AIを味方にハイブリッド型へ向かう北米医療
~遠隔・対面・モニタリングが人材不足、過疎地の救世主に~
Text:織田浩一
アメリカではコロナ禍を経て遠隔医療が当たり前になっており、筆者も健康に関しての懸念が出てくると、今では迷いなく遠隔医療と対面を組み合わせたハイブリッドな医療ケアを受ける。まず主治医にビデオ診察を受けて必要な検査は病院へ行き、その結果をまた主治医とビデオで話し、専門医を紹介されたらその専門医とビデオで話し、必要に応じて病院で追加の検査を行い、その結果をビデオで話す…という具合である。併せて、病院のモバイルアプリやその周辺のサービスが充実してきており、診療の予約や処方箋薬の注文が簡単に行えるようになった。こうした遠隔医療が、病院不足に直面する過疎地でも注目されている。今回はハイブリッド型を指向するアメリカの医療状況について解説したい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
コロナ禍が押し上げた米国の遠隔医療
2020年3月に始まったコロナ禍で仕事場や学校ではリモート環境を強いられたが、それは医療も同様だった。米保健福祉省(U.S. Department Of Health and Human Services)によると、アメリカの2020年6月-11月における遠隔医療利用率は急増し、30.2%に達したという。
ワクチンが普及し、リモート対応が徐々に解除されていくに従って、医療検診も多少それに続く形で対面への揺り戻しが起こっている。下図はその後の2021年4月中旬から2022年8月頭の遠隔医療利用の割合を大人、子供に分けてトラッキングしたものだ。利用率の高かった2020年後半からは多少落ち着いて、大人で22.5%程度になった。2022年6月に多少上昇しているのは、新たなコロナ株が出てきたためと考えられる。
同調査では、2021年7月から2022年8月頭の期間で別グループを対象に、さらにビデオと音声の種別について踏み込んでいる。それによると、下図に見られるように、過去4週間でのビデオを使った遠隔医療利用率が18-24歳で72.5%、25-39歳で69.3%、大卒以上では66.7%、年収10万ドル以上になると67.9%と非常に高い割合を占めることが分かる。一方、音声による遠隔医療利用率は年齢が上がるほど高くなる。リモート業務でビデオ会議システムを利用したり、スマートフォンでのビデオ通話に慣れていたりする若い年齢層が、ビデオでの診療を活用しているのである。こうした若年層は今後も継続的に使っていくことが予想され、長期的に利用率のかさ上げにつながると考えられる。
遠隔患者モニタリングはデバイスでデータ取得
上記の遠隔医療の広がりに加えて、スマートウォッチをはじめとしたウエラブルデバイスも活用が広がっている。心臓病、糖尿病などの患者の多いアメリカでは、ウエラブルデバイスを使って患者の健康状況を常時ウォッチする「遠隔患者モニタリング」が進んでいる。Insider Intelligenceの調査と予測によると、2020年に2,910万人、21年には3,930万人が利用し、両年とも前年比で30%以上の増加が見られた。22年以降も毎年十数%の勢いで伸びていき、2025年には米全人口の5分の1に当たる7,060万人が利用すると予測している。
既にスマートウォッチなどを使って心拍の異常などを検知したり、心電図を記録したりするモバイルアプリもあるが、医療機関では専用デバイスを使うことが多いようである。米大手医療機関のMayo Clinicでは、Holter Monitorというデバイスを使って1-2日程度の詳細な心電図データを取得し、それを医師が分析する。
肥満率の高いアメリカでは、糖尿病対策のためのグルコースモニタリングデバイスも広く普及する。筆者の友人は肥満ではないのだが糖尿病の前段階と診察され、血糖値を測るためにモニタリングサービスを利用していた。使ったのはiPhone、Androidのスマートフォンアプリや、専門デバイスもあるDexcom G6と呼ぶシステムで、飲食後の血液中のグルコース濃度、つまり血糖値をほぼリアルタイムに示してくれる。友人が試してくれたところによると、ワインを飲んだ後では上がらないが、ピルスナー以外のビールやクラフトビールの中には非常に血糖値を上げる物があることなどが分かった。何が血糖値に影響するのかを見ることで食生活の改善に役立つと同時に、食べた物と血糖値のデータを医師に提供することができる。この食事治療の結果、友人はモニタリングの必要が無くなっている。
数多いハイブリッド医療ケアのメリット
最近になって浸透しつつあるのは「ハイブリッド医療ケア」である。これは遠隔医療、遠隔患者モニタリング、そして医師などと対面で医療検診や治療を行うことを統合する考え方だ。患者の生活している中でのデータをモニタリングデバイスで取得することで、医師や看護師が患者の健康状態の頻繁なアップデートを受けることも可能となる。ハイブリッド医療ケアの患者にとってのメリットは、医療ケアを比較的早く受けることができ、利便性も上がり、医師、看護師とのコミュニケーションを深めることができる点にある。
ハイブリッド医療ケアはサービス提供側にも業務を簡素化、効率化できるメリットがある。例えばビデオアポ・対面アポの設定やアポの自動リマインド、検査後の医師からの治療の推奨、治療薬の配送、再診アポ設定の自動化などである。人材不足が深刻な業界であるため、これらは大きなメリットとなる。業務の効率化、自動化により患者にかかるコストも削減することができる。
加えて、ハイブリッド医療ケアではAI(人工知能)機能の導入が期待されている。アポの設定やFAQの中で生成AIのバーチャルアシスタントが対応したり、遠隔患者モニタリング時のデータ分析や異常状況のアラート、診察結果の書き起こしやサマリーの作成、請求などの事務手続きを自動化したりすることで、さらに効率が高まると考えられる。
全米で病院の閉鎖危機に瀕する過疎地域
日本でも限界集落での医療サービス提供が課題となっているが、アメリカでも農村を含めた過疎地で病院数の縮小が深刻化している。下図は過疎地域における病院の閉鎖数を示したものであるが、過去10年で100以上が閉鎖し、中でもコロナ禍開始の2020年に過去最多となっている。全米の過疎地域では、その30%以上の地域において約700病院が存続の危機に瀕しており、うち350病院がすぐにでも閉鎖する可能性があるという。この数はアメリカの半分の州にある病院数の25%に当たり、うち9つの州では過疎地域の病院のほとんどが閉鎖目前の状態にある。そうした地域の住民は、近くに病院のない環境に住み続けることになる。
閉鎖の理由は、医師や看護師の不足や給与の高騰などで病院が多種の治療サービスを提供することが難しく、サービスによっては赤字を生んでいること。さらに、州政府や地域政府の税収が脆弱であり、コロナ禍の時に提供された米連邦政府からの補助が終わったことも挙げられる。
そのような過疎地域の苦境を改善する1つの方法としても、ハイブリッド医療ケアは注目されている。遠隔患者モニタリングによる患者の健康状態のデータ取得や、患者のデータを管理する電子医療情報システムの普及は過疎地における治療の効果検証に役立つ。保険会社への請求も容易になる。加えて、米連邦政府が遠隔医療に対して交付金を用意していることもある。これらが過疎地の病院の財務状況を立て直す契機になることが期待されているのだ。
具体的な例として、45の総合病院と221のクリニック、そして2900人の医師を抱える全米最大の過疎地域病院ネットワーク、Sanford Healthを紹介しよう。同ネットワークは遠隔医療機器・遠隔患者モニタリング機器を提供するTytoCareのシステムを使うことで、患者1人当たり1-3時間の通院時間と、合計2,530万マイル(約4,072万キロメートル)の通院の移動距離を減らせたとするケーススタディを公開している。Sanford Healthの小児呼吸器専門医は、病院から500マイル(約800キロメートル)離れた喘息と嚢胞性線維症の子供の患者を担当しているという。
コロナ禍は社会のあり方や人々の行動、教育、仕事の仕方などを大きく変える出来事だった。ワクチンに反対したり疑問視したりする人たちに対応しながら、同時に次々と増えていくコロナ患者に向き合い続けた医療業界では、自分たちの健康を守ることも難しくなり、医師や看護師の間で燃え尽き症候群が頻発した。もともと人材不足が深刻な業界でありながら、コロナの後遺症や上記の理由から退職者も相次ぎ、結果として過疎地での病院閉鎖につながっている。
遠隔患者モニタリングやAIを組み合わせたハイブリッド医療ケアは、この状況を好転させる有力な手段となる可能性がある。過疎地では老齢者層が多く、インターネットやデバイスのリテラシー向上や、モバイル通信の普及などの課題は残るものの、過疎地では改善策が他にないのが現状である。AIバーチャルアシスタントによるサポートなどを充実させていくことが必要である。AIを加えたハイブリッド医療ケアは、過疎地域だけでなく、北米全体に医療の諸問題を解決し、医療サービスをより良いものにしていく重要な鍵となるだろう。
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