「信号5G」で花開く街角DXの未来とは?
~日本再生に向けた人材育成のカギ~
総務省と警察庁は、官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM(注1))の一環として、「交通信号機を活用した5Gネットワークの構築」(以下、信号5G)の検討を令和3年度まで実施した。これは、交差点の信号機を5G基地局の設置場所として使うと同時に、信号機を集中制御することによって、交通安全や交通の最適化につなげようというもの。2020・2021年度には「信号5G」の実証実験が行われ、NECは「ローカル5Gを活用したカメラ画像AI解析」のアプリケーション検証を担当した。「信号5G」は交通の世界にどのような革新をもたらし、近未来の「街角」をどのように変えていくのか。本プロジェクトで通信検討会の座長を務めた植原 啓介氏と、NECの長谷川 隆に話を聞いた。
信号機と5Gで街とサイバー空間をつなげば、未来の可能性が広がる
コロナ禍で日本のデジタル化は一気に加速したといわれるが、社会とサイバー空間の融合はいまだ道半ばというのが実情だ。そのボトルネックとなっているのが、「生活空間としての街中とサイバー空間の接点が少ない」という点だ。
「5Gを展開するためには、多くの基地局を設置する必要があり、5G基地局の設置場所をいかに確保するかが課題となっています。一方で、道路交通の分野では、さらなる事故防止や渋滞解消のために交通管制システムの高度化が必要で、それには信号機のネットワーク化が必要になります」と慶應義塾大学 教授 植原 啓介氏は語る。
「交通の高度化」と「通信インフラの整備」という2つの社会的ニーズをいかに満たすか。その有効なアプローチとして注目されているのが、信号機に5G基地局を設置することだ。「これなら広い地域をカバーできるだけでなく、生活者の方々も5Gを活用したサービスを身近に使えるようになるのではないか――。『信号5G』がスタートした背景には、そんな思いがあったのです」
こうした中、PRISMの一環として、2019年度に「交通信号機を活用した5Gネットワークの構築」検討委員会が発足。2020年度には信号5G整備に向けた実証実験がスタートし、NECは8社からなるプロジェクト参加者の一員として、2021年度に「ローカル5Gを活用したカメラ画像AI解析」の検証を担当することとなった。
「NECとしては、『信号機に5G基地局を設置し、ネットワーク化して交通管制の高度化を図る』という本来の目的に加えて、『交差点周辺のデジタル化によって、生まれたデータを自治体や企業で有効活用すれば、さまざまな社会価値の創出・社会課題の解決を実現できるのでは』と考えています。そこで、今回はいくつかのユースケースを想定し、それを支える技術の検証を行いました」とNECの長谷川 隆は語る。
プライバシーに配慮しつつ、4K映像で交通状況をリアルタイムに把握
こうして、2022年の1月~3月、東京都新宿区と秋田県秋田市で実証実験が行われた。今回、NECは「ローカル5G」「マルチアクセスエッジコンピューティング」「カメラ画像AI」「オープンデータプラットフォーム連携」という4つの自社技術を提供(図)。その検証成果について、長谷川はこう説明する。
「4つの技術を用いてわかったのは、ローカル5Gの大容量・低遅延という特徴を利用して高精細な4K映像を伝送すれば、交差点から150m先の交通状況がリアルタイムで把握できるということです。この技術を活用すれば、交通状況を広範囲・高精度に測定して、交通効率の向上や交通安全に資する情報を迅速に提供できる。一般道では交差点付近の事故発生率が高いので、道路側からも情報で交通参加者をサポートすることで、より安全運転の実現に貢献できるでしょう。こうした仕組みをつくることで、今後は自動運転の普及も支援したいと考えています」(長谷川)
こうした4K画像をAIで解析すれば、自動車の車種や自転車も識別できるので、交差点や車種ごとに事故の傾向を分析するなど、さまざまな形での活用が期待できるという。
「交差点付近の交通参加者すべてに、センサや通信デバイスを付けることはできません。このため、カメラで交差点の状況を確実に把握することは非常に重要です。交差点の150m手前で情報を収集できれば、安全確保のために対応できることが増えますし、ある交差点に車椅子の利用者が多いとわかれば、段差の解消や滑り止めの設置など、必要な対策を講じることができる。その意味では、より一層、効果的な街づくりが可能になると考えています」と植原氏は指摘する。
車両が交差点を通過する時間を計測して、スピード超過の車両が迫っていれば、歩行者にアラートを出すこともできるだろう。
とはいえ、カメラで撮影した街中の映像データを利活用するためには、プライバシー保護の配慮が欠かせない。そこで、今回の実証実験では、NECが持つ「映像の中で人物の頭部を認識し、リアルタイムに覆い隠す技術」を活用。加工した映像データを提供することにより、プライバシーを保護しつつ映像が利活用できることを実証した。なお、マスクをつけていても問題無く対応できることも確認できたという。
「映像データの活用には、個人を特定しなくてもよい用途も多いため、活用する側と生活者の両方の安心のために、プライバシーを保護するための加工が重要になります。今は、街中の人の滞留状況をリアルタイムに把握して、新型コロナウイルス対応に活用したいという自治体も多い。街中の状況をいち早く把握して迅速に対処するという意味でも、映像の利活用におけるプライバシー保護は、ますます重要になってくると思います」(長谷川)
街そのものを変える可能性を秘めた「信号5G」
今回の実証実験では、鳥獣や人の倒れ込みを検知できるかどうかという検証も行われた。これは、交差点付近で人が倒れている状況や、クマ・イノシシのような害獣の侵入を、カメラ映像から検知できるかどうかを検証するというもの。実証実験では正しく検知ができ、将来的には何らかの“異常事態”が発生したときには、交差点のカメラを活用して、状況確認や対処が迅速に行える可能性を示せたと思います。
「今回は、高精細画像を活用する一例として鳥獣検知を行いましたが、地域によってはさまざまなニーズがあると思います。大雨や河川の氾濫で道路が冠水しているかどうかも、カメラ映像で把握できますし、大量の積雪があったときには、警察と除雪を担当する自治体がシームレスに連携し、迅速に除雪作業を行って渋滞緩和につなげることもできる。今後は、さまざまな地域課題の解決に活用が広がっていくのではないかと思います」(長谷川)
これらに加え、実証実験では交通量分析の検証も行われた。交通量のデータを統計的に収集して、渋滞を解消できれば、CO2削減や事故防止につながり、全体最適化を実現することができる。「人命を守るだけでなく、脱炭素や、渋滞による経済損失の回避にも寄与できるところに、交通管制の意義があると考えています」(植原氏)
こうして、2021年度の実証実験は終了。その成果について、「技術的な実証にとどまらず、社会実装の際に必要となる手続きや壁となる規制も洗い出せました」と植原氏は評価する。その上で、「信号5G」は交通の世界のみならず「街そのものを大きく変えていく可能性を秘める」と期待を寄せる。
「今回の実証で、『5G基地局を信号機に設置して、5Gの普及を加速させる』『交通管制を高度化する』という、PRISM本来の目的については出口が見えてきました。しかし、『信号5G』はそれ以上の可能性を秘めています。それは『街角のDX』につなげていくこと。デジタルを使って、民間・公共・生活者の活動や生活をよりよいものにしていくことに役立てるはずです。今はやっと芽が出た段階です。もちろんやるべきことは山積していますし、議論は必要ですが、今回の取り組みはその出発点だと考えています」
「信号5G」は情報の地産地消を支えるインフラとなる
「信号5G」による街角DXが実現すれば、今後、どのようなビジネスチャンスが生まれるのだろうか。
「インターネットは『隣の家とも、地球の裏側とも同じように通信ができる』仕組みですが、その反面、ローカルな情報の流通はものすごく不得意です。例えば、『この近くの駐車場のどこに空きがあるのか』『このエリアでは、ランチタイムにキッチンカーが来るか』『近所のパン屋のパンが売り切れたかどうか』といった情報を、インターネットで入手するのは難しい。こういう領域で力を発揮するのが、『信号5G』のインフラです。『信号5G』は、ありとあらゆるローカルな情報、地域に密着したアプリケーションを構築し、情報の地産地消を支える基盤となりうる。その方面に関連する業界なら、誰もが利用できますし、誰であれ活用するだけの価値はあると思います」
交差点という単位でつながるミニマムな世界だからこそ、この仕組みを活用すれば、地域密着型の多様性に富むサービスが実現できるわけだ。
「例えば小売業では、出店計画と近くの交差点状況を連携させたい、という話もあります。大規模店舗を出店すると、交通の流れが変わって、近隣からクレームが来ることがある。そこで、リアルタイムに交通状況を把握し、駐車場の出入口をコントロールして混雑を緩和したい。あるいは、混雑状況とマーケティング情報を組み合わせて、リアルタイムにイベントを打ったり、売り物を変えたりしながら、販促に活かすことができないか、というご相談もいただいています。近々、ある地域の店舗との間で、実証実験を行う計画も持ち上がっています」と長谷川は語る。
さらに、今後の用途の1つとして期待されるのが、ドローンと自動配送ロボットの支援だ。
「ドローンは飛行時間に制約があるので、例えば将来的には信号柱をドローンの充電スポットにすれば、配送エリアが広がる可能性がある。それは、物流業界に1つの革新をもたらすでしょう。そのうち、信号柱に、カラスではなくドローンが止まる時代が来るかもしれません」(植原氏)
多様な人々と議論しながら一緒に街を育てていきたい
このような世界の実現に向け、どのようにロードマップを描いていくのか。信号5Gの社会実装に向けては、今後は民間のコンソーシアム(注2)が主体となって取り組みを進めていくという。
「この取り組みはまだ芽生えたばかりで、大樹に育つまでにはまだ時間がかかるので、さまざまなプレイヤーが参加できる可能性があります。『信号5G』というと小さな話に聞こえますが、『街角でデジタルを活用する』と思えば、あらゆる分野の方々を巻き込める。そういう人たちと議論をしながら、『街を育てていく』活動をしたい。『10年後にはここまで行きましょう』というビジョンを描き、マイルストーンをつくるところまで一緒にやりたいと思っています」(植原氏)
一方、NECもまたコンソーシアムの中核企業の1つとして、信号5Gも含めた交通インフラのDX化に向けてギアを大きく上げていく考えだ。
「今後、コンソーシアムで注力するポイントは、『交差点等の公共空間の柱の高度化によるDX 基盤の整備に向けた検討・整理』、『交通管制・信号情報配信の活用に向けた検討・整理』そして、『交差点などの公共空間のデジタル化で得られるデータの利活用ニーズに対応した新サービスやアプリケーション高度化』の検討です。この3点を中心に、流通、損保、警備、交通管制の高度化、渋滞緩和、インフラ維持管理、見守り、防災、避難誘導、カーボンニュートラルなど、さまざまな観点から幅広く議論していきたいと考えています」
そのためには、産学官が連携して議論を深めていく必要があるが、何よりも重要なのは、“街角の主役”である「生活者の目線」を忘れないことと植原氏。その意味でも、NECに期待するところは大きいという。
「“街角のDX”を進めるためにも、NECには、数多くのプレイヤーが参加できるような、使いやすい基盤をぜひ提供していただきたい。NECはこの領域ではトップランナーですし、グローバル企業として、この取り組みを世界に向けて展開することもできる。今後の貢献に期待しています」と植原氏は語った。
- (注1) 官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM): https://www8.cao.go.jp/cstp/prism/index.html
- (注2) 交通インフラDX推進コンソーシアム : https://www.cdx-traffic.org/