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「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019」レポート

新しい知的体験。”チェンジ”は、”チャレンジ”から生まれる

 去る2019年11月7〜8日に開かれた「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019」において、「Boma Japan」と名付けられたプロジェクトが始動した。国を超えて大企業、スタートアップ、政府機関、Z世代などさまざまな人々をつなげる議論の空間をつくり、新たな未来の可能性を提示する本プロジェクトは、今回が日本初の開催となる。

 仕掛け人はTEDxTokyo(テデックス・トーキョー)を立ち上げたトッド・ポーター氏。NECとコラボレーションし「未来創造」をキーワードとして掲げた今回のセッションには、国内外から集まったZ世代/ミレニアル世代/NPO代表/ベンチャー起業家たちが登壇した。そのプレゼンテーションは参加者の知的好奇心を刺激するのみならず、新たなコラボレーションのエコシステムを立ちあげうるものだった。

ローカル×グローバル=Boma Japan

 「いま人類が直面している課題を解決するうえで重要なのは、ローカルなコミュニティがグローバルなネットワークをつくり、コラボレーションを生んでいくことです。世界は複雑さを増し目まぐるしく変化していくため、異なるコミュニティがコラボしなければその速度についていくことさえできません」

 去る2019年11月8日に東京・国際フォーラムで行われた「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019」(以下、iEXPO2019)の会場で、トッド・ポーター氏はそう語った。「だからコラボレーションの”エコシステム”が必要なんです」。ポーター氏は会場を見回してそう続ける。同氏が率いる「Boma Japan」は、まさにそのエコシステムを構築し企業と企業、国と国との相乗効果を生んでいこうとするグローバルなネットワーク組織だ。

Boma Japanの代表を務めるトッド・ポーター氏。同氏は渋谷につくられたゲームチェンジャースタジオ「EDGEof」の共同創業者でもある

 2018年に発足した「Boma」は大企業やスタートアップ、政府機関、NGO、投資家など立場の異なる人々をつなげて世界を変えるべく、さまざまなプログラムを実施してきた。単なるトークイベントのみならず、”ディナー”に”キャンプ”など各プログラムのアプローチは多種多様。現在はフランスやドイツ、カナダ、中国、ブラジル、ニュージーランド、日本、ポーランドと計8カ国に拠点をおいており、日本における代表を務めているのがポーター氏だ。グローバルカンファレンス「TED」から派生した「TEDxTokyo」の創設者でもある同氏は、10年以上にわたりイノベーションのためのエコシステムづくりに尽力してきた存在でもある。

スピーカーが登場するごとに壇上には人が増えていき、自身のプレゼンテーションを終えた登壇者もほかのスピーカーのトークへと耳を傾ける

 そんなBoma Japanとポーター氏が最初のイベント開催場所として選んだのが、iEXPO2019だった。「未来創造」をキーワードに行われた今回のイベントでは、「2050年の未来の社会・まちをデザインする」をテーマに計5組のスピーカーが登壇。国内外から集まったZ世代/ミレニアル世代/NPO代表/ベンチャー起業家たちが自身の取り組みについてプレゼンテーションを行なった。

「チェンジ」を生む「チャレンジ」の数々

 5組のスピーカーの顔ぶれは実に多様だ。海外からはSAP社でチーフ・フューチャリスト/チーフ・イノベーション戦略デザイナーを務めるマーティン・ウェゾスキー氏と、30年近くにわたり循環型社会の実現に取り組んできたゼリ創設者のグンター・パウリ氏が登場。国内からは、新たなまちづくりを実現せんとする宮崎県小林市シムシティ課、2020年より「未来創造コース」を新設する東京女子学園の生徒たち、パラアイスホッケー選手であり東京都パラ応援大使の上原大祐(NEC 東京オリンピック・パラリンピック推進本部 障がい攻略エキスパート)が参加した。

SAP社のウェゾスキー氏は、イノベーションを起こすために必要な”想像力”の重要性を語った。未来を見据える「3つのホライゾン」や未来を駆動する「4つのA」、未来をつくる「9つのルール」など、同氏が長年の経験のなかで築きあげたいくつもの法則は来場者に驚きを与えた。
YouTube: プレゼンテーションの映像別ウィンドウで開きます

 イノベーションの起こし方を語ったウェゾスキー氏に、環境や経済の持続的発展を目指す「ブルーエコノミー」の事例を紹介したパウリ氏、あるいは「シムシティ」というゲームを使いながら地域の人々とまちづくりに挑戦するシムシティ課など、彼/彼女らの紹介する取り組みも多岐にわたっている。イノベーション、サステナブル、地方創生、労働環境改善、ダイバーシティ、インクルージョンなどキーワードは枚挙に暇がないが、すべてに共通するのはそれらが机上の空論にとどまらず絶えざる実践とともにあること、そしてこれまでとは異なる新たな未来をつくろうとしていることだろう。

循環型社会の実現を進めるパウリ氏は、30年近くにわたる自身の取り組みを振り返りながら、世界が着実に変わってきていることを示した。1991年のゼロエミッション工場実現から“光”を活用する新たな通信技術の計画まで、さまざまな取組は従来の常識を覆し、次世代を担う子どもたちの意識も根底から変えうるという。
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 ポーター氏も「アイデアをインプットし、刺激を共有することが重要」と語るように、ただ企業やスタートアップが集まるだけでなく実践へと移すことでこそ新たな刺激が生まれ、ネットワークも広がっていく。たとえばウェゾスキー氏が語った未来をつくるための「9つのルール」は同氏の数十年にわたる実践のなかで生まれたものであり、パウリ氏は1991年のゼロ・エミッション挑戦を皮切りに海中マイクロプラスチックの削減や再生可能エネルギーの開発など新たな領域へ進出することで新たなイノベーションを実現してきた。

 また、地元の高校生をメンバーとするシムシティ課や東京女子学園の未来創造コースはこれまでの教育機関とは異なる形態で柔軟にアイデアを実現していくためのプラットフォームをつくっていく取り組みといえるだろう。彼/彼女らは自身の挑戦を通じて、世界を変えていく。こうした自身の体験や信念にもとづいたプレゼンテーションには迷いが一切なく力強い。参加者の知的好奇心を多いに刺激し、新しい知的体験を体感する場となった。

宮崎県小林市シムシティ課からは、小林市役所職員と宮崎県立小林秀峰高校の生徒のみなさんが登壇。“インスタ映え”に注力した施策など「シムシティビルドイット」を取り入れたまちづくりについて説明した。この取組を通じて、市職員や高校生と市民との間に多くの対話も生まれたという。
東京女子学園からは中学生が4名登壇。彼女らは日本の長時間労働について調査を行ない、自身の視点からその解決策を提案した。まだ10代の彼女たちも真剣に社会問題に取り組もうとする姿勢は来場者を大いに刺激した。東京女子学園では2020年度より高校に「未来創造コース」が開設される。
YouTube:宮崎県小林市シムシティ課と東京女子学園のプレゼンテーションの映像別ウィンドウで開きます

 そして上原がパラスポーツを通じた自身の取り組みを紹介するなかで発した「チェンジ(Change)はチャレンジ(Challenge)からしか生まれません」という言葉は、障害をもつ人々のみならず、すべての人を鼓舞させた。

NEC 東京オリンピック・パラリンピック推進本部に所属する上原は、自身の経験を振り返りながら多様な当事者を交えて社会をデザインしていく可能性について語った。パラアイスホッケー選手の上原は2006年のトリノ、2010年のバンクーバー、2018年の平昌と過去3大会に出場しており、2010年には銀メダルを獲得している。
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コミュニティが集まる神聖な空間

 今回のイベントのキーワードとして掲げられた「未来創造」とは、NECがかねてより重視してきた概念のひとつでもある。2017年度から始まった「NEC未来創造会議」はその最たる例だろう。同プロジェクトでは数年間にわたって多彩な有識者を招きながら議論の場を設け、2019年度からは議論のみならず官民を超えたプレーヤーと共創プログラムにも取り組んできた。

 たとえば今回のイベントに登壇した小林市シムシティ課や東京女子学園は、2019年度に同プロジェクトが共創プログラムを行なったパートナーでもある。そしてiEXPO2019でも、Boma Japanのイベントの直前に「スペキュラティブ・デザイン」の提唱者アンソニー・ダン氏や、今年度の同プロジェクトに参加した有識者ゲストとともにパネルディスカッションを開催している。

 こうしたNEC未来創造会議の姿勢は、Boma Japanのコンセプトと重なりあうものでもある。だからこそ、今回のような形でコラボレーションが実現したともいえるだろう。「複雑さを喜んで応ずる」「包括的である」「全体像を考える」「具体的な結果を目指す」といったBoma Japanの行動原則は、NEC未来創造会議の取り組みとも共鳴している。なかでも注目すべきは、両者が「会議」や「会合」という空間を尊重していることだ。イベントの冒頭で、ポーター氏は異なった立場の人々が集まり議論する重要性について次のように語っている。

 「各地域のコンテクストを理解し、その土地に適した課題の解決方法を考えなければいけません。そしてローカルから生まれた新たなアイデアを実験し、グローバルに共有していくことが重要なんです。そのためには企業だけでなくアーティストやデザイナーも集まって”会合”を開かなければいけないでしょう」

セッション終了後も控室では登壇者同士が和気あいあいと交流する姿が見られた。上原氏が2010年に獲得した銀メダルにポーター氏も注目

 じつは、「Boma」という言葉の起源はまさしくこの「会合」にあるという。アフリカでコミュニティの長老たちが集まる円形の場を指すこの言葉は、豊かな議論を行なう会合の空間とともにあった。有意義な議論を交わし、具体的な行動につなげていくための場。コミュニティの人々が集まるための神聖な空間。まだ始動したばかりの「Boma Japan」はそんな空間をアップデートし、異なる人々が議論を交わし多くの人を巻きこみながら未来をつくっていくための”会合”を次々と生みだしていくに違いない。それこそが、ポーター氏の語る「コラボレーションのエコシステム」へとつながっていくのだろう。