ポストコロナ、アジアの太平洋地域におけるスマートシティ
いまだ続いている新型コロナウイルスの大流行は、世界中の都市に住む人々の生活と仕事の仕方に前例のない変化をもたらした。ニューノーマルへのソリューションの模索が活発化するなか、デジタルテ技術やイノベーションへの関心が高まっている。グローバルにデータ分析やコンサルティング事業を展開するIDC社の上級アナリスト、ジェラルド・ワン氏は、都市をよりスマートで住みやすいものにするための技術を活用することが、都市が将来にわたって活気に満ち、ダイナミックであり続けるための鍵になるだろうと話す。IDCのアジアパシフィック・パブリックセクターチームのトップであり、同社が毎年開催しているスマートシティアジア太平洋賞の創始者であるワンにインタビューし、アジア太平洋地域におけるスマートシティの発展と、この地域におけるパンデミックの影響について話を聞いた。
SUMMARY サマリー
ジェラルド・ワン 氏
IDCアジアパシフィック Public Sector for IDC Government Insights and IDC Health Insights部門長
エンタープライズIT市場リサーチ、アジャイルチェンジマネジメント、イノベーションベースのコンサルティングで15年以上の調査、業界経験を生かし現職に至る。いくつかの公共イベントでのスピーチの経験も豊富。専門は、デジタルガバメントリサーチや戦略アドバイザリーのマネジメント、業界のパートナーシップやナレッジエコシステムの推進、DXイノベーションの提唱など多岐にわたる。2015年に始まり、毎年開催されているスマートシティアジア太平洋賞の発起人であり、プログラムリーダーも務めている。
成功の鍵となるコミュニケーション
パンデミックは私の人生を少し変えました。私はシンガポール出身ですが、拠点にしているのは飛行機だという冗談をよく言っていました。以前、普段の生活の6割から7割の時間をアジア太平洋地域、ヨーロッパ、アメリカを行き来しながら過ごしていましたが、今ではウェブベースにシフトしています。私は人間同士の交流が恋しいと感じています。なぜなら、全てがオンラインであるときには見逃してしまうコミュニケーションのニュアンスがたくさんあるからです。
初期の段階では、シンガポールはウイルスの山火事が広がらないよう押さえ込みに成功しました。政府が全国的な危機への取り組みに人々を参加、関与させることに成功したのは非常に素晴らしいことだと思います。台湾、韓国、ニュージーランドなどでも同じようなことが起きました。
ロックダウン後にシンガポールが成功したのは、QRコードを利用した安全な入場システムの構築でした。全てのレストラン、博物館、映画館、ショッピングモールにはQRコードが掲示されています。それらの場所を訪れた人はQRコードをスキャンしてオンラインでチェックインし、その場所を出るときにチェックアウトする必要があります。これは、新型コロナウイルスの陽性者と接触した可能性のある人々を追跡できるようにするための仕組みです。この方法は多くのコストをかけずに実現し、成功しています。なぜならシンガポールでは全ての市民がデジタルIDを持っていて、このアプリに応用したからです。
このシステムは、接触者追跡アプリや監視カメラを使ったソリューションと比較して、監視に対する懸念が少なくて済みます。ロックダウンから解放された都市では、個人情報におけるプライバシーや、その情報がどのように追跡、管理されているかについて多くの議論が交わされるようになります。この問題に関して言えば、市民が政府を信頼するかどうかは、個人から集めたデータの利用方法について、政府が市民へどう説明するかにかかっています。例えばシンガポールでは、政府がQRコードチェックインで集めたデータの用途を最初に公開し、丁寧に説明しました。シンガポール政府は、情報公開と透明性を重視したため、市民とのコミュニケーションに成功していると思います。
一般的に、未知のものに備えられることは限られています。このような状況の中で、アジア太平洋地域の代表的な国々が、この拡散をかなりうまく封じ込めてきたと言えるでしょう。
非接触型ソリューションに対する差し迫ったニーズ
ソーシャルディスタンスを適切に保つための空間計画や技術的なソリューションの面では、今や仕事の場となった家を中心に一つの変化が起きています。多くの組織は「オフィスに来る」という考え方から脱却し、結果として、より成果ベースになり、生産性の高さを得られるようになっているのです。
シェアリングエコノミーも大きく成長しており、その分野に属する多くの企業がかなりうまくいっていて、そのなかにはフードデリバリーの会社も含まれます。彼らは、街の交通計画で考慮され始めたほど台頭しています。車両を駐車できる場所や時間の制限などが課題になっているのです。ビジネス街の交通は、もはや朝夕のラッシュアワーを中心としたものではなくなりました。各都市がどのように対応していくのか、興味深いところです。
医療の分野では今、キャパシティーを超えた仕事を強いられている病院が負担を減らそうとしているため、さらに遠隔医療を提供する必要があるでしょう。人々は慢性的な病気を抱えていて、治療を必要としています。しかし、多くの医師は遠隔治療の安全性に疑問を抱いているのです。医療記録は財務記録よりもはるかに機密性が高いので、電話会議を介して患者と話したりすることに対し、少し不安な面もあります。例えば、この会話は記録されるのか、されるのであれば誰によってどこに保存されるのか、というような疑念が湧きます。
私は、政府は適切な技術に投資して技術の確保を行い、規制面に対応するだけでなく、安心感を得たいと考えているさまざまなエンドユーザーと適切なコミュニケーションをとる必要があると考えています。
スマートシティ賞とアジアの成功物語
ニューノーマルに向け、都市においても、よりスマートで住みやすくするための技術を活用することが求められています。スマートシティの分野では、多くの興味深いボトムアップ型イノベーションが州や地方自治体レベルで行われています。しかし、これらの取り組みは、国家規模のより広範な取り組みや政策の下に埋もれがちです。州や地方自治体レベルの活動を見て、彼らが行っていることをほかの都市にも示すためのプラットフォームを提供することが、スマートシティ賞を創設した目的の一つでした。
我々はアジア太平洋地域の14カ国の都市レベルのプロジェクトを中心に、交通、公共安全、医療、教育、観光など14のカテゴリーに分けて情報を収集しています。プロジェクトのノミネートは、公募で受け付けています。
IDCは営利企業ではありますが、私たちは誰にとっても公平な判断基準を作成するためにあらゆる努力をしています。1位や2位といった順位をつけて評価することはありません。審査の際には、厳格なベンチマークの枠組みを用いて、応募内容や一般に公開されているものを精査し、トップ10やトップ20のプロジェクトを決定しています。
その後、偏りをなくすために一般投票を行います。2020年は3万7000票近くの一般投票を獲得しましたが、賞の認知度が高まるにつれ、その数は年を追うごとに増加。最終段階では、主に公的機関や民間企業のCIOを中心とした国際諮問委員会での投票を行っています。
アジア太平洋地域では、台湾、中国、ニュージーランド、シンガポールの4エリアが非常に成功しています。台湾では、台北市を重要な実験地域として積極的に活用し、交通渋滞の抑制や交通事故率の低減、スマートホームで3世代が暮らしやすい生活空間を作る社会貢献事業などを実現しています。そこからフプロジェクトは全国に広がり、台南や新竹のようなハイテク企業が集まる都市や、南部の高雄のような都市にも広がっているのです。各都市ではその市民、企業が望む結果がそれぞれ異なるため、それぞれのソリューションを機能させるためにはカスタマイズする必要があるということが重要になります。
アジア太平洋地域では、スマートシティへの支出が大幅に増加しており、その水準は欧米をはるかに上回っています。中国、インド、インドネシアのアジアの人口上位3カ国では、関与する人の多さだけで大きなインパクトを与えることができるのです。
中国の技術進歩は、世界のほかの国では見られないレベルにあると言わざるを得ません。アジア太平洋地域で伝統的に一流といわれている国でさえ、中国と比べて特定の技術の導入が遅れています。デジタル決済やテデジタル通貨は、中国ではどこにでもあります。今、中国で現金で支払えば、レジの人は「こんなの久しぶりだな」と思うかもしれません(笑)。
日本への教訓
量子からAIまで、日本からは非常に興味深いインサイトや先進的な技術が出てきています。しかし日本のソリューションの多くは、国内市場では優れていますが、輸出市場では少し苦戦しているのではないでしょうか。
日本には技術と専門知識がありますが、おそらく望まれる成果にもっと焦点を当てる必要があると思います。日本でうまくいっているからといって、インドや中国、 オーストラリアでも同じようにいくわけではありません。テクノロジーを単独で提供するのではなく、プライバシー、生産性、UXなど、ユーザーニーズに合ったソリューションを提供することが重要なのです。
首都圏では、ほかの多くの国と比較して、テクノロジーの利用と同化は非常に成熟しています。しかし、それはクローズドなエコシステムであり、そこに住んでいればアクセスできますが、海外からの訪問者であればアクセスすることはより困難です。特にオリンピック・パラリンピックを目前に控え、このような大規模なイベントで何を実現したいのか、経済開放することで何を実現したいのか、地元企業や市民との対話を深める時期に来ていると思います。
世界銀行の事業環境ランキングを見てみると、日本はさまざまな機関が孤立して動いていることが主な原因となり、苦しんでいます。シンガポールや中国のように、さまざまな行政機関がより協力してワンストップのサービスを展開することで、国民一人一人のライフサイクルを考慮したサービスを提供できるようになるでしょう。
シンガポールは「モーメンツ・オブ・ライフ(Moments of Life)」という取り組みを行っています。これは文字通り、ゆりかごから墓場まで、個人のデータを記録し、子どもの予防接種や学校登録のリマインダー、結婚や住宅購入に関する情報、さらには健康診断や人間ドックのリマインダーまで、国民にサービスを提供するというもの。興味深いシステムですが、これもまた信頼に基づいたものなのです。サービスを受けたくない場合にオプトアウトできる権利も担保されています。
日本人がインスピレーションを得るために参考になるであろう一つの場所は、ニュージーランドでしょう。デジタルツインやAI、労働力不足に対応するためのドローンの活用など、興味深いボトムアップのイノベーションが、州や地方自治体レベルで起こっています。日本でも同じように、ニュージーランドの人たちは自分たちのデータがどのように使われ、管理されているかを非常に気にしていますが、こういったデジタルソリューションを活用して生産性を高めています。日本にも当てはまりますが、ニュージーランドにおける高齢化と人口減少の問題と関連しています。政府が、政策的な観点から物事を明確に考え、重要な取り組みは何か、どのようなステップを踏むべきか、パフォーマンスをどのように測定するかなど、非常に考慮されたアプローチを行っているのです。
取材・執筆 イリ・サーネン
編集 ORIGINAL Inc.