デジタルを活用した民主的な政策立案を考える
AI時代における政策立案プロセスとは
NECは、AIを社会実装する企業として、技術そのものだけでなく、その社会実装プロセスにも責任を持つ必要があると考えている。そのような考えのもと、取り組んでいる施策の1つが東京大学との共同研究である。これまで両者は、AIの法規制・倫理やガバナンスをテーマに研究を重ねてきたが、近年は規制などを立案する際に、市民を含む幅広い関係者の声を取り入れる方法論についても研究を行っている。そこで今回、政策形成の実態と課題について具体的に議論・整理するため、政策プラットフォームを運営するスタートアップPoliPoliにも参加を呼びかけ、デジタルを活用した政策立案プロセスをテーマとしたラウンドテーブルを開催した。ラウンドテーブルは2回に分けて実施され、1回目では特に政策形成プロセスにおける幅広い「意見収集」の実態やイシューについての議論を行い、デジタル活用の可能性とリスクを検討した。ここでは、その検討結果を受けて行った2回目の議論を中心に、その内容を紹介する。
SUMMARY サマリー
SPEAKER 話し手
東京大学

城山 英明氏
未来ビジョン研究センター
教授

小川 亮氏
未来ビジョン研究センター
客員研究員

山本 健人氏
未来ビジョン研究センター
客員研究員
東京大学大学院

宍戸 常寿氏
法学政治学研究科
教授
株式会社PoliPoli

伊藤 和真氏
代表取締役CEO
NEC

小松 正人
パブリックビジネスユニット
官公ソリューション事業部門長
IISE研究主幹

古屋 晶子
パブリックビジネスユニット
上席プロフェッショナル
デジタル技術が拓く政策参加の可能性
──まず議論したいテーマは「政策の立案プロセスに市民などのステークホルダーの声をどのように反映させるか」です。そもそも、従来の政策立案において意見収集はどのような位置付けだったのでしょうか。またデジタル技術はそれをどのように変えていけるでしょうか。
城山氏(東京大学):過去の多様な意見収集の試みを振り返ると、1980年代のまちづくりにおける「受益」と「負担」の議論にさかのぼります。当時は、ゴミ処理場建設などにおける限定された地域内における合意形成が主でしたが、その後に道路や河川管理における“場所”と“利用”の問題などについても同様に地域を越えて幅広いステークホルダーの考えを考慮する必要が出てきました。デジタル技術に期待するのは、そうした小さな声やローカルなニーズの幅広い収集です。
未来ビジョン研究センター
教授
城山 英明氏
宍戸氏(東京大学):政策決定プロセスにおけるデジタル技術の活用には、2つの論点があると考えています。1つは地方自治体の規模やデジタル技術への習熟度です。多くの地方自治体を一括りにして議論するのではなく、デジタルに対する向き合い方など、それぞれの事情に目を向け、解像度を上げていく必要があります。2つ目は、政策形成のタイムスケジュールがアナログなままである点です。国会の会期をはじめ“政治の歳時記”は、今も変わっていません。そのスケジュールの中で、市民の声をどのように政策立案プロセスに効果的に反映するかは重要なテーマです。「広域連携」や「公共私の連携」が強調されていますが、行政の透明性確保や市民参画の従来からの手段であるパブリックコメントだけでは、専門家・業界の声に偏ることもあり、十分に意見を反映できているとは言えません。
それに対して、以前、総務省におけるインターネット上の誹謗中傷対策の検討にPoliPoliのサービスを活用したことがあります。多くの意見を収集できただけでなく、「自分は誹謗中傷をされたくないが、規制の在り方についても慎重に考えてほしい」というネットユーザのリアルな考えを把握でき、非常に頼りになりました。ユーザの声は、業界団体や既存の組織から出てくる意見とは異なり、生活者の実感が伴っています。そうした声を踏まえて議論を進めることの重要性と、デジタル技術の可能性を感じました。
法学政治学研究科
教授
宍戸 常寿氏
伊藤氏(PoliPoli):PoliPoliは、政府と民間をつなぐ政策プラットフォームを開発・運営しています。政策形成の初期段階から、国民、政治家、専門家等が議論できる仕組みをさまざまな形で提供しています。これまで国会議員約200人、中央省庁の3分の1による利用実績があります。
例えば、「生理の貧困」の議論では、Webサイト「PoliPoli」の政策リクエスト機能で多くの当事者・有識者から課題が投稿され、それが国会議員につながり、最終的に予算措置につながりました。登記簿における代表の住所一部非開示化も、非開示を求める声が多く可視化されて、制度改正に至っています。ほかにも群馬県の公共交通に関する施策では、普段、自転車を利用することから当事者と認識されてこなかった高校生の声なども集め、さらにNECの因果分析技術も活用することで、データに基づいて住民の満足度を上げる施策に取り組みました(https://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/658405.pdf )。このようにデジタル技術は、多くの意見を集めるだけでなく、見落とされがちだった意見の可視化にも役立っています。
代表取締役CEO
伊藤 和真氏
小松(NEC):現在、NECは国・地方デジタル共通基盤を活用し、自治体間の広域連携や、民間・NPOなどとも連携したエコシステム型の行政サービスを実現する「デジタル共創ガバメント」というコンセプトを掲げています。その中で、実際に住んでいる住民だけでなく、オンラインなどでかかわる「関係人口」も含めた行政サービスの在り方を検討しています。まさに今議論している、より多くの人の考えを聞き、政策に反映する仕組みもその一環です。
AIや生体認証、秘密計算(MPC)、量子暗号など、そのための技術開発にも取り組んでいます。例えば、マイナンバーカードと顔認証を用いて本人確認を行い、オンラインで投票する仕組みは、技術的には実現可能な水準にあります。その上で本人と投票内容を分離し、誰がどこに票を投じたかを秘匿したまま集計を行えば、匿名性と正確性の両立が図れます。このようなセキュリティ技術も行政と市民との共創における重要な要素です。
パブリックビジネスユニット
官公ソリューション事業部門長
IISE研究主幹
小松 正人
城山氏(東京大学):デジタル技術のメリットは、多様なタイプの人をつなげられる点にあると思います。従来は可視化しにくかった、“ふわっとした立場”や“あいまいな利害”を可視化できる可能性がありますね。
古屋(NEC):広く意見を集める段階では、多様性を確保する仕組みを活用する。一方、最終的な意思決定は、透明性や正当性、セキュリティを担保する仕組みが支える。デジタル技術は、意見の収集と意思決定の両方を支えることができます。
パブリックビジネスユニット
上席プロフェッショナル
古屋 晶子
EUの市民参加に見る政策決定プロセスの透明性
──過去の共同研究では、EUの政策決定プロセスも研究しました。EUでは「Have Your Say」のような公式プラットフォームを通じて、市民や企業、ステークホルダーが政策立案の初期段階から意見を提出できる仕組みが整備されています。こうした事例を日本はどのようにとらえるべきでしょうか。
城山氏(東京大学):EUでは、政策の正当性をプロセスの透明性によって支えようとする傾向が見られます。どのような議論を経て政策に至ったのかを可視化する仕組みが、制度の中に位置付けられている点が特徴的です。「Have Your Say」は、単なる意見募集の場ではなく、政策案の作成段階からフィードバックを受け取る仕組みとして機能しています。
小川氏(東京大学):Have Your Sayには、日本のパブリックコメント制度に当たるものだけではなく、EU市民が署名を集めて政策提言を行うことができるEU Citizens’ Initiativeや、無作為に選ばれたEU市民を中心に特定の政策課題について議論を行い提言するCitizens’ Engagement Platformという市民関与のチャンネルも用意されています。また、日本にもパブリックコメント制度がありますが、これは原則として、政令等の案が固まった段階で意見を求めることになっています。EUは、それより前段階から、多様なチャンネルを通じた参加を歓迎しています。
未来ビジョン研究センター
客員研究員
國學院大學
准教授
小川 亮氏
宍戸氏(東京大学):日本では、代表制民主主義を前提に最終的な責任主体が明確であることが重視されてきました。そのため、市民参加の仕組みは補完的な位置付けになりがちです。ただ、デジタル技術の進展により参加の機会が広がっていることも事実であり、それをどのように制度設計に反映させるかは重要な論点です。
小川氏:市民参加は市民の側から見れば「参加」の機会ですが、行政の側から見れば、行政が糸口すら掴んでいない情報を収集し、あるいは、新たな政策を展開するきっかけを手に入れる貴重な機会でもあります。言い換えれば、政策決定の責任の所在や政治過程における自律・平等といった視点だけでなく、政策決定の質を改善するという一見したところ冷めた視点から市民参加を見たときに、行政にとっての意義や重要性が浮かび上がるものと考えています。その観点から、デジタル技術によって広がる市民参加の可能性を日本でも活かすことを検討するべきです。
研究者がより深く関与して議論の質を高める
──これからの市民参加や政策決定のプロセスを設計する中で「産学官民」は、それぞれどのような役割を担うべきでしょうか。
小川氏(東京大学):私は「学」がもっと関与すべきだと思っています。意見を大規模に広く集める場合、AIやデジタル技術は必須になりつつありますが、そうであるからこそ、それらを活用しながらファシリテーションやモデレーションを行う人材がますます重要になります。専門性を持った研究者が意見を整理し、議論の構造を整えながら、より質の高い意見形成につなげていく。その役割をアカデミアが担うべきではないでしょうか。
現状では、研究者は第三者的な立場からアルゴリズムや制度を評価することが多いのかもしれません。しかし、いま述べたように、評価するだけでなく、意見形成プロセスそのものに入り、制度設計やモデレーションにかかわることもできるはずです。これまでは官がその役割を担ってきましたが、数年単位で異動する官僚だけで継続的な設計を担うのは容易ではありません。研究者がより深くかかわることで、議論の質は変わるのではないかと感じています。研究者はある意味で“無責任”な立場にあります。特定の利害から距離を置ける。その特性を活かして、公益を目指す形で意見形成に関与することができるのではないでしょうか。
山本氏(東京大学):研究者たちがより深く関与するためには、それを支える仕組みが必要です。現状では、確かに安心できる人選となっていることが多い一方で、当該分野についてより深い専門性を有している研究者が在野に埋もれていることも事実であると言えます。その結果、特定の常連の研究者に過度の負担がかかっているともいえます。個々の研究者の善意や関心に委ねるのではなく、専門性を持つ人材を適切な場に差配できるようなプラットフォームのようなものが必要ではないかと思います。もちろん、単に専門性が高い人材を投入すれば良いというわけでもありません。研究者にもさまざまな個性がありますから、例えば、意見形成や政策検討の場に適当な研究者もいれば、市民との対話や熟議の場に適当な研究者もいます。個々の研究者の専門性と資質を踏まえて、各場面に適当な研究者を派遣するような仕組みができれば理想的だと思います。
未来ビジョン研究センター
客員研究員
北九州市立大学法学部
准教授
山本 健人氏
伊藤氏(PoliPoli):私たちも政策形成の場で研究者の知見を活用したいと考えています。ただ、どのように声をかければよいのか、どのタイミングで関与してもらうのが適切なのか、模索しているのが実情です。専門性を持つ研究者と継続的に連携できる仕組みがあれば、議論の構造や質は確実に変わるはずです。私たちとしても、そうした枠組みづくりに積極的にかかわっていきたいと考えています。
──大学や研究機関の主体的な関与を支える仕組みを設計するべきということですね。一方、民間企業にはどのような可能性がありますか。
小松(NEC):参加プロセスをどう設計するかは、政策の質と正当性を左右します。NECは、そのプロセスを支えるデジタル基盤の整備に力を入れていきます。その取り組みを通じて、産官学民それぞれの力が生きる環境づくりに貢献していきます。
伊藤宏比古(写真2列目左)、藤本翔一(写真2列目右)