本文へ移動

これからの地域医療に生成AIの活用を
ステークホルダーが一丸となって取り組む解決策とは?

 医療分野における人手不足の問題は、少子高齢化による労働力の減少や、勤務医の時間外労働時間に上限が設けられたことで、より深刻になっている。これらを受けて医療機関では従来からITを活用した業務効率化を進めているが、更なる対策が必要になっているのが現状である。そこで、生成AIを使って医療現場の業務効率を高め、医療データの活用を促進することで、地域医療の新たな未来を目指す取り組みが始まっている。取り組みを具体化するには、医療機関やヘルスケア関連のITベンダー、自治体等のさまざまなステークホルダーによる共創が不可欠となる。今回はそうした共創に向けた取り組みの1つとして行われたワークショップを紹介する。生成AIのような技術革新をきっかけとして、共創により地域課題の解決を目指す試みは、「絵に描いた餅」で終わらない新たなモデルケースになりそうだ。

深刻化する地域医療の人手不足に期待される生成AIの活用

 「地域医療は崩壊の危機にある」といわれるようになって久しい。地方では医療機関を受診する患者の多くが高齢者であり、慢性疾患を抱え介護を必要とする人も多い。このため、医療、介護、福祉が一体となった地域連携が不可欠だが、ヘルスケア領域の人手不足が、適切な地域医療の提供を阻む要因になっている。例えば、高齢者には、診療や投薬の際に繰り返し説明が必要になり、医師や看護師は多くの時間を割かれる。また、多職種の連携には多くの書類が必要で、作成の手間が多い。

 このような業務負担の軽減に期待される技術の1つに生成AIがある。現在、さまざまな業界で生成AIを使った業務効率化や新たなビジネス価値創出の取り組みが進められている。こうした動きは医療の世界にも取り入れられつつある。

 NECは生成AIの活用を医療業界においても、他社に先駆けて取り組んできた。国内初となる生成AI搭載の電子カルテシステムをリリースしたり、生成AIを使って病院経営の分析・支援を行うソリューションの実証実験を行うなど、多くのチャレンジを進めている。

報告会で各チームが検討したソリューションやビジネスモデルを発表

 こうした状況を受け、2024年8月から9月にかけて、生成AIを使った持続的な地域完結型医療の実現を目指す「共創ワークショップ」が開催された。本ワークショップでは、北海道から九州までの7地域の医療機関と地域のNECパートナーのITベンダー8社、NECの社員12人が加わった計30人が5つのグループに分かれ、生成AIを用いた地域医療ソリューションの検討を行った。

 ワークショップの目的は、医療機関やITベンダーがそれぞれの知見やノウハウを共有し、地域医療の課題解決を実現することである。

 ワークショップの重要なミッションは、「検討内容を“絵に描いた餅”で終わらないようにする」こと。このため、参加者は常に、事業化や社会実装を前提とした議論を心掛けた。すぐにでも実装に向けて動き出せる事業計画の策定を目指した。

 実質的なスタートは2024年8月。まず2日間にわたって、参加者同士が直接顔を合わせたワークショップが開催された。その後はチームごとにオンライン形式で頻繁に集まり、具体的なビジネスアイデアやソリューションの検討を行った。

 そして9月には、活動の締めくくりとして、東京・港区のNEC本社オフィスに集まり、検討の成果を発表する報告会が開催された。社会実装を目指すだけあって、検討したソリューションは、「概要」「解決を目指す課題」「具体的な解決策」「競合状況」「ビジネスモデル」「ストーリー」「事業化に向けて」という、企業の事業企画会議を思わせるアジェンダに沿って発表された。

 発表テーマは次の通り。

  • Aチーム: 簡単便利手間いらずなインタラクティブ情報プラットフォーム「おらが町の道しるべ(OraMachi)」
  • Bチーム: AIマッチング 〜AIがつなぐオーダーメイド体験 高齢者も生涯現役でいられる未来へ
  • Cチーム: AIサポートテレナーシング 〜自治体向け安心・安全サービス〜
  • Dチーム: 心と医療を結ぶ、Hospital AI Operator 〜安心の架け橋、AIでつなぐ患者と医療機関〜
  • Eチーム: 患者と病院に理想を叶えるAIマッチング

異なる立場の参加者同士が共創活動によりAIを活用するさまざまなシーンを検討

 本ワークショップによる検討から、あらためて地域医療が抱える課題が浮かび上がった。大半のチームが取り上げたのが、「医療機関、自治体、患者・住民の間における情報連携の不足」と「タイムリーなマッチングの難しさ」だった。

 ここでいうマッチングとは、患者や住民が「どの医療サービスを利用すればよいのか」ということ。患者や住民が、自身の病状や生活状況に適した医療機関を選ぶための情報に行き着くことは難しい。仮に情報を取得できても、内容を読み解くのは容易ではない。大半の患者・住民にとって、「どの医療機関にかかればいいのか」「現在入院している病院からどの病院に転院すべきか」といったマッチングの判断を自分で下すのは困難な状況である。

 ワークショップでは、こうした現状の打破を試みようと、地域のさまざまな機関に分散している医療情報を1カ所のポータルに集約してAIを介在させることにより、患者と医療機関の適切なマッチングを実現するソリューションや、生成AIを用いて医療情報を分かりやすく要約して患者・住民に届けるソリューションが説明された。

 もうひとつ、報告会で注目を集めたのは、地域の医療現場が抱える人手不足の深刻さを訴える医療機関の担当者からの切実な声だった。

 「地方の医療機関にかかる患者さんの多くは高齢者で、慢性疾患を抱え、介護を必要とする方がほとんど。そういう方々に寄り添ってケアを提供するには、訪問看護のサービスが不可欠です。しかし、地方では看護師の数が減り続け、訪問看護ステーションのサービスを維持できなくなっているケースも散見されます」(名寄市立総合病院)という。

 また、「小樽市の高齢化率は、北海道内の人口10万人を超える市の中で41.9%と最も高いのが現状です。地方の過疎化が進み、人口減少が進む中、どうやって医療を維持していくか。IT技術を使いながらなんとかやっていかなければいけないと思っています。ICTにより都会のマンパワーを使って適切な搬送などにつなげることなどは解決策として期待できるのではないでしょうか」(社会福祉法人 恩賜財団 済生会支部 北海道済生会小樽病院)との指摘もあった。

 こうした現状の改善を目指し、AIを活用して地方の高齢患者と都会の看護師をマッチングし、オンラインで相談を受けられるソリューションも提案された。

 また、あるチームからは、「医療機関において、説明業務が占める割合は15〜20%にも上り、業務量増加の一因となっています。説明がうまく伝わらないことで、患者・家族からのクレーム対応に悩まされるケースも増えています」との報告があった。高齢患者は説明内容を一度で理解することが難しいため、患者や家族にとっても不安の種になっているという。「それだけに、医療において”説明”という行為はとても重要です。親身になって対応すべきというのが一般的な意見だと思いますし、ワークショップの討議でも同様の意見が出ました。しかし、だからこそAIにより効率化することでビジネスチャンスにつながるとともに、より正確な情報を効率的に届けることで患者様の不安を取り除き、医療従事者の負荷軽減にもなると考えています」。

 こうした課題認識のもと、同チームからは、看護師や医師が高齢の患者に説明を行う際、生成AIを活用するという提案が発表された。院内の説明業務をすべてAIで生成した動画にする。動画にはヒアリング機能があり、AIが要約して電子カルテと連携するというものだ。

 電子カルテのデータを基に、生成AIを用いて説明用のコンテンツを自動生成し、患者・家族が好きな時に繰り返し参照できる仕組みを作ることで、医療従事者と患者・家族の双方の負担や不安を軽減するサービスを目指すという。既に電子カルテと生成AIの連携ソリューションを具現化しているNECの知見が反映された提案といえそうだ。

 他チームの発表の中にも、NECが持つ生成AIの高い技術力や、医療分野における生成AIの実装にいち早く踏み切った先見性がうまく生かされている例が見受けられた。

 ワークショップの討議の中で示された現場からの訴えの中で、人手不足とともに、医療機関や自治体の経営難についても切実な指摘があった。「タブレットやスマホ、PCの導入・増設を進めている病院もありますが、病院経営が難しいためICT化に追いつけておらず、仕方なく電話や紙、FAXを使っている病院が数多く残っているのが現状です」(JA長野厚生連 佐久総合病院 佐久医療センター)

 ワークショップの報告の中でも、こうした現状を踏まえたさまざまな収益化モデルが示されたが、多くのチームが立ち上げ時の資金調達の難しさを訴えていた。そうした討議の中で注目を集めたコメントがあった。「富裕層を取り込むといっても、ただ健診だけではお金を落としてもらえません。当院では、健診で病気が見つかったとき、特定の医師を紹介するサービスを提供して好評を得ており、健診と付加サービスの一体的な運用が有効だと思われます」(社会福祉法人 恩賜財団 済生会熊本病院)

さまざまな立場の参加者との共創体験が大いなる刺激に

 各チームの報告後、参加者全員が感想を述べる時間が設けられた。地域の医療機関やITベンダーの担当者からは、「2カ月間、大変だったが有意義な経験ができた」という発言が相次いだ。とくに、「これまでにない体験」との声が多かったのが、医療機関・ITベンダー、NECの3者で討議できたことだった。地域完結型医療の実現に向けた思いを共有して解決策を検討でき、生成AI活用の期待が高まったことも、多くの参加者にとって収穫だったようだ。

 まず医療機関からの参加者の声を紹介しよう。

 「ふだん出会えない人と知り合い、同じテーマを考えてまとめあげることができました。これからは(ワークショップで作成したプランを)世に出していく判断と具体化のフェーズに入っていくと思います。今後のフェーズに関わる機会があれば、取り組んでみたいと思います」(株式会社麻生 飯塚病院)

 「20年以上前から地域の医療連携の活動に取り組んできましたが、今回のワークショップでビジネスモデルまで検討できたことは貴重な体験でした。今回のような活動ができれば、地域の状況もかなり変えられるかもしれません」(公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院)

 「医療、介護は別々に運営されていて縦割りになっています。今回のワークショップで討議したことで、ワンストップを実現するにはAIのような仕組みを使えばよいと強く思いました」(岩手県立久慈病院)

 「医療現場では紙を使い、ローカルルールで運営しているのが実態です。本ワークショップに参加したことで違う視点で見られるようになりました。企画の立て方や計画の進め方などをぜひ自院の活動の参考にしたいと思います」(JA長野厚生連 佐久総合病院 佐久医療センター)

 ITベンダーの参加者からは、多様な立場からの討論や医療現場からの厳しい現実についての訴えに、「新たな視点を得られた」「刺激を受けた」などのコメントが相次いだ。

 「新たな創出をしようとするとき、今までの延長線上ではだめだということ。そういう新たな発想を皆さんから聞くことができました。また、現場の地域医療の切実な訴えを聞くことができ、違う立場で物事を考えていく必要性を感じました」(株式会社麻生情報システム)

 「さまざまな業種の方々が一堂に会して、同じ目標に向かって多様な意見を出し合うのは、これまでの仕事の中では経験できなかったことで、とても刺激になりました」(株式会社石川コンピュータ・センター)

 「2カ月間にわたるワークショップの中で、さまざまな立場の方とお話ができ、自分自身をアップデートできました。今回参加された皆さまとはこれからもつながっていきたいです」(株式会社サンネット)

 「医療現場の方々と私たちITベンダーが捉えている課題認識は異なりますが、どちらの視点も重要だと感じました」(NECネクサソリューションズ株式会社)

 「ふだんSEの立場で病院の方と会合する機会はありますが、地域医療といった広いテーマの話題はなかなか聞くことができませんでした。今回のワークショップでは、地域医療についての課題を討議でき、視野を広く持つことができました」(株式会社KIS)

 「討議への参加は不安でしたが、ほかの参加者の方にどんな質問をしても、“1を聞いたら10答えが返ってくる”ように教えていただき、勉強になりました」(株式会社南日本情報処理センター)

 チームメンバーは途中で入れ替えがあり、多くの参加者が複数のチームで議論に参加した。その体験を受けた発言もあった。

 「全員で考えた一部ずつが入った5つの提案をまとめることができたと考えています。すべてが育っていくと思うので、ぜひ5つとも実現してほしいと思います」(日本事務器株式会社)

 「自治体や地域住民、企業を含む広い観点で議論でき、勉強になりました。また、途中でチームを切り替えることで、全員で5テーマを共有でき、より多くの意見を吸い上げることができたと思います」(株式会社シーエスアイ)

ワークショップで得られた成果の社会実装を進めていく

 続いて、今回のワークショップのオーナーを務めたNECヘルスケア・ライフサイエンス事業部門 主席プロフェッショナルの福井誠が登壇し、次のように所感を述べた。

 「今回のワークショップの提案を具現化することで、日本の医療の明るい未来につなげることができると確信しました。我々、NECは本ワークショップの成果を基に、社会実装を目指して事業化検討を進め、より多くの方々と生成AIの活用による、地域完結型医療の実現に向けて取り組んでまいります」

 NECでは、今回のワークショップで創出されたビジネスアイデアの社会実装を積極的に進めていく考えだという。特定の地域や医療機関に閉じた活動で終わらせることなく、今回のワークショップを起点に医療機関やITベンダーとの共創による地域医療改革の取り組みを対外的に公表し、日本全国に活動を広げていきたいとしている。

 具体的には、医療機関やITベンダー、NECだけでなく、今後新たに募集する自治体などのステークホルダーとも密接に連携しながら、より良い地域医療を創るための「BluStellar共創パートナープログラム/生成AI for Healthcare」を立ち上げる計画を進めているという。

 最後にNECの医療関連事業を統括するヘルスケア・ライフサイエンス事業部門長の北瀬聖光が登壇、NECが今後地域医療の課題解決に向けて本格的にコミットしていく決意をあらためて表明した。

 「今回のワークショップの活動を通じて、地域医療が抱える切実な課題を知ることができました。これらを解決するため、今回のワークショップの成果を『絵に描いた餅』で終わらせることなく、社会実装まで持っていきたいと思います。そのためには、まずは着手しやすいものからスタートし、実績を積み上げていくことで、医療機関やITベンダーの皆さまとの信頼関係をより強固なものにしてきたいと考えています」

NECのパートナーシッププログラム

 NECでは、独自に強みを持つ共創パートナーの皆さまと新たな価値創造を行う『BluStellar共創パートナープログラム』の活動を行っております。生成AIについては、新たなパートナーシッププログラムを準備中です。今後、以下ウェブサイトでご案内してまいります。

BluStellar共創パートナープログラム

9月27日に開催されたヘルスケア生成AI共創ワークショップ報告会に参加した方々。
医療機関:株式会社麻生 飯塚病院、岩手県立久慈病院、公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院、社会福祉法人 恩賜財団 済生会熊本病院、JA長野厚生連 佐久総合病院 佐久医療センター、名寄市立総合病院、社会福祉法人 恩賜財団 済生会支部 北海道済生会小樽病院(原則として法人表記を除く五十音順)
ITベンダー:株式会社麻生情報システム、株式会社石川コンピュータ・センター、NECネクサソリューションズ株式会社、株式会社KIS、株式会社サンネット、株式会社シーエスアイ、日本事務器株式会社、株式会社南日本情報処理センター(法人表記を除く五十音順)