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2022年01月17日

コロナ禍で顕在化した現行選挙制度の課題
―― ネット投票で「誰一人取り残されない」投票環境の実現を

 若い世代の有権者を中心にインターネットを利用した投票、いわゆる「ネット投票」を望む声が強くなっている。近年、さまざまな手続きが窓口に出向かなくても、インターネットを経由し、パソコン(PC)やスマートフォンで済ませられる社会へと移りつつある。わざわざ投票所に行かなくてもPCやスマホで自宅から投票ができないのか。そんな思いを持つ人は少なくない。そこで、選挙実務と技術面のそれぞれの専門家に、ネット投票のメリット、クリアすべき課題などについて聞いた。

在外投票で高まる「ネット投票」の必要性

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、有権者の選挙への意識に変化が出始めている。2021年の衆議院議員総選挙では、感染症拡大防止のために密の回避や人流抑制が求められる中、投票所に出向いての投票が行われた。こうした状況下、あらためてネット投票に注目が集まっている。

 一般社団法人選挙制度実務研究会代表理事の小島勇人氏は「選挙は有権者のためのものであって、有権者の投票しやすい環境づくりが重要です」と力説する。同研究会は2014年に設立し、小島氏は40数年に及ぶ実務の現場を始め川崎市選挙管理委員会(選管)事務局長の経験から、全国自治体の選管をサポートしている。総務省「投票環境向上方策等に関する研究会」の委員も歴任した。

一般社団法人選挙制度実務研究会
代表理事 小島勇人氏

 2021年10月の衆議院議員総選挙について、小島氏は投票所で投票する、いわゆる「紙の投票」の課題が改めて見えたと指摘する。10月の選挙において、一部の自治体で在外投票の投票用紙の郵送が間に合わなかった、という報道があった。在外投票とは、在外選挙人名簿に登録されている在外邦人(在外選挙人)が国外にいながら国政選挙に投票できる制度であり、主に居住国にある大使館や領事館などで投票する在外公館投票と、日本に記入済みの投票用紙を送る郵便等投票がある。郵便等投票は、①在外選挙人が、その人が在外選挙人名簿に登録されている自治体の選管に、投票用紙請求書と在外選挙人証を送付②選管から投票用紙と封筒が返送③在外選挙人が投票用紙に記入して選管に郵送、という流れになる。

 しかし、解散から投票まで戦後最短とも言われた今回の衆議院議員総選挙では、コロナ禍での世界の郵便事情も影響し、投票用紙が期日までに在外選挙人の手元に届かない状況が発生したと言う。「在外選挙人の中には、郵便事情の良くない地域におられる方もいます。こうした方の選挙権を守るためにも、まずは投票環境が最も厳しいと言える在外投票からネット投票の導入を進めることが重要です」と小島氏は語る。

ネット投票は投開票時の人的集計ミス削減につながる

 国内でも地方では過疎化などの事情で投票所の数が減っていると言う。離島や山間部に住む人は、交通手段も限られる中、遠い投票所に行かざるを得ない。しかし、ネット投票なら投票所に行く距離や時間的制約が解消される。「高齢者、病院や自宅で療養している人、障害のある人などはもちろん、親元から離れた場所に住んでいる学生や、単身赴任の方などにも、ネット投票の導入を検討すべきでしょう。こうした方々は、本来なら住民票を移すべきなのですが、様々な事情で住民票を移していないことが多く、選挙のたびに地元に戻って投票を行うのは時間やコストの面で難しいのが現状です。それぞれの状況や環境に対応できるという点で、ネット投票のメリットは大きいのです」と小島氏は訴える。

 また、選挙事務においても、選管や自治体の投開票業務の負担が大きく軽減できる可能性がある。まず、投票所の合理化や効率化が図れること。例えば、投票所には投票立会人を有権者2人以上5人以内配置することが公職選挙法で定められている。「2人ずつ配置したとして、100カ所の投票所があれば、200人の立会人が必要となります。投開票作業は相当数の有権者と自治体職員が総出での作業になります。ネット投票なら投票所開設やマンパワーの面でかなり合理化できます」と小島氏は指摘する。

 選挙の開票作業で最も重要なのは、各投票所から報告された投票者総数と投票箱の中の票数が一致していることだ。「しかし、人的作業ではさまざまな要因でミスが起こる可能性があります」と小島氏は顔を曇らせる。ネット投票なら手作業による人的な集計ミスは、ほぼ無くせるはずだ。

実現に向け重要なのは国民からの信頼

 一方、ネット投票の課題について、小島氏は「国民からの信頼」を挙げる。「基本となるシステムが安定的で正確であることが信頼につながります。逆に、頻繁にシステムダウンが起きれば、選挙そのものに疑念を持たれます。当然ですが、選挙人名簿や投票結果をサイバー攻撃から守ることも重要です」と小島氏は話す。

 また、公正性の担保も信頼を得る重要な要素だと言う。立会人がいる投票所では、第三者が投票に干渉することは通常の場合あり得ない。しかし、スマホやPCで任意な場所から投票できるネット投票では、誰かに投票結果を強要されるリスクは否定できない。その防止策として、小島氏はネット投票を世界でいち早く導入しているエストニアの例を挙げる。エストニアでは、投票期間中なら何度でもネット上で投票を行うことが可能だと言う。投票結果はその都度上書きされ、最新の投票結果が最終的な一票となる。「第三者に干渉されても最終的に自分の意思を反映するための方法であり、エストニアモデルは日本も種々な検討は必要ですが、参考になります」と小島氏は注目する。

 選挙において実際に投票するためには、市区町村の選挙管理委員会が管理する選挙人名簿に登録されており、かつ、実際に選挙権を有する必要がある。この選挙人名簿の管理も課題となる。市区町村の選挙管理委員会が紙で管理している選挙人名簿を電子化して、ネット上で管理することになる。誰の責任でどのように選挙人名簿を管理し、投票時に有権者本人であることを確認するのか。そこで、小島氏はマイナンバーカードの活用が鍵だと言う。「国民にマイナンバーカードが普及すれば、有権者本人であることをマイナンバーカードで正確に確認できます。日本のネット投票導入は、マイナンバーカードの普及とセットです」と小島氏。

 さらに、小島氏はネット投票への期待について、次のように語った。「1票も無駄にしない、投票の機会を奪わない、この2点は選挙において重要な点です。しかし、10月の衆議院議員総選挙では、在外投票において一部の方への郵送が間に合わない事例がありました。また離島の繰り上げ投票により、投票期間が短縮された事例もあります。さらに、災害が多く発生する日本においては、災害の被災者の投票機会の確保も重要な課題です。このような課題の解決策としてネット投票が期待できるのではないでしょうか」

 最後に、小島氏はネット投票と投票所での紙の投票との併用について言及した。「有権者の中には、紙の投票でないと難しい方もいます。ネット投票は、有権者の投票環境に配慮した1つの選択肢として考えるべきです。ネット投票を実現するには、システムや法整備、何より国民の理解と信頼が大前提となるため、一朝一夕に導入することは難しいでしょう。しかし、ミニマムから始めて課題を1つ1つクリアしていけば、そう遠くない未来に、日本の選挙においてもネット投票が導入されるのではないでしょうか」

 そして、「ネット投票と紙投票の併用になれば、選挙事務の現場の負担は、間違いなく増えるでしょう。しかし、有権者が投票する権利と機会を守ることが最も重要なのであり、このためにはデジタルの活用は必須なのです」と小島氏は決意を語った。

必要なのは投票システムの改善継続と、第三者機関の評価

 PCやスマートフォンでのインターネット利用が拡大し、銀行取引やオンライン診療など、お金や医療などの重要データも、オンラインで連携されつつある現在、ネット投票システムを導入する上で、どのような技術的な課題があるのか?

 総務省「投票環境向上方策等に関する研究会」の委員を務めた東京工業大学 科学技術創成研究院准教授の小尾高史氏は「ネット投票システムの技術的な課題はクリアが可能です」と話す。

東京工業大学 科学技術創成研究院
准教授 小尾高史氏

 そのうえで、ネット投票の導入には国民への丁寧な説明が必要だと小尾氏は語る。「選挙人名簿のデータベースをオンラインで管理し、二重投票を防ぐ仕組みなど、技術的なハードルはクリアできます。ネット投票の導入においては、有権者が投じた一票がしっかり反映されているか、自分が誰に投票したかの秘密が守られるのか、などの不安を払拭する説明を丁寧に進めていくことが重要です。ネット投票のシステムに対する信頼できる第三者機関の評価があれば、さらに有権者の納得につながるでしょう。ネット投票システムの評価基準や、評価結果の公表について明確にすることが、公平性と安全性を担保するためには必要なのです」と小尾氏は指摘する。

 小尾氏によると、ネット投票の先進国エストニアでは、選挙のたびに投票システムの再構築を繰り返していると言う。エストニアでは、再構築した際に、ソフトウェアを構成しているプログラム「ソースコード」を一般公開することで、誰でも危険性の指摘や改良点を提言できる。「選挙は民主主義の根幹をなすものであり、ネット投票のシステムは高度な安全性と透明性が求められます。そのためには、常にシステムの改善を行う必要があるのです。どこまでソースコードをオープンにするかの議論はありますが、課題を見つけて整理し、常に改善を繰り返すことが重要なのです」と小尾氏は強調する。

個人情報と投票結果を分離することで、個人情報保護が可能

 ネット投票の導入には、多くの有権者がセキュリティ面での懸念を抱くだろう。選挙人名簿をシステムに載せてインターネット上で管理する場合の漏えいを危惧する声もある。これに対し、小尾氏は「データ漏えいの対策は技術的には可能です。氏名などの個人情報を含む選挙人名簿の情報をインターネット上におく必要はありません。インターネット上におかれる投票システムには、マイナンバーカードでの本人確認に必要な情報(※)と投票結果(誰に投票したのか)のみを保管し、選挙人名簿の情報はインターネットと切断された環境の別システムで保管する。マイナンバーカードで本人確認を行い、投票後に個人情報と投票結果を切り離す。これにより、個人情報の漏えいや、誰か誰に投票したのかといった情報の漏えいは防げます」と説明する。エストニアでは、ブロックチェーン技術が活用され、公平性や透明性が担保されていると言う。

※マイナンバーカードの公的個人認証(JPKI)の公開鍵証明書のシリアル番号のみを投票システム上で保存し、投票時にマイナンバーカードで本人確認を行う。投票システムに保存されているシリアル番号のみでは直ちに個人を特定することはできないので、個人情報の漏えい対策として考えられる。

 また、選挙は期間内に投票を完了することが重要となる。サイバー攻撃によってサービスの提供が停止し復旧まで時間を要する、最悪の場合は復旧できずに投票期間内に投票できない、といったことは、最も恐れるべきリスクだ。そこで、小尾氏は、安定した選挙のために、ネット投票と投票所での紙の投票の併存を提唱する。「ネット投票の期間と、紙による投票期間とを、分けて設定する方法もあるでしょう。万が一、サイバー攻撃を受けてサービスが停止した場合、ネット投票の投票結果は一旦破棄して、あらためて紙の投票でやり直しができる期間を設定するといった考え方もあります」と小尾氏は提言する。

本人確認にはマイナンバーカードが必須

 ネット投票システムの構築・運用では、ネット上での選挙人名簿作成や管理、システムのメンテナンスを誰の責任で行うのかも課題となる。そこで、住民基本台帳ネットワークシステム、マイナンバーカードの発行・更新などの運用を行っている、地方公共団体情報システム機構( J-LIS )のへの期待が高まる。「自治体では、住民基本台帳ネットワークシステム等、J-LISが運営する多くのシステムを共同で利用しています。ネット投票においても、同様に、J-LISが構築・運用することが考えられます」と小尾氏は語る。

 そして、小尾氏もマイナンバーカードの普及に大きな期待を寄せている。「本人確認の仕組みを構築するには、マイナンバーカードは必要不可欠です。そのためには、マイナンバーカードの普及が前提となる。現在、マイナンバーカードの普及率は約40%に上がっています。マイナンバーカードを持つ利便性やインセンティブを国民が感じられれば、普及はさらに加速するでしょう」と小尾氏。

 マイナンバーカードが利用可能な環境も、PCやスマートフォンだけなく、コンビニエンスストアのマルチコピー機やATM等に拡がってきている。マイナンバーカードの活用場面が増えることで、マイナンバーカードのさらなる普及が見込まれるだろう。

ネット投票システムを住民投票や政策評価へ応用。小さな声にも耳を傾け、社会をよりよい方向に変革する「デジタル民主主義」の実現へ。

 また、小尾氏はネット投票のシステムを、さまざまな民意の反映に応用できると提言する。その1つが住民投票での活用だ。住民投票の実施は、多大な費用と選挙同様のマンパワーが高いハードルとなっている。大阪市が実施した大阪都構想の住民投票では、約10億円の予算案が計上されたと言う。「ネット投票のシステムは、住民投票への活用も視野に入ります。さらに住民アンケートや政策評価にも利用することで、より民意が政策等に反映される有効なシステムとなるでしょう」と小尾氏は語る。

 そのうえで、「ネット投票システムは、災害対策システムと同様に、日常的に利用されないことから予算確保が難しいとの指摘もあります。しかしながら、多くの住民がデジタルデバイスを保有する昨今、住民投票や住民アンケート、政策評価等、ネット投票システムは、自治体が住民の声を日常的に政策に反映するためのデジタルツールとしての役割も担えるのではないでしょうか」との見解を示した。

 最後に、小尾氏は「在外投票のように、投票が困難な人たちの環境を今より良くすることがネット投票の目的のひとつ。在外投票などからスモールスタートし、選挙を運営する選管の人、投票する有権者の声を聴き、課題を整理して改善を続ける、それを国民の目の届くところに置いて意見をもらう。そうしたことを丁寧に積み重ねて実績をつくること、そして投票の秘匿性や公平性の確保など、国民が信頼できるシステム構築をしっかり議論していくことが大切です」と言葉に力を込めた。

 ネット投票は、今の投票環境では投票が困難な人たちの環境を改善する、デジタル時代に求められる1つの民主主義の在り方だ。パンデミックや多発する台風、豪雨災害など、有事に備えた投票環境としても必要だと言えるだろう。さらに、ネット投票はインターネットを活用して多くの人々の意見を集めて共通の価値観を形成していく「デジタル民主主義」の第一歩となるのではないだろうか。

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