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金融機関のDXに求められるこれからの「越境」の姿:FIT2025(金融国際情報技術展)レポート

 金融機関を取り巻く環境は、ますます複雑さを増している。業務効率化や省人化が求められるのはもちろんのこと、組織や金融機関を超えた連携の重要性も増し、地政学的なリスクなどグローバルな問題への対処も必要不可欠となっているだろう。

 10月9〜10日に東京国際フォーラムで行われたFIT2025(Financial Information Technology、金融国際情報技術展 主催:日本金融通信社)でNECが実施した4つのセッションは、こうした環境を踏まえ、いま金融DXの最前線で何が起きているのか示すものだったと言えよう。果たして、これからの金融機関にはどんな変革が求められていくのだろうか。

金融機関の壁を超えたAPIエコシステムの構築

 金融サービスのデジタル化が急速に進むなか、地域社会に深く根ざしている信用金庫もまた、大きな変革を求められている。そのカギを握るのが、しんきん共同センターによる全国230を超える信用金庫が共同利用する勘定系取引の内部API開放だ。NECは同APIの活用を進める「NEC APIサービス for しんきん」を開発し、信用金庫のシステム開発コストおよび運用負荷の低減に貢献している。

 「基幹システムの開発が非常に容易になりました。RPAやローコードツールと親和性が高いですし、短期で開発を行えるのは大きなメリットです」

 そう語るのは、福岡ひびき信用金庫の業務執行役員システム部部長兼DX推進室長、吉田篤史氏だ。吉田氏は職員が顧客と向き合う時間を増やし、信用金庫ならではの対面コミュニケーションの強みを生かしたデジタルチャネル開発に取り組みたいと思っていたことを明かす。ただし、API活用を行ううえでは複数のアプリケーションからAPIを投げる際の管理の複雑化やログの統一管理、共同センターからの流量制限へのハンドリングなど課題も多かった。それを解決してくれたのがNECの基盤だったという。

福岡ひびき信用金庫 業務執行役員 システム部部長 兼DX推進室長 吉田 篤史氏

 「去年の8月から利用しておりまして、オペレーション件数としては16,000件ほどに達しているのですが、現状トラブルは1度も起きていません。印鑑照合システムはわずか8時間で完成しましたし、アプリバンキングでの口座振替登録も10時間程度で実現しました。かなり業務効率化が進んだと感じています」

 さらには口座開設の自動化も進んでおり、職員の負担は大幅に軽減した。今後は在宅勤務で対応できる業務を増やし、さまざまな状況の職員がより働きやすい環境を作るなど、効率化や自動化に留まらず働き方改革への広がりも検討されている。吉田氏の話を受け、NEC 第四金融ソリューション統括部 コンサル・企画グループ グループ長の石橋信次は次のように語る。

 「今後はひとつの信用金庫で生まれたベストプラクティスをほかの信用金庫でも簡単に使えるようなエコシステムをつくっていきたいですね。知見を提供してくれた方にもレベニューが入り、使う方がよりスピーディに導入できる、三方よしのエコシステムを目指していくつもりです」

 福岡ひびき信用金庫の挑戦は、APIの活用が単なる業務効率化に留まらず、業界全体の働き方を変えていく可能性を秘めていることを示していると言えそうだ。

NEC 第四金融ソリューション統括部 コンサル・企画グループ グループ長 石橋 信次

OAモダナイゼーションがDXの新たな基盤に

 信用金庫のAPI開放に限らず、DXのインパクトを最大化するうえでシステム基盤のアップデートは非常に重要となる。2000年以前からNECと連携してきた七十七銀行も、今年大規模なOAシステム基盤の再構築に踏み切った。

 「七十七銀行は安全性と利便性の両立を目指してOAモダナイゼーションを実現しました。DXを推進し利便性を高めていく上では、パブリッククラウドなど外部との接続は避けて通れず、従来の境界型分離に限界を感じていたことから、今回私たちはゼロトラストモデルを採用した新たなシステム基盤の構築に踏み切ったわけです」

七十七銀行 デジタル戦略部 デジタル開発課 課長 岩淵 道生氏

 そう語るのは、七十七銀行 デジタル戦略部 デジタル開発課 課長の岩淵道生氏だ。本プロジェクトは2022年10月から始動し、約14カ月の開発期間を経て、2025年1月に全行での新システム利用を開始している。同行のデジタル戦略部 デジタル開発課 チーフエキスパート、相馬広明氏は次のようにプロセスを振り返る。

 「約4,000人のユーザと約3,000台の端末が関わる大規模なプロジェクトであると同時に、今後のDXを見据えて若手社員を中心にプロジェクトメンバーを組成したため調整事項も非常に多かったのですが、NECのみなさまに構築から運用、サポートまでワンストップで対応いただけたため品質も確保しつつコストも最適化できたと感じております」

七十七銀行 デジタル戦略部 デジタル開発課 チーフエキスパート 相馬 広明氏

 両者の発言を受け、本プロジェクトを担当したNEC BluStellarビジネス開発統括部 シニアプロフェッショナルの須山浩邦はCPUオーバーコミット※1が技術的に重要なものとなったと語る。

  • ※1 サーバーの処理能力を効率的に配分し、コストを抑えつつ快適な動作を維持する技術

 「以前のシステムではオーバーコミットは使用しないという考え方でサイジングされていましたが、適度なCPUオーバーコミットというものを許容することで、快適性とコストの両立を図りました。NECの付加価値創造モデルであるBluStellarは NEC自身の実装経験や過去の共創事例から成功要因を分析していますし、技術的な知見をもった社内のスペシャリストと連携できることも大きな強みとなりました」

NEC BluStellarビジネス開発統括部 シニアプロフェッショナル 須山 浩邦

 その結果、同行ではセキュリティを担保した安全な基盤上でSaaSなど外部ビジネスツール利用の自由度も高まり、デジタルネイティブ世代の若手行員からも広く受け入れられるものとなったという。こうしたOAモダナイゼーションは、今後のさらなるDXをブーストさせるための基盤づくりだったと言えるだろう。

高度化するサイバー攻撃のリスクへ対処せよ

 金融機関の壁を超えたエコシステムの構築など、DXの規模が大きくなっていくなかで近年重要性が高まっているのが、サイバーセキュリティの問題だ。

 インターポールで7年間サイバー犯罪者を追跡してきた異色の経歴をもつ、NEC サイバーセキュリティ部門 サイバーセキュリティ戦略統括部長の奥隆行は、現代のサイバー攻撃の様相を鋭く分析する。経済安全保障の観点から見ても、サプライチェーンの脆弱性を狙った攻撃は金融機関にとって対岸の火事ではない。

 「経済安全保障推進法が施行され、セキュリティクリアランス制度やサイバー対処能力強化法の導入によって企業の責任は大きく変化しました。現在は自身のネットワークだけでなく業務委託先の問題についても報告義務が課せられようとしています」

NEC サイバーセキュリティ部門 サイバーセキュリティ戦略統括部長 奥 隆行

 SecurityScorecard社の調査によれば、インシデントの約4割はサードパーティー経由、約1割がフォースパーティー経由で発生しているという。この報告義務の拡大は、金融機関にとって極めて重い負担となるだろう。さらに脅威を増しているのが、「ニアゼロデイ攻撃※2」の存在だ。重大な脆弱性が発見されてから、攻撃者がそれを悪用し始めるまでの時間は、平均でわずか5日。加えて約3割のインシデントは、防御側が何も知らないうちに攻撃が始まっている「ゼロデイ攻撃」だという。

  • ※2 脆弱性が公表されてから、修正プログラムが提供されるまでのごく短時間に行われる攻撃

 こうした状況に対し、NECはグローバル50カ国、250拠点以上から集まる膨大な攻撃データを集約・分析。独自の脅威インテリジェンスを生成し、顧客に提供する体制を構築している。2025年11月からは日本で新たなセキュリティセンターを稼働させ、本格的なグローバル展開を進めていく見込みだ。

 「ニアゼロデイ・ゼロデイ攻撃に迅速な対応が求められることは事実ですが、実際にはサイバー攻撃にも予兆があるためきちんと分析すれば対策の余裕が生まれます。NECは精緻なレポートを提供したり状況を随時分析したりすることで、予兆やリスクを評価できる仕組みを提供しようとしています」

 そう奥が語るように、これからの金融機関にとって重要となるのは、業務効率化だけでなくきちんと守りを固めるサイバーセキュリティのDXでもあるのかもしれない。

「エゴ」より「エコ」から生まれるサプライチェーンファイナンス

 このように、現代の金融機関はグローバルな問題とも接続されざるをえないのだろう。近年、地政学リスクやESG対応など、複雑性を増しているサプライチェーン環境も金融とは不可分にある。強靭で持続可能なサプライチェーンを維持するためには、サプライチェーン上各社の資金繰りを支援する「サプライチェーンファイナンス」が有効な手段となるからだ。

 スタンダードチャータード銀行は、この分野で世界をリードする存在だ。同行はサプライチェーンファイナンスのプラットフォームを提供する「TASConnect」を、同行内でも特殊な位置づけである新事業促進部隊を通し設立。NECはTASConnectと戦略的パートナーシップを結び、新たなビジネスモデルの構築を進めている。スタンダードチャータード銀行 キャッシュ・マネジメント部 部長の水口正彦氏は、金融機関が抱える根源的なジレンマを指摘する。

スタンダードチャータード銀行 キャッシュ・マネジメント部 部長 水口 正彦氏

 「金融機関は『エゴ』を捨てて『エコ』に向かわなければ、デジタルを活用し業界の壁を超えた共創=エコシステムも実現しません。必ずしも両者は背反するわけではありませんが、エゴを切り離して考えなければいけない。そのため私たちもスタンダードチャータード銀行としてのファイナンスありきではなく、昨今の世界情勢からサプライチェーンの再構築をどう守っていくか、ということから考えていきました」

 水口氏の発言を受け、NECも以前からサプライチェーンファイナンスに着目するなかでTASConnectとのパートナーシップに至ったことをNEC デジタルファイナンス統括部 ディレクターの山口博司は明かす。

 「NECは、NEC Financial Insightsと呼ばれるCFO向け財務ダッシュボードソリューションを通し、リアルタイムに財務分析やシナリオ分析を提供しております。そして財務KPIモニタリングのなかで、早期資金化ニーズなどが出てきましたら、TASConnectが提供するサプライチェーンファイナンスプラットフォームを通じて、債権の早期資金化に繋げていく、そういったサイクルにおける補完関係に着目し提携に至りました。今後はAgentic AIを活用した交渉自動化なども検討し、施策の実施と財務状況のモニタリングのサイクルをより高度化していけたらと考えています」

NEC デジタルファイナンス統括部 ディレクター 山口 博司

 日本市場では長年のゼロ金利環境により、ファイナンスニーズが顕在化していないという課題はあるものの、金利のある世界への移行、そしてグローバル展開企業の海外売上比率が約60%に達している現状を踏まえれば、今後の展開には大きな可能性がある。AIによる高度な予測分析や交渉の自動化も導入されるなかで、NECとスタンダードチャータード銀行の協業は、金融の新たな地平を切り拓こうとしているだろう。

 FIT2025でNECが実施した4つのセッションは、現代の金融機関に求められるDXの変化を示すものでもあった。もはや金融機関のDXとは単なる業務効率化を意味するものではない。金融機関の連携を促すエコシステムの構築や、業界の垣根を超えたサプライチェーンの整備、さらにはグローバルな脅威に対抗するサイバーセキュリティまで──そんな越境こそが、金融機関の変革のカギを握ることになるのだろう。