2030年に向けた宿泊・観光業、まちづくりのカギは?
コロナ禍により大きな打撃を受けた宿泊・観光業だが、ここへ来て復調の動きが本格化している。とはいえ、長きにわたるビジネスの喪失は事業者の経営体力を奪い、デジタルを活用した業務効率化と新たな価値の創出が喫緊の課題となっている。こうした課題の解決に向けて、NECでは「スマートホスピタリティサービス」を展開している。NECは、宿泊・観光業、自治体が抱える課題にどのように取組み、どのような形で貢献しようとしているのか。キーパーソンに話を聞いた。
コロナ禍で宿泊・観光業の人材不足が深刻化
コロナ以前、観光立国日本の実現に向け、官民一体となった訪日客誘致の取組みが加速。2019年には日本を訪れた外国人の数は3000万人を超え、インバウンド消費は空前の活況を呈した。
だが、パンデミックという災厄は、宿泊・観光業に古今未曽有の変化をもたらした。2020年にコロナ禍が拡大すると、外出自粛や移動規制のあおりで旅行需要は一気に消失。在宅ワークやリモート会議の普及で出張機会も激減し、宿泊・観光業はこれまで経験したことのない苦境に直面することとなった。
その後はワクチンや治療薬の普及もあって、2022年後半からは行動制限のないウイズコロナへの移行が進んだ。入国規制の緩和や全国旅行支援も追い風となって、各地の観光地はコロナ禍以前の賑わいを取り戻しつつある。
「観光地の周辺では混雑や渋滞が発生し、飲食店やアミューズメント施設では行列も見られるようになりました。コロナ禍前に問題となっていたオーバーツーリズムも再燃しつつあり、入国規制が緩和されたことで、インバウンドも復調の兆しを見せています」とNECの佐藤 晴香は語る。
とはいえ、コロナ禍がもたらした打撃は、実はまだ終わっていない。なかでも、観光地を悩ませているのが「人手不足」の問題だ。コロナ下で事実上の休業を強いられた宿泊・観光業では、解雇や雇い止めの動きが拡大。多くの従業員が宿泊・観光業界を去り、他業界に転職した。いったん業界から離れた人材を呼び戻すことは容易ではなく、「客足が戻っても、人手不足で業務が回らない」という深刻な事態に陥っている。
「コロナ禍の先行きが見通せない中、観光客の動向は依然として読みにくく、どのタイミングで従業員を呼び戻し、採用すればいいのかという判断が非常に難しいのが実情です。これまで日本の宿泊業・観光業は、“おもてなし”や“ホスピタリティ”というワードの下で、対人を前提とした接客を行ってきました。しかし、今回、安定した人材確保の難しさを経験したことで、省人化・省力化の重要性にあらためて気付かされたのではないでしょうか。その意味で、短期的には、業務効率化・省力化に向けた取組みが非常に重要になっています」と佐藤は話す。
まち単位で「ファンを醸成できるか」が持続可能性のカギに
だが、一時しのぎの対策では、事業のサステナビリティ(持続可能性)を高めることは難しい。中長期的には、ロボット化や無人化も含め、“人に頼りすぎない”事業運営の仕方を追求していく必要があるだろう。
「こうした動きは今後どんどん加速していくはずです。これからは、従業員や宿泊客がデジタルツールを使いこなせるよう、従業員のリスキリングや宿泊客・観光客のサポートを行うことが重要になってくると考えています」と佐藤は話す。
宿泊業・観光業のサステナビリティを支えるもう1つのポイントは、「ファン作り」だ。今回のコロナ下でも、独自の経営戦略でブランド化を進め、固定ファンを獲得したリゾート施設は高い稼働率を維持し続けた。さらに、“地元”の魅力を再発見するマイクロツーリズムや、地域の自然や文化を活かしたサステナブルツーリズムも新たなトレンドとなりつつある。
旅に新しい体験価値を求める動きが広がる中、今後のカギは、まち単位で「ファンを醸成できるかどうか」という点にある、と佐藤は言う。
「宿泊施設や観光地の魅力を高めていくためには、『点』ではなく『面』で考え、まち全体が一体となって強くなっていくことが重要です。といっても、一事業者にできることは限られているので、宿泊・移動・回遊・決済など、お客様の一連の体験に寄り添ったきめ細やかなおもてなしを見つめ直していく必要があります。そのまちを訪れた宿泊客は、どのような移動手段を使い、翌日はどのように動くのか。そのすべてを一体として考えることによって、その地域でしか味わえない価値を生み出すことができるのではないでしょうか」(佐藤)。
つまり、ホテルや観光地という「点」をつないで、「面」=地域の独自性や魅力を引き出し、「ファンを醸成し続ける」まちづくりができるかどうかが、これからの宿泊業・観光業を盛り上げるカギというわけだ。実際、各地でそうした動きも生まれつつあるという。
「例えば、地域でデータをシェアし、訪れた方の回遊をうながすなど、地域全体が繋がることによって、お客様の体験価値を向上させ、“そこでしか味わえない”ワクワクを新たにつくっていく。こうした取組みを通じて、いかに関係人口を創出し、リピーターを増やして顧客単価を上げていくかが今後の課題だと考えています」と佐藤は説明する。
デジタルツールで「省力化」と「顧客価値の向上」を支援
こうした宿泊業・観光業の課題解決を支援するため、宿泊業・観光業向けのソリューション群を「スマートホスピタリティサービス」として提供している。これは、過去40年間にわたって蓄積してきた、宿泊業・観光業向けのICTソリューションの知見を、新しいテクノロジーを活用し、リニューアル・体系化したもの。具体的には、全国700を超える施設で使われているホテル基幹業務システム「NEHOPS」、世界トップクラスの精度を誇る顔認証システム、デジタルサイネージ、客室管理システムなどがある。
これらを自在に組み合わせることで、さまざまな課題を解決可能だ。例えば、「フロントでのスマートチェックイン・チェックアウト」はその1つ。これは、事前に宿泊客にアプリをダウンロードしてもらい、チェックインに必要な情報を事前登録してもらうことで、チェックインの手続きを簡素化するもの。宿泊客はフロントの行列に並ぶストレスから解放され、宿泊施設はフロント業務の効率化を実現することができる。まだまだ感染症拡大のリスクが潜む中で、非対面で手続きや入館できるため、多くの施設から高い評価を受けているという(図1)。
非接触という点では、「顔認証キーによる本人確認・入室」あるいは「決済」も可能だ。宿泊客は専用タブレットに顔をかざすだけで、客室や周辺施設への入館も顔認証で行えるので、カギを持ち歩かなくとも、手ぶらで館内や周辺を散策することができる。さらに土産店や飲食店で決済までできるようになれば、利便性はさらに広がるだろう。最終的には、宿泊施設や観光施設、モビリティをすべて顔認証で繋ぎ、シームレスなサービスを実現していくことも可能だという(図2)。
「省力化・業務効率化という点では『空港手荷物配送サービス』もリリース予定です。これは、『NEHOPS』と連携して、宿泊施設への手荷物配送伝票を自動的に作成するサービス。煩わしい手続きは不要な上、記入の間違いも起こりません」と佐藤は説明する。
さらに注目したいのは、スマートホスピタリティサービスが、多彩なNECのソリューションとも連携できる点だ。その1つが「ダイナミックプライシングサービス」。これは、さまざまな宿泊料金の適正価格を算出し、価格設定を柔軟に変更することで、サービスの収益最大化を図る仕組みだ。
一般に宿泊施設では、将来の需要を予測して客室の価格を最適化するレベニューマネジメントが行われているが、この業務は個人のスキルに負うところが多く、ノウハウの属人化や担当者の負荷増大が課題となっている。同サービスを活用すれば、レベニューマネジメントの業務効率化と属人化が解消。宿泊業のさらなる省人化・省力化に大きく寄与することができるという。
総合力を活かし、まちの魅力を最大限に引き出す
今後もNECでは、スマートホスピタリティの実現に向けてさまざまなサポートを強化していく考えだ。そこで役立つのが、宿泊業を中心に長年培ってきたNECの有形無形の知見やノウハウ、総合力である。
「NECには、自治体との連携事例や、監督省庁との規制緩和に向けた活動実績もある中で、最初の絵を描くところからお客様に伴走して、コンサルティングを提供する体制も整えています。また宿泊・観光業に加え、交通やスマートシティも含めたまちづくり全体を支援してきた実績もあります。こうした総合力を活かし、まちの魅力を最大限に引き出すお手伝いをしていきたいと考えています」(佐藤)。
「点を面にしていく」といっても、その「面」をどのように描けばいいかわからない場合もあるだろう。目の前の課題や業務に追われ、あるべき姿や将来像に目を向けることが難しい施設も少なくないはずだ。とはいえ、サステナブルな宿泊・観光やまちづくりを目指すなら、回遊・宿泊・移動・決済など、お客様の一連の体験に寄り添った細やかなおもてなしを見つめ直す必要がある。
「地域全体で強くなるためには、自治体と共に、宿泊・観光施設のみならず、その周辺の事業者を盛り上げていく必要があります。そこにはマネタイズも含めた、利害関係の調整も求められます。自治体をはじめ、多くの業種・業態のプロジェクトに携わってきた弊社なら、その橋渡しや調整役が可能です。宿泊業・観光業や観光客の皆さんが、当たり前に安全・安心や利便性を享受しできる仕組みを提供し、そこでしか味わえないワクワクする体験を提供していく。そして最終的には地域の皆さんと一緒になってまちを盛り上げていく。これが、弊社に求められる役割だと思うのです」(佐藤)。
ウイズコロナ時代に動き始めた宿泊・観光業とまちづくり。人手不足を乗り越え、ファンを醸成し続けるために、これからもNECはトータルパートナーとして伴走を続けていく。