日本企業と海外IT人材を直接結ぶ採用サービスが開始。その背景は
深刻なIT人材の不足を受け、海外のIT人材を採用する日本企業が増えている。しかし求めるスキルや待遇にギャップが生じ、早期に退職してしまうケースも少なくない。これを受け、NECはパーソルキャリアと協力し、転職希望者のITスキルの信頼性を担保する仕組みと、日本企業が海外人材一人ひとりに直接コンタクトできる採用支援サービスを共創。求人企業がインド在住のITエンジニアの採用選考を行う新たなダイレクトリクルーティングサービスの実証実験を進めようとしている。両社のメンバー、及び海外駐在経験豊富でグローバル人材採用に詳しいパーソルキャリアの都築氏に、共創の狙いと本サービスの今後について話を聞いた。
国内IT人材の不足で活発化する海外エンジニアの活用
日本の総人口は2008年にピークアウトし、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少が年々深刻さを増しつつある。なかでも労働不足が特に顕著なのがIT人材だ。経済産業省が公表するデータによれば、日本のIT人材は需要の増加に反して減少を続け、その需給ギャップは2030年までに最大で約80万にも拡大する可能性があるという(※)。
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出典:「IT人材需給に関する調査(経済産業省委託事業)」みずほ情報総研株式会社, 2019
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf
なぜIT人材が、それほどまでに不足するのか。グローバルな人材採用に詳しいパーソルキャリアの都築 徹氏はその要因を次のように分析する。
「長く製造業が経済を牽引してきた日本では、IT人材への投資や教育が遅れがちで、給与も諸外国と比べて低い水準にとどまっています。そのため、そもそも絶対数が少ないのです。そこにITの活用を通じてビジネスモデルや組織を変革させようとするDX(デジタルトランスフォーメーション)の動きが加速。これによって国内のIT人材不足はいっそう厳しさを増すようになりました」
こうした中、活発になりつつあるのが、海外人材の採用である。国策としてIT教育に力を入れている新興国には、国外に出て働きたいと考えるエンジニアも少なくない。現在、国内のIT業界で働くITエンジニア約110万人中、外国人は3万人ほどと見られるが、人材不足のさらなる加速に伴い、今後その数は確実に増えていくと予想されている。中でも、国を挙げて教育に注力し、多数の優秀なIT人材を世界に輩出することで注目されているのがインドである。
「NECでもここ数年、インド工科大学を卒業した新卒者を採用しており、私も同大学出身者と一緒に仕事をしています。彼ら・彼女らのプログラミングの速さと質の高さには目をみはるものがあり、要件定義やアーキテクチャ設計を日本人が、実際の開発を同大学出身者が行うといった分担がなされるケースが増えています」とNECの木原 隆行は語る。
インド出身のITエンジニアは、新天地を求めて海外企業に就職しようとする志向が強いこともあり、こうして日本企業で働くケースも増加している。インドでは、日本企業が製造した自動車や電子機器が広く普及しており、インド人の間では昔から日本企業は人気があるという。実際にNECで働くグプタ アシルワードは次のように語る。
「最近では、インドの学生の多くが日本企業に採用され、そのほとんどが日本での仕事の経験や生活の質について非常にポジティブな経験をしています。このような好意的なフィードバックが日本企業に好印象を与えており、多くの人が日本での就職を積極的に検討しています。私自身も、卒業後は、グローバルなテクノロジー企業で働きたいと考えていました。最終的に日本企業を選択したのは、主に2つの理由があります。1つは、日本は先端技術で世界的に評価されており、最先端の技術やプロジェクトに携わる機会が多いこと。もう1つは、インドと日本は良好な関係を築いているため、労働許可証を取得するのが比較的容易だということです」
ほかの国では大きな問題となりがちなビザやそのほかの法的な問題を心配しなくて済む点も大きなポイントとなっているようだ。
海外人材採用の課題は、転職希望者のITスキルの証明
だが、海外人材のリクルーティングに際しては、国内の人材採用とは異なる難しさがある。それは、転職希望者が提出する職務経歴書などのレジュメや面接だけではその人のスキル、経験、実績を正確に判断するのが容易ではないからだ。それに加えて、転職希望者の中には、自身のスキルや職務経歴を誇張したり、場合によっては詐称したりするケースが見られるという。手間とコストをかけてようやく採用した人材が期待した能力を有していないとなれば、企業の被るロスは非常に大きなものとなる。
そうした課題の解消に向け、NECとパーソルキャリアは、海外転職希望者のITスキルの信頼性を担保する仕組みを開発し、海外IT人材採用を支援するサービス「VerifHire」を構築。本格的な実用化に先立って2020年8月から実証実験を開始した。
なぜNECとパーソルキャリアがタッグを組むことになったのか。両社を結びつける役割を果たしたのは、「自己主権型アイデンティティ」(個人が自身のパーソナルデータを主体的に管理できる仕組み)と呼ばれるキーワードだ。これまで、あらゆるサービスのユーザの個人情報は、サービスを提供するプロバイダー(企業側)によって管理されるのが当たり前だった。しかし、今後、ユーザ自身が情報を安全に管理できるようになることが、個人や社会を守り、ひいてはサービスの発展につながるのではないか――こうした考えに基づくサービスの実現に向け、パーソルキャリアとNECはそれぞれ独自の取り組みを行ってきた。
「個人情報を主体的に管理できる技術を役立てられる分野を模索していたNECは、同じ志を持つパーソルキャリアさんの取り組みに共感。多くの日本企業が海外のIT人材採用に際して応募者の経歴誇張などに悩まされている実情を知り、それを解決するためのサービスを両社が協力して創出することになりました」と木原は振り返る。
両社が共創して行う実証実験の対象となるのは、インド在住のITエンジニアと、その採用を検討する日本企業。NECが転職希望者の応募情報の登録・閲覧ができるアプリケーションやプラットフォームなどIT回り全般を開発し、パーソルキャリアがリクルーティングサービスに必要な情報とノウハウを提供するとともに参加企業を募った。実験にはパーソルキャリアのユーザ企業など計6社が参加し、国境を越えた採用活動を実際に展開することになる。
改ざん不可能なITスキル証明書を発行
その流れはおおよそ以下の通りだ。まず、インドの転職希望者は、HackerEarth社(※)が提供する技能試験をオンラインで受験し、自身のITスキル証明書を取得する。
- ※ HackerEarth社:オンラインでのコーディング評価やリモートインタビューを通じて開発者のスキルを測定することができる開発者評価サービスを提供する企業
「HackerEarth社が発行したコーディング評価の証明書は、転職希望者が所有するスマートフォンの採用支援アプリに直接保管されます。求人企業は、転職希望者が求人企業の閲覧を許可した場合のみ証明書を参照したり、ダイレクトメッセージを送ったりすることができ、転職希望者が応募意思の表明をした場合にのみ個人情報が開示されることになります。証明書の改ざんが仕組み上難しく、ITスキルが証明書によって担保されるので、求人企業は採用後の人材ミスマッチを軽減することができます。また、転職希望者は複数の企業の採用試験に臨む都度スキルチェックを受ける必要がなく、企業側のスキルチェックの手間が省けるのも大きなメリットです」と、パーソルキャリアの桑原 悠氏は語る。
一方、個人情報の取り扱いにも工夫がある。「名前や住所、電話番号など個人の特定につながる個人情報データは採用支援アプリに保管されており、転職希望者がアクセスを許可した企業に対してのみ開示されるため、従来のようなサービス提供者のデータベースから個人情報が流出するといった危険性はありません。」と木原は説明する。
このスキームの設計で特に腐心したのは、「個人情報を本人が主体的に管理する」というコンセプトを転職希望者に理解してもらうとともに、現地にいながらスマートフォン1台で簡単に利用できるようにユーザビリティを高めることだった。同時に企業にとっても、就労後に必要とされるスキルなどからターゲットとなる人材を検索しやすいサービスになるよう心がけたという。
約3カ月にわたる実証実験では、「インド在住ITエンジニアの日本企業への就労ニーズ」、「日本企業の採用活動に要する負担の削減効果」、「転職希望者のスキルチェックの妥当性」などを中心に検証。その結果を踏まえ、NECは海外IT人材の採用支援サービスを本格的に事業化する意向だ。
NECが研究・開発してきた最先端の技術を結集
この採用サービスのキーテクノロジーとなっているのが、NECが独自に開発したブロックチェーン技術とAONT(All-or-Nothing Transform)技術である。ブロックチェーンは、仮想通貨ビットコインの基幹技術として発明されたもので、同じデータを持った複数のコンピュータをネットワークで接続して互いに動作を確認しあうことにより、不正な動作が発生し得ない仕組みを構築し、データの耐改ざん性をアップさせている。一方、AONTはデータから複数の新しい断片データを生成するデータ変換技術。全ての断片を集めて結合しないかぎり、1つの断片データからは、元のデータについて何も知ることができない。つまり、断片データを複数の異なるクラウドに分散配置すれば、元のデータに関して高い機密性を担保できる。
採用支援アプリに保管されたITスキル証明書や職務経歴書の内容はこれらの技術によって改ざんが防止されており、登録された情報の真正性を保証。企業は開示されたスキルや職務経歴を信頼して転職希望者を選考することができるわけだ。
「NECはブロックチェーンの創成期から独自にその研究・開発に取り組んでおり、『自己主権型アイデンティティ』の実現に向けて技術研究のみならずさまざまな取り組みを続けています。最近はITシステムの高度な信頼性やセキュリティ性が求められる金融業界でブロックチェーン技術の実装に向けたいくつかの実証実験を行い、多くのノウハウを蓄積しています」とNECの小野 正太は話す。海外IT人材採用のための今回の実証実験には、NECがこれまでに培ってきた豊富な知見と経験が凝集されているという。
日本経済の活性化と誰もが活躍できる世界を目指して
実証実験後、NECは2020年度中に本格的な人材採用サービス提供を開始する予定で、3年間で約2千人の採用成立を目指す計画だ。
「企業の求人ニーズをしっかりと満たすには、インド以外のさまざまな国からもIT人材を採用できるようにする必要があります。将来的にはITエンジニアに限らず、幅広い業界・業種の優秀な人材を広く世界から採用できるサービスに発展させ、労働人口の不足に悩む企業と日本経済の活性化に貢献したい」と都築氏は期待を寄せる。
新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに、ビジネスや就労形態のオンライン化が一気に加速しつつある。これからは採用活動もオンラインで行われることが一般的になるだろう。そうなると、デジタル空間における「情報の信頼性」がより厳しく問われるようになるはずだ。「今回の実証実験は海外にいる転職希望者のスキルや実績を証明することが主眼ですが、この技術が確立されれば、離れた場所にいる人同士の信頼関係を構築するための手立てとして応用できるようになる可能性があると思います」と桑原氏は語る。
これからは海外の人材が来日して日本企業に就職するだけではなく、現地に在住したままリモートで就労するという雇用関係が普及することも考えられる。そのように組織における人と人の結びつきが緩やかになる社会では、デジタル空間で個人のアイデンティティを確立する今回のような仕組みが不可欠なものとなるに違いない。
「新興国には、戸籍のような公的に証明可能なアイデンティティを取得できないために、教育、医療、金融などのサービスを受けられずに苦しむ人が少なくありません。この仕組みは、そうした人たちにさまざまな機会を提供できるようにするサービスを創出するプラットフォームにしていきたい」と木原は話す。
日本企業と海外IT人材をダイレクトに結ぶことから始まったプラットフォーム――。いつの日か、オンラインでつながる世界中の誰もがお互いに信頼しあい、いつでも自分らしく活躍できる世界を支える社会インフラへと進化していくことになるだろう。