

社会インフラを支え続けるためのDX
~四国電力送配電の人材育成は「柔軟な舵取り」がカギ~
DXは社会の課題をどのように解決し、どのような変革をもたらそうとしているのか──。さまざまな兆しが見えてきているが、高い信頼性や安定性を求められる公共性の高い企業の取り組みにも注目が集まっている。それらの企業の多くが目指すのは、人口減少社会を迎える中、いかに効率的に信頼性や安定性を確保していくかということである。四国地域の電力供給を担う四国電力送配電も同様のテーマに挑戦している。
SPEAKER 話し手
四国電力送配電株式会社

好原 茂氏
企画部 DX推進グループリーダー

綾田 和晶氏
企画部 DX推進グループ 副リーダー(取材当時)

森田 一哉氏
企画部 DX推進グループ
NEC

澤田 直樹
コンサルティングサービス事業部門
アナリティクスコンサルティング統括部
リードAIサービスプランナー
限られた人員で電力の安定供給を実現するために
──四国電力送配電がDXに取り組む背景を教えてください。
好原氏:電力は、人々の暮らしに欠かせない重要な社会インフラです。ですから、最も重要なのは安定供給を続けること。DXの第一の目的も電力の安定供給のためだととらえています。
私たち四国電力送配電は、四国電力グループの一員として四国地域の一般家庭や企業などのお客様に電気をお届けする役割を担っています。中心となる業務は、電柱や電線、鉄塔など、電気をお届けするための電力設備の建設・運用・保守です。
具体的には、電力供給の依頼を受けたら、必要に応じて設備の工事を計画します。また、建設した設備は健全性を維持するために、定期的に巡視や点検、測定などを行います。さらに平時は電気の品質維持のため、電線にかかる電圧や電流の状態監視を行い、停電などの異常を把握したら早期に復旧するための体制を取っています。
いずれの業務も経験やノウハウを活かした業務プロセスを構築し、改善しながら若手に引き継いできたわけですが、大きな転換期が近づいています。ベテランの引退と人手不足が理由です。
例えば、電力設備の中には、険峻な四国山地の中など、立地が厳しい条件のものもあります。そうした設備の点検は、時間をかけて山を登らなければならないなど、非常に大きな労力がかかっています。限られた人員で業務を遂行し、電力の安定供給を実現するには、ベテランの技術を継承しながらさらに磨きをかけ、業務品質は低下させず、むしろ向上させながら、より効率的なプロセスに業務を変革していかなければなりません。
そこで大きな期待を寄せているのが、デジタル技術を駆使した既存ビジネスの根本的な変革、つまりDXです。

企画部 DX推進グループリーダー
好原 茂氏
育成の進捗を見極めながら柔軟にプログラムの内容を変更
──どのような取り組みを進めていますか。
綾田氏:長年積み重ねてきた昔からのやりかたに固執してしまったり、安定供給を第一に考えるあまり目の前の業務にとらわれすぎたり、残念ながら業務変革に目を向ける文化が深く浸透しているとはいえません。そこで、まずDX人材の育成や体制づくりに力を入れています。

企画部 DX推進グループ 副リーダー(取材当時)
綾田 和晶氏
──育成の計画を教えてください。
綾田氏:1年目は基礎的な学習。2年目はスキルの習得。3年目は応用・実践。この3年にわたるプログラムを通じて「DXキーパーソン」を育成しています。2023年度からプログラムを開始し、初年度は百数十人が参加。1年目の基礎学習を終えて2年目のスキル習得に取り組んでいます。翌年度以降も毎年参加者を募りながらプログラムを継続し、最終的に“すべての部署にDXキーパーソンがいる状態”を目指します。
──DXキーパーソンとは、どのような人材なのでしょうか。
綾田氏:プログラムの目的には「各部署において業務効率化への取り組みが自発的に行われている状態を実現する人材を育成すること」を据えています。そのためには、どのような役割の人材が必要か──。四国電力グループが定義しているDX人材像をベースに議論して、優先的に育成に取り組むべき2種類の人材をピックアップ。ビジネスや業務の課題を見つけ、その解決策の立案をリードしていく「DXデザイナー」と、分析スキルを駆使して実際にデータを扱う「データサイエンティスト」をDXキーパーソンに位置付けました。ですからプログラムにも2つのコースがあります。
──それぞれのコースは、どのような構成になっているのでしょうか。
森田氏:1年目の基礎学習は、どちらのコースも共通です。2年目のスキル習得からコースは2つに分かれるのですが、プログラムの開発や運用を支援してくれているNECとも話し合い、初年度の基礎学習の状況を踏まえ内容を大きく見直しました。

企画部 DX推進グループ
森田 一哉氏
──何があったのでしょうか。
澤田:1年目の基礎学習では、デジタル技術を学ぶのではなく、ビジネスや業務の課題解決をリードする力を養うことを目的として、デザイン思考や仮説思考を学ぶ内容となっています。このプログラムは、DXキーパーソンに期待される役割と密接にリンクしています。しかし、研修の実施やアンケート結果を通じて、2年目のプログラムに対する参加者の認識と、私たちが期待する役割との間に少しずれがあることが明らかになりました。
例えば、当初、DXデザイナーの2年目のプログラムには、BI(Business Intelligence)を活用した分析体験を組み込んでいました。しかし、多くの参加者は「BIツールの操作スキルを身につけることが求められている」ととらえ、受けたプログラムだけでは細かい操作方法まで完全に習得できていないことに不安を感じ、自分は分析ができないと考えてしまうケースが見られました。本人だけでなく参加者を送り出す各部署の責任者たちからも同様の意見があがりました。
私たちがDXデザイナー向けにBIの研修を提供した意図は、操作方法を完全に身に付けることではなく、将来、ビジネス課題の解決を検討する際にBIの活用可能性を理解し、より適切な解決策をデザインできるようになってもらうことにありました。そこで、その意図を強調し、「なぜBIを学ぶのか」「BIは何ができるのか」「何を目的として操作しているのか」といった視点を研修の主題に取り入れ、学習効果を高める工夫も盛り込み、来年度から実践できるよう準備しました。
同様にデータサイエンティスト向けの2年目のプログラムについても、参加者のスキルレベルと難易度のバランスを見極めながら、新しい内容へと刷新しました。このように、研修は参加者にとってより実践的で価値のあるものとなるよう、継続的に改善を行っています。

コンサルティングサービス事業部門
アナリティクスコンサルティング統括部
リードAIサービスプランナー
澤田 直樹
森田氏:プログラムの狙いや意図、それぞれの人材への期待と役割をはっきりさせる──。同じ目的でDXデザイナーとデータサイエンティストの定義についても表現を見直しました。もともとのDXデザイナーとデータサイエンティストの人材定義は、経済産業省/IPAの「DX推進スキル標準(DSS-P)」をベースにしていましたが、表現が一般的だったり、IT業界ならではの言い方を使っていたりしたため、参加者にはピンと来ていませんでした。そこで、表現を四国電力送配電で使っている言葉や業務に置き換えたりしました。例えば、以前は「エンタープライズアーキテクチャのスキルを保有」と表現していましたが、現在は「業務・ビジネスの仕組みを整理し、効率化できるようITの専門家と会話して設計できる」と見直しています。以前はプログラムの参加者から「DXキーパーソンになったら、現場で何をすればよいのか?」と聞かれることがあったのですが、定義を見直した後は、そうした質問を受けることもなくなり、参加者は目指す将来像が明確になっています。

デジタルを活用した業務変革の機運が徐々に高まる
──育成プログラムの手応えはいかがですか。
好原氏:プログラムの参加者がスキルを本格的に習得し、DXキーパーソンとして現場で活動を開始するのは、少し先の話になります。ただ、デジタル技術を活用して業務を見直す機運は、少しずつ高まっています。
森田氏:具体的な業務変革では、変電設備の点検業務に音声認識を活用できないか検討が進んでいます。これまでは、点検に利用する端末にチェックリストを表示して、手作業で点検結果を入力していたのですが、それを音声による読み上げと音声での入力に置き換えられれば、端末によって手を塞ぐ必要がなくなり、より安全に点検業務を行えるようになります。「2人1組」と設定している業務を1人での業務と見直す可能性も出てくるでしょう。まさに人手不足対策と電力の安定供給の両立につながる業務プロセスの変革です。
また、用地取得を担当している部門では、これまで縮尺の異なる複数の地図を拡大・縮小しながら手作業で地図作成業務を行っていましたが、NECグループの地図情報ソリューションを活用し、自動化しました。
──育成プログラムに続き、現場でのDXにもNECと共に取り組んでいるのですね。
好原氏:NECはITの会社ですから、DX人材育成だけでなく、その後のDX施策にも共に取り組んでもらうことができます。非常に心強く感じています。
──今後の展望をお聞かせください。
好原氏:初年度に任命されたDXキーパーソンは、これから3年目の応用・実践に入ります。取り組むのは「業務改善ワークショップ」。自身で課題を見つけ、解決に向けた仮説を立て、データを使ってそれを検証。最終的に業務改善案を仕上げて発表してもらう予定です。どのような発表を聞くことができるか、とても期待しています。
また、電力の安定供給をDXの大きな目的と話しましたが、もちろんほかにも目的はあります。当社は「たゆまず、とどける。」という合い言葉を掲げており、四国地域で暮らす人々の快適・安全・安心な暮らしと地域の発展に貢献したいと考えています。その中心が電力の供給であることは間違いありませんが、ほかのサービスによる貢献の道もありえます。DXによる新しいビジネスの創出にも、ぜひ挑戦していきたいですね。
