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座談会「九州パラスポーツ大会関係者が考える長崎のユニバーサルツーリズムとは?」

 長崎といえば、坂と階段の多い街。全国でも屈指の人気観光地だけど、車いすユーザーや高齢者と一緒に行くのは難しそう……。そう思っている人も多いのではないでしょうか。

九州パラスポーツ大会in長崎の参加者集合写真

 そんなイメージを打破するために、昨年11月、長崎市でNECが特別協力した九州パラスポーツ大会が開催されました。共生社会の実現や誰でも気軽に観光を楽しめるユニバーサルツーリズムの推進を目指し、パラスポーツを通じて地域の観光産業と街づくりの発展にも貢献しようという試みです。

 大会ではボッチャのリーグ戦と決勝トーナメントが行われ、県内外から26チーム117人が参加。笑い声と歓声が絶えない楽しい大会になりました。

 実際に大会を開いてみてどうだったのか。発見や反省点はどこにあるのか。大会開催に関わった皆さんに集まっていただき、思う存分語っていただきました。

司会:上原 大祐(パラアイスホッケー銀メダリスト 兼NECコーポレートコミュニケーション部 コーポレートマーケティンググループ プロフェッショナル)

出席者(五十音順):貞松 徹氏(ながよ光彩会理事長)、里見 浩則氏(長崎県ユニバーサルツーリズムセンター代表)、町田 則子氏(長崎県文化観光国際部観光振興課)

上原:みなさん、今日はお集まりいただいてありがとうございます。昨年11月にNECが特別協力させていただき開催された九州パラスポーツ大会ですが、大成功で終わることができました。

 障がい者差別解消法の規定で、2024年から民間企業にも障がい者への合理的配慮が義務化されます。そのなかで、共生社会の実現やパラスポーツの推進がより重要になってきますよね。ただ、「障がい者への合理的配慮」といっても、一般的には具体的に何をしたらいいのかわからないというのが現状だと思うんです。

 だからこそ、こういったパラスポーツ大会を実際に開くことに意味があります。私は常々、パラスポーツには「する・見る・支える」が重要だと言ってきました。パラスポーツをやる人、見る人、支える人が増えれば、共生社会の実現につながると思っているからです。ぜひ、大会の運営を通じて感じたことを、今日はざっくばらんに語ってもらえればと思っています。

 まずは、長崎県ユニバーサルツーリズムセンター代表の里見さんから、お話を聞かせてください。

里見氏:始まるまではずっと不安でした。ボッチャは参加者にいろんな人がいますよね。子どもから高齢者、車いすに乗っている人もいらっしゃる。でも、誰もが笑顔で楽しんでいるのを見て、やってよかったなと実感できた大会でした。

里見 浩則氏(長崎県ユニバーサルツーリズムセンター代表)

上原:行政の立場として、大会前はどんなことを考えていましたか?

町田氏:もともと観光振興課としては、このパラスポーツ大会を通じて、障がいのある方が長崎に来るきっかけになってもらえればと思っていました。

町田 則子氏(長崎県文化観光国際部観光振興課)

上原:大会があると、外に出るきっかけになるんですよね。でも設備面でバリアフリーの環境が整っていても、知らなければ一歩踏み出せないことがあります。

町田氏:大会のおかげで、ユニバーサルツーリズムセンターの存在など、長崎には様々な方へのサポート体制があるんだなと知ってもらう機会になったと思います。

上原:貞松さんはどんな役割だったのですか?

貞松 徹氏(ながよ光彩会理事長)

貞松氏:大会をサポートするボランティアを集めることが主な仕事でした。そこで重視したのが、ふだんから福祉に関わってる人だけで大会を開催しても、長崎の街は変わらないということです。だから、一般の人と介護や福祉の専門家が一緒に活動するきっかけになればと思って、いろんな人に声をかけました。

目指す場所(大会)があるからパラスポーツが拡がる

パラスポーツを拡げる活動を行う上原 大祐(西九州新幹線「かもめ」をバックに)

上原:東京パラリンピックの前後には、パラリンピックの選手たちが都内のほとんどの小学校を回っています。ただ、1、2時間の体験会だけでは「楽しかったね」で終わってしまう。そのためにも、パラスポーツの大会があって、それに出場するための練習を重ねていくことが必要ですよね。それで初めて、パラスポーツが日本に根付いていくと思うんです。

里見氏:今回優勝したチームも、もともとは公民館で開かれている高齢者向けのサロンで開いた体験会がきっかけで結成されました。そしたら、多くの方々が定期的にボッチャをしてくれるようになりました。

上原:次にはそういった方たちが大会を支える側にもなってくれるといいですね。

開かれた空間での開催が観光の発展につながる理由

長崎駅舎内で実施した始球式の様子

町田氏:大会を運営する側としては、バリアフリーの環境が整っている体育館で大会を開いた方が安心です。それを、今回はあえて長崎駅西口の出島メッセ長崎で開催して、街を歩く人の目に入る場所で開催することになりました。少しの時間でも、近くを歩いている人が一緒に競技を見て、応援する人もいました。気軽に触れ合えるきっかけになったと思います。

里見氏:次は観光地でやりたいですね。長崎市だとグラバー園とか。

上原:いいですねぇ。観光地で大会をやると、たくさんの障がい者が集まる。すると、駅からのアクセスにどんな問題があるか。どこを改善すればいいのか。そういったことが検証できますよね。パラスポーツ大会を開催すること自体が、障がいの有無や年齢に関係なく観光を楽しむユニバーサルツーリズムにつながります。

里見氏:やっぱり、実際に受け入れてみないとわからないんですよね。バリアフリー観光の先進地の視察に行くのもいいけど、こういった大会を開催する方がずっと学びになります。

左:長崎新地中華街、右:世界新三大夜景に選ばれた長崎の夜景

街づくりは設備を整えるだけじゃない

上原:長崎は観光地が多いですが、登り坂や狭い道が多いですよね。ユニバーサルツーリズムといっても、長崎ならではの難しさがあるのではないでしょうか?

里見氏:車いすユーザーにとって、今は「長崎に観光に行く」という選択肢すらない。行けるのか、行けないのかすらわからない。情報がないんです。

上原:私も、行きたい観光地があっても、泊まりたい宿が車いすユーザーに対応しているかどうかがわからないことがよくある。今の時代、いつでも、どこでも宿の予約が取れるのに、結局は電話をかけて確認しないとわからない。これが意外とストレスなんです。

貞松氏:長崎は、地域リハビリテーション発祥の地と言われ、さまざまな取り組みがあります。坂の街だからこそ、地域で福祉と医療を充実させないと、長い年月にわたって住み続けられる街にならない。それが街づくりの前提になっているんです。しかし、そういった取り組みの発信が苦手ですよね……。

町田氏:行政の立場としても、まさしくその通りです……。個別の宿泊所や観光地でバリアフリー対応についてホームページなどで記述している所は増えているんですが、今はまだ点と点の状況。障がい者からの目線で「長崎で観光旅行ができるんだ」となるには、そういった点と点をつなげていく必要があります。そして、「長崎って障がい者や高齢者の観光をサポートしてくれる」ということを伝えていきたいです。こういったパラスポーツの大会をきっかけに、設備面でも心の面でも、様々な方のハードルを取り払いたいですね。

里見氏:パラスポーツ大会を通じ、障がい者の方と接することで、距離感が縮まる。子どもたちにとってもいいことだと思うので、教育の現場でももっと取り入れてほしいですね。NECさんはIT系の会社であり、バリアフリーの観点では設備面を整えることのできる会社だと思っていました。なので、この大会のように人々の障がい者への意識を変えるような取り組みをされていることを、もっと多くの人に知ってほしいと思いました。

県、地元事業者、民間企業がタッグを組んで街をつくっていく

左から貞松氏、里見氏、上原、町田氏(撮影場所:長崎県庁舎屋上)

里見氏:私がユニバーサルツーリズムをやりたいと思ったのは10年ほど前です。当時は障がい者や高齢者を観光地に連れていくことが難しかったんです。それが10年経って、パラスポーツを通じたバリアフリー観光の街づくりを、長崎県と民間事業者が一緒に地域で展開している。それをまた、NECさんがサポートしてくれている。以前なら想像もつかなかったことなんです。

貞松氏:企業が長崎の取り組みを応援してくれる。この動きが、もっと広がるといいですね。

上原:九州ではまず長崎にやってもらいましょう。そのあとはNECがハブになって九州を回って、九州全体をつなげていく。そのためにも、今年も長崎で大会を開きましょう!

写真/越智貴雄(カンパラプレス)・文/西岡千史