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顧客体験“新時代”へ
デジタルの正しい活用法を探る

 業種・業界や事業規模を問わず、企業経営のコア戦略となったカスタマーエクスペリエンス(CX)。デジタルトランスフォーメーション(DX)と並走する形で取り組む企業が多いが、そこにはクリアすべき課題が少なからず存在する。CX推進のためにデジタルの力を最大限に活用するポイントは何か。そこに貢献できるNECの強み、付加価値は何なのか。マーケティングの専門家で顧客満足について分析・研究を続ける青山学院大学の小野譲司教授と、NECの池谷亮平が語り合った。

SPEAKER 話し手

小野譲司氏

青山学院大学 経営学部 教授

池谷亮平

NEC BluStellar事業推進部門
BluStellarビジネス開発統括部 第2ビジネス開発グループ ディレクター

顧客体験と満足度やロイヤルティとの関連をウオッチ

池谷:システム開発の人間としてデジタルアイデンティティ領域などで仕事をしていた私が、CXを見るようになったのが約3年前です。講演や著書などを通じて小野先生のご活躍は存じていました。今日はお会いできてうれしく思います。

小野氏:ありがとうございます。マーケティングの研究者として、顧客満足度を計測して業績との関連を調べたり、オペレーション改善に役立つ分析をしたりしています。その一例が「JCSI」(日本版顧客満足度指数)の集計・分析です。日本の主要な30業種を対象に、2009年から毎年400ブランドを調査するプロジェクトに開発段階から改善・活用まで関わっています。

青山学院大学 経営学部 教授
小野 譲司 氏

専門はマーケティング、サービス・マネジメント、顧客満足度指数(CSI)の開発と活用。サービス産業生産性協議会JCSI(日本版顧客満足度指数)アカデミックアドバイザリーグループ主査。主な著書は『サービスエクセンス:CSI診 断による顧客経験[CX]の可視化』(生産性出版)、『顧客満足(CS)の知識』(日本経済新聞出版社)など。

池谷:国内の顧客満足度調査としては最大級の規模ですね。

小野氏:そうだと思います。高い満足度やロイヤルティ(再購買意図)につながるのはどのような顧客体験かを継続的にウオッチしています。

 産業界で言われているCXは、DXもしくはデータ分析にフォーカスしていることが多いようです。研究者として、カスタマージャーニーの最初から最後までを見ているという点で、産業界とは少し違ったアングルになっています。

池谷:私はBluStellarというブランドのもと、CXで新しい価値創造モデルをつくるというミッションを担っています。具体的には、NECが持つ生体認証や映像解析、生成AIの技術を活かして、パートナーとして伴走しながらお客さまのビジネスモデル、テクノロジー、そして組織・人材を一緒に変えていくのがBluStellarの狙いです。

NEC BluStellar事業推進部門
BluStellarビジネス開発統括部 第2ビジネス開発グループ ディレクター
池谷 亮平

API・データ連携基盤とDigital Identity領域のナレッジを背景に、2023年よりNECカスタマーエクスペリエンスのオファリング企画を担当、シングルサインオンなどのID認証基盤や顧客管理基盤、そしてCDPおよびデジタルマーケティング領域のビジネス開発業務に従事。2024年よりCX&データ利活用領域のビジネス開発担当ディレクターとして活動中。

アジェンダをベースにCxOが話し合う機会を創出

小野氏:ところで、池谷さんのカウンターパートは顧客のどの部門になるのでしょうか。

池谷:最初は情報システム部門などの社内部門であることが多かったのですが、お客さまの経営アジェンダをベースに役員(CxO: Chief x Office)レベルで話し合う機会をつくるようにしました。そこから担当部署に下ろしていただきます。ボトムアップアプローチからの脱却にチャレンジしているところです。

小野氏:やはりそうですか。体感レベルの話ですが、デジタルの力でCXを改善していくプロジェクトでは、中規模の大きさの企業が最もやりやすく、大企業になればなるほど動かない印象があります。

池谷:お客さま組織のサイロ化問題ですね。ジャーニーマップを描いたけど、いったい誰がやるのか。どこの予算でやるのか。その成果はどこが得るのか。ボトムアップだと、横にらみになって動かなくなってしまいます。

小野氏:CXを組織横断的な横串にするアイデアはいいのだけれど、それをやり切れる企業とできない企業の違いは、やはり経営層のコミットが大いに関係しているのでしょう。

池谷:おっしゃる通りです。そのためにNECは、アビーム社とも協力し、社内にも数年前にコンサル部門を立ち上げました。経営層に直接ヒアリングさせていただきながら、事業開発やビジネス変革を行うことが何より確実なプロセスであり、Blustellarの価値創造の大きな要素であると考えています。お客さまの話を聞いてみると課題はとてもシンプルで、「やる人がいない」もしくは「やりたいと“思う”人しかいない」、そして「誰がやるか決まっていない」。単年でCXの予算を取って「やってみました」で終わり、というケースが少なからずあります。

 だから「一緒に戦略企画、そして組織人材の検討から始めましょう」というご提案をするようにしました。CXをやってみたけど続かなかった、というお客さまに対して、NECと一緒に突破していきましょうというアプローチです。

 そして「やっておしまい」とはせずに、しっかりとお客さまのビジネス貢献を続けていく、カスタマーサクセスの考え方による伴奏型支援も最近は注力しています。そのなかで見つかった新たな課題を解決し、お客さまのビジネスが成長する。こうした好循環を創ることを目指しています。

伴奏型のグランドデザインからメニューをそろえるNECのコンタクトセンターDX
https://jpn.nec.com/dx/agenda/cx/contact-center/index.html

CX(顧客体験)変革とは? ~進化する顧客体験~
https://jpn.nec.com/dx/suite/nec-customer-experience/scenario.html

生活インフラのCXはペインレスだけで十分だが…

池谷:先ほど「CXがDXにフォーカスしている」という趣旨のことをおっしゃっていましたが、そのあたりの問題意識をもう少し教えていただけますか。

小野氏:例えば、スピードを上げる、正確にする、工程を減らすなど、DXでは顧客のペインレスの方向ばかりを強調しているきらいがあります。ペインレスは、顧客が慣れてしまうと普通になってしまい、特別な体験という感覚が薄れてしまいます。

 単純な言葉になってしまいますが、感動や驚き、もう1回使ってみたい、誰かに話したい――このような感情はペインレスだけでは生まれづらいのです。感情的、情緒的な体験に価値を置くようにならないと「CXが向上した」とは言えないでしょう。

池谷:体験には、いいものも悪いものもありますしね。

小野氏:そうです。これはデータでも明らかになっているのですが、携帯電話や金融機関、通信キャリアなど生活インフラになっているようなサービスでは、ユーザーは感動体験を求めていません。逆に、1度でもペインを体験すると、ネガティブなイメージとしてずっと心に残ってしまいます。だから、そのような業種は徹底的にペインレスを進めるCXが求められるでしょう。

 ところが、小売業では違ってきます。例えばドン・キホーテ。我々がドン・キホーテに行くのは安いからだけじゃない。雑多なPB商品が圧縮陳列で並ぶ店内から面白いものを発見するという、ある種の宝探しの楽しさがあります。

人の介在とテクノロジーを上手にミックスする工夫

小野氏:JCSIの調査では、スーパーマーケットのなかでコストコの評価が高くなっています(*)。実際に足を運んでみると、家族みんなが商品1つひとつについて語り合っているシーンをよく見かけます。商品を通じて家族の会話が生まれているんですね。

 IKEAも単なる家具屋ではなく、いわば入場料無料の“お土産付きアミューズメントパーク”といえます。確かに商品価格は安いのだけれど、安さ以外の何かを持っている。だからこそ、お客さんにしてみれば人に薦めたくなるし、もう1回行ってみたくなるわけです。

池谷:DXの観点でいえば、そのようなリアルの感動体験をスマホとPCでどう超えるのか、という課題が生まれます。デジタルはより簡略化されており、便利でより多くの人に届けられるでしょう。しかし、やはり人を介在した体験ではないと味わえない大きな感動があります。このようなリアル×デジタルを、上手にバランスを取りながら推進するCXこそNECがもっとも価値をご提供できると考えています。

NECはBluStellarというブランドのもと、リアル×デジタルをCXのテーマに捉えて推進している
https://jpn.nec.com/dx/index.html

小野氏:AIで全自動化していく流れはあるでしょう。例えばお金や健康などプライバシーに密接に関わるテーマでは、人間が介在しない方が受け入れやすい。人とテクノロジーを上手にミックスさせながら、最終的な接点は人間がやっているように見せる――ここは非常に重要かつ工夫のしどころではないでしょうか。

池谷:ネットで買って店舗で受け取るBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)が広がっています。店舗に行くこと自体は苦じゃないどころか、そこでのやり取りが楽しい体験なんですね。しっかりと顧客を真に捉えていないと、このようなポジティブな体験を生み出すことも簡単にはいきません。ここには仕組みや仕掛け、そして組織運営も大きく関連します。

 NECのBtoCのお客さまも、顧客との接点である店舗を非常に重視しています。本部が知らないことを現場のメンバーはよく知っていて、「データにしにくい“現場”をデータにして分析したい」という声はよく聞きます。このあたりは課題でもあり、NECが付加価値として提供できる可能性があると考えています。

変革のガバナンスを持つサプライヤーの逆襲が始まる

小野氏:結局は戦略と組織変革の問題なのかもしれませんね。例えば今の旅行業界で何が起こっているかというと、新興国を含めた旅行需要はここ10年ずっと拡大しています。しかし、ホテルなどのサプライヤーの利益が大きく伸びているわけではありません。需要拡大分の利益は、エクスペディアやブッキングドットコムなどのプラットフォーマーに流れている格好です。

 それに気づいた大手サプライヤーは、宿泊の最低価格保証や特別クーポンの発行、朝食無料サービス、会員向けのアップグレードサービスなどを提供して、プラットフォーマーを介さずにダイレクトで予約するお客さんを増やそうとしています。

池谷:ダイレクトで来てくれたお客さまに価格保証したとしても、ディスカウント分をプラットフォーマーに費やすよりはお客さまに使った方がリピート率を高くできるということですね。

小野氏:そうです。その戦略を採らない限り生き残ることができないと考えたわけです。また、旅行体験の書き込みが多いお客さんほどリピート率が高いことから、自社サイトでも書き込み・閲覧ができるようにしています。

 つまり、リピート率を上げる情報のストリーム、端的にはネット上のクチコミがどれだけ利益に跳ね返ってくるのかをサービスの現場で共有して、対応の権限を現場に与えることが重要になります。

池谷:それはまさに戦略と組織、そしてテクノロジーを用いた変革そのものであり、BluStellarのミッションとシンクロしています。企業のサプライチェーンにおいて、ガバナンスをどこまで効かせられるのかという話に置き換えることができそうです。

 メーカーや販社は、サプライチェーンのなかで顧客と相対する店舗やフランチャイズと正しく連携できているのか。顧客からすれば、1つの購買体験がサプライヤーサイドで一気通貫に共有されていれば、ペインレスだけでなくポジティブな体験になる可能性は高くなります。データをきちんと活かしていけば見えてくるものがあるはずです。

小野氏:こう言ったら元も子もないですが、本気で改革する意志とガバナンスを持った企業がCXの恩恵にあずかれるということです。今はプラットフォーマーなどデータを握っている組織が勝ち組とされていますが、これからは製品・サービスのサプライヤーの逆襲が始まるのではないでしょうか。

池谷:NECもその改革に少しでも貢献したいですね。NECが改革のメインパートナーとなり、CXによる感動体験を増やしていく。それがお客さまのビジネスを支えるキーファクターになればと考えています。今日はありがとうございました。