「コモンズ」が駆動する共有型経済は、日本の文化から生まれる
~NEC未来創造会議講演レポート
2017年度からNECが開始した「NEC未来創造会議」は、有識者を招いて会議を開きながら実現すべき未来像と解決すべき課題、そしてその解決方法を構想してきた。今年度の会議では経済成長と持続可能性を巡って議論を繰り広げ、去る11月に行なわれた「NEC Visionary Week」にて集大成となるセッションが開かれた。同セッションの前半には特別ゲストとして文明評論家であり、『限界費用ゼロ社会:〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭』の著者であるジェレミー・リフキン氏が登場。第三次産業革命を唱える同氏は、COVID-19以後、気候変動以後の未来に何を見ているのだろうか。
SUMMARY サマリー
人類は滅亡の危機を迎えている
2020年、世界を席巻したCOVID-19は既存の経済や社会のシステムを揺るがすのみならず、人類の文明が限界を迎えつつあることを明らかにした。産業革命以降、人類は技術を発展させるとともに経済成長を追求しグローバルな経済活動を進めてきたが、近年はその成長も鈍化し、他方で環境問題や食糧危機など多くの社会課題が深刻化している。
「多くの人々が産業革命によって豊かな暮らしを送れるようになったことは事実ですが、世界人口の45%は1日の収入が5ドル以下の人々が占めており、低所得者層の暮らしは必ずしも改善していません。世界で最も裕福な8人が保有する資産の合計は世界人口の下位半分の合計資産に匹敵するともいわれており、経済成長の恩恵を受けているのはあくまでも富裕層だけなのです」
『限界費用ゼロ社会』で知られる文明評論家、ジェレミー・リフキン氏はそう語り、産業革命以後の経済システムが歪みを生んでいたことを明らかにする。同氏は産業革命とは「化石燃料文明」だと語り、石炭や石油など化石燃料を資源として経済を発展させてきたことでいま人類は深刻な危機を迎えているとつづける。
「化石燃料によってわたしたちは電力のみならず肥料や建設資材、繊維、医薬品などさまざまなものをつくりだし、豊かな文明を築きました。しかし、同時に大量の二酸化炭素が排出され、気候変動が年々加速している。地球温暖化に伴う干ばつや山火事、水害、生態系の破壊などその影響は計り知れない。いま人類は大量絶滅の危機を迎えつつある。文明再編のために残された時間は、わずか10年だと言われています」
すでに多くの政府や企業が気候変動への取り組みを進めているものの、わたしたちは意識改革から技術・経済体制の改編にいたるまであらゆる面で大きな変革を起こさなければならない。そのためには化石燃料の使用を止めて二酸化炭素の排出量を減らすことはもちろん、これまでとは異なる経済のあり方を考えていかなければいけないだろう。
パラダイムシフトを起こす3つの技術
ジェレミー氏は歴史を振り返りながら、これまで人類が起こしてきたパラダイムシフトにはつねに3つの共通点があったと語る。それは経済や社会活動を行ううえで複雑なやり取りを可能にする通信技術、新たな動力源となるエネルギー技術、複雑な社会で多くの人とモノをつなぐ移動の技術だ。
「たとえば19世紀にイギリスで起きた第一次産業革命では印刷技術と電信技術によってコミュニケーションが加速し、石炭という新たなエネルギーが蒸気エンジンへとつながって貨物輸送が広まった。20世紀にはアメリカで第二次産業が起き、電話やラジオ、テレビが発明され時間と場所を問わず人がつながれるようになり、安価なテキサス産の石油によって自動車から船舶、航空機といった移動手段が発展しました。しかし、化石燃料に依存した経済システムは程なくして限界を迎えます」
そうジェレミー氏が語るとおり、2008年7月1日に原油価格が1バレル147ドルに達したことで世界経済は大打撃を受け、2カ月後には金融市場の崩壊が引き起こされた。「わたしたちはいま、石油依存の産業が末期を迎えた混乱状態の只中にあります」と同氏は続ける。化石燃料を活用した第二次産業革命の経済基盤からは、もう二度と新たな成長は生まれないのかもしれない。だからこそ、ジェレミー氏はこれまでと異なる「第三次産業革命」の可能性を提示している。
ジェレミー氏によれば、第三次産業革命は通信・エネルギー・モビリティという3つの技術を一本化するものだという。実際に同氏がドイツのメルケル首相にそのビジョンを語ったところ、欧州ではその実現に向けた動きが進んでおり、20年にわたって同氏はEU首脳の顧問を務めている。
「第三次産業革命とは最後の産業革命であり、デジタル革命のことです。いま世界はインターネットによってつながっており、世界中の誰もが家族の一員といえる状態になった。この通信のインターネットが、エネルギーのインターネットへつながります。太陽光や風力によって生まれたエネルギーはデジタル化され共有され、データやニュースを共有するように電気のやりとりができるようになるでしょう。さらに移動手段となる車両もすべてクリーンエネルギーによって動くようになり、自動運転へと切り替わることでモビリティのインターネットも構築される。3つのインターネットがひとつの大きなインフラを形成するのです」
これら3つのインターネットをさらに加速させるのが、IoT技術だ。自然環境から農作物、製造現場、住環境、家具・家電にいたるまであらゆる場所に設置されたセンサーがデータを取得し、3つのインターネットへと接続される。「どんな細胞にも必ず通信手段は備わっていて、生きるためにはエネルギーが必要であり、動くための移動手段が必要です。いわば、わたしたちは人類をつなぐ地球の神経系をつくっているわけです」とジェレミー氏が語るように、第三次産業革命とは国境を越えて地球全体をつなぐ大きなインフラをつくることでもあるだろう。
コモンズによる共有型経済
こうした第三次産業革命によって生まれるのが、ジェレミー氏の著書タイトルとしても知られる「限界費用ゼロ社会」だ。デジタル化によって固定費や限界費用が押さえられることで、どんな人々でもアクセスしやすい民主的な情報環境が生まれていく。
「限界費用が減ると企業の利幅が縮小し、従来の市場取引型資本経済は崩れていきます。市場からネットワークへ、交換から循環へ、売り手/買い手から提供者/利用者のネットワークへ、所有権からアクセス権へ、生産力から再生力へ――あらゆる面で、大きな変革が生じるでしょう。限界費用がほぼゼロになる先に生まれるのは、共有型経済です」
ジェレミー氏はそう語り、21世紀の経済は「コモンズ(共有財)」によって駆動していくと続ける。たとえばいまや多くの人々がブログやSNSを通じて無料で情報を発信し、音楽も共有される。とりわけCOVID-19以降はオンライン教育の場で無料の講義が開かれてることも少なくない。日本においてもカーシェアリングサービスは拡大しており、「シェアリングエコノミー」という言葉が紹介される機会も年々増えているだろう。
コモンズによって成り立つ共有型経済は新たな経済の仕組みではあるが、必ずしも目新しいものではない。ジェレミー氏は「日本にはコモンズの歴史がありますし、共有型経済の先駆けだったともいえる」と言い、日本にはこれからの経済を考えるためのヒントがあることを明らかにする。
「農業協同組合や自治会といった日本の協同組合はすべて協働型のコモンズです。欧米ではあまり知られていませんが、日本が経済大国になったのは日本人が古来から実践してきた協働という文化がコミュニティをつくってきたからなのです」
他方で、現状日本は大量の液化天然ガスを輸入し発電燃料の3分の1を石炭が占めているなど、再生可能エネルギーへの移行があまり進んでいないことが問題となっているが、それは潜在的に大きな変革の可能性を秘めていることを意味してもいる。ジェレミー氏によればすでに日本では数多くの大手企業がデジタル企業に精通しており、世界的な自動車メーカーも少なくない。通信と移動というエネルギー以外のインターネットについては、すでに変革の準備ができているといえるのかもしれない。
アジア的な自然観が切り開く可能性
こうした新たな経済や社会のシステムの構築は、いますぐ取り組まねばならないものだ。今回のCOVID-19は数十年かけて進行した気候変動の帰結でもあり、たとえCOVID-19が沈静化したとしても、気候変動による生態系破壊が続けば野生動物と人間の距離は縮まり新たな感染症が登場するリスクは高まる。だからこそ、従来のシステムから離れ、災害や疫病に強い社会へと移行しなければいけないのだ。
その移行は容易ではないかもしれないが、ジェレミー氏はこの移行を日本が主導すべきだと語る。「アメリカは、電信システムや大陸横断鉄道の構築も、自動車の普及に伴う道路網や電話網の整備も、すべて30年で成し遂げました。第三次産業革命も、20年で実現できると思っています」。第三次産業革命のための資金も化石燃料からの脱却によって十分用意できるはずだと同氏は語り、まさに現在ヨーロッパを中心に進む「グリーン・ニューディール」の考え方は、二酸化炭素排出ゼロを目指しながら新たなビジネスモデルを通じた経済価値の創出を目指すものだと解説する。くわえてジェレミー氏は、Z世代やミレニアル世代など若年層の意識の変化がこの変革を後押しするはずだとつづけた。
「この1年半で多くの若者がデモを起こし、気候変動による危機的状況を訴えてグリーン・ニューディールへの移行を訴えています。これまでも社会への不満や部族間の争い、領土紛争などから多くの運動が起きていましたが、今回の抗議行動は世界141カ国に広がっている。すべての国境が取り払われ、自分たちはひとつの種であり、ほかの動植物とも不可分のコミュニティのなかで生きていることを理解したんです」
もちろん、気候変動のデモに参加する人々が国籍や宗教、地域社会を捨てたわけではない。しかし感染症の流行や気候変動を経て、人類は自分たちだけでは生きられないことを学んだというわけだ。こうした他者や自然、世界との関係性を考えるうえでも、日本をはじめとするアジア圏の文化に大きなヒントがあるとジェレミー氏は語る。
「キリスト教などアブラハムの宗教の考えに基づいて生きてきた欧米の世界で、植物や動物は人間による支配の対象でした。だからこそ人間は短期的な利益のために地球を破壊してしまった。しかし、東洋の宗教観だと常に人類が自然の一部として捉えられていますよね。わたしたちは自然の支配者ではなく、自然の構成員であり調和を保たなければいけない。21世紀はアジアの文化的DNAに刻まれた教訓を世界に広げていく時代になると思っています」
これまでわたしたちは当たり前のように豊かさを求めて技術開発を行ない経済成長を進めてきたが、それは唯一の道ではないのだろう。自然を資源とみなして開発の対象とするのではなく、調和する相手として捉えなおすこと。いまこの瞬間の豊かさを最大化しようとするのではなく、多様な存在の命を未来に引き継いでいくこと。ジェレミー氏のビジョンとは、「実現すべき未来像」と「解決すべき課題」そして「その方法」を構想してきたNEC未来創造会議が長い時間をかけて議論してきたことでもある。コモンズによって成り立つオルタナティブな社会が、いままさに始まろうとしているのだ。