金融の未来を創る対話― Singapore Fintech Festival 2024
Text:山口 博司
今年で9回目の開催となったSingapore Fintech Festival(以下、SFF)は、昨年と同等の65,000人以上が来場し、生成AI、量子コンピューティング、デジタル資産、クロスボーダー決済など金融業界におけるホットなトレンドをテーマとした、業界のリーダーによる数多くの講演が行われました。本稿では例年の通りSFF における注目トピックスや、出展企業として参加したNECの取り組みを紹介します。
参考:
Singapore Fintech Festival 2022のイベントレポートはこちら
Singapore Fintech Festival 2023のイベントレポートはこちら
山口 博司 氏
NEC Asia Pacific Pte. Ltd.
Senior Sales Manager
システムエンジニアとして金融機関向け業務アプリケーション開発・システム企画を経て、2016年から2021年までシリコンバレーにて米国発の新技術・サービスの調査、活用の企画・推進に従事。2021年4月からAPAC地域の金融機関向けSalesを担当。マサチューセッツ州立大学MBA修了。 ΒΓΣ(Beta Gamma Sigma)会員。
Singapore Fintech Festival 2024
2024年のSFFはAIと量子コンピューティング、デジタルアセット、次世代取引などを主要テーマとして、900名以上のスピーカーが400を超えるセッションに登壇しました。特にAIと量子コンピューティングについては数多くの講演・パネルディスカッションが行われ、この組み合わせに対する世界的な期待・関心の高さを確認することができました。
注目トピックス
1.Global Finance & Technology Network (GFTN)
SFFに先立って、10月30日にシンガポール金融管理局(MAS)から設立が発表1されたGFTNについて、元長官であるRavi Menon氏による基調講演(A global network to foster innovation in financial services)でその詳細が語られました。
GFTNは「金融サービスにおけるイノベーションのためのグローバルなパートナーシップを促進し、AIや量子コンピューティングのような新興技術に対する一貫した政策に取り組み、イノベーションを支援すること」を目的に設立されました。フォーラム、アドバイザリー、プラットフォーム、キャピタルの4つの取り組みがあり、具体的にはFinTechフォーラムの拡大、デジタル・インフラストラクチャーに関する助言、プラットフォーム・サービスの提供、FinTechおよび気候変動技術の新興企業への投資などをおこなっていくようです。
“グローバル”、“ネットワーク”と名前に冠する通り、GFTNはグローバルでのつながり、コラボレーションを重視していることが強調されました。その理由として、①新技術に対する一貫した政策と実践の必要性、②地政学的な課題の中でのイノベーションの推進、③グローバルサウスにおける人材・インフラ・政策の格差への対応をあげています。
GFTNはネットワークとパートナーシップを通じて、持続可能で包括的な経路を開拓し、Fintechのメリットをより広く普及させることを目指している、と述べられました。
2.Generative AI(生成AI)
近年における主要テーマの1つである生成AIについては、今年も多くの講演・パネルディスカッションが行われましたが、その中でも世界最高のデジタル銀行と称されるDBS銀行の講演を、ご紹介します。
登壇したのはGSTAR2と呼称されるDBS銀行内の戦略・トランスフォーメーション・分析を担うグループの責任者であるHim Chuan LIM氏で、2014年以降のDBSにおけるデジタル化から昨今の生成AI活用について、具体的な事例とともに共有しました。
DBSではハッカソンやクラウドソーシング等を利用して特定した100以上のユースケースから優先度の高いものを垂直ユースケースと水平ユースケースの2つカテゴリに―分けて推進しました。垂直ユースケースとは、「カスタマーサービスのエージェント」、「ソフトウェア開発」、「資産運用のリレーションシップマネージャ」など、生成AIを導入することで業務の高度化・効率化が期待できるものが含まれます。水平ユースケースでは、特定の垂直ユースケースに閉じることなく横断的な活用が期待される「Enterprise Knowledge Base (EKB)」と「DBS-GPT」の2つを作成しました。またこうしたプラットフォームやツールの整備だけでなく、従業員全員が生成AIの有用性を認識していることを重要視するDBSは、従業員向けトレーニングも充実させているそうです。生成AIを利用することは、リレーションシップマネージャ、技術者、運用担当者など、あらゆる役割の1日の生活を再考するきっかけになる非常に強力な方法だと、Him Chuan LIM氏は強調しました。
- 2 GSTAR : Group Strategy, Transformation. Analytics & Research
3.デジタル通貨(Digital Money, Digital Currency)
現代では1つも使用していない人の方が少ないと思われるデジタル通貨もSFFの主要テーマの1つでした。デジタル通貨は、電子形式でのみ存在し、紙幣や硬貨、小切手のような実体がない形態のお金を指します。代表的なものには、電子マネー(交通系・商業系など)、暗号通貨、CBDC(中央銀行が発行するデジタル通貨)があります。それらの違いについて、DBSのTransaction ServicesのManaging DirectorであるLim Soon Chong氏は「(JPM CoinやDBS Tokenなど)すべて価値の表現である」と述べ、JP Morganが取り組むBlockchain platform「Kinexys」のCo-HeadであるNavin Mallela氏は「(イノベーションは裏側で起こっているため)消費者にとっては何も変わらないかもしれない。銀行の立場から見ても、大きな違いはない」とその考えを示しました。各国においての普及の度合いはさまざまですが、異なる通貨システム間で相互運用可能な国境を越えた決済システムを構築する、デジタルマネーの本格的な普及を促進するためには、「同期決済」と「Fungibility(代替可能性)3」を確保するための規制・インフラ整備が必要となる、という意見は講演者間でも一致していました。
また別の講演ではCircleのVice PresidentのChan Yam Ki氏が、USD Coin4について、金融市場やデジタル市場での決済手段としての導入が進み、企業間決済や国際送金、さらにはリアルタイム決済の手段としても期待されていると紹介しました。特に週末や祝日も含めた24時間365日対応の即時決済がデジタル通貨によって可能となり、経済的支援が必要な難民への迅速な資金共有にも役立つ可能性を示唆しました。UNHCR (United Nations High Commissioner for Refugees)のCarmen Hett氏は、デジタルマネーについて消費者と投資家保護の観点から規制の整備が必要と述べ、特にアメリカ・シンガポール・香港・日本といったアジア諸国における規制の明確化の必要性を訴えました。
- 3 ある資産・商品を同じ種類の別の資産・商品と交換できる能力
- 4 米ドルと同じ価値を維持するように設計された仮想通貨
NECの取り組み
2016年の第1回SFFから出展を行っているNECは今年も9年連続で出展企業として参加しました。展示したソリューションの1つ「NEC AI Concierge」は、パーソナライズされた顧客とのふれあいを提供し、金融サービスをよりアクセスしやすく魅力的なものにすることを目指しています。
また、ブースでは連日パネルディスカッションを行い、「パートナーシップを通してバリューチェーンをどのように繋げていくか」「サプライチェーンファイナンスにおける機会」「AIの責任(倫理、ガバナンス、企業としての役割)」というテーマで、NECのメンバーとゲストスピーカーの方が考える機会や課題などを議論しました。
実際にNEC AI Conciergeを体験いただいた方には「業務効率化の促進や人材不足に悩む先進国の企業にとって魅力的」といった声を数多くいただく一方で、「取得したデータに対するセキュリティ懸念」や「AI Concierge市場における差別化要素の必要性」といったこの市場・サービス全体に対する具体的な改善・期待点や、利用者が重視するポイントを確認することが出来ました。NECはこうした利用者の生の声を本ソリューションの改善に活かし、金融サービス向上に役立つソリューションの開発・提供を行っていきます。
Singapore Fintech Festival 2025
シンガポールはアジア金融の中心地として、前MAS長官のRavi氏の基調講演で紹介されたGlobal Finance & Technology Network(GFTN)を起点に、国際的な協力・コラボレーションをリードする立場を取ろうとしていることがうかがえます。Ravi氏は「特に資産トークン化、気候変動技術、AI、量子コンピューティングなどの分野はグローバルな関与が必要と認識している」と強調しました。また貿易金融やクロスボーダー決済においては政策立案者や業界企業との国を越えた協力が不可欠といえるでしょう。特に中小企業のグローバルな商取引への参加を促進するためにはデジタル貿易協定の開発と、運用化を推進するために業界が果たすべき役割の検討が、協調して進むことが期待されます。来年2025年はSingapore Fintech Festival 10周年という節目の年でもあり、国際金融ハブとしてアジアの金融をリードする立場にあるシンガポールが自国の成果を披露するために、各種政策・取り組みがこの1年で更に加速することに期待したいです。
グローバル金融動向