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気鋭のデザイナーが読み解く、DXの阻害要因と推進のポイント

 デジタルトランスフォーメーション(DX)の期待が高まる一方、日本ではその成功モデルが少ない上、業界や社会全体を巻き込む大きな流れに発展していないのが現状だ。その要因として、「テクノロジーへの過大評価」や「既存の固定概念」、「推進のプロセス」に問題があると指摘するのはライゾマティクス・アーキテクチャーの齋藤 精一氏だ。2025年の大阪・関西万博(以下、大阪万博)では日本のDXの真価が問われる。DXを推進するために、社会や企業は何を改め、どんな点に注意しながら進めるべきなのだろうか。

ライゾマティクス・アーキテクチャー
主宰
齋藤 精一 氏

テクノロジーがもたらす革命の意味を考える

 かつての日本社会は、業界ごとに事業領域が分かれる、わかりやすい社会だった。しかし、そんな時代は終わりを告げた。「時代は大きく変わりました。今や業界の垣根は曖昧になり、すべてが複雑に関連しています」。こう話すのは、ライゾマティクス・アーキテクチャーの齋藤 精一氏だ。ライゾマティクス・アーキテクチャーは都市空間の在り方を問い直し、さまざまな実験的アプローチで新たな空間価値を提案し続けている。また、齋藤氏自身、クリエイティブディレクターとして活動している。

 この複雑性の中から、新たな糸口やヒントを見つける手段となるのがDXだという。しかし、現在はそれが広義に捉えられている。昨今はコロナ禍により、企業における働き方が大きく変化し、テレワークの利用が一気に拡大した。

 「これはいわば業務のオンライン化。オフラインだったものをオンライン化するのがDXではありません。DXで目指すべきは、産業・人・サービス・テクノロジーをつなげること。そしてそのプロセスそのものがDXの本質なのです。ところが、今の日本社会は一部がつながっているだけで、ほとんどはバラバラな状態にある。何を達成したいのか、目的をしっかり持って『つながり』を創出していくことが大切ではないでしょうか」と齋藤氏は訴える。

変化に強いのは、大組織ではなく“個”のつながり

 テクノロジーの進化により、私たちの暮らしは便利で豊かなものになった。その一方、地球規模で見れば爆発的な人口増加、それに伴う水・食料難、エネルギー問題や環境破壊などさまざまな歪みが生じている。

 そうした中で発生した新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、「いのち」の重さ・尊さを再認識させた。同時にこの出来事は、社会の中に「デジタル化されたところ」と「デジタル化されてないところ」があることも浮き彫りにした。

 IT技術を活用した地域課題の解決を目指す非営利団体「Code for Japan」は、新型コロナウイルスの感染防止対策の一環として、自治体が公開する感染状況データのオープン化をいち早く実現した。これによりデータの判読性が向上し、行政の公式情報をより迅速に提供できるようになった。

 重く受け止めるべきは、この活動を進めたのが、企業などの大きな組織ではなく、非営利団体という個人の集まりという点だ。変化に対して、大きな組織は総じて動きが遅い。志を持つ“個”が集まれば、大きな組織に負けない変革が可能になる。Code for Japanの取り組みはそれを如実に物語っている。「DXを進める上で、これは重要な視点の1つになります」と齋藤氏は指摘する。

 DXを推進し、自社のビジネスを発展させるだけでなく、最終的に社会課題の解決に導いていく。こうしたストーリーラインを描き、その目標としてSDGsを取り上げる企業も多い。しかしSDGsに対する企業の向き合い方にも問題がある、と齋藤氏は指摘する。

 「企業はSDGsを単なる『的』だと思っていないでしょうか。社会や株主に社会貢献活動を示すため、的を決めて、17の目標のうちのどれかを打ち抜こうとしている。そんな風に思えてなりません。SDGsの17の目標は『いのち』を考えるガイドラインです。世界的課題であり、大きなビジネスドメインでもある。それぞれの課題は複雑に絡み合い、深刻度を増しています。その解決に、今こそICTやデジタル技術を活用すべき。安全・安心・便利・快適を追求するだけではなく、これからの日本の変化に備えることが急務です」(図)。

SDGsの17の目標
17の大きな目標と、それらを達成するための具体的な169のターゲットで構成されている。貧困や飢餓、健康や教育だけでなく、環境や平和、エネルギー問題なども含まれる。開発途上国だけでなく、先進国も取り組むべき世界共通の課題だ

日本型のサーキュラー・エコノミーモデルを目指すべき

 ICTやデジタル活用の観点から、頻繁に耳にするようになったのが「スマート」という言葉だ。ただし、DXを進めるためには「スマート」の意味も再定義する必要があるという。情報を共有し、その上でさまざまなものを超効率化・超最適化する。これが齋藤氏の考える「スマート」だ。

 「これによって資源を最大限に活用し、エネルギーやフードロスなどのムダを極力なくし、永続的に再生・再利用し続けていく。すなわち『サーキュラー・エコノミー』をつくるわけです。これが重要な経営戦略の1つになりつつあります」と齋藤氏は語る。実際、ファッション業界では環境への取り組みをしていない企業には投資が集まらないというトレンドが広がりを見せているという。

 いきなり日本や世界を対象として見ると、その大きさにたじろいでしまう。しかし、小さなクラスターで成立する経済・エネルギー圏なら手をつけやすい。「こうした小さなアプローチがサーキュラー・エコノミーの実現に向けた今後のトレンドになるでしょう」と齋藤氏は話す。

 ただし、そのアプローチには工夫が必要になるという。「おそらく世界標準のやり方をそのまま日本に持ち込んでもうまくいかないでしょう。日本独自のモデルをつくり出す必要があります。しかし、残念ながら日本には存在しません。それは既得権益や忖度文化が邪魔をして、みんなが別々の方向を向いているからです。その結果、データの共有が進まず、ICTやIoTのプロトコルも標準化できていないのではないでしょうか。そうしたことを乗り越え、Society 5.0の社会実装に向けて、足並みを揃えていくことが最大のミッションといえるでしょう」(齋藤氏)。

まずアクションを起こし、走りながら価値を生み出す

 DXの推進にはもちろん新しいテクノロジーが必要だ。とはいえ、テクノロジーは魔法の杖ではない。必要な時、必要な場所に適用すべき、道具にしかすぎない。人がやるべきことは人がやり、そうでないものはテクノロジーに任せる。そういう住み分けを考えていくべきだと齋藤氏は指摘する。

 さらに大切なのは、どんなテクノロジーを使うかではなく、「アクションを起こすこと」だ。「失敗を許容しつつ、実践する。このサイクルの中から価値をつくり出していく。価値づくりを先に考える『デザイン・シンキング(デザイン思考)』から、アクションを起こして走りながら価値づくりを進める『クリエイティブ・アクション(創造的な実践)』へ転換を図る必要があります」と齋藤氏は訴える。

 2021年に延期された一大スポーツイベント、2025年に開催される大阪万博は、このクリエイティブ・アクションを実証・実験する最適な場となる。組織に頼らず“個”や小さなクラスターからアクションを起こす。テクノロジーがもたらす革命のように、最初はバラバラかもしれないが、やがてそれが整理され、お互いにつながることができれば、大きな力に変わっていくことだろう。