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北海道における、AIを活用した産学官連携の共創事例に学ぶ 地域のデジタル人材育成のカギ

 労働人口の減少が加速度的に進む中、各地域ではデジタル人材不足の解消が喫緊の課題となりつつある。そんな中、北海道では産学官が一体となって、地域のデジタル人材を育成する取り組みが始まっている。北海道大学は教育プログラムの一環として、自治体のデータとNECの因果分析AIツールを活用し、地域課題の解決を目指す課題解決型学習を実施した。産学官連携によるデジタル人材育成の取り組みは、どのような成果をもたらしたのか。このプロジェクトを担った北海道経済産業局と北海道大学、NECのキーパーソンに話を聞いた。

「ビジネスの素養を持つデジタル人材」を課題解決型学習で育成

 デジタル人材の不足が深刻化しつつある。経済産業省の「IT人材需給に関する調査 調査報告書」によれば、2030年に最大79万人が不足する可能性が指摘されている。

 もちろん、政府もただ手をこまねいているわけではない。2021年にはデジタル田園都市国家構想の基本方針を策定。「2026年度末までにデジタル推進人材を230万人育成する」という目標を掲げた。さらに2022年9月、デジタル人材育成のために文部科学省と経済産業省が主導し、産学連携を通じてデジタル人材の育成を推進する「デジタル人材育成推進協議会」が発足。2023年3月には、地域ブロック版の全国第1号として「北海道デジタル人材育成推進協議会」が設置された。

 「課題先進地域といわれる北海道では、高齢化や過疎化が進み、経済面でも厳しい環境にあります。こうしたさまざまな課題を解決するにはデジタルの力が必要不可欠です。ところが、道内の大学を卒業した人材の多くが、卒業後は道外に流出してしまうケースが後を絶ちません。地域でデジタル人材を育成し、育てた人材をしっかりと確保することで、地域に貢献できないか――そんな思いから、北海道デジタル人材育成推進協議会を立ち上げました」と北海道経済産業局の天内(あまない) 武範氏は説明する。

 現在、同協議会は「大学・高等専門学校(高専)のカリキュラム強化」と「デジタル人材の道内企業への就職促進」の2本柱で活動を展開。カリキュラムの検討については、大学・高専や企業等を対象に50回を超えるヒアリングを実施し「北海道におけるデジタル人材とはどんな人材か」を再定義することで、道内企業が求める人材像を炙り出していった。

 「企業の皆さんが口をそろえるのが、『デジタル力に加えて、課題解決力やコミュニケーション力を持つ人材が欲しい』ということ。つまりデジタル力とビジネスの素養を兼ね備えた人材を大学で育成して欲しい、という声が数多く寄せられました」と同じく北海道経済産業局の矢野 弘雅氏は話す。

 こうした人材を育成するためには、どのようなカリキュラムが有効となるのか。同協議会は多くの大学や高専と協議を実施。その中で、有力な手段として浮上したのが、自ら課題を発見して解決する能力を養う「課題解決型学習(Project Based Learning:PBL)」だった。

 「PBLの事例を見ると、データ分析やプログラミング、ロボット制作などが中心で、ビジネスの素養が磨けるようなPBLは少ない。それなら、PBLに企業の実課題や地域の実データを組み込めば、ビジネスの素養も習得できるのではないかと考えました」と天内氏は振り返る。だが、即戦力としての能力を磨くことだけが、PBLのメリットではない。PBLは、学生が地域課題や地元の企業に関心を持つトリガーとなりうるのではないか、との期待もあったという。

 「地域にどんなによい企業があったとしても、学生に認知されないかぎり、就職のターゲットにはなりえません。就職先候補として認知してもらうためには、その企業のことを学生に知ってもらう必要があります。それに、企業が抱えている課題を知れば、逆にその企業の良さが見えてくる可能性もある。学生と企業や地域を結びつけるという意味でも、PBLは大変価値があると考えました」と北海道経済産業局の矢野氏は話す。

北海道経済産業局 地域経済部 製造・情報産業課 課長補佐 天内 武範 氏(写真右)/係長(DX担当) 矢野 弘雅 氏(写真左)

北海道大学でのPBLに、AIツールと札幌市の実データを活用

 こうして、産学官の連携によるPBLが始動。その第1弾が、北海道大学(以下、北大)の数理・データサイエンス教育研究センター で行われることとなった。同センターは、数理・データサイエンスの素養を身につけるための基礎的・実践的な教育プログラムを展開。「データの力で未来の社会をデザインする」というキャッチコピーを掲げ、文系・理系を問わず、全学生を対象とした自由課題型PBLを行っている。

 「当センターでは、自由課題型PBLとして、卒業研究や修士論文のテーマに関連したデータ分析の個別指導を行ってきました。それと並行して、理論とオープンデータを使った演習も行っていたのですが、オープンデータだけでは、学生もデータの深い意味や背景まで探ろうとせず、授業で学んだ手法をそのまま当てはめるだけで終わらせてしまいがちです。そこで、企業に実データを提供していただき、課題解決の実習ができないかと考えたのが、今回のPBL開講に至ったきっかけです」と同センターの実践教育プログラム部門長としてPBLを推進してきた、北海道大学教授の行木(なみき) 孝夫氏は語る。

北海道大学 大学院理学研究院数学部門 数理・データサイエンス教育研究センター兼務 教授 行木 孝夫 氏(写真中央)/同センター 特任助教 堀江 進 氏(写真右)/同センター 特任助教 博士(情報科学) 大和 尚紀 氏(写真左)

 しかし、データを提供してくれる企業を見つけるのは容易ではなく、北大は、北海道デジタル人材育成推進協議会に協力を依頼。協議会を通じて募集をかけ、NECをパートナーに選定した。

 「NECさんから『因果分析AIツールと、札幌市から正式に入手したデータを提供する』という提案をもらったことが、決め手となりました。因果分析は非常にハードルの高い分析手法です。その因果分析がAIツールで簡単に行えて、しかも自治体の実データを使って課題解決ができるというのは大きな魅力でした」と行木氏。一方、NECデジタル・ガバメント統括推進部の矢島 愛香は、今回の北大PBLに応募した理由をこう語る。

 「NECとしては、『地域のさまざまなステークホルダーの声をデータとして集約し、分析・活用することが、魅力的なまちづくりにつながるのではないか』という仮説を持っています。その仮説を検証する好機と考え、今回のPBLに応募させていただきました」

NEC
デジタル・ガバメント推進統括部
サービス開発グループ
矢島 愛香

大学院生がアンケートを解析し、課題を発見して政策を提言

 PBLの対象は、北大の博士課程に在籍する大学院生。授業は2024年6月~7月、計5回にわたって行われた。テーマは「因果分析AIで札幌市民アンケートから新たな行政サービス企画のヒントを見つけよう」。札幌市が保有する約3000人分の市民アンケート結果にもとづき、因果分析AIツールを用いて「自治体のサービスが地域住民の満足度にどう影響しているか」を可視化。データ分析を行い、産学官が一体となって政策立案プロセスの創出を目指すというものだ。

 PBLの実施にあたっては、NECが演習のアウトラインを作成。社員が実習にも毎回立ち会い、ハンズオンやグループワークのサポートを行った。初回の授業では、因果分析AIツールを使ってアンケートを解析。2回目と3回目はグループワークで、「都市の魅力」とアンケート質問項目との因果関係に着目したデータ分析を行い、解決策を検討していった。

 市民アンケートの解析結果を通じて、若者が札幌市のまちづくりに対して持つ問題意識が浮き彫りとなり、参加学生は「若者であふれる札幌市にするにはどうすればよいか?」という課題を新たに設定。「若者の憩いの場所を増設する」アイデアの提案が行われた。演習をサポートしたNECの矢島は、こう振り返る。

 「札幌市内には大通公園もあるのですが、日中に利用するのは子ども連れの家族や観光客が中心で、地元の若者が利用しているイメージはあまりないという意見が学生から出ました。そこから、もう少し過ごしやすい空間はないかな、という話が発端となって、『駅構内にコロッセオのようなドーム型の空間を作り、休憩場所としてもイベント会場としても使えるようにする』という、独自性のあるアイデアが生まれました。また、札幌市は国際的な人気観光地でもあるので、街中のカフェはいつも満席で入れない。身分証明書を提示して、札幌市民が優先的に使える空間を作ることで、市民の輪が広がるのではないか、といった視点も提案には盛り込まれていました」

 このようにPBLに参加したことで、データサイエンスのスキルの向上とともに、地域課題への興味関心も高まっていった。

独創的なアイデア創出を支えた分析ツールの魅力

 PBLの実施にあたってNECが提供したのが、AI技術を活用した因果分析ツール「causal analysis(コーザルアナリシス)」だ。これは、データに潜む原因と結果のつながりを見える化し、従来は専門知識が必要だった高度な因果分析を、誰もが簡単に行えるようにしたものだ。このツールの活用は、授業にどのような効果をもたらしたのか。

 今回の授業を担当した北海道大学 特任助教の大和 尚記氏は、ツールの使用感をこう語る。「因果分析AIツールを使ってみて感じたのは、動作が軽いので、仮説と検証がスムーズに行えるということです。例えば、議論の結果をふまえて、気になる因果関係のパラメータを変更し、因果グラフを作り直して、その結果を見ながらさらに議論する――こうしたサイクルがスムーズに回せるので、大変使いやすいというのが実感です」

 同センターで産学官地域連携を担当する北海道大学 特任助教の堀江 進氏も次のように評価する。「従来のアンケート解析は、相関関係の解析から因果関係を推察するようなアプローチが多かったのですが、このツールではストレートに因果関係を導き出して、因果分析AIによる推論まで行える。因果分析の工程が大幅にショートカットできるので、自分の論文のデータ解析にも使っています」

今回のワークショップにおける、札幌市の市民アンケート分析例。NECの因果分析AIツール「causal analysis」を用いることで、統計学やプログラミングの専門知識がなくとも、簡単な操作だけで、データに潜む因果関係を明らかにし、課題分析を行うことができる(出典:北海道大学 数理・データサイエンス教育研究センター PBLワークショップ成果物)

 自治体のリアルデータと因果分析AIツールを使って、学生が主体的に課題解決に取り組み、政策提案にまでつなげた今回のPBL。結果として、「分析手法まで大変丁寧に考えられた内容で、これ以上完成度の高い講義を期待するのは難しい」と行木教授は評価する。一方、今回のPBLに対する学生の反応はどうだったのだろうか。

 「今回のPBLは単位取得対象ではないので、もともとやる気のある学生が集まっていたのですが、回を重ねるごとに学生の主体性も高まり、彼らがさらに成長するきっかけとなりました。懇親会では、『課題を変えて、このPBLをもっとやってみたい』という声も上がり、地域課題に対する学生の関心も一層強まったように見受けられます」(大和氏)

 今回のPBLは、産学官が一体となって取り組んだことによって大きな成果を上げた。北大の教授陣はこう評価する。

 「今回の授業では、ほぼ毎回NECの方が同席し、学生と実地にコミュニケーションをとってくれました。データの準備から因果分析AIツールのチュートリアル、アンケートの分析手法に至るまで、大変丁寧に考えられた内容で、これ以上の講義を期待するのは難しいと思えるほどでした」(行木氏)。

PBLを展開して“デジタル人材の地産地活”を目指したい

 本プロジェクトは、産学官連携によりデジタル人材を育成し、地域課題解決を社会実装していくという1つのモデルを提示することとなった。今後、北大はこの取り組みをどう進めていくのか。

 「今後もPBLを継続するためには、しっかりしたプラットフォームを作る必要があります。北大には拠点校という役割があるので、当センターのホームページ上で、他セクション・他大学でのPBLの実施状況や企業の取り組みなどを、ケースバンクとして集約していくことが重要です。そうなれば、学生も社会に対する見方を学ぶことができますし、企業も人材確保のきっかけをつかむことができる。その意味でも、今回の取り組みを継続していく必要があると思います」(堀江氏)

 北海道におけるデジタル人材育成の旗振り役を務める北海道経済産業局でも、PBLの実績をまとめたケースバンクのホームページを作り、協議会のメンバーである大学・高専に公開していく計画だという。

 「これからも企業ニーズの掘り起こしや大学・高専への働きかけを進め、PBLの実施件数を増やしていきたい。デジタル人材を輩出して地元企業に根付かせることで、“デジタル人材の地産地活”を目指したいと考えています」と天内氏は先を見据える。

 人手不足が深刻化する中、デジタルの力で問題を解決していくことが、ますます重要な手法となりつつある。NECでは、独自のAI技術の提供などを通して、デジタル人材の育成に寄与しながら、そのなかで地域課題解決にも取り組み、産学官連携のもと魅力的なまちづくりに寄与していく考えだ。