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wisdom特別セミナー「次世代中国一歩先の大市場を読む」より

「なぜ中国は変わったのか」~14億の「個」が生み出すパワー

2018年05月31日

 日本企業の成長戦略を描く上で中国は欠かせない市場です。しかし、正しい理解がなければ、正しい成長戦略を描くことは困難です。wisdom特別セミナー「次世代中国一歩先の大市場を読む」に登壇した田中 信彦氏は、情報によって中国国民の行動に大きく変化が起こっていると言います。果たして、何が起こっているのでしょうか。

「穴を埋める」「山を作る」を同時に進める中国

 現在、日本企業の成長戦略にとって欠くことのできないファクターが中国です。約14億人の市場が持つ潜在的なパワーには計り知れないものがあり、中国市場でどれだけのプレゼンスを示せるかが、グローバルビジネスの成果を大きく左右するのは間違いありません。

 もちろん、みなさんも重要性を認識し、その動向をウォッチしているとは思いますが、日本から見る中国像と、現地で実際に起きていることの間にはやや乖離があるようにも感じます。今、中国では何が起こっているのか──。私が感じていることを少しお話しします。

 まず現在の中国を表現する上で、私がよくあげるキーワードが「拡大と変化」です。大きくなることと変わっていくことは異なる現象ですが、中国ではそれが同時に起こっています。

田中 信彦氏
亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科講師 中国・上海在住

 少し歴史をふまえて整理すると、世界に冠たる文明を持っていた中国は、清朝の時代に近代化の波に飲み込まれ、衰退期を迎えます。さらに1960年代、文化大革命の名のもとに行われた計画経済は、結果的に中国をどん底まで突き落としました。

 ただ人為的にせよ、そうでないにせよ、こうして空いた「穴」は、ある程度は自然に埋まるものです。小さく縮んだものが、また大きくなる。昨今の中国の経済成長、つまり「拡大」は、いわば起こるべくして起こったものだったのです。

 しかし、穴は自然に埋まっていきますが、「山」は自然には作られません。さらなる成長のためには、自ら「変化」を起こさなければならない。また、ほとんどの場合、山は穴が埋まった後に作り始めるものですが、中国は同時にそれを行っている。ものすごいスピードで拡大しながら、変化を起こす。今、中国では、人類が経験したことのない壮大なプロジェクトが進行していると感じます。

有史以来、初めて情報を発信する力を得た中国国民

 では、実際に中国では何が起こっているのでしょうか。それを読み解くヒントとなるのが、以下の3つです。

(1)社会における情報の流通

(2)「人対人」を軸にした行動様式

(3)情報が人の行動を変える

 まず、1つ目の情報の流通についてお話ししましょう。

 つい最近まで中国の情報発信は、新聞をはじめとする紙とテレビが中心で、基本的に官の統制下にありました。印刷工場は政府の許可がなければ営業はできず、テレビも自由に放送できたわけではありません。どんな情報を、どのタイミングで、どれだけ伝えるかは政府が決め、人々は基本的にそうした情報を受け入れるしか術はありませんでした。

 状況を大きく変えたのがスマートフォンの登場です。

 広大な国土を持つ中国の場合、物理的なケーブルを国中に行き渡らせるのに膨大な時間とコストがかかり、インターネットの一般大衆への普及は無線通信を前提とするスマートフォンの登場まで待たなければなりませんでした。みなさんもスマートフォンやSNSが、社会や人々の生活にどんなインパクトを与えるかは身を持って体感していると思いますが、ずっと昔から新聞やテレビでも自由に情報を発信できていた上、PCによるインターネットの時代を経てゆるやかに変化してきた日本と違い、中国では、一足飛びに一人ひとりが手のひらで情報を発信して、交換できる社会へ移行したのです。

 極端に言えば、有史以来、初めて国民が情報を発信する力を得た。このインパクトの大きさは計り知れません。わかりやすいところで言えば、日本を訪れる中国人観光客が増えたのは、経済的な理由だけでなく、国民同士がSNSでつながったことも大いに関係しています。これまでは、誰も教えてくれなかった日本の魅力を誰かが発信し、それを見た人が自分も行ってみたいと考える。そんな連鎖的な反応が起こっているのです。

国や社会よりも利害を共有できる個人が大切

 2つ目のヒントとなるのが、中国国民ならではの「人対人」を軸にした行動様式です。

 一般的に日本人は組織、システムを基盤にものごとを考え、行動するのが得意といわれていますが、中国人は全く逆。仕組み、システムに対する信頼感が希薄で、国家や社会よりも、信頼できる人とのつながりを重視します。

 どうしてそうなったのかを厳密に検証するのは難しく、長い歴史を経て気質として組み込まれたとしか私には言えません。ただ、はるか昔から社会には統治者がいて、権力を背景にやりたいようにやるもの、法律や社会システムとは支配者が自分たちに都合のいいように作るものという観念が普通で、個人レベルでは統治者にはとうてい太刀打ちできないからとりあえずは従いますが、信頼はしていません。

 ここに持ち前の競争意識が加わると、「上に政策あれば下に対策あり」といわれるように、国民たちは法律を「守るもの」ではなく、「利用するもの」と考えます。

 また、人への信頼もいわゆる義理人情というようなものだけではなく、利害を前提とする色彩の濃いものになります。この人は自分のために何をしてくれるのか、相手が利益を得るために自分は何をしてあげられるか。そういう利害が一致する人を大事にして信頼し、共に力を合わせて安全や権益を守ろうとします。

 これが中国の「コネ社会」です。単に知り合いを多く作る、顔見知りになるという意味で理解してしまうと、その本質を見誤ります。

スマホ決済の履歴を基に信用度を数値化

 このスマートフォンの普及と、人を重視する国民性をベースに大きな変化が起こっています。それが最後の「情報が人の行動を変える」話につながります。

 スマートフォンの普及によって、中国ではスマホ決済が爆発的に浸透し、もはや、あまり現金を持たなくても、毎日の暮らしには、ほとんど困りません。日常的な買い物はもちろん、税金や家賃の支払い、交通違反の罰金などもスマホ決裁が可能で、2017年には約1500兆円という、とてつもない規模にまで達しています。

 このスマホ決済を、単に「便利になった」という観点だけでとらえることはできません。

 考えて見れば、お金の決済の履歴は、その人の暮らし、行動そのものです。使っている金額で収入水準も把握できます。決済サービスで代表的なのが「アリペイ」ですが、アリペイを運営するアリババグループは、このスマホ決裁履歴に勤務先や学歴なども加えて、その人の「信用度」を数値化しています。これが「芝麻信用(セサミ・クレジット)」というサービス。いわばスマホ決裁をベースにした与信サービスですね。

信用情報を公開して国民の道徳的な行動を促す

 芝麻信用の指数は350~950点の間で評価され、インターネット上で広く公開されます。私たち日本人の感覚からすると「そんな情報を公開するなんて!」と感じますが、個人情報に対する意識が異なる上、融資を受ける際の審査が短時間で済む、金利を優遇される、レンタカーやホテルのデポジットが不要になるなど、多くのメリットを得られることから、多くの国民が当たり前のように利用しています。

 芝麻信用の指数が低いと、融資の審査に時間がかかったり、生活に不都合が生じます。普通にしていれば、極端に不便になることは少ないですが、信用度を上げるためのチャンスもあります。

 例えば、雨が降った時に無料で傘を貸してくれるサービスがあるのですが、傘を返却することで信用度が上がります。ですから、翌日以降、ほとんどの人がきちんと傘を返しに行きます。

 そう、度々マナーの悪さを指摘されていた中国国民が情報の管理によって行動を変えるようになったのです。このサービスの狙いがこれです。

 「法律や社会システムは利用するもの」「自分と利害が一致する人が大事」という中国国民の意識は、社会や他人への無関心さなど、これまで、あまりポジティブでない発想に結びつきがちでした。しかし、スマートフォンというツールを利用し、個人の信用を重視する国民の特性をとらえ、その特性と親和性の高いサービスを定着させることで、道徳的で真面目な暮らしを促し、そうした行動をしている人がきちんとトクをする社会に変えようとしている──ということです。

 実際、信用を軸に社会のルールを守らせるための様々な社会実験も進んでおり、かなりの成果を挙げています。さらに、この仕組みは、チームプレーが苦手で、それぞれが自分勝手に行動しがちだった中国人の弱点を補う可能性も秘めていると感じます。

 この信用のケースは、情報が中国国民の行動を変えたひとつの例にすぎません。今、中国では、他にも様々な変化が起こっています。それを踏まえて、改めて中国という国、そして市場を見てみると、何か違うものが見えてくるかもしれません。その新しい視点を、ぜひみなさんのビジネスに役立てていただければと思います。

図 芝麻信用の仕組み
日々の行動、決済履歴、どんな人とつながりがあるかなどを総合的に評価して、信用が数値化される。数字は350~950の間で示され、数値が高ければ、様々な恩恵を受けられる
田中 信彦(たなかのぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー
亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)
前リクルートワークス研究所客員研究員

1983年早稲田大学政治経済学部卒。毎日新聞記者を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、大手カジュアルウェアチェーン中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。

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