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withコロナ時代、日米の小売ビジネスはどう変わるのか?

 瞬く間に世界中に流布した新型コロナウイルス。これにより消費者の購買行動は大きく変化した。ECや宅配、ドライブスルーなどの活用が増える一方、キャッシュレスやタッチレスを求める社会機運が高まった。既に米国では、ECサイトによる新しい顧客体験の提供のほか、レジレス型店舗やBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)というショッピング形態も広がりを見せているという。こうした潮流を受け、日本の小売業界はどのような価値提供を目指すべきか。米シアトルを拠点に活動する織田 浩一氏とNECで小売業向けITサービス事業を取り纏めている納富 功充が、米国の最新トレンドを基に小売ビジネスの“未来”を語り合った。

SPEAKER 話し手

デジタルメディアストラテジーズ社

織田 浩一(おりた こういち)氏

代表

NEC

納富 功充

第一リテールソリューション事業部
事業部長代理

米国の消費トレンドは「体験」と「スピード・効率」

 ──米国では小売分野で先進的な取り組みが進んでいます。データの戦略活用で顧客体験を高め、売上アップを目指す「D2C(Direct to Consumer)」といった事業モデルも数多く登場しているそうですね。現在の米国のトレンドを教えてください。

織田氏:D2Cは自社で企画・製造した商品を消費者に直接販売するモデル。デジタルマーケティングを活用して顧客を獲得し、Eコマースで販売する形態が主流ですが、米国ではこの流れがリアルリテール(実店舗)にも広がりつつあります。
 米国の店舗の多くにはビーコン(位置情報などを捉える仕組み)が設置されているので、消費者の店内の行動がわかる。興味のありそうな商品の近くに来ると、クーポンやお勧め商品を案内する。家に帰ってWebにアクセスすれば、レコメンド情報が表示される。ネットとリアルをまたいだデジタルマーケティングが加速しています。
 その中で消費者が求める価値は、大きく2つに分類できます。1つは「体験」です。「商品を探す時間を楽しみたい」「実際に商品を手に取って確認したい」という買い方。もう1つは「スピード・効率」。欲しい商品はほぼ決まっていて、快適に素早く買い物を済ませたいというニーズです。

 ──具体的に、どんな店舗が人気を集めているのでしょうか。

織田氏:前者の「体験」については、Stitch Fixという会社が、AIとスタイリストによる顧客に寄り添うパーソナルなサービスを展開しています。登録された顧客情報やその後の購買情報を基に、AIが好みの服や着こなしに合う服を分析・提案する。スタイリストが予算の範囲内でそれを最終的に判断し、ファッションコーディネートを自宅に届けてくれるというサービスです。
 ほかにも、ファッションブランドのReformationは店内にデジタルサイネージを設置し、新しい顧客体験を提供しています。デジタルサイネージで服や靴を選ぶと、それが試着室に用意される。サイズや色を変えたければ、試着室の端末で依頼できる。お客様はあれこれ商品を持って店内を歩き回らずに済み、納得いくまで試着できるというわけです。
 一方の「スピード・効率」という点では、2020年2月にシアトルにオープンしたAmazon Go Groceryがその代表格です。これは、生鮮品や生活用品が充実した中規模のスーパーマーケット。レジに並ばずスマートフォンで支払いが可能なので、買い物をするのに3分とかかりません。
 BOPIS(Buy Online Pick-up In Store)というショッピング形態も広がりを見せています。オンラインでオーダーし、お店の駐車場に車を止めると、店員が商品をトランクに入れてくる。大型スーパーマーケットのほとんどが、このサービスに対応しています。

デジタル化の進展が遅い日本の小売業界。そのボトルネックとは

 ──一方の日本の小売業界の動きはいかがでしょうか。

納富:日本では人手不足が深刻な社会課題になっています。これを受け日本の小売業界でも、労働力の確保が難しくなり、 どのように店舗業務を効率化するが喫緊の課題となっているのです。また、お客様のニーズや生活スタイルが多様化する中で、満足度の高い顧客体験を提供できるかも求められています。つまり、いかに顧客の体験価値(CX:Customer Experience)を高め、同時に店舗オペレーション(OPEX:Operational Excellence)の省力化・効率を図るか。表現は異なりますが、日本も織田さんが指摘した「体験」「スピード・効率」が重要なキーワードとなっています。これを受け、一部の先進的な企業では、AIやIoTをはじめとしたデジタルテクノロジーを活用する取り組みがはじまっています。

 ただし業態としては、Eコマースの売り上げが成長率は高いものの、実店舗での売り上げが占める割合も依然として大きいのが特徴です。「ネットか、リアルか」という二者択一ではなく、実店舗の活動とオンラインを共存させていく「オムニチャネル戦略」「OMO:Online Merges with Offline(オンラインとオフラインの融合)」への取り組みを強化し、消費者から“選ばれる”小売業になることが重要性を増していると感じています。

 ──日本の小売業界は、米国の先進企業に比べ、デジタル化の進展が遅いという話を耳にします。何がボトルネックになっているのでしょうか。

納富:もちろんさまざまな個別要因があるとは思いますが、米国と比較した場合で代表的なものはデータ活用に関する制約ではないでしょうか。購買情報は小売事業者が持っていますが、それは消費者の行動の一面にすぎません。消費者のことを詳しく知るためにはメーカー、卸や問屋、物流も含めたサプライチェーン全体でデータを収集・活用する必要がある。しかし、それぞれデータの所有者が違うため、一元管理が難しいのです。

 ──そうしたデータ活用の“壁”を乗り越えるため、どのような取り組みが必要なのでしょうか。

納富:サプライチェーン全体でデータを収集・活用できる仕組みをつくる必要があると思います。メーカーが店舗の購買情報を活用できれば、商品開発に活かしたり、小売業との共同プロモーションも可能になったりします。そういうメリットを各プレイヤーが実感できれば、データ活用も加速していくと思います。

 加えて、法制度も含めたルールをつくり、安全・安心を担保した上で、消費者目線のより良いサービスを提供していく。社会としてのコンセンサスをつくっていくことも重要です。

 ──米国では日本のようなデータ活用の“壁”は存在しないのですか。

織田氏:個人のデータが使われても、それを上回るメリットがあれば許容するようなユーザーは多いです。日本に比べると、データ活用には寛容だと思います。ただし、欧州のGDPR(EU一般データ保護規則)や、2020年1月に米カリフォルニア州で施行されたCCPA(カリフォルニア消費者プライバシー法)が出てきたことで、データ活用に厳しく対応すべきという状況が生まれています。

 その中で存在感を増しているのが「CMP(コンセント・マネジメント・プラットフォーム)」です。消費者のcookieやデバイスIDなどを取得する際、一つひとつについて取得の可否、利用方法やその範囲まで細かに同意を得て、それを管理するプラットフォームです。これを基に同意のレベルに応じたデータ活用を行っています。

 先進企業はこれをベースに「CDP(カスタマーデータプラットフォーム)」を整備し、リアルとネットを含めた顧客ジャーニー分析を推進しています(図1、図2)。売上10億ドル規模のある企業は、こうした取り組みによってサブスクリプションの導入を進め、6カ月で122%の追加消費を生むという客単価の向上を実現しています。

図1:CDPの機能
IDとユーザをひも付け、同意を得て取得したデータから属性などのプロファイルを生成。ネット/リアルの行動を統合的にモニタリングおよび分析し、将来行動を予測する
図2:Pointillist社の顧客ジャーニーの分析イメージ
顧客セグメントが何を接点に商品に興味を持ち、購買に至ったか、あるいは買わなかったかを分析する。これを基に最適なタイミングでレコメンド情報を出し、購買機会の拡大を図る

近未来を先取りしたレジレス型店舗をNEC自身が運営

 ──こうした差はあるものの、日本企業でもキャッシュレス決済に対応した店舗が増えるなど、小売分野のデジタル化が進みつつあります。NECも2020年2月、本社ビル内に「レジレス型店舗」をオープンしましたね。

納富:小売業向けに開発してきた販売管理や顧客管理などの店舗システム、顔認証による入店管理に加え、センシング技術を連携し、商品をレジに通さず決済できます。購買者と商品のひも付けは店内のカメラとセンサーによって行われるため、選んだ商品を持ったまま店を出るだけ。商品をスキャンする必要もありません。レジ人員を配置する必要がないので、人手不足も解消できます(図3)。

図3:NEC本社ビル内で営業しているレジレス型店舗。世界No.1(※)の顔認証技術が活用され、入店する一人ひとりを識別。
(※)米国国立標準技術研究所(NIST)による顔認証ベンチマークテストでこれまでにNo.1を複数回獲得
https://jpn.nec.com/biometrics/face/history.html
NISTによる評価結果は米国政府による特定のシステム、製品、サービス、企業を推奨するものではありません。

 ──レジレス型店舗をオープンした狙いは何ですか。

納富:NECでは、先に触れた「顧客体験」と「店舗オペレーションの省力化・効率化」の実現を「Smart Retail CX」というコンセプトで推進しています。ただし、お客様が抱える課題を真の意味で体感するためには、NEC自身がお客様と同じ視点に立って、店舗に本当に必要なものは何かを見つけ出していく必要があります。そこで自ら店舗をつくり、実際に運営することにしたのです。
 メディア説明会では、あるメディアの方から「商品以外に触らずに済むので、新型コロナウイルス対策になりますね」と言われました。人やモノとの接触が懸念されるなか、キャッシュレスやタッチレスの仕組みは、結果的に「withコロナ」時代の~新しい生活様式にもマッチしたものといえそうです。

 ──なぜNECは、こうした新しい展開が可能なのでしょうか。

納富:NECは40年以上にわたって、多くの小売業のお客様に店舗ソリューションを提供しています。2018年12月にはセブン‐イレブン・ジャパン様と協力し、三田国際ビルに顔認証による決済などを導入したNECグループ社員向けの省人化店舗をオープンしました。そのノウハウも今回の店舗運営に活かされています。

 小売業界のトレンドやニーズの変化、店舗オペレーションを把握した上で、テクノロジーをいかに適用すべきかの知見を保有していること。小売業の店舗運営を止めない仕組み(店舗トラブル時のコールセンターやオンサイト保守サポート、IT機器、什器の手配工事管理など)を提供していること。こうした経験、強みがあるために、レジレス型店舗という新しい取り組みにもチャレンジできたわけです。

新しい価値創造と社会課題の解決に貢献していく

 ──新しい取り組みを通じ、NECはどのような社会を目指していくのでしょうか。

納富:15年ほど前になりますが、小売業のお客様との会話が印象に残っています。例えば、とある商品が売れたとしても「本当に欲しくて買った」のと「別のものが欲しかったが、欠品していたので買った」では、まったく意味が違うというのです。以前はその分析は困難でしたが、今はカメラの映像やセンサー情報をAIで解析できます。「できること」「やりたいこと」にテクノロジーが追い付いてきた。そこに大きな可能性を感じています。

 先進のテクノロジーやソリューション提供にとどまらず、店舗の実情に沿ったスマート化、デジタル化で、深刻化する労働力不足の解決と新しい顧客体験の創出に貢献し、誰もが豊かさを享受できる社会を目指したいと考えています。

織田氏:従業員がムダなことをせずに済む省人化支援のテクノロジーは、アメリカでもニーズが高まっています。省人化による余力を接客に費やすのが狙いです。AIがデータを分析し、店舗内の「どこに」「誰が」「いつ」いるべきかを支援する仕組みもある。日本は海外と比べて、そもそも従業員の接客品質が高い。そこにデジタルテクノロジーが加われば、世界をリードする立場になる可能性もあると思います。

 ──最後にデジタル時代の新しい事業創出に取り組んでいる小売業界のビジネスパーソンに向けて、メッセージをお願いします。

織田氏:デジタルの世界は変化が速い。例えば、広告キャンペーンを展開する時、私は予算の10%を実験的なことに振り向けるように推奨しています。そうしないと知見がたまらないし、新しいことに追い付いていけなくなるからです。予算に加え、実験的なことができる環境やチームも整え、積極的にチャレンジすることが大切です。

納富:新しい価値創造と社会課題の解決は、NEC単独では実現できません。小売業のお客様やパートナーとの共創が不可欠です。これからも共創を軸に一つひとつ実績を積み上げ、小売業のスマート化、デジタル化をサポートしていきます。