生成AI×デジタルヒューマンがもたらす未来像とは
~若手メンバーに聞く プロジェクトの舞台裏~
あらゆる業種で深刻化する人手不足。その課題解消に向けて進展しているのがAI活用だ。NECではアイシンのマルチモーダル対話エージェントに生成AIや顔認証技術を組み合わせ、顧客からの相談に対応するパートナーAIシステムを開発。そのプロジェクトチームには、多数の若手メンバーが抜擢された。柔軟な発想力を活かして生み出されたフレームワークは、これからの社会にどんな価値をもたらすことになるのか。プロジェクトに携わった若手メンバーに話を聞いた。
パートナーAIシステムが担当者に代わって円滑に顧客対応
「○○様、いらっしゃいませ。本日はどのようなご相談でしょうか」
来店顧客の姿を認めたモニター上のデジタルヒューマン「Saya(サヤ)(※1)」が、事前の来店予約時に登録された顔を認証して名前で呼びかける。
「住宅ローンについて相談したいです」と話すと、Sayaは借入額や返済期間、固定金利or変動金利など希望条件を聞き出し、瞬時に月々の返済額をシミュレーションして説明。来店顧客が契約を本格的に検討したい意思を示すと、「このあと担当者が参りますので少々お待ちください」と告げた――。
これはNECの本社にある、NEC Future Creation Hub(以下、FCH)に出展されたパートナーAIシステム「NEC Personal Consultant」のデモンストレーションの一コマだ。
このシステムは、自動車部品やエネルギー・住生活関連製品メーカーのアイシンが開発したマルチモーダル対話エージェント(※2)に、NECの最先端の生成AI(人工知能)技術と顔認証技術を組み合わせることで創出された、人とAIの自然なコミュニケーションを可能にするソリューションだ。
NEC側で開発を主導したのは、金融ソリューション事業部門。なぜこうしたソリューションの開発に至ったのか。その背景には金融業界でも深刻さを増す人手不足の課題がある。資産運用の相談など、顧客との前段のコミュニケーションをデジタルヒューマンに任せることができれば、その後の手続きがスムーズになり、担当者はより詳細なコンサルティング業務に専念することが可能だ。
これに加え、社会のあらゆる領域でデジタルサービスが拡大する中、ITリテラシーの高くない人がその恩恵を受けられていない、という課題もある。複雑な操作を要さず、対話を通じて最適な情報やサービスへのアクセスを支援する仕組みを普及させることは、NECが目指す「誰一人取り残さないデジタル社会の実現」にもつながる。
- ※1 Saya:CGアーティストTELYUKA(テルユカ)が制作するフルCGキャラクター
- ※2 マルチモーダル:画像・音声・センサーなど複数の情報をまとめて取り扱うこと
多くの若手メンバーがプロジェクトをけん引
パートナーAIシステムの開発を推進するプロジェクトチームは、金融ソリューション事業部門の幅広い知見を活かすため、部門全体の横断型タスクフォースとして立ち上げられた。特徴的なのは、総勢20余名のプロジェクトメンバーのほぼ半数を、各統括部から抜擢した入社数年程度の若手社員が占めたことだ。ソリューションの中核を成すのが生成AIという最新の技術であることから、柔軟な視点や発想が必要とされたのである。「NEC Personal Consultant」の名称もその若手メンバーたちが発案したもので、「一人ひとりに共感的に寄り添えるパートナーとして機能させたい」との願いが込められている。
そこには、両社が誇る高度な技術力が結集している。アイシンのマルチモーダル対話エージェントは、もともと自動運転バスと乗客のコミュニケーションツールとして開発されたもの。そこにNECの生成AIを搭載し、ファイナンシャル・プランニング技能検定2級程度に相当する金融知識を参照できるようにすることで、来店顧客との円滑なやり取りを可能にした。
生成AIを使用してデジタルヒューマンと対話するソフトウェアは、クラウド環境に置かれており、対話する際のインタフェースとなるSayaがクラウド上のアプリケーション(※3)と通信する仕組みだ。この通信インフラの基盤を構築したのがプロジェクトメンバーの1人、大久保 圭祐だ。
「通常業務として生成AIを活用した新技術の検証や、データ分析技術などの開発が専門であった自分はクラウドコンピューティングの経験が少なかったため、基礎知識から学び、実践までできるように自身のスキルを強化したうえでこのプロジェクトに臨みました」と振り返る。
大久保と共にクラウド上のソフトと生成AIの連携を図りつつ、Sayaの発話の調整にもあたったのが、入社してから自然言語処理を中心とする生成AIのチューニングやオンライン本人確認(eKYC)サービスなどの開発に携わってきた嶋 章裕である。「来店顧客からの相談や問い合わせに対してSayaにどんな回答をさせるのか、具体的な内容を営業や企画担当のメンバーたちと共に詰めながら、チューニングを行う作業に多くの時間を割きました」と語る。
FCHには顧客対応業務の省力化に向けて導入を検討する金融機関の経営層が多数訪れ、ごく自然に受け答えをするSayaの対話力に目をみはったという。それに大きく貢献したのが、大久保や嶋らの奮闘だといえるだろう。
- ※3 NECの生成AIや金融特化の独自対話生成機能を盛り込んだ専用アプリケーション
試行錯誤の連続だった開発プロセス
デモの実施に際しては、実際の金融機関窓口での運用をシミュレートするかたちで事前に来訪予約を受け付け、来店日・氏名・本人認証のための顔情報が登録された。その「来店予約アプリ」の開発をリードしたのが前村 理紗だ。
「私は生成AIやデータ分析技術の調査・検証などを主業務としており、アプリ開発にかかわるのはこれが初めてでした」と話す前村は、アプリ画面のデザインの実装や、機能の実装を担当した。その中で、テストやエラー処理に至るすべての工程を期限内に進捗させるためのスケジュール管理に腐心したという。
一方、営業担当として金融機関への端末機器の導入やサーバの更改などをサポートしている福井 亜子は、NEC Personal Consultantの筐体を同社のデザイン部門と共にデザインした。「設計案そのものはデザイン部門が作成し、私を含む営業メンバーたちは、Sayaと対話するユーザの視点から意見を出すことでデザインを練り込んでいきました」と話す。
2024年10月からのFCH出展が、実質上プロトタイプの公開の場となる。これに向け、プロジェクトチームによる本格的な開発がスタートしたのは同年春。およそ半年の期間をかけて予定どおりにカットオーバーさせることができたが、作業はけっして順調に運んだわけではなかった。「むしろ困難に突き当たっては知恵と力を振り絞って突破することの連続でした」と4人は口を揃える。
技術面でとくに苦慮したのは嶋だ。生成AIの利点は状況に応じて臨機応変に情報を生成する能力だが、それがあだとなって事実ではない情報を創作してしまうことがある。しかし金融機関の窓口での利用を想定したこのシステムでは、デモとはいえ不確かな情報を発信するハルシネーションをできる限り抑える必要がある。
「そこでプロジェクトチーム内の多くのメンバーに、お客様になったつもりでいろいろな角度から質問を発してもらい、Sayaの応答を見ながら少しずつ改善していきました」(嶋)。
データセットにない事柄について質問された場合に「わかりません」と答えさせるようにしても、アドリブ性のある生成AIを完全に制御することは難しいのだという。
「しかしその一方で、来店顧客が今日はいい天気ですねと口にしたときに『わかりません』と答えたのでは対話が成立しませんし、生成AI自身が持っている知識や創造性を活かすことができません。できる限り正確な情報を発信させつつ、人との自然なコミュニケーションを成り立たせるバランスを図るのに労力を注ぎました」と嶋は話す。
「共創」することの苦難を乗り越えて得られた達成感
開発プロジェクトに参画したメンバーがそれぞれに痛感したのは、他社や自身の所属以外の部門・部署と深くかかわり合うことに伴う難しさだ。
嶋や大久保の作業はアイシンによるソフトウェアのブラッシュアップと並行して進められたことから、両社の間で常に整合を取る必要があった。しかし愛知県に拠点のあるアイシンとのミーティングは基本的にオンラインで行われるため、齟齬が生じがちだった。
「口頭で情報を交換し合うだけでは認識にズレが生じやすいので、何につけても具体的なデータを示し合うようにすることでこの問題を克服しました。企業をまたぐプロジェクトがいかに難しいかを実感しましたが、それだけに完成時に得られた喜びも大きなものでした」と大久保は振り返る。
前村が来店予約アプリ開発のスケジュール管理に苦心した理由として、各統括部のメンバーから、来店顧客にとってより使い勝手のよいものとするため次々に機能追加のオーダーがなされたことが挙げられる。
「開発の終盤に機能が増えたり、アプリのデザイン変更が必要になったりして、時間の余裕がなくなってしまったときには、チームメンバーの力を借りて窮地をしのぎました。もちろん大変なこともありましたが、結果的にものづくりのおもしろさを知ることができ、アプリ開発という仕事に興味を抱くようになりました」(前村)。
福井もまた、社内の他部門と協働することに「難しさ」と「やりがい」の両方を覚えたという。デザイン部門のメンバーは、デザイナーの観点で最先端のテクノロジーである生成AIを使った未来の相談端末をデザインし、金融ソリューション事業部はそのデザインが「銀行などの店舗に設置しても違和感がないか」「FCHに来訪する経営層にふさわしい雰囲気か」といった点で検討を重ねた。
「意見がぶつかったときは、お互いにこのソリューションの根底にある『ユーザに寄り添う』というコンセプトに立ち返って丁寧に擦り合わせていきました」と福井。そうやってディスプレイを圧迫感のないサイズにしたり、来店顧客に自然と目が合う高さにSayaの目線を調整したりすることが繰り返され、最終的に双方に納得のいくデザインを生み出せたのだという。
誰もがテクノロジーの恩恵を受けられる社会を目指す
他社のメンバーと協力してシステムをつくり上げたことについては嶋も大きな意義を感じている。「議論を尽くして意思を統一するというのは当たり前のことかもしれませんが、実際に経験してその大事さを改めて認識することができました」(嶋)。
「共創」という作業の「難しさ」と「楽しさ」に触れるとともに、日ごろの業務や自身の専門外の領域にかかわったことが、知見や視野を広げる格好の機会になったと感じている点も全員に共通する。
このプロジェクトチームが構築したシステムはNEC Personal Consultantのフレームワークとなり、顧客企業が利用するに際して必要なチューニングやカスタマイズなどが施されて提供されることになる。
定型的なやり取りをするだけではなく、相手の表情や声などから気持ちを推測し、温かみを感じさせるインタフェースとして機能するのがこのパートナーAIシステムの特長だ。
将来的には金融の窓口に限らず、ヒューマンタッチなコミュニケーションが求められるホテル、リテール、交通、不動産など多様な業界へ適用範囲の拡大が期待される。
新しい金融のコミュニケーションを提示するというミッションを完遂した今、4人はこの貴重な経験を活かして引き続き、「『誰もがテクノロジーや情報の恩恵を受け、豊かな生活を送ることができる社会の実現を目指す』という理念の具現化に結びつくような仕事に携わりたい」との思いを強くしている。