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「ウェルビーイング寿命」を延ばすために必要な企業のデジタル&データ戦略~FIN/SUM 2024レポート

 身体的な健康のみならず精神的な健康もふくめたよりよい生のあり方を指す「ウェルビーイング(Well Being)」の概念は、近年ますます重要なものとなっている。医療技術などの進展により平均寿命は延びる一方で少子高齢化も進むなか、健康に生きていくことはよりよい社会をつくっていくためにも必要不可欠となるだろう。

 3月6日に行われたフィンテックの最新動向や金融分野での社会課題解決などを議論するカンファレンスイベント「FIN/SUM」内で実施されたパネルセッション「Well Beingな未来を実現するデジタル&データ戦略」は、まさにいま企業がデジタルやデータを使いながらどのようにウェルビーイングの領域にアプローチしているか明らかにするものとなった。

データを活用し疾病リスクの低減に貢献

 「いま日本では平均寿命と健康寿命の間に10年以上の差があると言われます。ただ長生きするだけでなく健康に生きることが重要な時代になっていますので、住友生命ではVitalityという健康増進プログラムを提供しています。ウェアラブル端末をつけて運動を行うことで、航空会社のマイレージのようにポイントが貯まり、そのステータスやステージに応じた保険料の割引や特典の提供などを行っております」

 住友生命保険相互会社の執行役常務を務める汐満達氏はそう語り、ただ運動のデータを記録するだけでなく、行動経済学も活用し目標を達成するとスターバックスやファミリーマートといったパートナー企業から特典をもらえるようになっていることを明かす。実際に高いスコアを獲得している人ほど死亡率や疾病率が低いことが実証されているという。

住友生命保険相互会社 執行役常務 汐満 達氏

 他方で、PREVENTが取り組むのは疾病を抱える人のウェルビーイングだ。代表取締役の萩原悠太氏は健康保険組合が支払う医療費の8割はわずか2割の従業員によって使用されているのだと語る。

 「日本の社会保障制度を維持していくためにも、医療費の適正化を進める必要があります。そこで私たちは医療費のかかっている人々を対象に疾病の重症化予防を進めています。レセプトや健康診断データなどを分析し一人ひとりの将来の重症化リスクを予測したうえで、マンツーマンで健康づくりの支援を行っているのです」

 分析を行う「Myscope」と健康づくり支援の「Mystar」、ふたつのサービスを通じてPREVENTはウェルビーイング事業に取り組んでおり、とくに後者においてはスマホアプリを中心に生活習慣に合わせた医療専門職のアセスメントをもとにした支援を提供しているという。

PREVENT 代表取締役 萩原 悠太氏

 萩原氏の取り組みが示すように、ウェルビーイングを考えるうえで予防は重要な要素のひとつだ。フォーネスライフの代表取締役CEO、江川尚人氏は「私たちは誰も病気にならない未来、誰もが自分らしく生きられる社会をつくりたいと考えています」と述べる。

 「私たちのフォーネスビジュアス事業は、認知症や心筋梗塞、脳卒中などの疾病リスクを、血中タンパク質の分析により可視化し、医療機関を通じて提供しています。検査結果を基に保健相談を行うコンシェルジュサービスやヘルスケアアプリの提供を行い、生活習慣の改善をサポートしていきます」

フォーネスライフ 代表取締役CEO 江川 尚人氏

 こうした企業の取り組みに対し、DXの観点からサポートを行うのがNECだ。現在NECはヘルスケア/ライフサイエンス事業を強化しており、グループ全体のDX人材を活かすとともにAIや生体認証といった技術をプラットフォームとして提供している。

 「メディカルケアとライフサイエンス、ライフスタイルサポートという3つのカテゴリに分け、電子カルテや病院DX、AI創薬、検査・健康増進サービスなど、さまざまなソリューションを提供しています」

 NECのCorporate SVP兼金融ソリューション事業部門長を務める岩井孝夫がそう語るように、現在NECは約50万人のデータの取り扱いから始め、プライバシーに配慮したセキュアなデータ基盤を提供することでヘルスケア事業を進めているという。

データの蓄積と連携が新たな事業を生む

 各社の説明を受け、モデレーターを務める日本経済新聞社編集総合解説センターの大岩佐和子氏は「データが貯まれば貯まるほどウェルビーイング事業の可能性も広がるのではないでしょうか」と指摘する。

 「Vitalityは5年前に始動し、毎日約170万件のデータが集まっています。加えて保険金や給付金の支払いデータもあるので、これらをかけ合わせて健康レポートをお客様に提供しています。同年代のお客様と比較して自分の疾病リスクがどの程度なのかなど、パーソナライズドされた分析結果とアドバイスを行っていることが特徴です」

 汐満氏はそう語り、今後は運動だけでなく、食事、睡眠、メンタルヘルスの領域にもサービスを拡大したいと続ける。ウェルビーイングが身体のみならず精神も含めてよりよい生を志す概念であることからもわかるとおり、今後はより多角的に人間の健康を見ていく必要があるのだろう。

 同様に、PREVENTもレセプトや健康診断データを活用し独自のアルゴリズムや予測モデルを開発している。さらに、個々人の生活習慣やチャットの会話データも使いながら認知的な変化も分析していると萩原氏は語る。

 「自社プロダクトを開発しているからこそさまざまな種類のデータが集約されています。また、現在は住友生命のVitalityとも連携し、疾病リスク分析結果に応じて、VitalityもしくはMystarを提案するといった共創事業も展開しています」

 一方で、フォーネスライフは自治体や医療機関との提携を広げることで社会的なインパクトの大きい事業を育てようとしている。江川氏は国立大学と連携し、多くの自治体で介入前後の検査結果を比較することで、疾病リスクの低下事例データの蓄積に取り組んでいると述べた。

 「こうしたデータを活用しながらリスクの低下を証明できれば、日本の医療費や介護費の適正化にもつながると考えています。課題先進国の日本でこの事業が成功すれば、タイやシンガポールなど、予防領域に興味を持っている海外諸国にも展開可能だと考えています」

 データやデジタルを活用した戦略を考えるうえで、NECの存在も無視できないだろう。NECはWaaS(Wellbeing as a Service)のエコシステム構築に取り組んでおり、「Connectivity」「Analytics」「Agility」「Reisilience」という4つの観点から、エコシステムの構築に取り組んでいるという。もちろん、データの連携やクラウドの整備だけでなく先端的な技術の開発にも積極的だ。

NEC資料:WaaSエコシステムを支えるデジタルの取り組み

 「今年アメリカで行われたCES2024でもイノベーションアワードをいただいたのですが、これまで培ってきた顔認証技術を活かして顔画像からバイタル状態を推定するソリューションも生み出しています。日常生活を改善しやすくすることで、行動変容も生み出していきやすくなるはずです」

 データを蓄積すること、データを組み合わせること、さらにこれまでにないデータを活用すること──ひとくちに「データ活用」といっても、さまざまな角度からアプローチを行うことでこそ、デジタルなウェルビーイング戦略が実現するものなのだろう。

NEC Corporate SVP 兼 金融ソリューション事業部門長 岩井 孝夫

健康寿命からウェルビーイング寿命へ

 汐満氏が「お互いのサービスが連携するためにはデジタルシステムが必要不可欠ですし、もっとNECのテクノロジーを活用して連携を進めていきたいですね」と語るように、各社の取り組みはバラバラに進むものではなく、つながる可能性を秘めているものだ。PREVENTの萩原氏もうなずき、次のように語る。

 「それぞれアプローチする領域は異なっているものの、重なる部分にこそ価値創造のポイントがあると感じます。データは掛け合わさることで初めて価値が生まれるものですから、たとえばライフスタイルを対象とした私たちのアプローチとフォーネスライフのリスク可視化のデータを組み合わせるとお客様へ提供できる価値は向上していくはずです」

 萩原氏の指摘を受け、江川氏もデータの掛け合わせに期待していることを明かす。

 「ウェルビーイングは共創領域だと思います。単体だとただの疾病リスク判定に留まってしまうサービスも、複数社が集まりデータを組み合わせることで、究極的なパーソナライズを行えますし、一人ひとりに合わせた生活習慣を提案させていただけるようになると感じています」

日本経済新聞社 編集 総合解説センター 編集委員 大岩 佐和子氏

 ここでNECの岩井は、データを掛け合わせるためにもプライバシー保護とデータ活用の両立が重要になるはずだと指摘する。とりわけヘルスケアに関するデータはプライバシー性も高いため、最適な範囲で匿名化を行いながらデータを組み合わせていく技術が必要になるだろう。

 今回のセッションに集まった企業は行動データや診断データ、バイタルデータをもとにソリューションを提供しているが、ウェルビーイングを考えていくうえでは、一人ひとりの意識や考え方が変わらなければいけないことも事実だ。

 江川氏も「リスクを数字で見せるとやはりみなさん驚かれますし、データを提示しながら一人ひとりに響く伝え方を選ぶことが大切ですね」と語り、同時に自治体との連携や社会制度を活用することで多くの人に意識をもってもらうきっかけをつくることも重要だと指摘した。岩井も「一社だけでは完結しないのがウェルビーイング業界の特徴だと思いますし、ロボティクスをはじめさまざまな技術にも投資しながら各社が共創し社会へ価値を提供することで、多くの人の生活に変化が起きるはずです」と将来を見据えた視点をもつ重要性を説く。

 「人間の寿命は延びていますが、ただの寿命ではなく健康寿命を考えなければいけませんし、むしろウェルビーイング寿命を定義してもいいのかもしれません。病気になっても幸せに生きることはありえますし、多くの方々がウェルビーイング寿命を延ばせるようなサービスを提供していきたいですね」

 汐満氏はそう語り、セッションを締めくくった。「人生100年時代」を超え、さらに人間の寿命が延びていくと言われるいまこそ、ウェルビーイングの重要性はますます高まっている。データやデジタルの活用が進んでいくことは、新たなウェルビーイングのあり方を探していくことでもあるのかもしれない。