

複雑な製鉄プロセスの自動化・省人化を目指す
「熟練技能」×「データ」で挑むJFEスチールのDX
長年かけて蓄積してきた技能やノウハウに、AIやIoTなどのデジタル技術を融合することで、操業の自動化・省人化を実現し、歩留まり改善や品質向上に取り組む。現在、JFEスチールは、製造業が抱える「人手不足」「技能継承」といった課題の解決に加え、「JFEグループ環境経営ビジョン2050」でも掲げるカーボンニュートラルの実現を目指し、大規模なDXを推進している。その中核を担うのが、現場主導によるデータ活用だ。多様な人材が自ら現場課題を発見し、データ分析を通じて課題解決に挑むことで、業務の変革を実現する事例が次々と生まれている。複雑かつ大規模な製鉄プロセスが、どのように変わろうとしているのか。同社の取り組みを紹介する。
人の技能やノウハウにデジタル技術を組み合わせる
少子高齢化に伴う人口減少は、日本社会にさまざまな課題をもたらしている。「人材」に関する課題もその1つである。介護、建設、農業、サービス分野などで労働力不足が顕在化しているが、課題は単に人手の確保だけではない。長年の経験で培った「勘」や熟練技能の継承、そして、ビジネスや業務品質の維持・向上も、産業の未来を左右する大きな課題である。
日本有数の鉄鋼会社であるJFEスチールも、この課題に立ち向かう一社である。次世代を担う人材の育成と技能継承を中心に「若くて逞しい会社」への変革を進めている。
鉄鋼の製造プロセスは、複数の設備が連携して進行し、大規模かつ複雑である。まず原料となる鉄鉱石と、石炭を高温で蒸し焼きにしたコークスを高炉に投入する。高炉内の熱によって鉄鉱石が還元され、溶けた銑鉄(せんてつ)が生成される。
この銑鉄は炭素などの不純物を多く含んでおり、そのままでは硬くて脆く、加工には不向きだ。そこで、次の工程では、転炉(てんろ)で銑鉄に酸素を吹き込み、炭素量を調整することで、加工しやすい「鋼(はがね)」へと変化させる。鋼は高温のまま次の「鋳造(ちゅうぞう)」工程へ送られ、連続鋳造機などによってスラブ(板状)やビレット(棒状)、ブルーム(角柱状)などの中間製品に成形される。これらはさらに、高温状態にしてローラーで伸ばす熱間圧延や、常温でさらに薄く、なめらかにする冷間圧延といった加工を経て、自動車のボディ、建築用の鉄骨、家電の筐体などの私たちを支える製品に姿を変えていく。


同社では、複雑かつ大規模な鉄鋼の製造プロセスを、熟練者たちが長年にわたり支えてきた。限られた情報をもとに経験と勘を駆使して緻密な制御を行い、高品質な鉄鋼の安定供給を実現してきたのだ。「例えば、高炉内は約2000℃に達するほど高温ですから、内部を直接確認することができません。熟練者たちは、高炉下部にある熱風や酸素を吹き込むための開口部の圧力を測定したり、銑鉄の色を目で見て判断したりしながら、安定操業や品質を守ってきました」と同社の田子 華栄氏は話す。

DX戦略本部 DX企画部
主任部員
田子 華栄氏
しかし、冒頭で述べた労働力不足の点でも、さらなる高品質を追求するという点でも、その方法は限界に近づいている。
そこで同社が目指すのは、製鉄現場の技能とデジタル技術を融合させた「CPS(Cyber-Physical System)」の構築だ。これは長年現場で培われてきた熟練者のノウハウと、AIやIoTなどのデジタル技術を組み合わせることで、製鉄プロセスの最適化と持続可能なものづくりを支える仕組みである。
具体的には、温度、圧力、流速、成分、振動などのデータをセンサーでリアルタイムに収集し、新しい発見も加えながら数式や分析モデルを作成することで熟練者の経験に基づく“暗黙知”を”形式知”に変換。この数式や分析モデルに取得したデータを当てはめ、仮想空間上でシミュレーションを行えるようにした。これにより銑鉄や鋼の状態予測、不具合やムダの予兆検知、設備の最適な運用条件の割り出しを行うことができ、それを現場にリアルタイムでフィードバックして、自動制御や省人化、歩留まりや品質の向上につなげている。
鉄鋼は国内最大級のCO₂排出セクターともいわれており、カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みが急務である。その中心は新技術の開発や電炉の採用などだが、CPSによって歩留まりが改善されれば、製鉄途中で発生するスクラップが減り、再溶解に伴うCO₂排出も抑制可能となる。同社の挑戦は、技能継承と環境負荷低減という2つの社会課題を同時に解決する、未来志向のものづくりの一歩にもなる。
課題解決力を現場にもたらすツールと育成プログラム
同社では、CPSの高度化に向けて、現場主導のデータ活用を強化している。「製鉄プロセスの最適化を目指す上で、分析モデルの実用性を評価したり、熟練者の技能を反映した分析モデルを作成したり、分析結果を実機に落とし込むには、現場の知見が必要不可欠です。だからこそ、現場の社員は積極的にデータ活用に取り組んでいます」と田子氏は話す。
ただし、現場の技術者は素材工学や機械工学の専門家であって、データサイエンスの専門家ではない。そこで同社は現場のデータ分析を支援するツールとして、AIデータ分析プラットフォーム「dotData」を導入している。dotDataは、テーマを決めてデータを投入すれば自動的に分析を行い、業務課題の解決に役立つインサイトを見つけることができる。データサイエンスの専門知識がなくても、現場の社員自らが課題解決に取り組むことができ、現場主導のデータ活用を加速している。現在、300人以上の同社社員がdotDataを活用し、既に30件以上のプロジェクトが実用段階に進んでいる。
さらに同社は、dotDataの効果を最大化するために独自の育成プログラムも展開。「DXやデータ活用の基礎、ツールの使いこなしのような学習はeラーニングなどを活用して私たちで運用していますが、上級のプログラムについては講義の内容や講師をNECに依頼しています」と田子氏は言う。それに対してNECは業務部門や研究所が持つ実際のデータを用いて分析に取り組み、受講者の実践的な課題解決スキルの強化を目指す「OJT(On-the-Job Training)」を中心に据えた学習プログラム「NEC DX人材育成サービス」を提供している。
半年かかっていた熱間延性の予測を、わずか数分に短縮
JFEスチール 研究員の森田 周吾氏も、NECが支援するOJTを通じてデータ分析に取り組み、大きな成果につなげた1人である。
「鋳造関係の研究・開発とCPSの研究を兼務しています。データサイエンスの重要性は感じていましたが、Pythonなどを一から学ぶには時間がかかる。そう考えて二の足を踏んでいました。そんな中、機械学習プロセスの自動化を前提としたdotDataと育成プログラムの存在を知り、これはと思い参加を決めました」(森田氏)。

スチール研究所
製鋼研究部
主任研究員
森田 周吾氏
OJTで森田氏が取り組んだ分析テーマが、金属を高温で加熱したときにどれだけ変形できるかを示す指標「熱間延性」の予測である。
森田氏の専門である鋳造プロセスで製造するスラブには、まれに「横割れ」という問題が発生する。板状にした鋼材の横方向に発生するひび割れのことだ。そのままでは、最終製品の品質に影響を与えることになるため、表面を削って割れを取り除く必要があり、最悪はスクラップとして再度原料とするなど、本来不要なはずの工数やコストがかかる。
この横割れのリスク判断指標として、熱間延性という粘り強さや割れにくさなどを指す指標がある。「一般的に熱間延性は専用装置を使った実験で計測します。装置は非常に高価なため、それを持つ外部機関に依頼するのですが、常に予約待ちで実験結果が出てくるまで半年以上かかることも珍しくありません。目の前で起こっている横割れの原因を突き止めて解決したいのに、原因究明に取りかかれるのは半年後──。それでは到底、対応できません」と森田氏は話す。
そこで森田氏はdotDataで独自に分析モデルを作成し、実験ではなく、数値から熱間延性を予測できないかと考えた。「鋼材の成分割合、温度などの環境条件から横割れが発生するときのデータ傾向をdotDataが抽出し、さらに熱間延性を予測する分析モデルを作成しました。鉄の専門家である私たちから見ても説得力のある高精度な予測モデルができ、一次判断に十分な実用性を持つと評価しています。これにより、従来は約半年待たなければならなかった熱間延性に関する調査を、その場で、数分で行えるようになりました。現在は鋼材の種類に応じて複数の分析モデルを使い分け、予測精度をさらに高めています」と森田氏は言う。
OJTではNECのデータサイエンティストが受講者に伴走し、アドバイスを通じて共に課題解決に取り組む。さらに、OJT終了後の分析結果を現場業務に反映するための仕組みづくりにもNECは伴走する。森田氏もNECと共に熱間延性予測システムを開発。現場のユーザーが数値を入力するだけで簡単に予測結果が得られ、目的に応じて複数ある分析モデルを自ら変更できる環境を整えた。
今後、森田氏は、より多くの予測をオンラインで実行する環境の実現に挑戦していきたいという。「リアルタイムかつオンラインでの分析となると、どのようにデータを取得するかなど、さまざまな課題がありますが、それが仮想モデル(Cyber)と実プロセス(Physical)のリアルタイム融合を行うCPSの本質でもあります。ぜひ実現したいですね」と森田氏は強調する。
創業以来、鉄の供給を通じて社会や私たちの暮らしを支えてきたJFEスチール。近年では、温室効果ガスの排出量の削減が求められる中、自動車用の鉄は燃費を向上するために軽さと強さが求められるなど、時代ごとに良い鉄の定義も変化している。同社はこうした変化に対応しながらも、一貫して高品質な鉄を社会に提供し続けてきた。その背景には熟練者たちの技能が、それを支えてきたわけだが、同社は、そこにデータサイエンスの力を融合し、技能をさらに磨くことで、自動化や省人化、安定操業、さらなる品質の向上など、より高度な製鉄所の操業を実現しようとしている。これからも続く、同社の挑戦に注目したい。