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wisdom特別セミナー「次世代中国一歩先の大市場を読む」より

投資の大きさは期待の証明
中国で最も有望な分野はどこだ

 成長を続ける中国市場。その中でも、特に有望な分野はどこなのでしょうか。1つの物差しとなるのが投資家たちの「目」です。wisdom特別セミナー「次世代中国一歩先の大市場を読む」では、サイバーエージェント・ベンチャーズの北川 伸明氏が、スタートアップ企業への投資という観点で、注目分野を紹介しました。

北川 伸明

株式会社サイバーエージェント・ベンチャーズ海外投資担当取締役
株式会社サイバーエージェント・ベンチャーズ・チャイナ代表取締役CEO

大学卒業後、株式会社NTTドコモ入社。経営企画部門、国際事業部門などに所属。2006年5月、インターネット分野に特化したベンチャーキャピタルである株式会社サイバーエージェント・ベンチャーズ入社。海外投資事業責任者として同社の海外進出を牽引し、06年当時実績ゼロだった海外投資事業は、17年12月現在で累計投資社数70社超。2008年の中国現地法人設立に伴い代表に就任、それ以降現在まで約10年に渡り中国に駐在し、中国、東南アジア、韓国における同社の海外投資事業全般を管轄する。代表的な海外投資先はYouku-Tudou(中国)、TutorABC(中国)、KakaoCorp(韓国)、Tokopedia(インドネシア)及びVatgia(ベトナム)など。1995年一橋大学経済学部、2001年米国ジョージタウン大学経営大学院卒。

世界トップクラスのベンチャー投資市場

 サイバーエージェント・ベンチャーズは、ネットビジネスに特化したベンチャーキャピタルです。日本国内だけでなく、アジアを中心に多くのスタートアップ企業を支援しており、中国でも累計45社の企業を支援しています。この経験から、今、中国ではどの市場がホットで、どんな企業が活躍しているのかをご紹介します。

 まず中国のスタートアップ市場の全体像を俯瞰してみます。

 ベンチャーキャピタルの投資総額を見ると、2016年の中国の投資総額は約3兆2,600億円で、アメリカに次いで2番目の規模になっています。日本におけるベンチャー資金調達総額は約2,500億円ですから、およそ10倍の規模となります*1

 スタートアップの盛んなアメリカと比較すると半分未満の数字ではありますが、国民1人あたりのGDPには、まだまだ大きな差がありますから、資金のインパクトの大きさでいえばアメリカ以上かもしれません。

 また、スタートアップ企業がどれくらい成功しているかについて、1つの到達点であるIPO、M&Aに注目してみましょう。2017年の中国企業の国内外でのIPO件数は554社となっており、アメリカの160社、日本の90社と比べると圧倒的な数字を残しています。また、中国企業によるM&Aの総額は約34兆円で日本の倍以上です*2

  • *1 :US National Venture Capital Association, Japan Venture Research, 清科研究中心, YourStory Research, The World Bank, IMF
    US$1=RMB6.3, JPY105にて換算
  • *2 :ChinaVenture投中统计, PitchBook, トムソンロイター「日本M&Aレビュー:2017年第四四半期」

手数料では稼がないスマホ決済サービス

 投資家の目はシビアですから、資金の大きさは、そのまま期待の大きさを表します。この世界有数の規模の投資が、一体、どの領域に向かっているのでしょうか。今ホットで、かつ日本が注目すべきだと私が思う領域が、(1)フィンテック(2)ハードウェア(3)ディープラーニング(4)ブロックチェーンの4つです。

 まず1つ目の「フィンテック」については、スマホ決済がこの分野の成長・拡大を象徴しています。2017年の中国でのスマホ決済の総額は約1,500兆円といわれていますが、これは、日本の1年間のクレジットカード決済総額の約30倍にも上る数字です*3

 わずか数年でここまで大きな市場に急拡大したわけですが、それを牽引しているのが、アリババの「アリペイ」とテンセントの「WeChatPay」です。PCのオンライン決済だけだった頃はアリペイの独り勝ち状態でしたが、スマホ決済の普及と同時にWeChatPayがシェアを伸ばしています。

 スマホ決済の普及の背景には、もちろん通信規格の高度化、モバイル端末の進化などもありますが、手数料の安さが大きな推進力となっています。エンドユーザーの負担はほぼゼロ。事業者側の決裁手数料もわずか0~0.5%です。つまり、中国のスマホ決済は、手数料で利益あげるビジネスモデルではないのです。

 では、どこで利益をあげているかというと、それはデータです。例えば、アリペイは、ユーザーの購買履歴、クレジットカードの返済履歴、オンライン上の人脈を基に、個人の「信用」を数値化して公開する「芝麻信用(セサミ・クレジット)」というサービスを提供しています。信用スコアが高いとホテルのデポジットが免除されたり、低金利で融資が受けられたりするなど、様々なメリットがあることから利用が広がっています。このサービスを通じた無担保ローン(消費者金融)の貸出残高は、2018年3月時点で10兆円を超えるなど、関連サービスが大きなビジネスへと発展しています。

  • *3 :2017 China Third Party Mobile Payment Report, iResearch

世界を席巻しつつあるEV開発ベンチャー

 約14億人という圧倒的なスケールメリットを背景に成長しているのが、2つ目の「ハードウェア」領域です。

 この分野では、スマートフォンの世界シェアで第5位まで急成長を遂げたシャオミやコンシューマ向けドローンのDJIが象徴的ですが、今、それに続く成長株として注目されているのは、EV(電気自動車)です。

 米テスラ社の地域別売上を見ても、中国が米国に次ぐEVの販売市場であることが分かります。EVでは、既に1,000億円を超える資金調達を行ったスタートアップ企業が3社、100億円を超える規模の調達を行ったスタートアップ企業まで含めると9社もあり、投資家からも大きな注目を集めていることが分かります*4

 また、世界全体で見ても2017年のEV/PHVのメーカー別販売台数では、中国のBYDとBAICがアメリカのテスラを抜いて1位、2位。トップ10内に4社も中国メーカーが入るほどで、大手とスタートアップ企業がひしめき合う激しい競争環境の中、巨額の資本が流入しています。

  • *4 :「十大造车新势力融资情况」电动汽车资源网

恵まれたデータ活用環境を背景に進化するAI技術

 3つ目の「ディープラーニング」もまた、ハードウェアと同様に中国ならではのスケールメリットを背景に注目を集めています。

 昨今のAIブームに火をつけたのは、2012年のディープラーニングの登場でした。このディープラーニングの精度を高めるために必要なのがデータ量の蓄積ですが、中国は人口が多いのはもちろん、国民の意識や法規制という点でデータ収集と使用に制限が少なく、他国に比べて非常に恵まれた環境にあります。

 2014年に北京で創業したセンスタイムは、2017年、AI分野の投資額で当時の世界最高額となる440億円を調達しました。アリババや米国のクアルコムも出資しています。

 また2011年にこちらも北京で創業したメグビーは、中国の大手銀行などからの資金調達に成功し、センスタイムとともに「中国AIベンチャーの2大ユニコーン」ともいわれています。

 両社とも恵まれたデータ活用環境を背景に顔認証システムの精度を向上させるなど、高い成果を挙げています。オンライン金融の申し込みをはじめ、スマホの顔認証、無人コンビニ、自動運転など、利用シーンは今後さらに拡大していくでしょう。

 巨大市場を背景にしたスケールメリットは、データだけでなく人材面でも競争力を高めています。

 例えば、中国のAI関連の特許数は、2010年から2014年の累計で8,410件*5。2005年から2009年と比較して約2.9倍に拡大しており、優秀な人材が育っている証拠ともいえます。また、AI分野の世界大学ランキングを見ても、精華大学が第2位、北京大学が第4位となっており、今後は量だけではなく人材の質でも世界のトップと呼ばれる日が来るのかもしれません。

  • *5 :日本経済新聞, ”数の米国、攻める中国、AI特許6万件を解剖”, 17年2月1日

仮想通貨以外のサービスが中国から生まれる可能性

 4つ目は「ブロックチェーン」ですが、起業家と投資家の注目度は高いものの、仮想通貨及びICO(イニシャル・コイン・オファリング)は、中国政府が禁止の方針を明確に打ち出していますから、これらサービスの発展は少なくとも今の中国では期待されていません。

 では、起業家、投資家、そして大手企業がどこに注目しているかというと、ブロックチェーンを使った「通貨」以外のサービスです。例えば、アリペイは、すべての寄付サービスにブロックチェーンを導入し、自分の寄付金が、誰にいくら渡ったのかをリアルタイムで確認できるサービスを既に展開しています。

ブロックチェーンが導入された寄付サービス
自分の寄付金が、誰にいくら渡ったのかを、ブロックチェーンを使いリアルタイムで確認できるようになっている

 また、越境ECに関して、食品が産地からどういったルートで消費者まで届くのか、途中で商品がすり替えられていないかを確認するなど、トレーサビリティにブロックチェーンを使う仕組みもあります。

 ブロックチェーンというと、どうしても仮想通貨に目が向きがちですが、それが禁止されているからこそ、こうした新しいサービスが生まれているのかもしれません。今後、ブロックチェーンを使った通貨以外のサービスで、世界をリードするようなスタートアップ企業がいち早く中国から生まれていく可能性は大きいと思います。

 いかがでしょうか。中国という急速に発展する市場の中で、より先進的な分野、言い換えれば、投資家たちが、これからの発展を強く期待している分野がこれらです。中国でのビジネスを考えているなら、知っておいて損はないかもしれません。