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ローカル5Gが拓くスポーツ中継の新時代 異業種による共創プロジェクトの舞台裏
~ゴルフのインターネット映像伝送の成功に見る5G活用の新時代~

 低遅延、高速大容量、多数同時接続など、すぐれた特長を持つ5G。この通信環境を占有して安定した通信を提供できる、「ローカル5G」が注目されている。NECは、2023年8月11日~13日に開催された「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント(主催NECグループ/公認 一般社団法人 日本女子プロゴルフ協会)においてリアルタイム映像伝送を行った。産業分野からスポーツ中継やイベント、エンターテインメント分野へ――新たなステージを迎えたローカル5Gの活用事例を紹介したい。

軽井沢のゴルフ場で、ローカル5Gによるリアルタイム中継を実施

 ローカル5Gの活用は、製造業や建設業、公共などの分野で先行してきたが、近年はそれ以外の分野にもユースケースが広がりつつある。

 NECでは、女子バレーボールチームの「NECレッドロケッツ」やラグビーチームの「NECグリーンロケッツ東葛」において、体育館や練習場にローカル5Gを導入。選手のフォームチェックや戦術分析、ファンイベントに活用するための検討を進めている。

 NECグループ内での活用のみならず、導入先における活用方法も多様化している。展示会場やライブ会場などでは、ローカル5Gをネットワーク基盤として導入。来場者に満足度の高いライブコンテンツを提供していくことを目指している。

 こうした中、2023年8月中旬、「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」で、ローカル5Gを活用したワイヤレスカメラによるリアルタイム中継が行われた。

 これはNECが、軽井沢72ゴルフと日本女子プロゴルフ協会(以下、JLPGA)の協力を得て実施したもの。試合当日は、基地局を車両に搭載してローカル5Gネットワークエリアを構築。公衆回線が入りにくい環境でもローカル5Gの低遅延かつ大容量通信の特長を活かして映像の伝送を行い、JLPGA公式配信(DAZN、U-NEXTのOTT事業者様およびアジア各国の配信事業者様を通じて視聴者へ配信)をサポートした。

 ローカル5Gによるゴルフ中継が実現した経緯について、NECの尹 秀薫はこう語る。「これまで、ローカル5Gは産業分野での活用が先行していました。ただ、新しい技術・サービスだけに、さまざまな分野でも活用できるのではないか。そんな思いもあり、スポーツイベントに活用しようと考えたのが、今回の取り組みを始めたきっかけです」。

NEC デジタルネットワーク統括部 シニアディレクター
尹 秀薫

山積する撮影現場の課題をローカル5Gで解決

 従来、ゴルフのインターネットリアルタイム配信では、主に有線カメラが使われてきた。有線カメラで撮影するためには、広大なゴルフ場に、映像ケーブルや電源ケーブルを張り巡らせる必要がある。このため、ケーブルの設営・撤去作業に多くの時間と人手がかかっているのが実態だった。

 「私たちは7台のカメラを使っているのですが、総計で約30kmのケーブルを引くこともあり、約40名のスタッフで作業をしています。ケーブルを敷設するための作業量と時間が膨大なので、この作業を減らせないかというのが我々の課題でした」と、リアルタイム映像配信を担当したスカイAの田中 信行 氏は語る。

株式会社スカイA
編成局 制作部長
田中 信行 氏

 ケーブルの設営にあたっては、コースの営業を妨げないよう、試合の1週間前から時間をかけて敷設工事を進めなければならない。ひと巻き100mの映像ケーブルをつなぎ、目障りにならないよう、梯子で木に上ってケーブルを幹や枝に這わせる。長大なケーブルを担いで、広大なゴルフ場を何度も往復しなければならず、その作業負荷は並大抵のものではない。

 また、試合当日は、携帯電話を持参したギャラリーが、大挙して会場に詰めかける。このため、Wi-Fiが混信したり、公衆回線が混雑したりして通信速度の低下や遅延が発生し、リアルタイム・ストリーミングが不安定になることも多かった。

 「ゴルフ中継の現場でLiveUを使うためには、携帯電話のネットワーク網の充実が不可欠ですが、ゴルフ場ではそれが十分ではないことが少なくありません。また、大会当日には多くのギャラリーの方々が来られるので、ネットワークの帯域も取りづらいのが実情です」そう語るのは、ライブ映像のモバイル伝送を担当した、LiveU Japanの勝田光春 氏だ。

LiveU Japan株式会社
Sr. Director Business Development
勝田 光春 氏

 続けてスカイAの田中氏も「我々は高周波ワイヤレスカメラも1台使っているのですが、多くの方々が来場されるトーナメント戦では、ワイヤレスカメラと来場者の携帯電話が“電波を食い合う”形になる。このため、映像が乱れることも多いのです」と打ち明ける。

 こうした課題の解決に向けて、NECはJLPGAに、ローカル5Gを活用したリアルタイム映像配信のトライアルを提案。JLPGA側も新しい技術に強い関心を示し、具体化に向け、話は徐々に熱を帯びていった。

 JLPGAの山田 裕之氏は、ローカル5Gに注目した理由について、こう語る。

 「有線カメラによる作業負荷もさることながら、LTE対応のワイヤレスカメラは遅延が発生するので、有線カメラの映像との切り替えをスムーズに行うためには、高度なテクニックが必要となります。そこで、ローカル5Gが持つ低遅延という特長を活かせば、ワイヤレスカメラを使って、スムーズな切り替えができ、より充実した中身の濃い映像が撮れるのではないかと考えたのです」。

日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)
事務局長 事業戦略部 エグゼクティブディレクター
山田 裕之氏

 LTEはキャリアの基地局からの電波を使うので、ゴルフトーナメントとなる会場では電波が届きにくい場所もあり、数千人が集まるイベントでは電波が繋がりにくくなる。一方、ローカル5Gはプライベートに専用の基地局を立てるので、安定した通信が可能だ。「LTEとローカル5Gを併用して、『プレーを撮影するのに必要なアングルと機動力を同時に求められる場合は、ローカル5Gを使う』というような使い分けをしたい。そんなご提案をいただき、実際のプランを詰めていきました」と尹は振り返る。

将来、マルチアングル映像で『見たい映像』を自由に選択

 2023年の8月中旬、「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」で、ローカル5Gとワイヤレスカメラを活用したリアルタイム映像配信が行われた。当日は、ローカル5G基地局を車両に搭載してゴルフ場に設置した。

ローカル5Gの可搬型を搭載した車両。これにより設営の手間が大幅に軽減された

 今年は初めてローカル5Gを活用するため万が一に備えて、例年通りケーブルの敷設工事を行ったが、今後はケーブル設営の手間がかなり軽減されると見込まれており、関係スタッフも手ごたえを感じている。

 「ローカル5Gで低遅延の映像が使えるだけでなく、我々専用の回線が使えるので、他の電波に干渉されず、よりクリアな画質を皆さんにお届けできる。その意味では、今後が楽しみな技術だと思いました」とスカイAの田中氏は話す。

 一方、JLPGAの山田氏も「課題だったワイヤレスカメラの遅延も、今回はほぼ解消されました。遅延が減り、かつ画質も非常にいいので、ローカル5Gが効率アップに貢献しているというのが実感です。今回の活用にあたっては、一緒に課題解決しながら、ワンチームで作り上げていく楽しさを味わうことができました。その意味では、NECさんとご一緒できてよかったと思いますし、今後も新しい技術に一緒にトライできる関係でいられたらと感じています」と期待を寄せる。

 また、高速低遅延のローカル5Gを活用したことで、スムーズな映像配信が実現。カメラの機動力も大きく向上し、さまざまなアングルから撮影した、臨場感あふれる映像を配信することができた。

有線カメラと比較し、カメラの機動力も大きく向上し、さまざまなアングルから撮影ができる

 有線カメラで撮影するときは、カメラ1台につき“カメラマン、音声、アシスタント”の3人が必要となる。一方、ワイヤレスカメラなら、カメラマンが1人で自由に動き回って、よいアングルが見つかれば、瞬時にそこに移動して撮影できる。

 「コスト削減に貢献できるだけでなく、今まで以上に魅力的なコンテンツが作れるのではないかと思います」とNECの土田 祥平は話す。

2~3人1組で撮影する有線カメラとは異なり、5G送信機をコンパクトに取り付けてワイヤレスカメラは1人で撮影することができる

 例えば、「推しの選手をずっと見ていたい」というファンの要望に応えて、キャディーにワイヤレスカメラを装着し、選手とのやりとりをリアルタイムで中継する。このように、多様化するファンのニーズに応えて、サービスメニューの一層の充実を図ることも可能だ。

 「今はマルチアングル映像といって、複数の映像の中から、見たいアングルの映像を選んで見るサービスの検証も始まっています。1打ごとに選手とキャディーさんが交わす会話を聞いていると、非常に参考になるし、面白いはず。ローカル5Gを活用すれば、そうした新しいサービスにつながっていくのではないかと思います」(尹)。

配信成功を導いた入念な事前検証と関係各所への調整

 配信は成功裏に終わったが、そのポイントはどこにあったのだろうか。土田はこう振り返る。

 「ライブ映像が有料で配信される以上、失敗は絶対に許されない。安定した映像をお届けできるよう、総務省とも連携をとりながら、入念に事前準備を重ねました。

 新しい技術を導入するには事前準備が不可欠ですが、事前に現場検証をしたくても、ゴルフコースの営業に支障をきたすようなことがあってはなりません。そこで、営業時間内に特別にコースを開放していただき、機材を持ち込んで事前検証を行いました。ゴルフコースで実際に電波を飛ばして、現場で得られた知見を吸収し、本番に向けて完成度を高めていったのです」。

NEC デジタルネットワーク統括部 無線ネットワーク技術グループ プロフェッショナル
土田 祥平

 関係各所との調整にも、多くの時間を割いた。現行のローカル5G制度では、基地局の設置場所や、電波を放射する方角を、事前に総務省に申請する必要がある。基地局の設置場所も自由に移動できるわけではなく、移動する場合は事前に許可が必要だった。そこで、綿密な計算のもとに電波が飛ぶ方角を予測し、基地局やアンテナの配置を決めて、申請書を提出。だが、7月に現地で事前検証を行ったところ、想定通りに電波が飛ばないことがわかり、すぐに総務省と相談して申請を変更せざるをえなかった。

未知のパートナーと共に未知の領域を切り拓いていく

 今回の配信は、ローカル5Gのさらなる活用拡大に向けた大きな一歩となったが、今後はどのような取り組みを進めていくのか。

 「今回、スポーツの有料インターネット映像配信にローカル5Gを活用できたことは、社会実装を進める上で大きな後押しとなりました。今後は5Gのみならず、LANやWAN、Wi-Fi といった多種多様なネットワーク環境と、顔認証やAI、あるいはセキュリティといったNECのさまざまな技術アセットと組み合わせることで、他社にはない新しいサービスやDXの実現など、ユースケースをたくさん作り、お客様の価値を最大化させていきたいですね(※)。

 そのためには、新しいパートナーと出会い、連携しながら1つのサービスを作っていくことが重要です。既存のルールの中に新しい技術を持ち込み、それをブレイクスルーしながら、NECの価値を光らせていく。それが、新しい事業を作るチャレンジになります。NECにとって未知の領域ともいえるエンターテインメント領域のビジネスを、未知のパートナーと共に作っていきたいと考えています」(尹)。

  • NEC Digital Platform
    ネットワークとさまざまな技術を組み合わせて「トータルソリューション」として最適な形で提供していきます。

 可能性はゴルフの配信だけに限らない。ライブ会場で活用すれば、好きなアーティストの追っかけ映像などを、コアなファン向けに限定配信するといったこともできる。また、これまで費用の問題で実現できなかったスポーツや地域のイベントもローカル5Gであれば配信可能になるだろう。もしくは、展示会場にローカル5Gを設置し、会場に来られない人向けに、バーチャルなブースを作成して、イベントツアーを疑似体験したり、インタラクティブにやり取りしたりすることも可能だ。既に一部の展示会場では、その実現に向けた環境の整備を進めているという。

 NECでは、今後もスポーツやエンターテインメント、展示会・イベントなど幅広い領域で、魅力的なコンテンツを世界に配信するサービスとしてローカル5Gに注力していく考えだ。

NEC軽井沢72ゴルフトーナメントで使用!ローカル5Gの新たな可能性