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自閉症の兄への想いが起業の原点に。アートを入口に「知的障害」のイメージを変えていく

 「障害」のイメージを根底から変えるべく、多様なビジネスを展開し、各界から注目を集めているスタートアップ企業がある。岩手県盛岡市に本社を置く“福祉実験ユニット”、ヘラルボニーだ。共生社会の実現に向けて試行錯誤が続く中、同社は何を目指し、どのような未来を手繰り寄せようとしているのか。代表取締役社長・CEOの松田 崇弥(たかや)氏に話を聞いた。

注目のスタートアップ企業「ヘラルボニー」が設立されたきっかけとは

 東京・京橋のギャラリーを訪れると、そこには無数の色とかたちが自由自在に躍動する、万華鏡のような世界が広がる。展示作品はすべて、中度~重度の知的障害がある作家が創り出したもの。ヘラルボニーがライセンス管理を行っている、選りすぐりのアーティストたちの作品だ。

 ヘラルボニーは、福祉の世界で旋風を巻き起こしている、今注目の企業だ。「全国の福祉施設にいる作家さんとアートのライセンス契約を結び、そのアートデータをさまざまなモノ・コト・バショで活用してもらうことによって、『知的障害』のイメージを変えることにチャレンジしている会社です」と、CEOの松田 崇弥氏は説明する。

株式会社ヘラルボニー
代表取締役社長・CEO
松田 崇弥 氏

 崇弥氏と双子の兄・文登(ふみと)氏によって、ヘラルボニーが設立されたのは2018年7月。起業のきっかけとなったのは、自閉症で重度の知的障害を持つ、4歳上の兄・翔太さんの存在だった。

 「今でも鮮明に覚えているのですが、親戚が集まったとき『お前たち双子は、兄貴の分まで生きたらいい』と言われたんです。もちろん悪気があったとは思いません。ただ、兄貴も僕らと同じ感情を抱いて、笑ったり泣いたり喜んだり悲しんだりしながら生きているのに、なぜそんなことを言うんだろう。自閉症の兄貴に対する“可哀想バイアス”を感じて、すごくギャップを感じました」

 中学校に進学すると、知的障害者を馬鹿にする同級生の目を恐れ、知的障害を持つ兄がいることをひた隠しにするようになった。自分がいじめのターゲットにならないための防衛手段として、大好きな兄を遠ざけ、中学校の体育祭では、応援に来た母や兄と一緒に食事することを拒んだ。その記憶は罪悪感となって、崇弥氏を長く苦しめることとなる。

 その後、崇弥氏は小山薫堂氏が代表を務める企画会社に、兄の文登氏は地元・岩手のゼネコンに就職。それぞれの道を歩み始めた2人に転機が訪れたのは、24歳の夏だった。母に誘われ、岩手県花巻市の「るんびにい美術館」を訪れた崇弥氏は、館内にみなぎる作品のエネルギーに圧倒され、大きな衝撃を受けた。独創的で魅力にあふれた障害者アートを目の当たりにして、崇弥氏は「これは売れる」と直感。2016年、兄の文登氏と共にブランド「MUKU」を立ち上げ、起業に向けて動き出したのである。

ライセンス・ビジネスなら重度の障害者も経済の波に乗れる

 とはいうものの、過去に前例のない試みだけに、クリアすべき課題は山積していた。どうすれば障害者アートを活用したビジネスを成立させ、作家に還元できるのか。重度の知的障害を持つ人が、資本主義の大波に呑まれることなく、戦える方法とは何か――。

 その最適解と崇弥氏が考えたのが、「ライセンス契約」だった。ライセンス契約とは、作家にライセンス料を支払って作品モチーフの使用許諾を受け、自社ビジネスに活用する仕組みだ。

 「重度の知的障害がある方が、納期に縛られる創作活動は、かなり難易度が高いというのが実情です。『半年に作品1点を制作する』という契約を結んだところで、気分が乗れば1カ月で完成させられるかもしれないが、気分が乗らなければ、1年以上何もできないかもしれない。その点、作家さんたちの“アートデータ”をお預かりするライセンス契約なら、納期に縛られず、自分のペースで作品を生み出せる。この方法であれば、重度の知的障害がある方でも、資本主義経済の波に乗れる可能性があると思ったのです」

 知的障害のある作家が生み出した作品は、素晴らしい輝きを放たれている。その作品をデータ化し、著作権も含めてライセンスを管理する仕組みをつくれば、作家本人もしくは親御さんから使用許諾をとるだけで、作家が自動的に収入を得られるビジネスモデルがつくれるのではないか――。

 こうした仮説のもと、2018年7月、松田 崇弥氏は兄の文登氏と共に、ヘラルボニーを設立。だが、その道のりは平坦ではなかったという。

 手始めに「MUKU」ブランドを立ち上げ、約300作品のライセンス・データを保有。それを持参して企業を回り、営業活動を始めた。訪問先では異口同音に、「素晴らしいことをお考えですね」と言ってはくれるものの、なかなか契約までには至らない。ヘラルボニーの立ち上げに奔走するかたわら、フリーランスで広告の仕事を請け負い、糊口をしのいだ。

 素材としてのアート作品を見せるだけでは、企業の心は動かない。「このアートが、こんなに素敵な椅子や傘に変わるんですよ」と実例を見せない限り、ライセンス・ビジネスは成り立たない。そう考えていた矢先、創業150年の歴史を持つ岩手県の川徳百貨店から、出店の話が舞い込んだ。百貨店もまた、コロナ禍で苦境にあえいでいた。好機到来とみた崇弥氏と文登氏は、あえて店舗と在庫を抱えるリスクを背負い、2020年8月、川徳百貨店に第1号店をオープン。百貨店に店舗を構え、「ヘラルボニー」というブランドを徹底的に強化することで、その世界観を広く世に知らしめる戦略へと舵を切ったのである。

“支援”から脱却して“尊敬”をつくりたい

 このブランドショップでは、ネクタイや傘、ハンカチ、エコバック、額絵など幅広い商品をラインアップ。全国30カ所以上の福祉施設とライセンス契約を結び、保有ライセンス数は2000点超を数えた。

 ネクタイ1本で2万円以上と決して安い価格帯ではないが、売れ行きは好調だ。

 「ネクタイを買っていかれるのは、経営者や役員などのエグゼクティブ、政治家の方も多いですね。『取引先に配るお年賀を、ヘラルボニーの商品で統一したい』というお話もありますし、全国968万人といわれる障害者の方やご家族も、我々を支えてくださっています。比較的お求めやすいエコバッグなどは20代前半のお客様も多いですし、幅広い年齢層の方にご購入いただいているという印象です」(崇弥氏)

知的障害のある作家のアート作品をデザインしたネクタイ

 事業が軌道に乗るにつれて、契約アーティストのライセンス収入も増えていった。年収10万円にも満たなかった障害のある作家が、ライセンス契約で年収400万円以上を稼ぐ例も出てきた。

 「以前は『落書き』扱いされていた自分の絵が、『アート』として認められ、商品となって百貨店の店頭に並ぶ。親や親戚・知人から『すごいね』と褒められ、自分の絵が自宅の壁に飾られる。重度の知的障害がある方に、その意味はわからなくとも、周囲の変化は感じとれるはずです。“尊敬がつくられる”ことによって、知的障害がある人が生きやすくなる。そこに私は面白さを感じています」(崇弥氏)

 だが、ヘラルボニーの事業によって変わったのは、作家本人だけではない。「本人以上に親御さんが変わっていく」様子を目の当たりにして、崇弥氏は感慨を覚えたという。

 「親が知的障害のある子を連れて、レストランや百貨店に行くにはそれなりの勇気が必要です。先日もクリスマスに家族で中国料理のレストランに出かけたら、突然、兄貴が奇声を上げ始めました。重度の知的障害者は制御が効かないので、家族は後ろめたさや恥ずかしさを感じてしまうシーンが多々あるんです。でも、自分の子の作品が百貨店に陳列されたのを機に、『初めて百貨店で買い物をしました』という親御さんが本当に多かったですね」

 親が自分の子を誇りに思えば、その想いはどこかで本人にも伝わる。それが、知的障害がある人と家族に行動変容をもたらすのではないか、と崇弥氏は期待を込める。

社名の「ヘラルボニー」は、自閉症の兄・翔太さんが7歳のころに自由帳に記した言葉

 一方、ライセンス契約を結んだ企業の反応はどうか。「『社会性があって、企業の営利にもつながる活動というのは今までなかった。その点で、ヘラルボニーさんは新しい』と言ってくださる方が大変多いですね。素敵な作品を届けることで、企業としても社会的な価値を打ち出せる。そこに面白さを感じていただけているのではないかと感じています」と崇弥氏。実際、ライセンス契約に至ったケースをみると、社会貢献のためというより、純粋にデザインを気に入って採用した企業がほとんどだという。

 「我々は『支援と貢献に逃げない』と決めているので、CSR的な仕事や寄付はお断りしています。僕らは『知的障害がある人たちの才能に依存してビジネスをしている』のであって、その枠からはみ出したことはやらないと決めている。そのことが、最近になってようやく受け入れられていると感じるようになりました」

 同社が福祉業界に身を置きながら、NPO法人ではなく株式会社の形態をとっているのも、知的障害者を「支援する」という構造からの脱却を目指したためだ。「福祉の世界は厚生労働省からの助成金に負うところが多く、社会では“支援”の対象としてしか見られない傾向があります。もちろんこれは社会的に非常に重要なことです。ただ、我々としては“支援”というかたちではなく、ビジネスパートナーとして契約することで“尊敬”をつくりたかったのです」

アートをデザインしたエコバッグ。若い女性に人気のシリーズだ

知的障害者のための“晴れの場”をつくりたい

 とはいうものの、アートとは、ヘラルボニーが目指す世界を実現するための入り口にすぎない。本当にやりたいのは「知的障害のイメージを変容させる」ことだ、と崇弥氏は強調する。

 「知的障害がある作家さんの作品には、ある共通点があります。知的障害がある方は、『この時間にこれをやらなくてはいけない』というルーティンの中で生きている人が非常に多いのですが、それがアート作品にも反映され、十人十色のこだわりがルーティン化された独特の作品世界を生み出している。だとすれば、知的障害をセグメント化して発信することで、知的障害のイメージを変えていけるのではないか。もし『ヘラルボニー』が、象徴性を帯びた有名ブランドになれば、うちの兄貴のようにアートと縁がない人間も、知的障害という括りの中で、楽しく生きられるのではないか。そんな光景をイメージしながら、アートの領域に取り組んでいます」

 将来的にはもっと多様な領域で事業展開をしていきたいと崇弥氏は言う。例えば、カフェやホテル、飲食チェーンやサービス業。

 「今は“尊敬をつくる”ことが、僕らにとってのメインテーマ。でも、それと並行して、知的障害者の存在そのものの肯定につながるようなことをしたい、という想いもあるんです。素晴らしい作品をWin-Winで使用できるかたちをつくれば、しっかりと商流に乗っていけることが、この3年余りで実感できた。とはいえ、重度の障害がある人の大半は、うちの兄貴のように、特筆すべき才能を持たない人たちです。その人たちが、丸の内のような場所で当たり前に働くことは、果たして可能なのか。カフェやレストランのような“晴れの場”に、特段の才能を持たない知的障害の人たちが繰り出していける状態を、どうしたらつくれるのか。ダイバーシティやインクルージョンが広がることで、『障害のある人たちを差別するのはよくない。理解しよう』という意識は醸成されていくかもしれません。しかし、知的障害者に会う機会がなければ、机上の空論でしかない。まずは認知度を広げることを大切にし、知的障害のある方が社会に出るための受け皿として、“晴れの場”がつくれたらいいなと思っています」

 ヘラルボニーの活動は、SDGsやダイバーシティと結びつけて語られることが多い。だが、崇弥氏はあえて「SDGsやダイバーシティをセールストークに使うようなことはしない」と、心に決めているという。「障害のイメージを変える」という同社のミッションステートメントは、重い原体験に根差しているという意味で、昨今のブームとは一線を画している。福祉の世界にパラダイムシフトをもたらす、双子の兄弟の壮大な挑戦。それを根底で支えるのは、障害がある兄への深い想いである。

株式会社ヘラルボニー

「異彩を、 放て。」をミッションに、福祉を起点に新たな文化を創ることを目指す福祉実験ユニット。日本全国の主に知的な障害のある作家とアートライセンス契約を結び、2,000点以上のアートデータを軸に作品をプロダクト化するアートライフスタイルブランド「HERALBONY」、建設現場の仮囲いに作品を転用する「全日本仮囲いアートミュージアム」など、福祉領域の拡張を見据えた多様な事業を展開。

会社名:株式会社ヘラルボニー / HERALBONY Co.,Ltd.
所在地:岩手県盛岡市開運橋通2-38
代表者:代表取締役社長 松田 崇弥、代表取締役副社長 松田 文登
公式サイト:
https://www.heralbony.jp別ウィンドウで開きます
https://www.heralbony.com別ウィンドウで開きます