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2019年03月27日

ネット投票は実現するのか!?従来の選挙を一変するオンライン選挙の可能性

 デジタルトランスフォーメーションの潮流で社会全体のデジタル化が進む中、選挙においてもインターネット投票の実現に向けた動きが加速している。インターネット投票が実現すると、どんなメリットがあるのか。実現に向けて、クリアするべきことは何か。総務省の有識者研究会のメンバーであり、インターネット投票というテーマに造詣も深い情報セキュリティ大学院大学の湯淺教授と、安全・安心なインターネット投票を支える暗号技術の研究者である佐古氏に話を伺った。

PCやスマホを使って、どこでも手軽に投票

情報セキュリティ大学院大学
情報セキュリティ研究科
教授 湯淺 墾道氏

 お年寄りは自宅の居間でくつろぎながら。若い人は、ショッピングの合間に。ショップの販売スタッフは、仕事の休憩時間に。そして海外に住むビジネスマンは赴任先から。スマホやタブレットを手に、どこからでもインターネットで手軽に投票する。そんなシーンが当たり前になる日が、近い将来やってくる。

 インターネット投票が実現すると、投票スタイルはどう変わるのか。有権者の投票は、次のような方法が一つとして考えられている。投票を行うためには、まずPCやスマホ、タブレットを使って、専用サイトにアクセス。マイナンバーカードに格納されている公的個人認証サービスの電子証明書※1の読み取りによって本人確認を行うと、画面に自分の居住地(住民票にもとづく)に該当する選挙区の候補者が表示される。そこから候補者を選んで投票を行う、という流れだ。投票所に足を運ぶ必要のないインターネット投票は、場所に縛られることなく、どこにいても投票が可能になる。

 ビジネスのグローバル化が進む中、インターネット投票の実現に向けた大きな目的として在外選挙※2環境の改善がある。現在、選挙権を持つ在外邦人は約100万人。そのうち、在外選挙人名簿に登録している人数は約10万人で、実際に投票を行っている人は約2万人(2017年衆議院議員選挙の場合)となっている。在外選挙は、「在外公館投票」「郵便投票」「日本国内における投票」の3つの方式が存在するが、例えば「在外公館投票」においては、投票のためだけに居住地から遠く離れた日本大使館や総領事館に足を運ばなくてはならない。また、開票日までに投票用紙を国内に輸送する必要があるため、投票期間の締め切りが早く、選挙の情勢をギリギリまで見極めることなく、投票を行わなければならない。こうした在外選挙の環境改善が急務となっているほか、国内の選挙が抱えるさまざまな課題解決に対しても、インターネット投票の実現が期待されている。

 インターネット投票が実現した場合のメリットについて、湯淺教授は大きく4つのポイントを挙げる。第1は、スマホやタブレットを利用した手軽な投票によって、若年層の投票率アップが期待できること。第2は、投票に関する天候や災害のリスク低減に役立つこと。これは、離島などからヘリコプターや船を使って開票所に投票用紙を搬送する日が、台風や豪雪などの悪天候と重なった場合、事故などにつながる危険性があるが、インターネット投票ならこうしたリスクを解消することができる。また、有権者は悪天候の中わざわざ外出せずとも、自宅にいながら投票できるため、投票所への外出によるケガを防止できるほか、天候による投票率低下の抑制にもつながる。第3は、高齢者や障害のある方に対する投票の配慮である。投票する意思があるのに、外出が困難なため投票を諦めるといった問題も解消できる。そして、第4は、開票事務のスピードアップ。デジタルデータによるすばやく正確な投票結果の自動集計が可能になる。

※1 公的個人認証サービスとは、インターネットを通じて申請や届出といった行政手続などやインターネットサイトにログインを行う際に、他人による「なりすまし」やデータの改ざんを防ぐために用いられる本人確認の手段

※2 海外に住んでいる人が、外国にいながら国政選挙に投票できる制度

有権者にも、地方公共団体にも、インターネット投票の恩恵

 インターネット投票が実現すれば自宅はもちろん、ショッピング時などの外出先、また旅行先や出張先でも、物理的な制約に囚われることなく投票の自由度が向上する。また、日曜日に仕事がある人々にとっては、期日前投票を行う必要性もなくなるなど、投票スタイルに大きな変化が生まれる。在外選挙においては、国外転出時に名簿登録を行っていない場合、選挙人名簿の登録申請のために日本大使館や総領事館まで足を運び、さらに「在外公館投票」を行う場合はもう1度訪れる必要がある。国土が広い海外の国では、それがかなりの負担となっている。インターネット投票なら、こうした負担解消のほか、前述の投票の締め切りについての課題も解決することができる。

 また地方では、選挙運営や管理に関わるコストが大きな負担となり、投票所の削減を余儀なくされている地方公共団体もあるという。それによって、ますます高齢者が投票しにくくなるという悪循環が生まれている。インターネット投票が普及すれば、地方公共団体における投票所や開票所の設営、期日前投票の運営コスト、選挙管理に関わる人材などの削減効果に加え、地方の有権者にとっては、利便性の高い投票環境も同時に実現できる。

 「スマホやタブレットなどの活用は、これまで若い人やビジネスマン向けというイメージがありますが、私はICTを活用したインターネット投票の実現によって、最も恩恵を受けるのは、高齢者や地方の方々だと思っています。」と湯淺教授は語る。

 スマホやタブレット活用については、高齢者や障害のある方などに対するデジタルデバイドを懸念する声もあるが、湯淺教授は次のように考えている。

 「時代とともに、高齢者がスマホやタブレットを使いこなす比率がどんどん高まっていくため、それほど心配ないと考えています。さらに目が不自由な人には音声ガイド、手の不自由な人には簡単な入力操作を可能にするなど、ICTの力を活用することで、障害を持つ方々に対してもよりやさしい投票環境の実現が期待できます。投票は民主主義を支える社会基盤であるという意識を持って、デジタル時代にふさわしい投票システムの実現に前向きに取り組むことが大切です。」

確実な本人確認と投票内容の秘密保持が不可欠

 インターネット投票を実現するには、クリアしなくてはならない要件がいくつか存在する。その中で特に重要なのが、なりすまし投票や二重投票を防ぐ確実な本人確認、そして誰がどの政党、立候補者などに投票したのかわからないようにする投票内容の秘匿である。本人確認には、マイナンバーカードの活用が考えられているが、外出先で電子証明書を活用したスマホでの本人確認を行う場合、技術的にどのような方式にするかは、現在はまだ検討中だという。

 投票内容の秘密保持においては、高度な暗号技術の活用などによる、改ざんや情報漏れのないデータの送信や保存が不可欠だ。そのほかにも、システムとネットワークの障害に対する安定性、サイバー攻撃や偽サイトなどに対するセキュリティ対策も必須となる。また、法改正も重要だ。“国外転出届を提出し国内から国外に住所を変更した海外居住者は、マイナンバーカードの公的個人認証の電子証明書が失効する”という現行制度を改め、出国後も利用可能とするための法の改正や、インターネット投票を認める公職選挙法改正なども今後求められてくる。

2022年、在外選挙でインターネット投票が実現!?

 インターネット投票の実現に向け、国も動き始めている。総務省では、2019年度の予算案に2.5億円を盛り込み、インターネット投票の実証実験を予定している。また、つくば市では、2018年8月に国内初のブロックチェーンとマイナンバーカードを活用したネット投票の実証を行うなど、地方公共団体においても取り組みが始まっている。2022年の参議院選挙では、まず在外選挙のインターネット投票が実現するのではと、湯淺教授は話す。

 海外の動向に目を向けると、エストニアでは国民IDカードを使ったインターネット投票が実施されている。電子行政の先進国である韓国では、ブロックチェーン技術を使ったインターネット投票の実証実験が行われている。また、アメリカの一部の州でもインターネット投票を実施しており、インターネット投票に対する動きは、世界的な流れとなっている。

 「インターネット投票というと、セキュリティ面や停電などに対する不安の声が上がりますが、投票所の受付でも現在、PCが活用されています。こうしたICT活用の現状を踏まえ、より安全・安心なインターネット投票の実現はもちろんのこと、若者・高齢者・地方の人・忙しい人…誰もが政治に参加しやすい環境を創ることが大切です。これからは、デジタル・ガバメント、デジタルファーストの時代。高齢化社会、グローバル社会の中で、日本がデジタル先進国になるためにも、ICT活用の積極的な推進が必要だと思います」と湯淺教授は語った。

 場所を選ばず、どこでも投票できるインターネット投票が普及すれば、これまでの「投票へ行こう!」という呼びかけから、「PC・スマホで投票しよう!」という呼びかけに、きっと変わっていくだろう。

安全・安心なインターネット投票の「鍵」は、暗号技術

博士(工学)
日本学術会議連携会員
佐古 和恵氏

 選挙では、透明性の確保とともに、投票した人の投票内容の秘密保持が不可欠となる。透明性と秘密保持。この相反するような2つの条件を両立させることが投票において重要なポイントとなるのは、従来の投票システムにおいてもインターネット投票においても同様だ。インターネット投票を実現するには、有権者だけが投票できるようにするための確実な本人確認の後に1票分だけの投票を認める「不正投票防止」、投票データの改ざんなどを防ぐ「不正集計防止」、そして本人の自由意思にもとづく「投票内容の秘密保持」の3つのポイントを同時にクリアすることが求められる。

 「インターネット投票の場合、投票した人の情報(誰が)と投票内容(どの政党、立候補者などに投票したか)が、サーバ上で紐づいてしまうと、投票内容の秘密が守れなくなってしまいます。システムの中で、投票した人の情報と投票内容をいかに分離するかが難しく、暗号研究者にとって大きな課題でした」と、佐古氏は語る。

重要なのは、プライバシーとセキュリティの両立

 3つのポイントのうち「不正投票防止」と「投票内容の秘密保持」への対策として、二重封筒方式の採用が有効だ。二重封筒方式とは、投票用紙を入れた無記名の封筒を、記名済みの封筒に入れて投票するもので、開票時にはこの2つの封筒を分離し、無記名の状態で投票用紙を集計する。現在、郵便による不在者投票では、この仕組みによって、透明性と秘密保持の相反する2つの課題を解決している。しかしながら、この仕組みをインターネット投票で実現するには、電子証明書によって本人確認した上で実施した投票をどうやって、無記名状態(秘密保持)にするのかが課題となる。

 インターネット投票における「投票内容の秘密保持」に欠かせないのが、先進の暗号技術である。有権者を電子証明書で本人確認した後、インターネットで送信する投票データを暗号化することで、サーバ内の投票内容がわからないようにする。具体的なメカニズムは、投票データを多重に暗号化し、さらに暗号データの順番を入れ替えるために、別々の管理者によって複数回のシャッフルを行う。多重の暗号化に対する復号鍵を分散管理することで、プライバシーとセキュリティを両立させる。こうしたメカニズムは、誰が、どの政党、立候補者などに投票したのかをわからなくすると同時に、管理者による鍵の一元管理を防ぎ、秘密保持に対するリスクを分散することが狙いだと、佐古氏は説明する。


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 「インターネット投票では、投票した人と投票内容の情報を漏らすことなく、シャッフルなどの処理が正しく行われ、不正が行われていないことを高速で証明(ゼロ知識証明※3)する必要があります。一見難しいこの課題も、近年の暗号研究の成果を適用することによって、すでに解決されています。入力された暗号データとシャッフル後の暗号データをすばやく集計して、正当性を証明する暗号技術を、実際に社内の投票システムに採用し、活用している例もあります。」と、佐古氏は語る。

 投票における透明性と秘密保持とを両立する先進の暗号技術が開発され、すでに実用化されているという事実は、インターネット投票の実現に向けた心強いニュースといえる。PC、スマホ、タブレットを使って、どこでも手軽に行えるインターネット投票。安全・安心の『鍵』を握るのは、まさしく暗号技術といえる。

※3 ある人が他の人に、自分の持っている(通常、数学的な)命題が真であることを、真であること以外の何の知識も伝えることなく証明する手法のこと

湯淺 墾道氏

青山学院大学法学部卒業。九州国際大学法学部教授、副学長を経て2011年情報セキュリティ大学院大学情報セキュリティ研究科教授。日本選挙学会理事、総務省情報通信政策研究所特別研究員、一般財団法人日本サイバー犯罪対策センター理事、総務省投票環境の向上等に関する研究会委員、総務省AIネットワーク化推進会議開発原則分科会構成員など。
佐古 和恵氏

電子投票システムや電子抽選システム、匿名認証技術など、セキュリティとプライバシーを両立させる暗号プロトコル技術の研究開発に従事。日本学術会議連携会員、第26代日本応用数理学会会長、平成30年電子情報通信学会副会長、国際暗号学会IACR主催の国際会議ASIACRYPTのプログラム委員長、世界最大規模のセキュリティ会議RSA Conference暗号トラックのプログラム委員長、金融分野のセキュリティを扱う国際会議Financial Cryptographyの実行委員長(2013)、プログラム共同委員長(2018)など。

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