NEC×江崎グリコ×サッポロビール3社が激白、「コロナ後の需要」どうなった?
コロナ禍を経て世の中が「Withコロナ」に移行する中、円安、それを受けた原材料の高騰など大きな市場環境の変化に対応していくため、サプライチェーンマネジメント(以下、SCM)を支える需要予測の重要性はますます高まっている。そこで、江崎グリコで需給オペレーション全体を取りまとめる峯尾 忠氏と、サッポロビールでサプライチェーン部門を統括している吉邑 大輔氏、NECで需要予測エバンジェリストを務める山口 雄大氏がWithコロナの需要予測の重要性などについて本音で語り合った。
コロナ禍で増えた需要、減った需要
NEC 山口(以下、山口):コロナ禍ではサプライチェーンが分断され、製品を満足にユーザーへお届けするのが難しい状況が頻発しました。こうした事態を受けてSCMの重要性に関する認知は進んでおり、Google検索でも「SCM・サプライチェーンマネジメント」に関する検索数が新型コロナ以降、伸びているそうです。コロナの状況も少し変化した今、SCMの根幹となる「需要」について、各社はどのような状況ですか?
江崎グリコ 峯尾氏(以下、峯尾氏):顕著なのは、レトルト食品の伸びですね。当社の商品はいわゆる自宅療養者に宅配される食料にも含まれますので、この3年近く、新型コロナの患者数が増えると在庫が逼迫する状況がありました。患者数の推移というのは常にウォッチしていて、2022年末の第8波のときも増産し需要増に備えて在庫を備蓄する動きをとりました。
また、Eコマースチャネルが若干増加し、チャネル構成がやや変化しています。自販機はコロナ以前の2019年をベンチマークにしたとき、だいぶ戻りつつあるものの約9割という状況です。
サッポロビール 吉邑氏(以下、吉邑氏):ビール業界では「家飲み」が増え、各社そこに注力しています。しかし、コンビニの出店数が伸びないとか、それにより顧客とのタッチポイントが増えない、というのは悩みの1つで、今後の来店数増加には期待したいところです。
ダイナミックに変化しているのは飲食店で、感染拡大、緊急事態宣言などで営業時間短縮やバイト人材確保難、感染対策で店内も4席が2席しか使えないといった状況で、コロナ前の2019年と比べて7割くらいの需要です。今後もその基調は簡単には変わらないのではないか、と思われます。
山口:外食について以前は厳しいイメージがありましたが、だんだん皆さん慣れてきて、需要が戻りつつあるのではないですか?
吉邑氏:たしかに、徐々に警戒度は下がっている傾向はあると思います。しかし、アンケート調査などでは積極的に旅行、外食したいという意向は意外とそこまで上がっていないんですね。インフレなのもあって、飲食は節約の対象になりやすいという面もあるかと思います。一方で、非対面のECチャネルは伸びていて、我々でいうと贈答品をECで購入されることが増えています。
山口:では、直近でコロナ以外に大きな影響を及ぼす要素はありますか? たとえばクラフトビール(小規模な醸造所がつくるビール)が増えていますが、何か影響はありますか?
吉邑氏:全体の市場シェアを食い合うということはなく、むしろビール文化活性化に貢献していると思っています。価格帯も競合というより、違う楽しみ方の商品としてすみ分けていると思います。
峯尾氏:コロナ以外の影響と言えば、消費者の嗜好の変化によってこの数年で市場拡大した植物ミルクマーケットですね。それまでは豆乳のみでしたが、アーモンド由来のミルクを上市したことでマーケットが拡大しました。過半数は女性が購入していますが、年齢層は幅広く、若年層だけでなく健康志向を受け40代、50代のリピーターもいらっしゃいます。
POSの動きと卸の発注量が整合しないのは悩み
山口:業界によってはいまだ原材料の供給が滞っていますが、供給の実績が変わると未来の需要予測に対してノイズになり得る側面があります。需要予測についてコロナ前後で新たに着目したデータはありますか?
吉邑氏:一般的に、ビールというのは統計モデルである程度予測がしやすい商品です。むしろこれまで予測の振れ幅が大きかったのは新商品でした。ある程度、経験でカバーできていたものが、コロナ後の3年間、あるいは段階的な酒税法の改正もあって、そのあたりの環境変化がノイズになっています。未来を予測する上で、直近の変化が大きく、何を参考にしたらいいかというのは常に注目しているところです。
もう1つ、私たちは、最終消費者への直販でなく卸への出荷ですので、これまでは卸からの発注を見て、この先を予測していればよかったわけです。しかし、最近はより店頭のPOSの情報が重要になってきていると感じます。
峯尾氏:共感できる話です。お菓子やアイスという商品は、POSの動きと卸業者の発注が整合しない面があります。どこに発注の山がくるのか、見極めが悩ましい部分です。
山口:それは最終消費と出荷の間にある流通・市場在庫の存在が原因ですね。そうした課題の対応策の一つに「納入業者在庫管理方式(Vendor Managed Inventory)」がありますが、卸業者や小売企業との間で導入する話はありますか?
峯尾氏:我々の顧客となる卸業者や小売企業との取組みはなかなか難しいので進んでいませんが、逆に原材料サプライヤー企業とは取組みを始めています。サプライヤーに原材料消費予定を開示しておき、それに応じて在庫を補充していただく物流体制「VMIセンター」が、「令和2年度 グリーン物流パートナーシップ優良事業者表彰」において「経済産業大臣表彰」を受賞しました。
この取り組みは、トラックドライバー不足や、EC拡大に伴う宅配便の増加によって懸念される「2024年問題」や、環境問題、フードロスの問題などが契機になって始めたものなんですね。
AIのホワイトボックス化は必須
山口:先ほど酒税改正などの環境変化によって、従来の時系列モデルによる需要予測が厳しいという話がありました。その場合は因果関係をもとにした分析モデル(因果モデル)で環境変化に追随していくことが有効ですが、これを継続的に手動でやるのは大変で、何らかのシステム化が必要な部分です。
吉邑氏:システム化は検討の俎上にあり、いわゆるAIによる需要予測をどう活用していくか、社内で議論のテーマになっています。そして、そこに原材料の調達をいかに連携させていくか。今日、明日の短期予測でなく中長期の予測をどう含めていくかというテーマです。
環境はどんどん変わってきているので、需要予測を起点に生産、物流、あとはサプライヤー、協力会社とサプライチェーン全体をつなげられる仕組みには、システム支援は欠かせないと思っています。
山口:日々の物流計画のための短期予測と生産計画、原材料調達のための中期予測、そして事業計画に必要な長期予測というように、用途に応じて需要予測のホライゾン(対象とする期間)を切り替え、精度管理していくのが望ましいですね。峯尾さんはいかがですか?
峯尾氏:全部機械にするのは少し危険だと考えており、人間の意思を込めた予測と、機械による予測とのハイブリッドが求められると思います。あとは、「ホワイトボックスのAI」を使わないと、ブラックボックスではなぜその予測なのかというアウトプットの根拠がわからず、我々のような現場を任せられているマネージャーは経営者や製造現場に説明できません。
山口:環境の不確実性が高い、つまり未来を予測することが難しい為替レートやウイルスの感染状況といった要素が需要に影響している場合は、一つの数字でサプライチェーンを動かすにはリスクが大きく、シナリオ分析が有効になります。このためにホワイトボックス型の予測モデルは必須です。
よくAIはブラックボックスで使いづらいと聞きますが、多くの企業が採用しているSeasonal-ARIMAや多重指数平滑モデルはブラックボックス型です。ロジックがシンプルで直観的に理解しやすいだけで、因果関係はわからず、シナリオ分析はできません。最近は需要の因果関係の可視化もできるホワイトボックス型のAIが出てきていて、そうしたモデルをシナリオ分析に活用することができます。
たとえば来年が猛暑なのか冷夏なのかという気象シナリオを想定し、商品別の需要に関する因果関係を推定した上で、一つの商品に対しシナリオ別の複数の需要予測を算出します。ここから需要の変動リスクが数字でわかるため、SCMでどうリスクヘッジしていくかをプロアクティブに検討していくことが可能になります。不確実性の高い環境下では、このような需要予測の戦略的活用が重要です。
しかし気象という一つの要素に限っても、商品別に過去データから因果関係を推定することは簡単ではなく、大量の商品それぞれの因果分析は、人よりもAIの方が得意といえます。NECではホワイトボックス型AIに強みがあり、様々な業界、商材のとりくみ事例がありますし、因果関係をひもとくAIも提供しています。
需要予測人材の育成方法は? 必要な「3つのスキルと2つの知見」
山口:では次のテーマに移ります。皆さんのようなプロフェッショナルの知見・スキルを、未来のSCMを担う人にどう継承していこうと考えていますか?
峯尾氏:育成の基本はOJTだと思っています。その中で、予測担当者には「自分が担当している商品のマーケット全体を見なさい」と伝えています。担当するマーケットは伸びているのか縮小しているのか。あとは、需要を考えるときに必要な知識としてマーケティングの勉強を推奨したり、マーケティングとは、ブランディングとは、という会話を仕事の中で意識的にしています。
吉邑氏:需要予測に必要な要素は大きく3つあると思っています。1つは「予測ができること」で、専門的な知識です。2つ目は「事業の理解」。商品、流通を含めて事業の理解がないと需要の予測ができません。3つ目が「人をどう動かすか」というポイントです。
そして、当社のメンバーをどの要素が得意かで分けると、「事業の理解」が深いメンバーが5割程度、「予測の知見」を持っているメンバーが2割~3割、残り2割が「人を動かす」ことに長けているという感じです。やはり事業理解は必須なので、緩やかな形でサプライチェーン全体を経験させるというのも1つの方法かなと思っています。
山口:以前、需要予測に必要な「3つのスキル」と「2つの知見」を整理したことがありました。3つのスキルは「数理、統計系のスキル」「データ分析のスキル」「コミュニケーション力」です(参考文献『新版 需要予測の基本』第2章-8)。
このうちデータ分析のスキルというのは、課題に対してどのデータを持ってきてどの分析手法を使うか、分析のデザイン力のことです。そして、コミュニケーション力は、データを集めてくるのは1人では無理ですし、分析結果を1人で持っていても価値を生まず、さまざまな関係者に伝えていくことが必要で、これらを自発的にリードできるスキルを指します。
2つの知見とは、まず「事業(業界)の知見」と、もう1つは「アカデミック系の知見」です。自社や過去に自身が経験した企業の知見だけだと発想に限界があるので、標準的なアカデミック知見と自社の知見をかけ合わせることでイノベーションが生まれると思っています。
例えば最近、SCMのデータ活用度やプロセスの成熟度などを客観的に把握するための「SCM DX診断ツール」を構築しました。これはアメリカやベルギーなど、海外で発表された学術論文を参考に、日本企業の実態を踏まえて質問項目を考えました。
こうした発想やアクションを支援する教育プログラムを、マネージャー以上は考えていかないといけないのではないでしょうか。
峯尾氏:私の部署でもディープラーニングの基礎知識と事業活用力を問う「G検定」を、メンバーの7割くらいが取得しています。大事なのは、それと業務知識をかけ合わせてどうするかという部分です。テクノロジーの進化とともに、道具を使って何ができるのかという意味での「デジタルの力」が今、経営から求められていると思います。
卸、小売、物流、サプライヤーと、サプライチェーン全体を、デジタル技術を使って網羅的につなげられれば大きな価値が生み出せると思います。環境問題、フードロス問題、2024年問題と、地球を含めたサプライチェーン全体がステークホルダーになるので、課題解決に向けてどう手を携えていくか。
吉邑氏:AIは万能をいうイメージがありますが、目的でなく、手段、道具だという認識を持つことと、何が得意で、何が苦手かをしっかり理解していくことが重要でしょうね。
需要予測は競争領域か、協調領域か
山口:改めて、今回の鼎談を通じて気づいたこと、感じたことなどあればコメントください。
峯尾氏:山口さんの話には技術、事例の話がありました。この領域は毎週のように新しい言葉が生まれてきます。技術革新は日進月歩なので、追随できるよう幅広く知識を習得していかないといけないと思いました。
あとは勉強には対話も重要ですね。技術に詳しい人に話を聞く、逆にこちらの詳しいことを相手にぶつけるという対話から新しいことが生まれるとよいと思います。そして、我々のような事業会社には対話の相手となる専門家が少ないので、その部分はNECに期待したいですね(笑)。
吉邑氏:知識欲を満たしてくれる鼎談内容でした。実務だけのキャッチボールでなく、「こんな考え方があるのか」とワクワクしながら話を聞いていました。需要予測というのは、会社によって競争領域なのか協調領域なのかという議論があって、事業のコアコンピタンスの1つという意味では、需要予測は競争領域だと思います。一方で、地球規模の課題解決、社会貢献という文脈では、協調が大事になってきます。メーカー同士でも、流通、小売といったサプライチェーン全体でも、まだまだ考えていくことは多いなと感じました。
山口:需要予測の領域は、これからますます重要になります。先ほど峯尾さんにアシストいただきましたが(笑)、当社では「需要予測相談ルーム」という、需要予測やSCM、S&OPにお悩みの企業様に向けて、本日のようにざっくばらんに会話し、相談できる場を設けております。ご興味のある方は、ぜひお気軽にお問い合わせいただければと思います。
そして、こうした需要予測を若い人たちに「楽しそうだ」と思ってもらいたいですね。今回の鼎談を通じて、「需要予測って楽しいんだぞ」という雰囲気が伝わって、担い手が増え、日本全体のサプライチェーンが進化していくことを望んでいます。本日は貴重なお話をありがとうございました。
本記事は2023/03/06にビジネス+ITへ掲載された記事です。