都市のDXへの挑戦
──ヒルズネットワークが実現する新しい街のかたち
都市のデジタルトランスフォーメーション(DX)を進め、新しい街の形をつくる──。世界を見渡してもまだ実現例がほとんどないその取り組みに挑んでいるのが森ビルだ。森ビルが進めるDXの中心にあるのは、「都市の本質は、そこに生きる人にある」という思想である。その一つの実装の形が「ヒルズネットワーク」だ。街で働き、街で暮らし、街に訪れる人たちが、一つのID、一つのアプリで、あらゆるサービスやサポートを利用できるプラットフォーム。その画期的な仕組みは、森ビルとNECの共創によって実現したものだった。ヒルズネットワークのプロジェクトを牽引した森ビル タウンマネジメント事業部の北尾真哉氏と、その構築をサポートしたNEC デジタルサービスソリューション事業部の高木健樹が語り合った。
(2021年9月に開催された「NEC Visionary Week 2021」のセッションより)
SPEAKER 話し手
森ビル
北尾 真哉 氏
タウンマネジメント事業部
ヒルズネットワーク推進グループ課長
NEC
高木 健樹
デジタルサービスソリューション事業部 事業部長代理
一つのIDで複合的なサービスを提供する
高木:はじめに、森ビルが目指す都市のDX(デジタルトランスフォーメーション)の概要をお聞かせください。
北尾氏:森ビルは、アークヒルズ、六本木ヒルズ、表参道ヒルズなどの開発や運営を通じて、複合的な街づくりを進めてきました。オフィスだけではなく、住宅やホテル、レストランなどの商業施設、美術館などの文化施設を備えることによって、「働く」「暮らす」「遊ぶ」といった人の営みをトータルに支える街づくりです。
そのような複合的な街づくりに必要なのは、サービスの一元管理です。例えば私は、六本木ヒルズで働くオフィスワーカーであると同時に、表参道ヒルズの商業施設の顧客であり、森美術館の観覧者でもあります。しかし以前は、そういった多様な活動を一元的にサポートする仕組みはありませんでした。
そこで、ヒルズで働いたり、暮らしたり、ヒルズを訪れたりする顧客に、施設やサービスごとに発行していたIDを一つにして、サービスを統合的に提供する仕組みをつくりました。それが「ヒルズネットワーク」です。
高木:ヒルズにはいろいろな施設があり、多くの人たちがそれを利用したり、そこで暮らしたりしています。それらの活動をつなげて、一つのIDでサポートできれば、利便性が向上するだけでなく、一人ひとりをより深く理解することができるし、新しい体験価値を生み出すこともできるわけですよね。
北尾氏:そのとおりです。一つのIDにすることによって、ヒルズに関わるワーカー、居住者、来街者がどう行動し、何に興味をもっているかがわかります。そのデータを分析すれば、パーソナライズされた情報やサービスを提供することが可能になります。その結果、ヒルズで働いたり、暮らしたり、遊んだりすることの価値をこれまで以上に向上させる。それが私たちの構想でした。
デジタルを活用した、人を中心に発想する街づくり
高木:まさしくデジタルによって都市を進化させる取り組みと言えそうですね。その構想を実現するに当たって、とりわけ重視したことは何ですか。
北尾氏:「人」を中心にすべての物事を考えることです。ヒルズに関わる人たちには複数の属性があり、ヒルズの利用の仕方もさまざまです。その多様性を施設側からの視線ではなく、あくまで「人」を軸とした視線で統合していくことを常に念頭に置いてきました。一人の人が一つのID、一つのアプリで、ヒルズのあらゆるサービスやサポートを利用できる。そんな発想です。
高木:デジタルを活用することで、人を中心とした街づくりを実現する──。素晴らしい構想だと思います。しかし、その構想を実現する過程ではさまざまな困難があったのではないでしょうか。一番難しかったのはどのような点でしたか。
北尾氏:難しいことばかりでしたが(笑)、とくにたいへんだったのはシステムの一元化でした。すでに稼働している個々のシステムをすべてつくりかえるのは、コスト面から見ても、スケジュール面から見ても現実的ではありません。そこで既存のシステムをいかしながら、それらをつないで一つのプラットフォームにする方法を選択しました。ここでNECのシステム連携やデータ連携の技術を活用させていただきました。そのノウハウがなければ、ヒルズネットワークの基盤をつくることはできなかったと思います。
不可能と思われた構想はなぜ実現したのか
高木:NECから提供させていただいたのは、IDを安全・安心につなげられるソリューション「NEC Smart Connectivity」でした。私たちが森ビルのプロジェクトを支援させていただくことになったのは3年ほど前でしたが、それ以前からこの構想は始まっていたのですか。
北尾氏:構想自体は10年くらい前からありましたが、技術やノウハウがなかったために、実現は不可能だと考えられていました。しかし、3年前にNECがID統合の独自技術をもっていることを知って、「これならできる」ということになり、そこからプロジェクトがスタートしたわけです。もっとも、プロジェクト発足時のメンバーは、私を含めわずか2名でした。その後徐々に社内外の協力者を募りながら、今日までプロジェクトを進めてきました。
高木:社内のIT部隊の皆さんのご活躍もあったのでしょうね。
北尾氏:基幹システムやビル管理システムを担当するITの専門家集団は社内にもちろんいます。しかし、私たちが構想していた大規模かつ横断的なシステムを社内リソースだけで実現するのは困難でした。そこで、NECやコンサルタントなど、社外の協力者の皆さんに早い段階からプロジェクトに加わっていただき、伴走していただく体制を整えたわけです。
登るべき山は決まっているし、険しい山道を登っていく情熱もありました。しかし、登山のルートは一つだけではありません。どのルートを選べば最も速く、最も確実に登ることができるか──。プロジェクトに参加した社内外の仲間たちとともにそれを議論し合って、最適な方法を選択することができました。
高木:ヒルズネットワークが稼働したのは2021年3月でした。それによってどのような新しい価値が実現したのでしょうか。
北尾氏:ステップは2つに分かれていて、3月にスタートしたのはステップ1です。この段階で実現できたのは、一つのID、一つのアプリによって、個々のサービスを逐一ログインせずに活用できるシングルサインオンという仕組みです。また、共通ポイントの活用やユーザーごとにカスタマイズされた情報発信なども実現しています。
9月にスタートしたステップ2では、利用できるサービスをさらに拡充しました。とくに、オフィスを活用いただいている企業のニーズに合わせたワーカー向けサービスや、レストランやイベントの予約機能などを充実させています。今後も街や施設の進化に合わせてヒルズネットワークの機能を進化させていきたいと考えています。
ともに「山に登る」パートナーとして
高木:これからの取り組みについてもお聞かせいただけますか。
北尾氏:現在、2023年に完成を予定している再開発計画「虎ノ門・麻布台プロジェクト」が進行しています。この新たな街でもデジタルプラットフォームを活用して、さまざまなサービスを提供していきたいと考えています。また、アークヒルズ、六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズをヒルズネットワークでつなぐ構想もあります。それぞれの街におけるサービスをつなぎ、人と人をつなぎ、街と街をつなぐ。そうして新しい文化経済圏を生み出していく──。それが私たちのビジョンです。ヒルズネットワークが、弊社が掲げる、東京を世界で最も魅力のある都市にするという目標達成に不可欠な一つの基盤になると考えています。
高木:とてもワクワクするビジョンですね。NECもぜひそのビジョン実現をサポートさせていただきたいと思います。
現在私たちは、不動産系企業のDXにご活用いただけるアセットを複合的にご提供する「都市不動産DX」を開発中です。森ビルにすでにご提供しているデータをつなぐ機能に加えて、顧客接点を見える化する機能や、データを利活用する機能を統合したソリューションです。このソリューションをフルに使っていただくことで、街の価値を大きく向上させることができると私たちは考えています。
もちろんNECが提供するのは技術基盤だけではありません。ヒルズネットワークの構築をお手伝いしたときと同じように、ビジョンを共有し、「山」に登る方法をともに考え、一緒に登頂を目指していく。そんなパートナーでありたいと考えています。
北尾氏:新しい価値を生み出すには、力強いパートナーの存在が欠かせません。目標やそれを達成する手段について議論し、ともに目標達成を目指していく。そんなパートナーを私たちは求めています。
私たちが担っているのは「都市を創り、都市を育む」事業です。街をつくって終わりではなく、大きく育てていくことが私たちの役割です。街の価値と、そこで活動する皆さんの幸せをどんどん大きくしていく取り組みをこれからもぜひ一緒に進めていきたいです。
高木:森ビルのビジョン実現を引き続きサポートさせていただくことはもちろん、その貴重な経験を、流通、サービス、インフラ、ヘルスケアなど、さまざまな業界の皆さまにご提供して、社会の発展に広く寄与していきたい。それが私たちの願いです。データ統合と利活用によって新しい価値を生み出したいと考えている企業の担当者はたくさんいらっしゃると思います。森ビルの先進的な取り組みを参考にさせていただきながら、新しい社会をつくるための貢献をしていきたい。そう考えています。