地方銀行のDX戦略から見えてきた、未来の金融機関の姿~FIN/SUM 2024レポート
金融領域においてはDXによる業務の効率化・最適化やAIのような先端技術を活用した新たな価値創出など多くの取り組みが進んでいるが、なかでもいま変革が求められているのが地方銀行だ。人口減少や低金利政策、あるいはインバウンドの増加により経営環境の変化が大きいことに加え、クラウドの導入や生成AIの活用など技術環境の変化も起きている。
環境変化の大きい地方こそ、これからの金融産業を考えるうえで重要な領域となるのかもしれない。そこでNECは、いま地方銀行でどんな取り組みが進んでいるか明らかにすべく、3月5日に開かれたFintechのカンファレンス「FIN/SUM」において「地方銀行のDX戦略〜選ばれる銀行になるために〜 powered by NEC」と題したセッションを実施した。果たしていま、地方銀行はどう変わろうとしているのだろうか。
SUMMARY サマリー
加速するデータ連携とAPI活用
今回の登壇した銀行は、OKB大垣共立銀行(以下、大垣共立銀行)と沖縄銀行(おきなわフィナンシャルグループ)、東京スター銀行、愛媛銀行の4行だ。セッションはまず各行のDX施策を共有することから始まった。大垣共立銀行のシステム部長、小坂井智浩氏は2024年までの中期経営計画において3つの戦略を立てていたことを明かす。
「まずは専任スタッフの教育を行うことからITコンサルティングの強化に取り組み、お客様との接点の強化においては、お客様一人ひとりにあったお金との向きあい方をレコメンドするサービス『LiFit』を提供しています。さらに営業店においても業務プロセスの改革に取り組み、窓口ATMを設置して伝票レス・印鑑レス・現金ハンドリングレスを実現するなど効率化が進んでいます」
小坂井氏によれば、2024年4月以降の中期経営計画においてもこうした取り組みを継続するとともに、ビジネスモデルの変革を通じて新たな価値を提供し、地域社会の発展につなげることが予定されているという。
他方で、沖縄銀行は2017年からNECが提供するAPI連携プラットフォームを導入し、オープンAPIの実現に取り組むほか、個人向け・法人向けそれぞれのバンキングサービスを提供し、さまざまな機能の拡充に努めている。「システム自営行の強みであるスピード感を活かしてお客様のニーズに応えていきたいと考えています」とおきなわフィナンシャルグループICT統括部部長(沖縄銀行システム部部長兼務)の砂川雄一郎氏が語るように、まず最小限の機能でリリースし順次機能を拡張していく方針は、まさにDXの時代に即したものだと言えよう。
同じくAPIを活用しながら次世代金融サービスに向けたプラットフォームをつくろうとしているのが愛媛銀行だ。常勤監査役(前事務システム部長)の酒井良平氏は長年の経験を振り返り、過去の勘定系システムしかなかった時代から金融システムの変化は進み、近年は「オープン化」というキーワードが重要になってきたことから、基幹系と連携するクラウド環境上のプラットフォームの構築に踏み切ったことを明かす。
「なかでも私たちは異業種との連携強化や事務効率化に取り組んでおります。決済や手続き機能の外部提供によりBaaS(Banking as a Service)の開発に取り組むとともに、スマートデバイスへのシフトを通じてオペレス・伝票レスなど効率化を実現していきます」
続いて東京スター銀行は「ユニークな金融サービス」の提供をビジョンに掲げるように、顧客一人ひとりに最適な商品・サービスを提案するコンサルティングサービスや幅広い資金ニーズに対応するオーダーメイド型ファイナンスを実践していることを特徴としている。
「私たちのDXはまだ始まったばかりではありますが、分断・分散しているデータを統合し自動化を進めていくことにより、お客様へ最良の金融サービスを届けていきたいと考えています」とIT所管執行役の藤原孝樹氏が語るように、データをつなぎ合わせて最大限活用していくことは金融機関のDXにとって必要不可欠な要素となるはずだ。
ひとくちに地方銀行と言っても、その取り組みはさまざまだといえる。NECの金融システム統括部統括部長を務める井上紀文は4行の発言を受け、中国銀行やJP Morgan Chaseなど海外の事例を挙げながら、これからの銀行の“戦い方”を紹介する。
「たとえば中国銀行が1秒で融資可否を判断したりトリオドス銀行がESGファイナンスに注力したりするなどテーマやセグメントに特化した方針も見られますし、JP Morgan ChaseやCapitalOneはデジタルを中核にした金融ビジネスの再構築に取り組んでいます。あるいはStarling Bank Engineや新韓銀行は自行開発の基幹システムの拡販による収益化を進めています」
こうした事例からわかるように、金融機関のDX戦略には迅速な開発や連携、データ利活用を実現するための「基盤」が重要だと井上は続ける。セキュリティやオペレーショナルレジリエンスの確保も必須となる金融機関にとっては、持続可能な成長を支えるシステム基盤や態勢がこれからますます重要になっていくのだろう。
DX人材の育成と組織改革が急務
言うまでもなく、金融機関のDXは一朝一夕で実現するものではない。続いて本セッションでは、各行のIT戦略と組織戦略が明らかにされた。
たとえば大垣共立銀行では効率化やセキュリティの強化をはじめとするシステムのアップデートを進めるとともに、データを集約することで組織としてデータドリブンな意思決定を進められる体制の構築に取り組んでいる。あるいは愛媛銀行においては、酒井氏が「守りのITと攻めのITを組み合わせて相乗効果を引き出そうと考えています」と語るように、情報資産を活かした現行システムの拡充と競争力強化や新規価値創出につながる次世代システムの実現など、多角的な戦略をとっているという。
あるいは組織戦略に目を向ければ、どの銀行にとっても人材の確保や育成は必要不可欠の取り組みとなる。沖縄銀行は現在100名強のスタッフがシステム企画・開発に取り組んでいるが、これまで以上のサービス開発を進めるうえでもシステム人材の育成が急務だと砂川氏は語る。現在は人材育成計画も整備されており、ベースとなる共通スキルの習得からセキュリティやインフラなど各専門分野のスキルを身につけるプログラムを整備し、各分野のエキスパートを育てていく予定だ。
2023年10月にDXアクション宣言を発表した愛媛銀行やデジタル推進組織を立ち上げた東京スター銀行もまた、人材育成には積極的に取り組んでいる。顧客のDXニーズも高まる環境にあっては、ただ専門家を育てるだけでなく銀行内全体のITリテラシーを高める必要もあるだろう。藤原氏が「ビジネス側も含めた銀行全体のプロジェクトマネジメント力の強化も必要です」と語るように、ビジネス側も含めた改革を行わなければ、組織を変えていくことは難しいのかもしれない。
多くの銀行が人材育成を課題としているからこそ、NECはただ単体のソリューションを提供するだけでなく、構想策定からエコシステムの形成まで一気通貫で支援する金融機関向けモダナイゼーションプログラムを提供している。
「私たちはナレッジを体系化してお客様の環境に合わせたモダナイゼーションの支援を進めているのはもちろんのこと、デジタル人材の育成についてもワンストップで支援しています。『NECアカデミー for DX』と題した取り組みはDX構想企画力から実践力強化、DX基礎スキルの獲得など、複数のプログラムを通じて、AIからクラウド、セキュリティまで、さまざまなスキルをもった人材の育成進められる環境をつくっています」
地方銀行から広がるネットワークの可能性
地方銀行のDXが進んだ先には、どんな世界が広がっているのだろうか。もちろん今回のセッションに参加した各行も、自社の変革の先にそれぞれ異なるビジョンを見据えていた。
「将来的に、銀行は“黒子”になると考えています。銀行機能が他社サービスに埋め込まれることで、お客様が当行を意識しないままつながっていき、複数チャネルで一貫した体験を提供することでお客様は日常生活のあらゆるシーンで当行とつながっていくはずです」
そう小坂井氏が語るように、アプリやSNSの活用やサービスのデジタル化は単に利便性を高めるだけでなく、個人や企業とのつながりを増やしていくことを意味している。地域との強いつながりをもつ地方銀行だからこそ、従来の銀行の枠を超えた新たな価値提供がこれから進んでいくのかもしれない。
一方で沖縄銀行の砂川氏は生成AIの活用が必須となることを指摘する。「すでに私たちも実証実験を進めており、使用環境の整備やガイドラインの策定にも取り組んでいます」と同氏が語るように、金融機関においても今後生成AIは大きなインパクトを生み出すことになるのだろう。加えて砂川氏は、クラウド化やAIといった先端技術を導入するためにはセキュリティの確保が必要最低条件だと続ける。便利で先端的なサービスを提供することはもちろん重要だが、安心・安全のあり方をアップデートしていくこともこれからの金融機関には求められるはずだ。
砂川氏の指摘を受け、東京スター銀行の藤原氏もAIの導入を進めながら事業を広げていく予定だと続ける。
「当行の特徴を活かしたクロスボーダービジネスを展開していくうえでも、次期勘定系を含めた次世代システムについては『選択と集中』の考えで取り組んでいくつもりです。私たちの親会社である中国信託商業銀行(CTBC)が持っているアジアやアメリカなど幅広いネットワークを活用しながら、よりよいサービスを多くのお客様に届けるためのIT戦略を進めております」
各行が語るような変化が起きていくことは、銀行のあり方そのものが変わっていくことを意味しているのかもしれない。愛媛銀行の酒井氏も「将来的には勘定系端末機を営業店から撤去し、本来の意味での銀行員へ転換していく必要があると思っています」と語る。DXによって効率化が進むことは、一人ひとりの銀行員がより本来の業務に注力できるようになることでもあるはずだ。
「私たちはAPI Economy Initiativeという共同研究会にて、モダナイコミュニティの場を新たに立ち上げます。国内外トレンドの研究や最新技術の紹介を通じ、業界を問わずお客様同士が情報交換できる場を提供する事で、お客様の共創を促進していくつもりです」
井上がそう語るように、こうした地方銀行のアップデートに伴走していくべく、NECは「コミュニティ」の構築に取り組んでいる。AIをはじめとする先端技術が急速に進化し、業界や企業の壁を超えたコミュニケーションが広がっている時代だからこそ、コミュニティは今後ますます重要になるのだろう。地域に根を下ろし個人や企業とつながる地方銀行もまた、コミュニティとなる可能性を秘めている。そこには、新たな金融機関の姿があるのかもしれない。