

今から始めるものづくり×カーボンニュートラルへの第一歩
~ワークショップで“自分事化”と“気付き”を掘り起こす~
もはやCO2排出量の実質ゼロを目指す「カーボンニュートラル」は、製造業にとって避けては通れない課題となりつつある。その実現に向けたヒントや道筋を探るべく開催されたのが、「未来の製造業を創造する:カーボンニュートラルへの挑戦」だ。本ワークショップでは、講師によるカーボンニュートラルに関するセッションに加え、アイデアを言語化するレゴ®シリアスプレイ®メソッドと教材を活用したワークショップや脱炭素とまちづくりを疑似体験するカードゲームが実施された。製造業のビジネスにおいて脱炭素を実現するためのヒントを、参加者一人ひとりが持ち帰れるようにするのが今回の目的だ。ここでは当日の模様を紹介したい。
気候変動がビジネスに大きな影響をもたらす時代に
ワークショップ冒頭、進行役を務める井澤 友郭氏が、参加者に次のように呼びかけた。
「アメリカのトランプ政権がパリ協定からの離脱を決定するなど、一部ではこれまでの流れに逆行する動きも出てきています。とはいえ、脱炭素は避けては通れないトレンドです。不確実性が高まる中、世界はさまざまな面でアップデートされつつあります。今日は脱炭素視点で一緒に考えていきましょう」

井澤 友郭氏
近年、温暖化の影響で気象災害リスクが増大し、世界は「気候危機」と呼ばれる状況に直面している。ドイツの環境NGOジャーマン・ウォッチが発表した「気候変動リスクが高い国」ランキングでは、日本はモザンビーク、ジンバブエ、バハマに次いで世界第4位にランクイン(『世界気候リスク指標2021』)。特に台風や豪雨などの水害リスクが高く、先進国としては唯一トップ10入りした。
環境省が制作した2100年8月の天気予報では、東京の気温は43.3℃、札幌でも40.5℃に達すると想定されている。
「こんな夏が本当にやって来たら、コンビニはどう変わると思いますか。ぜひ想像してほしいのは、第一次産業の変化です。果たして酪農は北海道で成立するのか、長野でリンゴは生産できるのでしょうか。気温が上昇すれば、これまでの前提が大きく変わります。ある日用品メーカーは、気候変動が進むことで原材料の生産地が変わることやヒートストレスで農家の人件費の高騰を自社のリスクとして挙げるだけでなく、気温上昇により制汗スプレーの売上や洗濯機会が増えるというチャンスも予想していました。このように気候変動の影響は、我々のビジネスに直接かかわってくるのです」(井澤氏)。
温暖化がもたらす影響は気温上昇だけではない。「気温が1.5℃上昇すると、50年に1度しか起こらないような異常気象の発生確率が8.6倍に増えるといわれています。もはや温室効果ガスを減らす『緩和策』だけでは不十分。気候危機の悪影響に備える『適応策』にも取り組まなければ追いつかないのが現実です」(井澤氏)。
こうした中、東京都は2022年11月、防潮堤のかさ上げ計画を発表。全国に先駆けて、温暖化を踏まえた防潮堤の整備計画を作成した。建物の省エネ化も、重要な適応策の1つである。今後は、建物の断熱化や室内熱中症対策を進め、いかに省エネで健康に暮らせる住宅をつくるかが課題となるだろう。
さらに、電気自動車や公共交通機関の利用による「移動手段」のゼロエミッション化も焦点となりつつある。フランスでは2023年に「短距離フライト禁止」の法案を可決。「鉄道で2時間半以内に移動できる路線でのフライト利用は原則禁止にする」という脱炭素化ルールが施行された。
「ヨーロッパでは2020年に、消費者の『修理する権利』を支持する規則案が採択されました。これは、消費者が自ら修理して商品を使い続けられるような設計・サービスの提供を義務付けたもの。これを受け米アップル社も、スマホ画面を自分で修理したい人向けのリペアキットを提供しています。こうしたサーキュラーエコノミーへの移行は、脱炭素へのアプローチとして重要です。ただし製造や資源調達、廃棄などの工程を含むため、1社だけでやろうとしても限界があります。ライバル企業とも連携しながら一緒に取り組んでいくことが重要になっていくでしょう」と井澤氏は語る。
全プレイヤーの協力なくして全体の目標は達成できない
その後、本日のメインの1つである、脱炭素まちづくりのカードゲームが行われた。これは、参加者全員が対話と協働を重ね、「プレイヤーが住んでいるまちの排出量を2030年までに半分に減らす」ことを目指すというもの。
ゲームの肝となるのは、「CO2排出量」「再エネ」「コミュニティ」という3つの数値である。「再エネ」は、その地域における再生エネルギーの普及レベル、「コミュニティ」は環境教育や脱炭素に関する理解度・成熟度を表す。
「CO2排出量」は100、「再エネ」と「コミュニティ」は20の初期値からスタート。各プレイヤーが「再エネ」と「コミュニティ」のレベルアップを図り、協力してさまざまなプロジェクトを実践しながら、「CO2排出量」を50以下に減らすというのがゲームの目的だ。
個々のプレイヤーには、電力会社、農家、自動車工場、建設会社、行政、金融などの「役割」と、CO2排出量削減などの「個人目標」が与えられる。また、目標達成の手段として、「お金」「パートナー」「プロジェクト」のカードが配布され、個々のプロジェクトを実行するために必要なリソース(「お金」と「パートナー」)と、プロジェクトの前提条件(「再エネ」と「コミュニティ」のレベル)が規定されている。必要なリソースが手元にない場合は、ほかのプレイヤーと交渉して交換・譲渡してもらうことも可能だ。ただし、プロジェクトの中には、うっかり実行するとCO2排出量を増加させるトラップ(罠)プロジェクトもあるので、実施するかどうかは慎重に判断する必要がある。

ゲームは4ターン制。前方のスクリーンには、「CO2排出量」「再エネ」「コミュニティ」のメーターが表示されている。プロジェクトの実行状況に応じて時々刻々と変化するメーターの数値を見ながら、さまざまなプロジェクトにチャレンジし、自分自身(個人)とまち全体の削減目標達成を目指すのがゲームのあらましである。
井澤氏の説明が終わると、いよいよゲーム開始。この日は序盤こそ成果が出なかったが、後半の追い上げにより「CO2排出量48、再エネ96、コミュニティ91」という数値でCO2排出量50%削減の目的を達成。参加者たちからは「当初は自分個人の目標達成を目指していたのですが、それだけでは、まち全体の排出量を削減することはできません。さまざまな産業が協力し合って、脱炭素に取り組むことが重要だと気づかされました」「プロジェクトの実行にあたっては、『どこに必要なリソースがあるのか』というまち全体のリソースを意識する視点も重要だと感じました」「良かれと思って実行したプロジェクトがトラップで、むしろ排出量を増やしてしまった。現実と同じでプロセスや結果の見える化が重要だと感じました」といった新たな視点や気付きについての感想が多く聞かれた。
CFPを見える化してサプライチェーンを強靭化する
ゲームの後は、NECの岡田 和久が講師を担当するインスピレーショントークが行われ、NECが実践するカーボンニュートラルの取り組みが紹介された。
CO2排出量の削減が企業に求められる中、日本国内のCO2排出量の3分の1を占める製造業への削減期待は非常に高いものがある。一方で、EUを中心に基準や規則の策定が活発化しており、自動車など一部の業界を皮切りにCFP(Carbon Footprint of Products)の開示義務が拡大しつつある状況だ。
ただし全体目標を掲げるだけでは、CO2排出量の削減はおぼつかない。確実な削減につなげるためには、まずはサプライチェーンにおける自社の立ち位置(どの部品・プロセスが多いか)を正確に理解する必要がある。
NECは脱炭素の世界目標より10年早い「2040年のカーボンニュートラル」を目標に掲げ、現場のデータを積み上げることによって排出量を算出する実証活動を行った。
「もちろんNECも上手くいったわけではなく、さまざまな課題が顕在化しました。その中で課題をクリアにしながら、サプライチェーン全体でのCFP見える化でものづくりサプライチェーンを強靭化し、企業としての社会的責任を全うしていく必要があります」と岡田は語る。

スマートインダストリー統括部
次世代事業戦略G シニアプロフェッショナル
岡田 和久
「私たちが製造業の方にお伝えしたいのは、CFP戦略をサプライチェーン強靭化の1つの機会としてとらえていただきたいということ。『ABG(Activity Based GHGゼロエミッション)』という考え方に基づき、サプライチェーン全体で原料や部品の数、電気や燃料の消費量などを掛け算や足し算をして、CO2排出量を精緻に積み上げ、CO2が多いところを見える化し、改善につなげていく。その中でNEC自身が製造業として培ったノウハウを、皆さんにツールとしてお届けしていきたいと考えています」(岡田)。

現在NECでは、設計部門向けのPLMツール「Obbligato」や、調達・生産管理部門向けのERPツール「IFS Cloud」、製造部門向けMESツール「NEC Industrial IoT Platform」など、製造業向けのさまざまなソリューションをラインアップ。そこで得られた情報をGX(グリーントランスフォーメーション)基盤に集約し、カーボンフットプリントの算定やプロセス単位のエネルギー使用量、再エネ情報などの見える化に取り組もうとしている、と岡田は説明する。
「これが完成すれば、ものづくりサプライチェーンを強靭化して、企業価値の向上につなげることができる。NECとアビームコンサルティングが連携してコンサルティングを提供し、皆様の会社のCO2削減に貢献するとともに、一緒に日本の製造業を強くしていきたいと考えています」と、岡田は抱負を語った。
「自分にはこれが必要だ」と発信し続けることが大切
最後のセッションでは、レゴブロックワークによる今日のワークショップの振り返りが行われた。自社が脱炭素を実現するためには、何を見える化することが重要なのか――。この場で感じたことをレゴブロックで表現しようというのが最終課題である。
Aさんは、グレーの基盤の中央にブロックを置いて4分割し、それぞれの区画に人形を1体ずつ配置。人と人をアーチで結んだオブジェを制作した。

「自分1人で頑張っていても、脱炭素を進めることは難しい。周囲の人がやっていることを見ながら取り組みを進めることが大事だと感じました。一人ひとりが閉ざされた環境で仕事をしていたとしても、常にアンテナを立てて情報をやりとりし、『自分にはこれが必要だ』と発信し続けることが大切だと思います。それぞれが置かれた状況や思いを見える化すれば、脱炭素が進むということをレゴブロックで表現してみました」
Bさんは、青い基盤の上に白い2つの円筒と赤の平たいブロックを置き、その横に歯車のような形のブロックを置いた。

「さまざまなステークホルダーがつながる環境が重要だと思い、白のパーツと赤のブロックでそれぞれ工場と事業所を、歯車でサイバー空間を表現。それらを線で結ぶことによって、各々のデータがつながっている状況をイメージしてみました。工場と事業所がつながり、最終的には経営者視点で、ビジネスに貢献しながら脱炭素を実現していきたい。そんな思いを表現したのがこの作品です」
Cさんが制作したのは、緑の基盤の上にグリーンを植え込み、小さなブロックやタイヤ(お金の代わり)を散りばめた箱庭のような空間だ。

「自社のビジネスで脱炭素に取り組むことが、社会や自然にどのような影響を与えるのか。そのインパクトを可視化した上で、どのようにお金が発生し、どこに人が介在するのかを把握したいと考えました。脱炭素の取り組みは1部門だけではできないので、組織的かつ定期的にやっていくことが必要です。そんなグランドデザインをレゴブロックで描いてみました」
「自分が何をしたいか」を見える化することが継続のカギ
レゴブロックワーク終了後、井澤氏が「脱炭素実現の3つの壁とは?」と題してクロージングを行った。
「脱炭素実現には3つの壁があるといわれます。それは『価値変容の壁』、『行動変容の壁』、そして『見える化の壁』です。価値観が変わらない限り、行動は変わらないし、行動が変わらなければ成果は出ない。行動を変えるためには、半径1mからでもいいから『始めること』が大切です。できるところから始め、小さな成功体験を積み上げていく。それを『業務の中でどれだけ実現できるか』がポイントです」。
しかしながら、成果が見えなければ継続は難しい。そこで重要になってくるのが、「自分が何をしたいのかを見える化すること」だと井澤氏は話す。
「脱炭素を目指すことによって、自社は何を目指し、誰を幸せにしたいのか。それを言語化しないとモチベーションが維持できないので、しっかり見える化することが大切です。さらに、『誰がどのぐらい頑張っているのか』も見える化し、チャレンジャーにスポットライトを当てて応援する。それも、脱炭素に向けた重要なアプローチだと思います」。
脱炭素を進めるためには、イノベーターやファーストペンギンの果敢なチャレンジを邪魔せず、応援していくことも大切です――井澤氏はそう語り、この日のワークショップは幕を閉じた。
