来のまちづくりにつながる

 一般にスマートシティというと大規模な都市開発をイメージしがちだが、サーキュラー・モデルは身近なところから発想することが可能だ。例えば、「会議室の中にあるペットボトルの数」を数えてみてそれがムダに使われているようなら減らす方法を考え、不足しているようなら調達の方法を考える。そのサーキュラーが会議室単位であれ施設単位、自治体単位であれ今すぐにでも実装することは可能だと齋藤氏は言う。

 だが、サーキュラー・モデル自体はけっして目新しい概念ではない。実は、日本列島には太古から存在していた古くて新しい仕組みでもある。

 「例えば、豊かな生態系に恵まれた紀伊半島の奥大和地方では、昔から『自分で作物を育て、必要な分だけ食べ、余った分は外に売る』という生活が営まれてきました。戦後の日本では商品をとりあえず100万個作り売れ残った分は廃棄する、という大量生産モデルで突き進んできました。しかし、今はICTで最適化ができるので必要な人に必要な量だけ届けることができる。その方が経済効果も高いのでゆくゆくはサーキュラー・モデルにシフトしていくのではないかと考えています」

 こうした考察に基づき、齋藤氏はコロナ禍においてさまざまなイベントを手掛けてきた。その1つに、「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」がある。

 これは2020年10月3日~11月15日、奈良県・奥大和地方で開催された屋外型の芸術祭。吉野町、天川村、曽爾村という3つの地域をそれぞれ3~5時間ほどかけて歩きながら自然の中でアート作品を鑑賞・体験する。現地に連泊しながら時間をかけて山里を歩くことで地域の人々とのかかわりを深め、「関係人口」の創出を目指そうというものだ。

「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」の一例。広大な自然の中でさまざまなアート作品を鑑賞・体験することができる

 「このイベントで目指したのは、観光を元気にすることと関係人口をつくることでした。『観光以上、移住未満』という言葉がありますが、奥大和と多様な形でかかわる人々をつくり出すためのきっかけづくりができないか、と思ったのがこのイベントを企画した理由でした」と齋藤氏。サーキュラー・エコノミーなどの概念を整理した上で、「どの文脈から見ても合点がいくようなつくり方」を目指したという。

 「今回、この芸術祭を手掛けて感じたのは、『このようなイベントづくりも、まちづくりの大きなきっかけになるのではないか』ということです。個々のシステムがネットワークでつながり全体を構築するように、個々のサークルが連動してサーキュラー・モデルをつくるということもやろうと思えばできるのではないでしょうか」と齋藤氏。行政のリーダーシップや法律整備を座して待つのではなく、民間の力を結集して今できることから始めるべきだと訴える。

 「マクロから全体を設計し、実際にまちができるまで待つのでは時間だけがどんどん過ぎてしまいます。今からでも未来のまちづくりに向け、アクションを起こすことはできるはずです。これからもデザインやクリエイティブ、まちづくりのあり方をいろいろな形で模索していきたい。ぜひ、皆さんも積極的にかかわっていただきたいと思います」