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マルチクラウド化からDX人材育成まで、
経営戦略の実現に向けてこれからのモダナイゼーションに必要なことはなにか

 ChatGPTをはじめとする生成AIが多くの人々に解放され、あらゆる産業のDXがさらに進んでいくなかで、個人も企業もデジタルテクノロジーへの対応を迫られている。企業が経営を考えるうえでは、システムのモダナイゼーションがますます必要不可欠となっていくだろう。

 去る9月6日に行われたNEC Visionary Weekのセッション「経営戦略を支えるシステムのモダナイゼーション」は、先進的な企業がいま取り組んでいるシステム改革の一端を示すものと言える。本セッションでは三井住友信託銀行の実践と、それを支えるNECの取り組みが提示されていった。

“縦”と“横”のデジタル化が新しい価値を生む

 はじめに三井住友トラストホールディングス株式会社執行役員 兼 三井住友信託銀行株式会社常務執行役員を務める上田純也氏が語ったのは、同グループが近年取り組んできたクラウド活用によるモダナイゼーションだ。

 「当社はクラウド活用をシステムモダナイゼーションの中心に据え、“縦”と“横”のデジタル化を進めてきました。“縦”のデジタル化とは、既存のシステムや業務フローのデジタル化であり、“横”のデジタル化とは事業やチャネルの壁を超えたデジタルトランスフォーメーションを指しています」

 たとえば縦のデジタル化においては、2017年8月より社内共通分散基盤としてAWSを採用し、サーバー数ベースで見れば現時点で全体の80%をクラウドへ移行させている。とりわけ2020年からは大規模な移行を進め、災害対策環境の構築や海外拠点の利用の整備・高度化も進行中だ。

 加えて社内においてはウェブシステムの共通フレームワークとコンテナ環境の一体化を進め、社内PaaSとして提供することでエンジニアがより迅速かつ柔軟な開発を行える環境を整備した。

三井住友トラストホールディングス株式会社執行役員 兼 三井住友信託銀行株式会社常務執行役員 上田純也氏

 他方で、“横”のデジタル化は異なる事業を組み合わせることで新たな価値を顧客へ提供していくものだ。現在は個人事業と法人事業、個人事業と投資家事業を横断するプロジェクトを進めているという。

 「投資家事業と個人事業を横断するのが、人生100年時代に向けてお客さまと必要なお金をデザインするアプリ『Smart Life Designer』です。当社の投資家事業を通じて培った知見をもとにライフイベントに沿った資産運用のシミュレーションを個人のお客様に提供することで、多くのお客さまから好評をいただいております」

 注目すべきは、ただ異なる事業を横断したことだけではない。“縦”のデジタル化を通じて整備されたクラウドネイティブな開発環境を活用することで、本アプリは開発着手から8ヶ月という短期間でリリースが実現したという。“縦”と“横”、ふたつのデジタル化が並走することで、効率化のみならず新たな事業のチャンスも増えていくのだろう。

既存の資産を活かすモダナイゼーション

 NECは、こうした企業のモダナイゼーションを支える存在だと言える。NEC Corporate SVP 兼 金融ソリューション事業部門長の岩井孝夫は、NECがさまざまな形でマルチクラウド化に取り組んでいることを明かした。

 「事業環境や働き方の変化を受け、金融機関においてもオンプレミスから適材適所で最適なクラウドサービスを組み合わせるマルチクラウドを志向する動きが強まっていると感じます。ただし、自社単独でシステムを検証しセキュリティやパフォーマンスを確保するには労力がかかることも事実です。そこでNECは、AWSやMicrosoftといったハイパースケーラーと戦略提携し、検証済みの高品質なマルチクラウドサービスとして提供しています」

 さらにNECは、マルチクラウド促進のために「NEC印西データセンター」の強化を進めている。このデータセンターにはメガクラウド各社との接続拠点が収容されており、AWSとAzure、Oracle Cloudという3つのクラウドの接続拠点がひとつのデータセンターに集約しているのは、国内だとNECのみだという。

 こうした戦略を通じて顧客のマルチクラウド化を支えると同時に、とりわけ金融機関に対してはより体系的なモダナイゼーションプログラムを整備していると岩井は続ける。

NEC Corporate SVP 兼 金融ソリューション事業部門長 岩井孝夫

 「NECは、既存のIT資産を有効活用した段階的なモダナイゼーションが金融機関の現実解だと考え、基盤・アプリケーション・開発手法・運用・通信プロトコル・データという6つのカテゴリーから金融機関のみなさまの変革をサポートしています。レガシーシステムを最新のテクノロジーに合わせて最適化することで、新たな価値を生み出す変革が実現するはずです」

 実際にNECは三井住友信託銀行とは基盤のコンテナ化やアプリケーションのマイクロサービス化、それらを支える開発手法の高度化と、いくつかのカテゴリごとにモダナイゼーションに取り組んできた。

 ほかにも運用ならシステム監視のSaaS対応、通信プロトコルなら基幹システムへのAPIインターフェース導入、データならオープン系/クラウドネイティブ型モデルへの転換など、NECが提供するサービスはさまざまだ。「今後はナレッジや方法論を標準化し、より多くの金融機関のみなさまに提供していきます」と岩井が続けるように、NECの取り組みによって金融業界全体のモダナイゼーションが進んでいくのかもしれない。

OA環境刷新により働き方の多様化が促進

 システムのモダナイゼーションを進めていくうえでは、OA環境の刷新も必要不可欠だろう。三井住友信託銀行でも、情報管理やサイバーセキュリティを徹底しセキュアかつコントロールされた次期OA環境の構築に取り組んでいる。AzureやMicrosoft 365の活用はもちろんのこと、現在同グループが取り組んでいるのはユーザー部門におけるIT活用範囲の拡大だ。

 「今後も増大しつづけるIT開発のニーズをすべてIT部門だけで担うことは難しいため、全体でのコントロールのもと一定の規模のシステムまではローコード/ノーコードを利用した市民開発を推進しています。自ら身の回りの業務改善を行うことで効率化も進んでいきますし、多様な働き方にもつながっていくと考えています」

 一方で、NECも効率的で多様な働き方の実現に向けたDXに取り組んでいる。同社は働き方のDX、営業・基幹業務のDX、運用のDXという3つの観点から社内DXを進めており、今後、その知見を積極的に顧客にも還元していく方針だ。

 「私たちは自社を0番目のクライアントとする『クライアントゼロ』の考え方のもと、社内DXの知見や業種ノウハウを『NEC Digital Platform DXオファリング』と題し、お客さまへと還元しています。弊社で実証済みの設計テンプレートをベースとすることで、導入から運用までワンストップかつスピーディに導入できるのです」

 さらにNECはクラウドとオンプレミスを合わせて社内で約1,000のシステム、30,000を超えるサーバーを運用している実績を活かし、マルチクラウド環境のシステム情報を集約したリアルタイム監視と運用の自動化も実現しているほか、現在は日本市場に最適化した生成AIの包括支援プログラムも提供中だ。「NEC Generative AI Service」と題されたこのプログラムは、NECが開発したLLM(大規模言語モデル)と各業種のナレッジを組み合わせることで、高い性能と軽量性を両立しながら、各企業の組織に最適化しながら社内の知を可視化させるAIモデル構築できるという。三井住友信託銀行もこのプログラムに参加しており、今後も共創が続いていく予定だ。

すべての事業がIT化する時代の必須人材

 「これからのデジタル戦略を考える上で大きな課題となるのは、人材育成です。ITサービスの基本操作は言わずもがな、要件定義や設計をきちんと行える人材を各部門に育てていかなければ縦・横のデジタル化は進んでいきません」

 上田氏はそう語り、全社員を対象にデジタル人材の育成促進を進めていることを明かす。特に現在の中期経営計画においては「システム開発研修センター」の設置を計画し、三井住友トラスト・システム&サービスと協働しグループ関係各社にも研修対象を拡大していく予定だ。

 「信託銀行として多様なビジネスを展開しお客様にオーダーメイドの商品を提供していくには、社員一人ひとりが事務もITも考え、手を動かせる人材になる必要があります。チャレンジングな計画ではありますが、全体のコントロールと自由な市民開発を両立させた業務効率化を進めていきたいですね」

 上田氏の発言を受け、本セッションの司会を務める経済ジャーナリストでもあるイノベディア代表 内田裕子氏も「一人ひとりがDX人材になれば非常に心強いですよね。これからはそういう時代になっていくのかもしれません」とうなずく。こうした企業の動きを踏まえながら、NECが近年提供しているのが「NECアカデミー for DX」と題したDX人材育成プログラムだ。

経済ジャーナリスト イノベディア代表 内田裕子氏

 このプログラムは社内で実践したプログラムを顧客向けにカスタマイズし、DXの構想力の底上げから高度な実践スキルの獲得までワンストップで提供する。実際に三井住友信託銀行にもAIやセキュリティに関する実践力強化プログラムを提供しており、すでに200名超が参加しているという。

 「いま、すべての事業がIT案件化していると感じます。われわれとしては一定のコントロールをきちんと働かせながらも、一人ひとりが自分の身の回りの問題を解決できる体制をつくっていかなければいけません。そのためには、クラウドの組み合わせや機動性のある開発環境の整備はもちろんのこと、教育も非常に重要になっていくはずです」

 そう言って、上田氏はセッションを締めくくった。DXというとサービスやプロダクト、システムが注目されがちだが、それらを動かせる人がいなければ実践は進んでいかないだろう。三井住友信託銀行とNECによるセッションは、マルチクラウド化やAIの活用といった先端事例を明らかにしつつ、これからのモダナイゼーションを支える「人」の重要性を浮き彫りにしたのかもしれない。