アフターコロナの観光新時代とは?(前編)
~沖縄・やんばる地域に見る地域創生とサステナビリティ~
新型コロナウイルスの感染拡大は、世界経済に未曽有のインパクトをもたらした。中でも、感染予防のための人流抑制によって深刻な打撃を受けたのが、観光分野である。厳しい入国制限・移動制限によって、観光需要は大きく落ち込み、全国の観光地・産業が厳しい状況に置かれている。しかし、いつかはコロナ禍も終息していく。その先を見据えた時、ニューノーマル時代を見据えた観光はどうあるべきなのか――。こうした認識のもと、2022年3月25日に開催されたのがNEXTOURISM プレミアムワークショップだ(主催:一般社団法人日本地域国際化推進機構 ※)本稿では、ワークショップで議論された内容や沖縄・やんばる地域の取り組みを基に、新しい観光に向けたヒントを探ってみたい。
- ※ 一般社団法人日本地域国際化推進機構:2021年1月にORIGINAL Inc.とNECによって設立された団体。観光DXによる地域の環境整備と、世界に通用する国際文化観光都市づくりを目指して、さまざまな取り組みを行っている
2022年夏が過去最高の観光シーズンになる可能性も
コロナ禍で大きな影響受けた観光産業。しかし、ようやく明るい兆しも現れつつある。欧米を中心にアフターコロナを見据えた動きが始まりつつあるのだ。
「海外では今年に入って入国規制の撤廃が進んでおり、『2022年夏が過去最高の観光シーズンになる』との見方も出ています。そんな中、日本は残念ながら出遅れている状況ですが、この機会を有効に利用し、来るべき観光シーズンに向けてしっかりと準備ができればと思っています」と一般社団法人 日本地域国際化推進機構の伏谷博之氏は述べる。
コロナ禍で疲弊した地方経済が息を吹き返し、新たな成長と分配のサイクルを再構築するためには、地方創生を牽引する「観光地の再生」が欠かせない。とはいえ、観光を前と同じような視点でとらえることは難しい。コロナ禍で、観光客の意識を含め、観光産業を取り巻く環境そのものが大きく変容したからだ。つまり、少子高齢化で地域の人口減少が加速していく中、コロナ禍で起こった新しい変化に備えていかなくてはならなくなったわけだ。
「そこで、地域に魅力を感じて訪れる人々に、地域の豊かさをお裾分けしながら、住民の方々と一緒に地域を支え、育てていただく。それが、これからの地域社会のあり方だと考えています。これを実現するために、観光庁や政府、自治体が、さまざまな取り組みを進めているところです」と観光庁の星明彦氏は話す。
日本のサステナビリティとヨーロッパのSDGsとの違い
それでは、アフターコロナに向けて、今後、日本の観光の軸となりうるものは何か。星氏は3つキーワードを挙げる。
1つ目が、「ガストロノミー(美食)」といわれる“食と酒”の世界だ。「今、フランスの日本食レストランでは昆布出汁が使われています。日本らしい持続可能な出汁を使わないと、ミシュランの三ツ星を維持できないほど、日本の食文化に対する世界の理解が深まっているのです。また、日本酒や日本産ワインに対する期待も高く、今後の可能性は大きいと感じています」
2つ目は「アート」である。「今、日本の文化や芸術作品への関心が非常に高まっています。一方で、日本のアート市場は未開拓な部分も多く、地方には、世界的にみても価値の高い作品が数多く眠っているといわれます。伝統的なものから現代的な作品に至るまで、アートは今後の日本をけん引する商材になりうると考えています」(星氏)。
3つ目は、「サステナビリティ」である。だが、「日本におけるサステナビリティの考え方は、ヨーロッパのSDGsの概念とは少し違うところがある」と星氏は指摘する。「日本のサステナビリティは、高い倫理感や精神性に裏付けられています。“もったいない文化”もそうですが、日本人のものとの付き合い方や、環境と共生する考え方は、歴史の中で裏付けられた、世界でも稀にみる大局観をもって、受け継がれてきたわけです」
例えば、富山の田園風景は、地域の人々が自然と共生しながらつくり上げてきた、精緻なシステムによって生み出されている。水が循環して水田を潤し、豊かな稲を実らせ、独自の生活様式を紡いでいく。「こうしたものが、日本の価値としてあらためて認識される時代だと思いますし、まずはその価値を理解していただける人々にお届けすることから始めなければならない。今までのように量を追求するのではなく、今後は質を高めることに力点を置きながら、環境や社会を持続可能なものにする仕組みをつくっていければと思っています」(星氏)。
日本独自のサステナビリティに磨きをかけることが、新たな成長メカニズムの原資となりうる――。これについては、当日モデレーターを務めた同志社大学経済学部 教授 太下義之氏も賛同し、次のように言葉を繋ぐ。
「日本列島では、2000~3000m級の急峻な山々が、豊かな水の源流となり、川や伏流水となって里を潤し、海に流れ込んでいます。この列島の人々は、太古の昔から海の幸や山の幸、里の作物などを交換して、非常に豊かな暮らしを営んできたのではないかと思うのです。
それは日本人にとっては当たり前のことですが、実は、こうした地形を有する先進国はほかには存在しない。その中で“もったいない文化”が育まれ、日常的な振る舞いとして定着した。しかし、それを世界的なレベルで実践するためには、SDGsのようなかたちでルール化しないといけない。その意味で、日本と欧米のサステナビリティの考え方には、たしかに感覚のズレがあるように思います」
やんばるの自然を“守る”だけでは、地域は活性化しない
現在、観光庁では、海外で先行する「持続可能な観光(サステナブルツーリズム)」を推進するための仕組みづくりを進めている。これは、地域の自然や文化・歴史・伝統産業などを観光資源としてフル活用することによって、持続可能な観光サービスや地域づくりを進めるのが狙いだ。
そのモデルケースといえるのが、2021年に世界遺産に登録された、沖縄・やんばる地域の取り組みである。やんばるは、沖縄本島北部に広がる森林地帯のこと。ヤンバルクイナなどの希少種が数多く生息する“奇跡の森”として知られ、人々は自然と共生した暮らしを営んできた。
1971年、米軍がやんばる地域に演習場を設置する話が持ち上がると、住民が身を挺して米軍の実弾射撃演習を阻止。1981年にはヤンバルクイナが発見され、日本列島は“新種発見”のニュースに沸いた。やんばるの固有種であるこの希少な鳥も、一時はマングースなどによる捕食や開発の影響により絶滅が危惧されたが、住民の手厚い保護活動により個体数を回復。2009年には「NPO法人やんばる・地域活性サポートセンター」が設立された。
同NPOは国頭村安田区と連携して、2012年に「ヤンバルクイナの郷」を宣言。①ヤンバルクイナと共生した地域活性化、②地域資源を有効活用した産業の振興、③東部地域における体験型教育・観光拠点づくり、④新たな魅力の創出による賑わいづくり、⑤若年齢層の定住化促進や人との交流による地域活性化、という5つの方針を掲げ、自然と共生する地域づくりに取り組んできた。
同NPOの代表を務める比嘉明男氏はこう語る。「我々は、やんばるの自然を守って次世代につなぐために『ヤンバルクイナの郷』宣言をしたわけですが、ただ“守る”だけでは、地域は活性化しません。人口減少を止めるためには、やんばるを観光資源として活用し、人を呼び込み、経済を動かしていかなければなりません。そこで、いろいろな方にご協力いただき、熊本県の蒲島郁夫知事からも助言をいただきました。『熊本には何もないから、我々は『くまモン』をつくった。やんばるにはヤンバルクイナという素晴らしい鳥がいるのに、なぜ、それを使って世界自然遺産登録を目指さないのですか』と。それをきっかけに、地元が一気に盛り上がったわけです」。
地元では世界遺産登録の「応援プロジェクト」として、2021年3月に国頭村で『喜多郎コンサートinやんばる』を開催。ライブの様子はYouTubeで世界に発信され、大成功を収めた。また、沖縄出身のイラストレーター、pokke104(池城由紀乃氏)の協力も得て、国頭郵便局の壁は、やんばるの自然を描いたカラフルな壁画アートで彩られた。
こうした地元の努力に支えられて、2021年7月、やんばるの一部を含む「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」がユネスコ世界自然遺産に登録された。生物多様性が豊かで、世界的に希少な固有種の生態系が保たれていることが、ユネスコに高く評価されたのである。
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アフターコロナの観光新時代とは?(後編) ~沖縄・やんばる地域に見る地域創生とサステナビリティ~
持続可能な観光を実現する共創へ
一般社団法人日本地域国際化推進機構では、ポストコロナの観光新時代をつくる仲間を募集しています。当機構は、観光を通じて、これまでなし得なかった地域経済の活性化や地域の多様性を活かした、国際文化観光都市づくりを実現していきます。また、観光客など、訪れる人だけでなく、そこで生活している人にとっても、その地域の真の価値を享受できる機会を創出し、持続可能な地域の実現を目指します。是非、みなさんと一緒に取り組ませてください。当機構へのご参加を心よりお待ちしています。