顔認証の焦点は「体験設計」へ
麻布台ヒルズでの実証が示した社会実装の鍵
忙しい現代のライフスタイルに寄り添い、来店者に新しい体験を提供することを目的に、森ビルとNECは麻布台ヒルズで「TO FACE.TO GO」という顔認証の実証イベントを共同で実施した。「顔認証決済サービス」と「顔認証回数券サービス」の2つのサービスが体験できるイベントで、来店者の3人に1人が顔を登録し、9割以上がその体験を「よかった」と回答した。顔認証技術を活用し、これからさらに顧客体験を変革するには何が必要か──。両社の焦点は「体験設計」に移っている。イベントをリードしたキーパーソンに話を聞いた。
SPEAKER 話し手
森ビル株式会社

松本 雅樹氏
タウンマネジメント事業部
メディア事業企画部(兼)運営部 六本木ヒルズ運営G
チームリーダー

和田 昌樹氏
タウンマネジメント事業部
メディア事業企画部
NEC

遠藤 亮汰
コマースソリューション統括部
エクスペリエンスコマースグループ
主任

大倉 啓生
デジタルコマース統括部
コンシューマーエクスペリエンスグループ

破魔 裕貴
デジタルファイナンス統括部
主任
麻布台ヒルズカフェ

門脇 裕太氏
店長
「通りすがり」に「顔を見せて」コーヒーを受け取る
──麻布台ヒルズで顔認証の実証イベントを実施したそうですね。どのような内容だったのでしょうか。
松本氏(森ビル):麻布台ヒルズは、オフィス、住宅、ショップやレストラン、ホテル、文化施設、インターナショナルスクール、医療機関などからなる複合施設です。その中央広場の近くに買い物を楽しみに来たお客様や、オフィスで働く方たちが利用する麻布台ヒルズカフェというカフェ&カジュアルダイニングがあります。この麻布台ヒルズカフェにおいて、NECと森ビルで「TO FACE.TO GO」と銘打ったイベントを実施しました。
タウンマネジメント事業部
メディア事業企画部(兼)運営部 六本木ヒルズ運営G
チームリーダー
松本 雅樹氏
遠藤(NEC):イベントでは、2つのサービスによる体験を提供しました。1つは「顔認証決済サービス」です。事前に顔情報とクレジットカード情報を登録しておけば、レジ前で顔をかざすだけで決済が完了し、財布もスマートフォンも取り出す必要がありません。もう1つは「顔認証回数券サービス」です。こちらは登録いただいた顔情報にコーヒー2杯分の回数券の権利を付与し、顔をかざすだけで注文も決済もなく、ただ「通りすがり」にコーヒーを受け取るような体験をしていただきました。
コマースソリューション統括部
エクスペリエンスコマースグループ
主任
遠藤 亮汰
──反響はいかがでしたか。
和田氏(森ビル):想像以上の反響でした。期間中、様々なお客様が麻布台ヒルズカフェに来店しましたが、3人に1人が顔を登録してくれました。これはかなりのインパクトです。「麻布台ヒルズカフェで何かおもしろいことをやっている」と口コミが広まって、オフィスで働いている方が仲間と一緒に来店する姿もたくさん見ました。
タウンマネジメント事業部
メディア事業企画部
和田 昌樹氏
門脇氏(麻布台ヒルズカフェ):私は、麻布台ヒルズカフェで店長をやっています。多くのお客様が楽しそうな表情で顔を登録し、コーヒーを受け取っていく姿が印象的でした。イベント終了後の現在もお客様から「顔認証決済まだできますか」と聞かれることがあります。イベントを通じた顔認証体験は、確実にライフスタイルの変化を促しています。
店長
門脇 裕太氏
──NECは、どのような思いでイベントを企画したのでしょうか。
遠藤:顔認証は、すでに様々な分野で実用されていますが、入退管理や本人確認など、どうしてもセキュリティの印象が強い技術です。しかし、NECは顔認証の可能性はそれだけではないと確信しています。社会や私たちの暮らしに、さらなる便利さ、快適さを提供できる技術です。今回のイベントは、それを確認し、証明する機会にしたいと考えました。
──具体的には、どのような考えを盛り込んだのでしょうか。
大倉(NEC):いつもの暮らしの中に顔認証が溶け込み、自然に価値を感じられるような「フリクションレスな体験」を設計しました。また、店舗における顔認証の用途は、主に決済でしたが、今回は回数券の権利を顔に紐づけるという新たな使い方も取り入れました。麻布台ヒルズのオフィスで働く方が、出勤途中や昼休みの限られた時間の中で、カフェに立ち寄り、財布やスマートフォンを取り出すことなくコーヒーを受け取り、そのままオフィスへ向かう。このような体験を通じて、顔認証の利便性や快適さを感じていただこうと考えたのです。
デジタルコマース統括部
コンシューマーエクスペリエンスグループ
大倉 啓生
和田氏:森ビルも、イベントは顔認証の精度などを確認する場ではなく、新しい体験を提案する場にしたいと考えました。顔認証は検証段階ではなく、すでに実用段階にあると考えているからです。実際、イベントに参加したお客様の姿を見ても顔登録に不安を感じるような姿はほぼ見られず、顔認証が広く浸透し始めていることを改めて感じました。
松本氏:数年前だったら不安に感じるお客様もいたかもしれません。しかし、大規模なイベントでの採用、それを報道するニュース、そして様々な場面での顔認証の実体験を通じて、多くの方が顔認証を受け入れています。顔認証は技術としては十分成熟している。あとはどのように社会に実装していくかだと思います。
イベントを通じて見えた新しい発見と課題
──イベントを通じて、どのような発見がありましたか。
遠藤:顔認証は、データの価値を直接本人に届ける架け橋となれる。そのことを改めて感じました。例えばカフェなら、顔を認証した瞬間にお客様の注文履歴や好みの情報を把握し、その日のオススメのメニューやカスタマイズを提案したりできます。
門脇氏:カフェの店員は常連のお客様のコーヒーの好みや注文の傾向を把握しており、「今日はホットにしますか」と声をかけながら接客します。顔認証によるパーソナライズは、人による接客やおもてなしをテクノロジーで再現するような取り組みですね。
松本氏:直接、イベントには関わっていない森ビルの他部門にとっても顔認証の可能性を発見する機会となったようです。設備管理やショップ&レストラン部門などが、イベントの盛り上がりを見て、自身の業務にも顔認証が使えるのではないかと考えはじめています。
──課題も見つかったそうですね。
破魔(NEC):はい。セキュリティと利便性の両立の最適化です。顔認証決済は、セキュリティの観点で支払時に4桁のコードを入力する仕組みになっています。しかし、多くのお客様から、もっと簡単に使いたいというご意見をいただき、より最適な体験を考えはじめています。
デジタルファイナンス統括部
主任
破魔 裕貴
大倉:NECにとっては、利用者の体験を設計することも重要なポイントだと感じました。NECは技術力が強みですが、体験設計の経験や知見がまだ足りません。今回も企画段階で何度もカフェに足を運んで、どんな方が来店するのか、動線はどうなっているのかを実際に確かめてから、顔認証が行動の中に溶け込める体験を考えました。体験設計において、すでに多くの経験や知見を持っている森ビルのような企業とも連携しながら、その力を磨いていきたいですね。
技術はすでにある。求められているのは体験を設計する力
──最後に、今後の展望をお聞かせください。
遠藤:麻布台ヒルズは、働く方、住む方、訪れる方、多様な人が集まる場所です。ここでの経験を活かして、より多くの人に顔認証の価値を提案していきます。そのための技術の多くはすでに存在しています。あとは、それをどう体験として設計するか。前向きに挑戦し続けます。
門脇氏:顔認証で決済するスタイルをイベントが終わった後も続けているお客様がいる。そのことが、なによりも顔認証の可能性を証明しています。カフェの現場で、これから、顔認証がどんどん当たり前になっていくのを見るのが楽しみです。
和田氏:現在は麻布台ヒルズカフェだけですが、顔認証が使える場所が増えれば、麻布台ヒルズの全体で便利さや快適さを提供できます。そんな未来をNECと一緒に描いていきます。
松本氏:NECが持っている技術は顔認証だけではありません。街の鮮度を上げ続けるのが私たちタウンマネジメント事業部のミッションですが、最先端の技術は街にいる人に新しい体験を提供することができます。NECと共に様々な技術の実装にチャレンジしていきます。
破魔:顔認証には様々な可能性があります。今回、設定した通勤や食事、買い物のような日常のシーンだけでなく、イベント・エンタメ領域との親和性は高いと思っています。スタジアムでのスポーツ観戦の際、決済をはじめとする様々な認証を顔で行えば、観戦中の試合から目を離さずに済むはずです。
大倉:顔が様々なシーンを横断する「ひとつのID」として機能することで、イベントやエンタメといった非日常の体験と、オフィスや買い物のような日常の体験がシームレスにつながります。分断されていた体験が統合され、生活者一人ひとりに最適化された価値提供が可能になります。そうした体験の積み重ねが、暮らし全体の質を継続的に高めていきます。
今回、コーヒーを受け取った直後にアンケートを行ったのですが、9割以上のお客様が体験を「よかった」と回答してくれました。顔認証が日常に溶け込めるという確信が数字として裏付けられました。この手応えを次の体験設計に活かしながら、NECは顔認証の可能性を追求していきます。