DXからAIトランスフォーメーションへ
NEC小玉CAXOが語る「AIネイティブカンパニー」への変革
JBpress Innovation Review(2026年3月31日) 記事より転載
AIの進化が加速する中、日本企業の多くは「変わらなければならない」と感じながらも、変革のための試行錯誤に踏み出せずにいる。精度や成果を過度に求めるあまり、着手が遅れてしまう──そんなジレンマを抱える企業は多い。何を考え、どのようなアクションを取るべきか。本記事では、一度は経営危機に瀕したがDX(デジタルトランスフォーメーション)を推し進めることで回復を果たし、AX(AIトランスフォーメーション)という次なる変革への展望を描きつつあるNECの実践を手がかりに、AI時代における企業変革の方法を探る。
「変わり続ける」企業文化の土壌とは
企業変革は必要性が明確であるほど難しくなる。なぜなら、成果の確度や説明責任が問われるほど意思決定は慎重になり、結果として着手が遅れるからだ。一方で、外部環境の変化は、こちらが準備できているかどうかにかかわらず、唐突に訪れる。だからこそ、組織全体で変革を継続できる体制をどうつくるかが、多くの企業に共通するテーマになっている。
NECも例外ではなかった。2000年代には痛みを伴う構造改革や株価の額面割れなど苦境を経験し、中期経営計画をわずか半年で取り下げたこともあった。機関投資家向けのIR説明会でも、質問すら出てこない──市場から全く期待されていない状況だったのだ。
「創業127周年を迎えるNECが存続できたのは、逃げずに実直に取り組むことでお客さまや社会から信頼していただいたからであり、それが当社の誇りでもありました。しかし当時は、その信頼を市場からも社内からも完全に失ってしまうのではないかという危機感を覚えていました」と小玉は当時を振り返る。
会社の存続が問われるほどの危機の中で、NECの経営陣は、抜本的な立て直しと企業文化の変革に向け、会社の存在意義から徹底的に議論を重ねた。その中で、経営陣は理念と覚悟を共有するワンチームとなっていった。そして、当時の議論は、現在のパーパス制定へとつながっている。
2019年に、まずは経営層から変革するためのタスクフォースとして「Project Darwin」を立ち上げた。特徴は、役員が担当領域にとどまらず、他分野の課題にも横断的に関わる体制を採った点にある。経営改革や働き方・IT改革、デジタルサービス事業など8つのテーマを設定し、それぞれに責任者を定めたうえで、最終的には社長に対してコミットする仕組みを整えた。こうした設計によって、意思決定と実行を着実に前に進めていったという。
「タスクフォースの中で、私は責任者として『NEC DX-Agenda』を策定しました。DXは、単なるIT化・デジタル化ではなく、『本質的なトランスフォーメーション』であると定義したものです。変わり続ける力とカルチャーを企業のDNAとすることを目的に、トランスフォーメーションを実行するうえでの観点を9つのドライバーに整理しました。エンゲージメントやチャレンジする組織、アジャイルなカルチャー、デジタル経営基盤、好循環エコシステムなどを軸に、各分野でビジネスアウトカムにつながる施策を検討・推進するための指針です。このAgendaをよりどころにしながら、実行と改善を重ねてきました」
2021年の森田社長の就任後、全社の企業変革をさらに前に進めるため、NECはCEO直下に「トランスフォーメーションオフィス」を新設した。DXを自社変革としてやり切ること、そして変化を一過性に終わらせず「変わり続ける」姿勢を貫くことを、社内外に明確に示すためだ。設立にあたっては記者会見も開き、経営としてのコミットメントを公にした。
その背景について、小玉は次のように語る。「企業価値が上がらず、自社のDXも十分に進んでいない会社に、DX支援を任せたいと考える企業は多くないでしょう。DXによって自社が変革していく意思と結果(ビジネスアウトカム)を社内外に示すことで、初めてお客さまや社会の変革を実行できると考えました」
企業変革としての注力領域の一つが「データドリブン経営」であった。NECにおけるデータドリブン経営とは何かを小玉はこう語る。
「経営層から従業員まで同じデータを共有してファクトに向き合い、アクションを実行していく。そして、仮説検証のPDCAを回していくことが非常に重要です。データを可視化していくと過去の議論になりがちなため未来志向のアクションへと転換していくことが大切で、これは経営の文化変革だともとらえています」
現在のNEC社内では10領域で約100のコックピットダッシュボードが従業員に公開されている。中でも経営コックピットは経営のデジタルツイン化であり、「可視化」することが目的ではなく、会社のアクセルとブレーキを“操縦”し、具体的な経営アクションへとつなげていく仕組みへと進化している。
これらの第一歩は、リスクや脅威が見えにくいサイバー空間の可視化だった。サイバーセキュリティは、安心安全の土台となるレジリエンスと外部変化への柔軟な対応であるアジリティが非常に重要である一方、平時にはその業務や活動が見えにくく、攻撃を受けたときにだけ注目されがちな領域である。NECでは、誰もが閲覧できる「サイバーセキュリティダッシュボード」を通じ、攻撃と防御の状況をリアルタイムにデザイン性高くビジュアライズした。日々の防御活動を共有することで従業員のセキュリティ意識が高まるとともに、現場の取り組みへの従業員からの感謝の声が多く上がり、セキュリティ部隊のエンゲージメント向上にもつながっているという。
そして、データドリブン経営のフラッグシッププロジェクトであり、経営マネジメントのあり方を大きく変えた取り組みとして、CFO時代の森田社長がマネジメントの最大の課題と認識して始めた経営ファイナンスプロセス刷新プロジェクト(KFP PJ)があると小玉は言う。
「当時は、経営として勝負が決まる受注前(見積・提案から受注まで)のプロセスが、十分に整っていませんでした。売り物の定義が部門ごとにバラバラで、収益をどう認識するかという基準も曖昧だったため、『何が価値としてお客さまに届いているのか』が見えにくく、会社全体の力をうまく生かし切れていない状態でした。」
これを徹底的にデータドリブンに変革するために、社長直下で小玉がオーナーとなり、各部門と連携する全社プロジェクトの体制を構築。2年をかけて全社のコンセンサスを得るなど密なコミュニケーションを重ねた。目的の共有や共通言語化、各領域責任者のKPI評価、プロジェクト推進健全性の第三者フィードバックなどさまざまな仕掛けでプロジェクトを推進し、商談開始からオペレーションまでのプロセスとアクション・結果が共有できるようになった。
「システム稼働後には混乱もありましたが、現場に寄り添ったオペレーションのサポート、実際のプロセスをファクトで可視化することによる自律的な改善を徹底しました。さらに、勝ちパターンの展開、アカウント戦略・商品戦略の高度化などにより、事業部門、商品・ビジネス部門、コーポレート部門の全体を仕組み化し、プライスマネジメントを実行、会社全体の力を結集し、お客さまの最前線で価値を組み込み、市場に届けることで、GP(粗利)率の5.5%向上につながったのです。」
ここでのデータドリブンへの文化変革で「変わり続ける」企業文化の土壌が育ち、この後のAI変革へとつながっていった。
AIを実験で終わらせない
その土壌の上で現在、NECはAIによる企業変革(AX: AIトランスフォーメーション)を積極的に進めている。AIは単なる効率化の手段ではなく、DXに続く企業変革の中核として位置付けられているのだ。
「AIは新たな産業革命であると考えています。AIはデジタル労働力であり、パートナーであり、分身です。AIを前提として、人や働き方、業務プロセスなど企業そのものを抜本的に変え、新たな価値を創出していく。これが企業競争力の源泉です。」と小玉は言う。
現在NECでは、DX AgendaをAX Agendaとしてアップデートし、8つの観点でAIによる企業変革に取り組んでいる。そして、企業価値の向上に大きく貢献する7領域(経営マネジメント、営業、HR、セキュリティ、IT、ビジネスプロセス、リスク)にフォーカスし、CEOの直下で、CxOを中心とするプロセスオーナーのもと、業務とAIの責任者がペアとなって、約50のAI変革プロジェクトを推進。3カ月ごとに経営層と成果を確認しながら迅速に進め、成果はすべて社内イントラネット「NEC AI Intelligence X-Portal」に掲載して全従業員に展開している。
例えば、経営マネジメント変革では、前述した経営コックピットにもAIを組み込んでいる。これまでに蓄積したデータをAI Ready Dataとして活用し、AIが部門の受注・売上・粗利率予想やファクトデータの収集・要約、市場動向のリサーチを踏まえたアクションプランの提案等を自律的に行い、レポートを作成して部門長の意思決定をサポートしているのだ。
営業のプロセスの中にもAIを組み込み、顧客の課題分析やアカウントプランニング、提案書や見積もりの作成支援、契約サポートなどを行っている。AI相手に営業トークのロールプレイも可能で、リスクについてもチェックの仕組みが組み込まれている。営業パーソンは、お客さまと向き合い、課題を解決するための行動にフォーカスすることができる。今後はAI前提で営業プロセスも変えていく。
経営から現場のレベルまで社内のさまざまな課題についても、CxOや専門家のAIをオーケストレーションし迅速に解決していく。こういった現場課題の専門家AIは、社内の誰もがナレッジをインプットすることで作成でき、すでに1700ほどが稼働しその数は日々増加している。「AIの民主化」を目指しているという。
こうしたAIについては、それぞれを育て、より精度の高いものにしていくフィードバックループを回し、さまざまなAIを連携して活用していくことが不可欠だという。また、信頼を設計段階から組み込んだAI基盤も重要だ。セキュアなクラウド基幹システム上で、AIのガバナンス、オペレーション、AI Ready Dataの仕組みに加え、高度なUI/UXやツールで、各種LLM、サービス、システムと連動するエンタープライズAI Platformを構築している。さらに、データドリブンでのプロセス最適化、チェンジマネジメントも仕組み化し、その状況や成果もダッシュボードに組み込みつつある。
「自分一人の力ではなく、自分の能力を拡張する多くのAIをオーケストレートして総力戦として業務を進めていく状況へと変わってきています。圧倒的なスピード感をもって、高度化と効率化を同時に実現していきます」
「QuickWin」で進めるAIトランスフォーメーション
AI活用に限らず、企業変革が進まない理由の一つに、完成度を上げてから動きたい、という心理がある。だが、行動した時にはすでに時代遅れとなり、企業の競争力を失うことにつながりやすい。NECの変革の中で浮かび上がってきたのも、最初から完璧を求めるほど前に進みにくくなる、という現場の実感だった。
全てが揃ってからアクションを起こすのでは間に合わないという姿勢は、社内のDXを企業変革であるコーポレートトランスフォーメーションとして推進しはじめた2021年から一貫している。重要なのは、全体像を素早くつかみ、キードライバーを見極め、迅速に意思決定とアクションにつなげることだ。NECではこれを「QuickWin」と呼び、その価値を連鎖させることで変革を推進してきた。
AI活用についても同様に、小さく始め、育て、価値を連鎖させる姿勢を貫いている。バックオフィスのヘルプデスク機能をAIで自動化した当初、その精度は決して高くはなかったという。
「最初は6割程度の精度でした。そこであきらめず使い続け、AIのガードレールやAIエージェントのルールを整えながら改善を重ねた結果、今では正答率が9割近くまで上がっています。まずはスタートし、リアルなものを見せ、意見をもらいながら育てていくことが大切です」
こうした“走りながら精度を高める”考え方は、NECが積み重ねてきたQuickWinの経験に重なる。最初から完成形の議論に膨大な時間をかけるのではなく、キーとなる本質的な部分を小さく始め、試行錯誤しながら成果を連鎖させていく、その姿勢が社内に根づいてきた。
企業変革は一朝一夕では進まない。AIネイティブカンパニーを目指す過程でも、当面は従来の仕事のやり方とAIを前提としたやり方が混在するトランジションの時期が続くだろう。
AIネイティブカンパニーを目指して変化し続ける
NECは今、「AIネイティブカンパニー」への変革を進めている。これは、NECがAIありきの業務プロセス・組織への移行段階に入ったことを意味している。これまでの人前提で作られたビジネスプロセスの本質を理解し暗黙知を形式知に変え、AI前提のプロセスへと再構築する覚悟をもって進めているという。
「進化を続けるAIと人の力とを組み合わせ、終わりのない問いを解き続けていきます。これまでデータドリブン経営を進める中で、変革の土壌が整ってきています。この中で、人前提の壁をどう乗り越えられるか、これが勝負だと考えています。そして何よりも重要なのは、単なる効率化ではなく、数倍、数十倍という飛躍的な成果、価値創出につなげていくことです」
NECが経験してきた変化について小玉は言う。「クライアントゼロ、つまりNEC自身をゼロ番目の顧客として、さまざまな失敗や苦労を積み重ねてきました。今もなお急速に進化し続けるテクノロジーを率先して試しており、試行錯誤は続いています。NECグループ11万人のさまざまな苦労をナレッジとしてBluStellarに組み込み、お客さまや社会の変革を共に推進する、それがNECの大きな価値です。」
技術によって人間の能力が拡張される時代だからこそ、最後に問われるのは「意思と決断力」「問いを立てる力」「巻き込む力」そしてそのベースにある「人間力」だ。変革の担い手は常に人間であるからだ。「意思あるところにしか道は開けない。」と小玉は言う。
「NECの「変わり続けることを変えない」挑戦は、終わらない旅です。より多くのお客さまとその希望にあふれる旅をご一緒し、社会価値創造を追求したいと思っています」