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2022年06月29日

市民が“主役”のまちづくり戦略とは
~香川大学×高松市がリードする、課題解決のアイデアを形にする方法~

 近年、注目が高まっている市民参加型のまちづくり。地域の課題をよく知る市民が参加することで、地域の実情に即した課題解決を進められるだけでなく、自分たちの手によるまちづくりという意識が高まり、地元への愛着や誇りもより強くなる。この取り組みをリードする自治体の1つが、香川県高松市だ。産学官民の連携でデジタルの活用促進にも力を入れ、市民のアイデアによるユニークな活動も広がりを見せている。その推進のポイントはどこにあるのか。高松市の新しいまちづくりを推進するキーパーソンたちに話を聞いた。

地域創生に向けた新しい取り組みがAMDアワードを受賞

 今、注目を集める市民参加型のユニークな取り組みがある。市民協働により運営される「eかみしばいコンテスト実行委員会」を中核として,高松市スマートシティプロジェクトを推進するスマートシティたかまつ推進協議会が共同主催する「eかみしばいコンテスト」である。これは、四国在住者に地域の魅力をストーリー仕立ての動画(eかみしばい)で表現してもらうというもの。

 知る人ぞ知る絶景スポットやおいしいお店、地域で話題の人やおもしろいモノなど四国の魅力を伝えるものならテーマは自由。四国の伝統や文化、暮らしの知恵を後世に伝え、全国の人にその魅力をもっと知ってもらいたいという想いから始まった。

 受賞作品は香川大学創造工学部米谷研究室が運営するインターネット地図「まちのデータ地図『ちーず』」( ©2019 mAzuchi,アトリエのあ;以下、ちーず)で公開し、地図上にマッピングされた情報として広く全国に発信する。

 この取り組みは、デジタルメディア協会(AMD)主催の「デジタル・コンテンツ・オブ・ジ・イヤー’21/第27回 AMDアワード」でリージョナル賞を受賞。高松市は今後もコンテストを継続し、恒例イベントに育てていきたい考えだ。

 地元で長く暮らしていると、それが当たり前で、四国には観光の目玉になるようなものがあまりないと考える人が多い。ところが、コンテスト実施後は「身近な地域にこんな魅力的な場所があるのを知らなかった」という声が数多く寄せられたという。「地元の魅力を再発見し、誇らしく思えるようになったという住民の意見が何よりうれしい」。こう話すのは、同コンテストの仕掛け人の1人である香川大学 准教授の米谷 雄介氏だ。

香川大学
創造工学部 情報システム・セキュリティコース 准教授
情報メディアセンター DX化推進部門 部門長
兼ユーザーサービス部会 部会長
米谷 雄介氏

 このコンテストの目的は、地域の魅力を発見してもらうことにとどまらない。コンテストを通じて市民参加を促し、同時に市民のデジタル活用をサポートする狙いもある。作品は動画で募集するが、誰もがデジタルを活用できるわけではない。高齢者の中にはパソコンやスマートフォンの扱いに不慣れな人もいる。コンテストは作品を募るだけでなく、eかみしばいのつくり方・公開の仕方やワークショップも開催し、デジタルが苦手な人でも参加しやすいように工夫しているという。

産学官民による連携が活動の推進力に

 こうした活動の推進力となっているのが、産学官民による連携だ。香川大学、香川高等専門学校、高松市役所、地域住民、そしてNECが結束して豊かな未来に向けたスマートシティの共同研究を進めている。

 NECはこの活動を支えるため、データの共通プラットフォームを構築・提供し、データを分析・利活用できる人材の発掘・育成も支援している。「欧米では市民参加型のオープンイノベーションによるまちづくりが進んでいます。日本でもこうした文化の醸成を図りたい」とNECの高橋 広平は述べる。

 NECの活動はデジタル技術や知見を提供するだけにとどまらない。「地域が本当に困っていること、こうして欲しいと望んでいることは地域の人々に寄り添わなければ見えてこない。NEC自身が地域の中に入っていき、市民と一緒になって課題や解決策を考えていきます」とNECの長坂 友則は話す。

左:NEC
クロスインダストリーユニット
スマートシティ事業推進部門 国内事業統括部
高橋 広平

右:NEC
西日本エリアビジネスクリエーショングループ
マネージャー
長坂 友則

デジタル人材を育成する「まちのデータ研究室」を開設

 市民から地域課題や解決策のアイデアを募り、それを形にしていく――。ただし、その実現は言葉で表現するほど容易なことではない。特に大きなハードルとなるのがデジタル人材の確保だ。そこで、香川大学と情報通信交流館は香川県における地域人材の交流拠点形成に向けて連携協定を結び、当時スタートして間もない「スマートシティたかまつ」プロジェクトとも協働する形で、産学官民の連携によるデータ利活用人材育成プログラム「まちのデータ研究室」を2018年に立ち上げた。

まちのデータ研究室
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 同研究室では、香川大学の教員や学生が、データの共通プラットフォームやノーコード・ローコード開発ツールの使い方などをサポート。参加者はチームを組み、習得したデジタルスキルやデータ利活用の方法を駆使して、地域課題の解決につながるアプリやサービスを開発する。

 「専門家の領域と思われているデータの利活用を民主化し、プログラミングスキルのない人でもアプリをつくり、誰もがそれを利用できるようにしたい」と同研究室の主催者でもある米谷氏は狙いを話す。

一過性の取り組みではなく、長期的な視点から地域課題に向き合う

情報通信交流館e-とぴあ・かがわ 副館長 樋川 直人氏

 この活動を長く継続していくことも重要なミッションだ。「地域課題は技術だけでも、アイデアだけでも解決できない。課題と技術、アイデアをうまくマッチさせることが大切です。活動を継続することで、そういうスキルを高めたデジタル人材を1人でも多く育てていきたい」。情報通信交流館e-とぴあ・かがわの副館長で、まちのデータ研究室の共同主催者でもある樋川 直人氏はこのように話す。

 まちづくりは行政と市民が意見を出し合い、一緒になって進めていく作業である。そこに暮らす市民の意見は非常に重要だ。「まちのデータ研究室は行政の職員も市民も自由に参加できます。スキルの向上だけでなく、ここが互いをつなぐ場となり、市民協働のまちづくりにつながるものと期待しています」と高松市役所 デジタル推進部 デジタル戦略課の伊藤 章紘氏は話す。こうした思いから、伊藤氏自身もまちのデータ研究室に参加したという。

 活動成果はオープンに発信している。そのために整備したのが、先述した「ちーず」である。開発したアプリやサービスの多くはここに集約している。ちーずは活動成果を共有し、同時にそれを地域内外に発信していく“舞台”でもあるわけだ。ちーずがあったからこそ、eかみしばいコンテストの実施が可能になったとも言えるだろう。

高松市役所 総務局 デジタル推進部 デジタル戦略課 主事 伊藤 章紘氏

「こうなったらいいな」がデジタルで形になる

 まちのデータ研究室では参加者を毎年募り、これまでに累計60人ほどが参加した。参加者の職業はさまざまで、年代も10代の学生から70代の高齢者まで幅広い。この活動は着実に実を結び、参加者による新たなアプリやサービスが次々リリースされている。ちーず左側のメニューからアプリ名をクリックすると、そのアプリや該当するデータが地図上に展開される。

 まだ実証段階であり、本格的な運用はこれからではあるものの、市民目線でつくられたアプリは、地域の切実な課題に突き動かされたものや日ごろの不便を解消するものなどが多い。直島町地域おこし協力隊のメンバーである梶屋 紘子氏が中心になって開発した「直島町営バス」はその1つだ(図1)。路線ごとの町営バスが今どこを走行しているのかなどをリアルタイムに表示する。

図1 直島町営バスの展開情報
図1 直島町営バスの展開情報
バス停を指定すれば、そこの時刻表が表示される。目的地までの行きと帰りのバス時刻もすぐにわかる。バス停近くのトイレ、名所・旧跡などの紹介もある
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 直島町は地中美術館を展開するなど、アートの島として全国的に名高い。周辺の小豆島や豊島を含めた「瀬戸内アート島めぐり」は人気の観光コースだ。観光シーズンには路線バスを増発するが、その裏で地元住民のイライラが募っていたという。増発しても地元の人はバスに乗れず、周辺は観光客でごった返す。

 「本当はもっと外出したいけど、比較的空いている月曜日しかバスに乗らないようにしている――。地元のお年寄りからそんな話を聞いた時はショックでした。観光客への対応が先に立ち、地元の方を置き去りにしてしまったのではないか。地域おこしも推進しつつ、地元の方のニーズや期待にも応えたい。それにはデジタル活用が有効と判断し、まちのデータ研究室に参加したのです」と梶屋氏は参加の理由を述べる。

直島町地域おこし協力隊
梶屋 紘子氏

 高松市多肥コミュニティセンターの加藤 亜紀子氏は、「まちのデータ研究室」に参加していた高校生などと共同で、多肥地区のウォーキングコースを紹介する「たっぴーウォーキングマップ」、自然災害が想定される区域や避難所などの情報を掲載する「たっぴー防災マップ」、桜の名所や隠れた見所スポットを紹介する「たっぴーさくらマップ」を開発した(図2)。

高松市多肥コミュニティセンター
加藤 亜紀子氏
図2 たっぴーウォーキングマップの展開情報
図2 たっぴーウォーキングマップの展開情報
多肥地区の名所・旧跡や隠れた見所などを紹介する。ポイントをクリックすると、そこへの行き方や名所・旧跡の由来など詳しい説明がポップアップ表示される。知らなかった地元の魅力を再発見でき、普段のウォーキングがより楽しくなる
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丸亀市役所
総務部 庶務課
松永 弘樹氏

 丸亀市役所で地域担当職員(川西地区防災担当)を務める松永 弘樹氏が開発したのが、川西地区の防災情報をまとめた「川西防災マップ」だ(図3)。備蓄品は災害リスクを考えて保管場所を変えたり、保存期限が来れば新しいものに更新したりする。以前はこれをExcelで管理していたが、モノの移動や入れ替えに伴う正確な保管場所や実数把握が難しかった。「担当者が専用のアプリで管理することで、情報の共有が進み、どこに・何が・どれだけあるかを見える化できるようになる。避難場所や病院などの情報も追加し、いざという時に役立つようにしました」(松永氏)。

図3 川西防災マップの展開情報
図3 川西防災マップの展開情報
どこに、どんな備蓄品があるのか。避難所や病院はどこにあり、どれだけの人数を収容可能か。域内の防災関連情報が集約されている。避難所や備蓄品、病院などの情報はアイコン化し、知りたい情報にすぐにアクセスできるようにした
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 これらのマップはもともと紙にプリントアウトして地域に配布していた。しかし、紙では気づかずに捨てられてしまうことも多かったという。「マップをデジタル化すれば、スマートフォンでいつでも見られる。情報をデジタル化したいが、その方法がわからない。そこでスキルを磨くため、まちのデータ研究室に参加したのです」(加藤氏)。

市民参加型の文化を醸成し、それを全国に広げていく

 まちづくりは10年、20年と続く長い取り組みだ。一過性で終わらせてはいけない。「まちのデータ研究室の参加者同士のつながりを深め、開発したアプリやサービスを次の人がさらに発展させていく。そういう好循環をつくり、末永い活動に育てていきたい」と米谷氏は語る。

 その先に見据えるのが、地域内および地域外も含めた活動の横展開である。市民参加型のまちづくりを新しい文化に育て、醸成していく。それが広がりを見せることで、各地で地域課題に積極的に取り組む機運が高まり、より良い社会の実現につながる。

 地域の活動に継続的にコミットしていくためには事業的な視点も大切になる。「まちのデータ研究室をはじめとする市民参加型のまちづくりを観光・産業振興など実利につなげる。その中でNECは地域に貢献することでビジネスを営む。そうしたスキームが確立しなければ事業の継続性は生まれません。今回の活動をそんなモデルケースにしていきたい」と話す長坂。そのために今後も多くの市民にまちのデータ研究室への参加を促していく。

 まちづくりの主役は市民にあり――。その取り組みは緒についたばかりだが、高松市が進める市民参加型のまちづくりが、どう広がっていくのか。今後も注目していきたい。

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